合唱通信 No.15 ◆テヌートとソステヌート◆ 2013/10/16
私たちは、音楽の持つ表情を理解したり伝えるために、音の表現の仕方をさまざまな言い方で言い表しています。「スタッカートな表現で歌おう」とか
「ここはレガートな表現がふさわしい」といった具合に、一つ一つの音だけでなくフレーズを音楽的に意味のあるものにする手がかりとして発想記号や
奏法に関する記号に接しています。
スタッカートはご存じのように、「音を短く切って歌う(奏する)」ことですが、その逆に「音の長さを充分に保って歌う」ことを意味する言葉はテヌートです。
そのテヌートに似た言葉にソステヌートという言葉があります。音楽用語辞典には、次のように書かれています。
◇テヌート:音を保持して、音の長さを充分に保って。
◇ソステヌート:音を保持して、各音符を充分に保って。
ここに書かれている説明だけでは、その違いは判然としません。
しかし、同じような説明がなされているにもかかわらず、二つの言葉があるというからには何か内容に大きな違いがあるはず。
それが今号の話題です。
テヌートは、もともとイタリア語のtenere(テネーレ)」という“逃げないように、落ちないように手で押さえる”とか“何かを保持する”ことを意味する動詞を
語源としています。
そこから転じて音符をしっかりつかみ、押さえている様子を表現するようになり、音楽的にはその音を“次の音に動かしたい気持ちを抑えて長めに”保っ
て歌う、という意味合いを持たせたものと説明することができるでしょう。
一方、ソステヌートはラテン語の「substinere(スブスティネーレ)」という“下から支える”ことを意味する言葉を語源にしています。
頭についている「sub」は、英語で言うと下付き文字「subscript」の略語になっていることからも分かるように、「下の」という意味を持っています。
例えば「subway」は「地下鉄、地下道」、「submarine」は「潜水艦」、「subtitle」は「副題」、「support」は「下から支える」「援助する」という意味で、この
「sub」は単なる“下の”という意味ではなく、援助や応援、愛情で人を支えるというニュアンスを持った言葉だと理解できます。
ですから「sostenuto」は、だれかを後押しする、援助する、高い品格、気高さ、ものものしさ、という意味の込められた“音を充分に保つ”であり、下から
音を大事に支えること、そのために大切に注意深く音を保って歌うという意味が濃厚な言葉だということがわかります。
こう考えてみると、同じ“音を保つ”こと意味する言葉でも、テヌートは音を表現する際の奏法(長く保つこと)にウェイトがかかり、ソステヌートはその音を
演奏する際の心情(大切に歌うこと)にウェイトがかかったものという言い方をすることもできるでしょう。
合唱に於いては、多くのフレーズで、ことにフレーズの歌い出しやフレーズのまとまりの部分を歌う際に、ソステヌートで歌われることが多く、その音を
大切に注意深く歌い出したりまとめたりすることに配慮していることに気づかされることでしょう。
その楽曲の「よさ」をよりよく表現するために、母親のごとき愛情をもって優しく支える心持ちで一つ一つの音を歌う、という構えがソステヌートの背景に
あり、それはまた合唱への構えと相通じるものがあるように思われるのですが、いかがでしょうか。