Episode.4 傲岸不遜な愚者 少し、いやだいぶ、面倒事に巻き込まれてしまったようだ、とブラックは深いため息を吐き、目の前に広がる沼地を見渡す。 現在、彼が1人佇む場所はとあるゲームの架空世界のフィールドの1つ『沼地』だった。このフィールドに関しては今は置いておくとして、ブラックは自分のステータス画面を開いて装備の再確認をしていた。まだ相手も準備が整っていないようだから、ひと呼吸おく事にした。 そして【READY?】の選択画面を静かに睨みつける。 実を言うと、ブラックは後悔していた。自分には為さなければならない《任務》があった。その任務を果たす為に、ダンスゲーム・リーパーの最優秀候補者である白狼…ホワイトに戦いを挑み、見事に勝利をした。そこまでは良かったのだ。上手く行き過ぎたぐらいに事が進んだせいか、少し調子に乗った過去の自分を殴りたい。自業自得という言葉が頭に過ぎるが、あの売り言葉に買い言葉といった形でしたホワイトとの口約束を、まさかのマルチチーム《COLORS》のリーダー、レッドに嵌められた形で果たされる事になったのだ。 時は遡り、ホワイトとの一戦を終えた後、ブラックはCOLORSのアジトにいた。 半強制的に連れて来られたようなものだが、承諾した手前、引き返すという選択肢はないに等しかった。彼らのアジトはユーザー達の専用居住区よりも外れにある、薄暗いネオン街の奥にあった。治安が悪いのか、ひと気がなく、やけにストリートアートが壁一面に描かれているのが目立つ。 その壁が隠し扉だったようで、レッドがロックを解除すると、壁が横にスライドした。その奥もさらに暗い通路となっており、まるで廃墟ビルにワープしたのかと思うほど賑やかな居住区とは全く雰囲気が異なるおどろおどろしい場所だった。そして、通路の最奥にあるワンルームまで案内され「ようこそ、ここが俺たち《COLORS》のアジトだ!」とレッドは両腕を大袈裟に広げ、まるで歓迎しているかの様子だった。 「はぁ」 どう反応すればいいのか分からなかった。 つい間の抜けた返事をしたが、レッドは特に気にしていないようで、他メンバーもそれぞれ定位置があるらしく、自然と長椅子に座りだす。その部屋はまるでビジネスマンの会議室を彷彿させるような至ってシンプルなものだった。客間兼会議室といったところか。長椅子は3つ、入口に向かってコの字型に開く形で置かれ、それらは長方形のローテーブルを囲っていた。 奥の長椅子にレッドが座り、向かって右側にホワイト。左側にイエローとブルーが座っていた。ブラックはローテーブルを挟んでレッドと向かい合うように立つ。さて、何か尋問されるのか、それとも…とブラックは注意深く部屋を見渡す。 おそらく他にも部屋はあるのだろうが、この部屋に監視カメラや盗聴器らしきものなど、他に自分にとって都合の悪いものはないか探る。その様子をジーっと窺っていたイエローはレッドに耳打ちをした。 「ねぇ、リーダー…今更だけど、ここに案内しちゃってよかったの? めっちゃ警戒されてるし、たぶん色々と物色しちゃってる感じだよ?」「……可哀想に。変態野郎に喧嘩売られた挙句、変質者にナンパされてさぞ不安だろうに…早く慰めてやりたい」「ブルー、ちょっと落ち着こ? むしろあの子、ブルーに対してめっちゃ警戒しているからね?」 ブルーは「…そんな事ない」と言い、ブラックを見るが、同時にブラックは目を反らした。 ブルーに見つめられると、嫌な悪寒が走る。無意識に本能が拒絶しているのだろう。できれば今後も関わりたくないと思っていると、ようやくレッドが口を開いた。 「ま、警戒するのも無理はねぇかもな。俺たちは本能に忠実だ。それが例え、作り替えた存在だとしても、普段身につけたであろう習性は癖として出ちまうもんだしな」 まるで目の前にいるブラックの正体を既に見破っているかのような言い回しだった。 これ以上、深堀はされたくなかったブラックはキッ…!とレッドを睨む。それに気づいたホワイトもブラックに対して威嚇し唸る。 「グルルル…おい、てめぇ。誰に向かって一丁前に睨んでやがる」「…さぁ、誰でしょうね。僕は貴方がたの事は当然、知りませんし。見知らぬ土地に足を踏み込めば、誰だって警戒しますよ」 あくまでも、自分が『人間』であると遠まわしに言った。 そもそも彼らが何者かも分からないままなのに、こちらの情報を公開するなどといった愚行に走る事はしない。すると、レッドは「くくっ…だーっはっはっは!!!」と大声で笑い出した。 何が可笑しいのか…いちいち反応に困る男に対して、より一層警戒をせざるを得ない。言動が予想できない、一番厄介な存在だった。 「ん~、想像以上に『出来た』奴だなぁ、ブラックよぉ。駆け引きにも、ホワイトの威嚇にも動じないとはなぁ。お前さんの言う通りだ、まずは自己紹介からだな!」「…別に要らな」「あいあいさ~☆ 僕の名前はイエローだよぉ。こう見えても20歳は軽く超えてる大人だよん☆ 格ゲープレイヤーでぇす、ヨロピコ♪」「(…年上!?)…いえ、だから」「俺はブルー…クレーンゲームプレイヤーだ。よろしく可愛い黒猫ちゃん」「(…ヒィ!)僕は可愛くなんか」「ホワイト。ダンスゲームプレイヤーだ、すけこまし黒猫野郎」「(また言われた…)話を」「んで、俺様はこのCOLORSのリーダー、レッドだ! ギャンブルとサバゲ―大好き♪ 以上、COLORSメンバー総勢4名の紹介終わり!」「……」 全くこちらの話を聞かない彼らは、自己紹介し終わった後「で? お前は?」とでも言うようにジィッ…と見つめてきた。 このまま黙っていたら空気読めない奴と思われそうだが、ブラックとしては自己紹介されたところで「だからなんだ?」と返したくなった。だが4人の威圧的ともいえる視線に耐えきれなかったブラックは致し方なく簡単な自己紹介をする事にした。 「……ブラックと言います。シューティングゲームを主にプレイしています」 あっさりとした自己紹介をしたブラックに、イエローが真っ先に質問した。 「あれぇ? ダンスゲームは~?」 あざとく首を傾げるイエローの質問に答える義務はない、そう判断したブラックは口を閉ざす。 余計な詮索されたくないし、まだ謎の多い彼らと馴れ合うつもりはなかった。 「こら、イエロー。余計な詮索はすんな。何をプレイしようが、そいつの自由だ」 イエローは「あっは~、ごめんごめ~ん☆」と軽く謝っていたが、本当に反省している態度ではなかった。 それにしても少人数とはいえ、さすがは1チームを率いるリーダーと言ったところか。好き勝手な行動をしがちそうなこのメンバーを上手く制しているようだ。先ほどの自己紹介では、随分ふざけた態度をとる男だと思っていたが、やはり油断のならない相手である事には変わらない。 「さて、と…自己紹介も互いに済んだことだし。本題に入ろうか」 一気に空気が変わった。 レッドの声色が先ほどと違い、真剣みのあるものだとすぐに分かった。 「まず…上手く隠してるつもりかもしれないが、ブラック、お前さん…野獣人だろ?」「……何を根拠に?」「1つめはホワイトの証言、2つめはお前さんのステータス、3つめは『今の発言』だ」「……」「違うなら、違うってすぐに言えばいい。それに俺の言葉に対して、遠まわしに『自分は人間である』なんてわざわざ言う事でもない。本当に人間なら俺が言った内容はさっぱり分からなかっただろうしな」 驚いた。 確かにあの時のレッドの発言は、まるで自分たちも含め「ブラックが野獣人だから警戒しても致し方ない」と野獣人である事を前提に話している内容だった。だからこそ、詮索されないように、正体を明かさないようにと気を張っていたが、ホワイトの威嚇に対応したあの発言から既に確信を得ていたに違いない。レッドの言う通り、とぼけるなり否定するなりすれば良かったのだろうが…今更何を言っても覆される気がしたブラックは、ふぅ…と息を吐き、気持ちを切り替えてレッドに微笑む。 「…さすがは、史上最短であのGRsに仲間入りした方だ。僕をここに連れてきたのも、ボスである運営の指示ですか? 僕が野獣人である事を知り、捕らえるおつもりで?……くすくす、随分と舐められたものですね」 ブラックの眼は笑ってはいなかった。 むしろ、返答次第では容赦しないとでも言うような気迫をその場にいた全員、顔に出さずとも充分に肌で感じていた。だが、レッドはむしろウズウズして仕方なかった。 これは大収穫となるまたとないチャンスだと、逸る気持ちを必死に抑えた。ブラックはおそらく自分たちが運営の下についた裏切り者か何かと疑っているようだから、まず訂正しておかねば。 「ありゃ、俺ってそんなに有名だった? でも残念、お前さんの予想は大外れ♪ 俺たちは確かに上の指示でこの世界にいる。だが『運営』じゃあない。さらにお前さんをここに連れてきたのは、その運営に目をつけられる前に保護したかったってのもある」「…他にも理由が?」「俺たちの仲間に入れっていう勧誘の為♪」「………は?」 一番の理由はそれだと言わんばかりに、満面の笑みでブラックに告げたレッド。 ブラックはひとまず頭の整理をする為に、質問をする事にした。 「…貴方がたは運営の指示で動いている訳ではない…では誰の指示を受けているのですか?」「えっとねぇ、王様だよぉ。リーダーとブルーのおとむがっ」「…イエロー、それはアウト」「あぁ~…ま、いっか。お前さんも気づいてたろ? ホワイトの事『野獣人』って呟いていたんだもんな? 俺たちの上司は俺たちの王だ、あ、これ他の奴らには内緒な!」 ブラックはますます困惑した。 彼らは野獣人の王である獣王レオの指示のもとこの世界に潜伏しているというのだから。所謂、獣王の直属の部下だと言っているようなものだ。 「…では僕を『保護』したかったというのは」「てめぇが迷子の黒猫だからに決まってるだろうが」「違う違う、ホワイト。さっきの俺の話、聞いてたか? 俺は、ブラックをこの野獣人保護団体《COLORS》の仲間に入れたかったんだっての! 誤解招くような事言うんじゃねぇよ!」 つまり、王の直属の精鋭(?)部隊とも言える彼らはこのGAME WORLDに迷い込んだであろう同志が《野獣人狩り》の被害に遭わないように、保護したのちに元の世界に強制帰還をさせているというのだ。 色々と説明不足な気がするが…ブラックはひとまず、彼らが運営の手のものではない事に安堵した。彼ら、というよりレッドは、ホワイトに劣らないブラックの実力を見込んで、その保護団体の一員に迎え入れたいと。 話はだいたい理解はしたが、ブラックは自分の課せられた任務と主旨が異なる為、すぐには返答をする事ができなかった。 「まったく認知していなかったとは言え、まさかあの御方が関与していたとは…先ほどの数々の非礼、深くお詫び申し上げます」 ブラックは深々と一礼し謝罪を述べた。 獣王の直属の部下という事は、自分よりも地位は上に当たる者達なのだろう…性格に難ありな気がするが。 「んじゃあ、俺の仲間に」「それはお断りさせていただきます」 そして間髪入れずに、ニコリ…とやんわり断られた。 「え、今の流れで断るの?」「…変質者である馬鹿が悪い」「保護されてる分際で生意気な…」
などと他のメンバーは何か言っているが、こちらにも事情というものがあるのだ。 それにしてもまだホワイトはブラックを保護対象だと思っているようだ。阿呆なのか、うん阿呆なのだな。 ブラックは他のメンバーの反応に呆れつつも、レッドに言えるだけの範囲内にとどめて理由を述べる事にした。 「お誘いは大変、有難いのですが…僕もただ好奇心のままにこの世界にいる訳ではなく、ある『任務』を遂行する為に潜入しています。貴方がたは何も知らずに迷い込んだであろう同志の保護を目的とされているようですが、僕の任務はこの世界の、運営の実態の調査なんです。ですから」「つまりぃ、目的が違うから仲間にはなれないって事~?」「そういう事です」 レッドの反応を窺いながらイエローの言葉に同意した。 これで諦めてくれれば幸いだったのだが、レッドは表情を崩さず、笑顔のままだった。むしろ、断られる事を見越していたかのようにある『提案』をした。 それが… 「賭けようか」 何を言っているのか、すぐには理解できなかった。 いったい何を賭けるというのだろうか。 「さっきも言ったが、俺はギャンブルが大好きだ。ホワイトとお前さん、再戦の約束してたろ? 確かシューティングゲームの」 嫌な予感しかなかった。 そもそも、あれを約束と言ってもいいものだろうか。ただの売り言葉に買い言葉といった口喧嘩にすぎなかったはずだが。 しかしレッドは言葉を続けた。 「俺は『ホワイトの勝ち』に賭ける。勿論、お前さんは『自分の勝ち』に賭ける。ホワイトがお前さんに勝ったら『《COLORS》のメンバーに入り、チームのルールに従う事』。ブラックがホワイトに勝ったら『俺たちはお前の保護はしないし、干渉もしない』」「……!?」「悪い話じゃないだろ? お前さんは自分の得意分野での勝負に勝てばいいだけの話だ」「ですが、不公平になりませんか? その内容だと、貴方のほうが不利かと」「…ふん、逃げるのか?」 ブラックの言葉を遮り、揶揄したのは賭けの対象にされたホワイトだった。 これは挑発だ。 分かり切っている事だ。 無視をすればよかった、だが。 「……今、なんと?」 聞き捨てならなかった。 「『逃げるのか』っつってんだよ。本当は自分の得意なジャンルで負けるのが怖いんだろ? 俺は別にいいんだぜ、てめぇが尻尾巻いて逃げちまっても。てめぇが『その程度』の奴だったって事だ」「……しろ」「あん?」「…今すぐその戯言を撤回しろ、と言ったんです」 怒りで我を忘れる、この時の自分がまさにそれだった。 自分も彼に同じような事をしたからか、これはホワイトの仕返しだと解釈した。頭では分かってはいても、勝負から逃げ出す弱者と揶揄されていると思うと怒りはそのまま収まる事はなかった。 「戯言? それはこっちの台詞だ、この野郎。俺はてめぇの事は最初から気に入らねぇんだよ。兄貴の誘いを断るだけでなく、俺との勝負までも有耶無耶にしようとしやがる…言っておくが、俺はどんなゲームでも全力でてめぇを叩き潰すからな!」「…望むところです。僕も貴方みたいな傲慢な愚か者に、いい加減我慢ができなかったので。この勝負、賭けも全て受けて立ちます」 ブラックもホワイトも互いに火花を散らす。 こんな奴に負けたくない。 「よぉし! じゃぁ決まりだな♪」 ―そして冒頭に戻る。 前置きが長くなってしまったが、つまりは二度に渡る売り言葉に買い言葉を交わした末に、結局のところ、本来の目的も忘れてホワイトとシューティングゲームで勝負する事になったのだ。しかも気づけば自分の今後の行動・立場を賭けた勝負に発展してしまっていた。 だが、今更後悔しても致し方ない。過ぎた事を悔やんでも、時を戻す事はできない。 今はこの《V‐GUN SHOOTING GAME【DESTROYERS】》でハイスコアを獲ると同時に生意気なオオカミに勝利する事に集中しなければならないのだから。 このゲームの簡単な説明は以下の通りである。