ここで色々文句を言ってもしょうがない。
そういう意味ではさめている。
それだけ苦しんで誰も私の事を受けとめれる人はいない。
なので比較的私に何が起ころうと
サバサバしている。
ジタバタしても人間はわかりあえない。
そう思っている。
なので出来るだけ自分の状況を伝え
自分のおもいを吐露したら
それでおしまいである。
その先は何にも望んでいない。
逆に言えばそういう人生を歩んできたに他ならない。
誰かにうったえる力があるとしたら
うらやましい人だ。
そういう人達が世の中を動かしているのだろう。
でも
私は明らかにしいたげられた人間である。
自分の無力と世の中の無力に
あきれ果ててる。
だから
私の出来る事を淡々とやるぐらいしか自分の出来る事は無い。
自分で何でも出来ると思う状態が
うらやましい限りである。
本当はそういう世の中なのに
日本人の50%の中で自分の無力感を持っている人はだまされてる。
それも偉くも何ともない数パーセントのエリートにだまされてる。
反社会的な運動が起こらないのが不思議でならない。
もっと賢い奴が賢い事やってれば
もっと違う世の中のはずである。
でも私にはそういう風に見えない。
数パーセントのエリートが調整しているだけである。
だからそれだけでも
文句たらたらだから
余計にさめてしまう。
どうせ私の事は寝耳に水だし
無責任極まり無いエリートが自分の無能をさらけ出して
今の世の中が出来ているぐらいの認識しか持てない。
そういう意味で
私の病気と薬は
私は日本人の奴隷ですと言っているのに等しい気がする。
その日本人達は私を病気だから仕方ないと言っている。
その状態に希望が持てる人間がいる事自体が私には理解しがたい。
それを肯定する科学なんていらない。
それを肯定する日本なんていならない。
それを肯定する世界なんていらない。
非人間的な人間が肯定しているとしか思えない。
何の希望も持てない。
奴隷とはそういうものである。
2014/07/02 新規作成