およそ30〜50年前までは、都市開発の中心はアメリカやヨーロッパなど中高緯度地域にありましたが、近年では、東南アジア・南アジアにおいて急速な経済成長に伴う都市開発が進んでいます。これまでの研究から、都市の気候への影響(都市効果)は、都市の形態や立地する気候帯によって大きく異なることが明らかになっています。
現在、日下研究室では、東南アジアの「メガシティ」とされるジャカルタ(インドネシア)、バンコク(タイ)、マニラ(フィリピン)に加え、ホーチミン(ベトナム)、クアラルンプール(マレーシア)、シンガポールといった主要都市を対象に、都市気候に関する研究を進めています。単に都市の有無による都市効果の評価にとどまらず、過去の土地利用データを活用して現在と過去の都市気候を比較したり、各国の都市計画マスタープランを基に将来の都市化とそれに伴う気候変化の予測にも取り組んでいます。
こうした研究の一部は、ベトナム気象水文庁(NCHMF)やインドネシア気象庁(BMKG)との共同研究として進められており、定期的にミーティングを開催しながら緊密な情報共有を行うなど、重点的に取り組んでいます。
また日下研究室にはこれまでに、中国、ベトナム、フィリピン、マレーシア、スリランカから多くの留学生が在籍しており、それぞれの出身国を対象とした都市気候研究を行っています。こうした背景もあり、現在、東南アジア・南アジアの都市気候は日下研究室における主要な研究テーマの一つとなっています。
都市化によって都市ヒートアイランド(UHI)が強化
近年、経済発展が著しい東南アジアの都市では、都市部の気温上昇に伴い、都市ヒートアイランド現象(UHI)が一層強まる傾向にあります。Doan and Kusaka (2016)は、急速な都市化が進むベトナム・ホーチミン市を対象に、過去20年間の都市化の影響を評価しました。その結果、既存の都市域では約0.3℃、新興都市域では約0.6℃の気温上昇が確認されました。
さらに、将来の都市計画マスタープランに基づいて都市化の進展を想定し、将来の気温変化をシミュレーションした結果(Doan et al., 2016)、既存都市で約0.22℃、新興都市で約0.41℃の地上気温上昇が見込まれ、UHIのさらなる強化が示唆されました。
ベトナム・ホーチミン市の地上気温の変化
(a)地上気象観測、(b)現在都市(2010年)の地上気温、(c)将来都市(2030年)の地上気温、(d)将来–現在の気温差
熱波時の都市の影響
近年、熱帯地域では熱波(極端な高温が3日以上続く現象)が頻発しており、人的被害も報告されています。これまで、熱帯都市における熱波の影響については十分に議論されてきませんでしたが、日下研究室ではこの課題に重点的に取り組んでいます。
東南アジアのメガシティの一つであるマニラにおいて、Magnaye and Kusaka (2024) は高密度な観測データと改良版WRFモデルを用いて調査を行いました。その結果、都市ヒートアイランド強度(UHII)は最大で4℃に達することが明らかとなり、さらに都市部からの排熱がUHIIに約10%寄与していることが示されました。
熱帯雨林気候に属する都市クアラルンプールについて、Syed Mahbar and Kusaka (2024) は熱波発生時とその前後におけるUHIIの変化を調査しました。地上気象観測とWRFシミュレーションの結果から、熱波発生時にはUHIIが平常時よりも顕著に強まることが明らかになりました。
南アジアの熱帯都市であるコロンボでは、熱波発生時の熱環境が都市化の影響によって形成されていることが示されました(Sathsara and Kusaka, 2025)。また、熱波期間中の熱環境を正確に把握するには、より新しく高解像度な土地被覆データの活用が不可欠であることが分かりました。
フィリピン・マニラの熱波期間中の地上気温の都市効果.
15:00LTの(a)都市あり-都市なし (b)都市あり-人工排熱なし
06:00LTの(c)都市あり-都市なし (d)都市あり-人工排熱なし
マレーシア・クアラルンプールの(左)熱波期間中(右)熱波発生前のヒートアイランド強度.
スリランカ・コロンボの熱波期間中の地表面温度.左から(LU4)2022年の高解像度土地被覆、(LU3)2010年頃、(LU2)2000年頃、(LU1)1994年頃、(Himawari)ひまわり8号で観測された地表面温度.
都市上空で雲量を増加
都市部では雲量が増加する傾向があり、これは東京やロンドンなどの都市を対象としたこれまでの研究で明らかになっています。日下研究室では、「熱帯の都市でも同様の現象が見られるのではないか」という仮説のもと、調査を行いました。
Syed Mahbar and Kusaka (2024) では、熱帯雨林気候に位置する大都市クアラルンプールを対象に、雲量の特徴を解析しました。その結果、気温の高い晴天時には、周辺地域に比べて都市域で雲量が多くなる傾向があることが明らかになりました。
クアラルンプールの6月〜8月の雲発生頻度分布.(a) 10:00LT、(b)15:00LT、(c)18:00LTの雲発生回数.
Magnaye, A.M.T., and H. Kusaka, 2024: Potential effect of urbanization on extreme heat events in Metro Manila Philippines using WRF-UCM. Sustainable Cities and Society, 110, 105584. (DOI:10.1016/j.scs.2024.105584) PDFはこちら
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Mahbar, S. F. S., and H. Kusaka, 2024: Synergistic interactions between urban heat islands and heat waves in the Greater Kuala Lumpur and surrounding areas. International Journal of Climatology, 44, 4886-4906. (DOI:10.1002/joc.8614) PDFはこちら
Mahbar, S. F. S., and H. Kusaka, 2024: Urbanisation increases cloudiness over Greater Kuala Lumpur during southwest and northeast monsoons. Weather, Early View. (DOI:10.1002/wea.7644) PDFはこちら
Doan, Q. V., and H. Kusaka, 2016: Numerical study on regional climate change due to the rapid urbanization of greater Ho Chi Minh City's metropolitan area over the past 20 years. International Journal of Climatology, 36(10), 3633–3650. (DOI:10.1002/joc.4582) PDFはこちら
Doan, Q. V., H. Kusaka, and Q. B. Ho, 2016: Impact of future urbanization on temperature and thermal comfort index in a developing tropical city: Ho Chi Minh City. Urban Climate, 17, 20-31. (DOI:10.1016/j.uclim.2016.04.003) PDFはこちら
Dang, T. N., Q. V. Doan, H. Kusaka, T. S. Xerxes, and Y. Honda, 2018: Green Space and Deaths Attributable to the Urban Heat Island Effect in Ho Chi Minh City. A Publication of the American Public Health Association, 108(52), S139-S143. (DOI:10.2105/AJPH.2017.304123) PDFはこちら
Doan, Q. V., and H. Kusaka, 2018: Projections of Urban Climate in the 2050s in a Fast-Growing City in Southeast Asia: the Greater Ho Chi Minh City Metropolitan Area, Vietnam. International Journal of Climatology, 38(11), 4155-4171. (DOI:10.1002/joc.5559) PDFはこちら
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Doan, Q. V., F. Chen, H. Kusaka, A. Dipankar, A. Khan, R. Hamdi, M. Roth, and D. Niyogi 2022: Increased Risk of Extreme Precipitation over an Urban Agglomeration with Future Global Warming. Earth's Future, 10(6), e2021EF002563. (DOI: 10.1029/2021EF002563) PDFはこちら
Doan, Q. V., F. Chen, Y. Asano, Y. Gu, A. Nishi, H. Kusaka, and D. Niyogi, 2022: Causes for asymmetric warming of sub‐diurnal temperature responding to global warming. Geophysical Research Letters, 49, e2022GL100029. (DOI:10.1029/2022GL100029) PDFはこちら
Sathsara, K. T. L. and H. Kusaka, 2025: Impact of high-resolution land use data on numerical simulations of Colombo’s thermal environment during heatwaves. Theoretical and Applied Climatology, 156, 106. (DOI:10.1007/s00704-024-05242-9) PDFはこちら
(文責:鈴木 信康)