ウツボカズラ科

Nepenthaceae

本科にはウツボカズラ属Nepenthesのみ存在する。系統関係的には、ドロソフィルム科、ツクバネカズラ科およびディオンコフィルム科のクレードと姉妹群になり、他の系統関係も考慮すると、この系統は鳥もち式から落とし穴式に捕虫法を変えたようである(Meimberg et al., 2000)。


ウツボカズラ属Nepenthes

捕虫様式:落とし穴式

生育地:オーストラリア北東部、ニューカレドニア、東南アジア、インド、スリランカ、セーシェル、マダガスカル

Nepenthes rajahの捕虫葉

ウツボカズラ属の壷状捕虫葉はひときわ目を惹くものだ。この捕虫葉は捕らえる生物によって多種多様な形態をとり、虫だけでなく愛好家たちをも虜にしている。

Nepenthes rajah花(雄花)

ウツボカズラ属は雄株と雌株が存在し、1個体だけでは結実することができない。この繁殖様式は食虫植物の中で唯一のものだ。

概要

本属には131種が含まれ(ICPS, 2014)、全て熱帯に産する。おそらく、これからも新種の発見や分類の再編によって種数は変わるであろう。つる性多年生草本もしくは亜低木であり、茎そのものも他者に巻きつくが、偽葉(後述)の先から捕虫器の間を繋ぐつるも他者にからみつく。そのように他者にからみつく種は大きくなるが、なかにはそのように大きくならないまま亜低木となるか地表を這いまわる種も存在する。大きくなる種では草丈15 mにもなる(Barthlott et al., 2007)。若い株では、節間は詰まってロゼット状に葉を展開するが、成長するに従い節間は伸び、つる植物の様相を呈するようになる。ウツボカズラ属は全て雌雄異株である。花は地味で、目立たず、種によっては人間にとって不快な臭いを発する。これはウツボカズラ属がハエ媒であるためと考えられる。

東南アジアを中心に分布し、西に離れてインド(N. khasiana)やスリランカ(N. distillatoria)、さらに遠く離れてセーシェル(N. pervillei)、マダガスカル(N. madagascarensisN. masoalensis)に分布する。また、東端はニューカレドニア(N. vielliardii)に分布する。この特徴的な分布はネペンテス型分布と呼ばれ、大陸移動説の根拠の一つともなったという(田辺, 2010)。食虫植物の中でも比較的種が多く、生育地、生態、捕虫器の形態も多種多様である。多くの種において日照量が多く、湿潤な環境を好むのに対して、例えば、N. ampullariaは林床で生育することもあり、そのような個体はリター(落葉落枝)を集めて分解し養分とする。Nepenthes veitchiiは着生植物のような生活を送り、比較的被陰された環境に生育する。

獲物として以外にも、多くの生物との関係を持っており(詳しくは第5章)、N. lowiiN. hemsleyanaは蜜やねぐらの報酬として、小動物から排泄物を受け取る。最大の捕虫器を持つN. rajahも蜜の報酬として小動物から排泄物を受け取るが、その小動物を捕獲してしまうこともある。Nepenthes bicalcarataはアリと共生関係を結び、住処などを提供する代わりに、捕虫器の機能性の保持や害敵の撃退などをアリに行ってもらっている。

上記のような、養分獲得における生態の差は、ウツボカズラ種間の競争を避けるためであると推察されている。また同時に、ウツボカズラ属は雑種を形成しやすく、そして雑種強勢を示すにも関わらず、野外では雑種が珍しい理由は上記の養分獲得の差ゆえに中間的な性質を示す個体は有利ではないからであると考えられる(Pavlovič, 2012)。

種間系統関係は、葉緑体DNAのmatKを含むtrnKイントロンをもとに系統樹を描くと、インドやスリランカ、セーシェル、マダガスカルに分布する種がそれぞれクレードとなり、系統樹の基部で独立に分化している。そして、ニューカレドニアの種で1つのクレード、オーストラリア北東部、東南アジアに分布する種は3つの大きなクレードを形成する(Meimberg et al., 2001)。核DNAのPTR1領域をもとに系統樹を描いても、インド、スリランカ、マダガスカルに分布する種が基部で分化する。ただし、trnKとPTR1で描いた系統樹は必ずしも一致しない点で注意が必要である。例えば、スラウェシに分布するN. tomorianatrnKを用いて描いた系統樹では基部に位置していないが、PTR1ではN. khasianaN. madagascarensisとともにクレードを作り、基部に位置する。更なる調査が必要であろう。

食虫性

葉は3つの部位からなる。1つ目は、葉の基部の薄く拡がった部分である。この部位は葉身のように見えるが、葉柄が変化したものと考えられる(堀田, 1975)。したがって、真の葉身ではないことから偽葉phyllodeと呼ばれる。この部位は、捕虫器となって光合成効率の下がってしまった真の葉身に変わり、光合成を補完する役割を担う。2つ目は、偽葉と捕虫器を結ぶつるtendrilである。この部分は、体を支えるために他者に巻きつく役割がある。3つ目は、袋状になった捕虫器pitcherであり、捕虫を担う。ときとして捕虫器が発達せず、ほぼ偽葉とつるだけになることもある。

捕虫器の形や大きさは種によってまちまちであるが、N. rajahのように2 L以上の容積をもつものも存在する(Barthlott et al., 2007)。しかし、多くの種はそれほどまで大きくはならない。捕虫器の入口の周りに発達する襟peristomeは本種の特徴の一つである。蓋とともに襟は、獲物の捕獲の要となっている。捕虫器は蓋と壷が接続する反対側に2列の翼が存在する。捕虫器内部には液体が溜まっており、入口側のワックスで覆われる領域と底部の消化腺と吸収腺の密集した領域に分かれる。このワックスは内部に入った獲物が足をかけても簡単にはがれるものであり、獲物の脱出を妨害する。消化腺と吸収腺は捕虫器の液体の溜まっている部分に集まっている。罠にかかった獲物はこの液体で溺れ死ぬ。

種によって捕虫器は、地表近くに形成されるもの(下位捕虫葉lower pitcher)と空中に展開されるもの(上位捕虫葉upper pitcher)で形が異なり、はっきりとした二型葉性を示すものが少なくない。下位捕虫葉では、偽葉と捕虫器を結ぶつるが短く、まっすぐで、明瞭な翼を持った横に広い捕虫器となる。一方で、上位捕虫葉では、つるは長く、何かに巻きつけるように巻いており、比較的翼の発達しない狭い円柱状、もしくはラッパ状に開口部を大きく開いた捕虫器となる。さらに、多くの種で上位捕虫葉になると葉の内部のワックスゾーンがなくなるか、少なくなる(Bauer et al., 2015a; Gaume and Giusto, 2009)。このような形態的差異により標的となる獲物が異なる場合がある(例えば、Giusto et al., 2010)。そして、この二型葉性は獲物の捕獲の仕方に関する戦略の変化をも示していると考えられる。

名前の由来

属名Nepenthesは「憂いをなくすもの」を意味する。これはLinnaeusが記載した属名で、Homerによって著された『Odyssey』に登場する“麻酔薬nepenthes”を捕虫器内部の液体に連想してつけられたものである。英語ではAsian pitcher plantやTropical pitcher plantと呼ばれ、ともに分布域を表している。pitcher plantは「嚢状葉植物」という意味であり、捕虫器の形態からつけられている。和名でつけられるのは「○○ウツボカズラ」というものであり(例えば、ツボウツボカズラN. ampullaria、オオウツボカズラN. rajahなど)、ウツボカズラとは「靫蔓」と書く。これは矢を入れる容器「靫(うつぼ)」に捕虫器を例え、「蔓(かずら)」はつる植物であることを示す。単に「ウツボカズラ」と言った場合は、N. raffresianaを指すが、本種の和名として使われることはほとんどない。