合唱通信 No.3 ◇◇ 音楽の心地よさ ◇◇ 2010/06/09
人は音楽に触れると、なぜか心が落ち着き、ほぐれ、なごみ、浮き立ったり解放感を感じるといった具合に、心地よさ(快の感情)を得ることができます。
それはなぜか、ということについて近年の脳科学や認知科学はある仮説を得ています。
簡単に言えば、音楽がヒトの大脳辺縁系に作用し、快感物質であるアドレナリンの分泌を促すからだ、というものです。(この説明だけではあまりにも大雑把すぎますが)
大脳辺縁系は、いわば人間として進化する以前から持っている動物としての本能を司る「古い脳」のことです。
古い脳である大脳辺縁系は、動物として生きる上で欠かせない情感や食欲などの基本的な欲求を司っていると言われています。危険を感じたりしたときに身体を緊張させて身構え、危険を避けたり、手のひらにじんわりと汗をかいて枝をつかむ力を支え、樹上から落ちないようにするといった無意識の身体反応も、ヒトになる以前に獲得した大脳辺縁系の働きによるもののようです。
どうやらこの大脳辺縁系に音楽が届くと、“これは危険なものではない、むしろよいものだ”と判断し、快感物質を放出するなどの作用をするようで、その結果血流がよくなったり、新陳代謝が促されたりし、ひいては日常生活のストレスから解放されることにより、楽しい気分になれるのだろうと言うのです。
そしてまた音楽が心地よさをもたらすばかりではなく、逆に楽しい気分が音楽を求めるということもしばしば起こります。
宴会などでも、お酒に酔って楽しい気分になり放歌高吟するという光景がよく見られます。
しかし、お酒の席で楽しい気分になったからと言って絵を描き始めたり、粘土をこねて茶碗や皿を作ろうなどという人を見かけたことはありません。どうやら、好むと好まざるとにかかわらず、そして知的な認識や思考・意志という「新しい脳」が司る領域を越えた範囲で音楽と人間は密接にとつながっていて、そのおかげで人間は生まれつき音楽を好む傾向が強いと言ってよさそうですし、音楽は絵画や陶芸など他の芸術と一線を画していると言っても過言ではなさそうです。
そのように音楽がもともと人間の生存にかかわる「古い脳」に直接届くものだからでしょう。音楽を聴いたり歌ったりすると身体が自然に動き、五感が感応し、心の最も深いところが刺激され、揺り動かされたりすることで我知らず喜びや快さを感じるのかも知れません。
詩人の谷川俊太郎さんは次のように言っています。
『老人ホームなどに行くと、おばあさんが童唄を歌ったりしている。子ども時代に戻って“二度わらし”になって覚えているということは、非常に深いところで身体に入っているということ。現代詩はそのように身体には入っていかない。頭にしか入っていかない』
私たちが取り組んでいる合唱という演奏形態でとりわけ特徴的なのことは、メロディーやハーモニーと併せて「歌詞(ことば)」が重要な働きを持っているということです。
歌詞を理解することで、その曲やフレーズに対する共感が深まり、いっそう表現の工夫に心が動き、はずみがつき、心をこめた「歌い方」や「曲趣・曲想を生かした響き作り」に拍車がかかるといった経験は、どなたもお持ちのことと思います。
音響やリズム、メロディーやハーモニーといった目に見えない抽象性の強い要素で成り立っている音楽は、先に書いたように人間の無意識下の「深いところ=古い脳」に作用しますが、歌詞(ことば)は人間の「記憶や理解・想像」といった新しい脳の領域に働きかけ、具象的なイメージを鮮明に呼び起こしていっそう音楽への共感をもたらしてくれるはずです。
そう考えると、ことばを大切にし、よりよくことばが伝わるように歌いたいものだとつくづく思うのです。歌い手の共感が、聴き手の心を振動させ、互いに共振した時にこそ「歌」が伝わることはもとより、ことばを歌い上げることが創造的・想像的に歌うことにつながるからです。