2007.02 Dialogue with Professor Kanda
神田秀樹教授との対談

Issues and challenges facing Japan's financial and capital markets from the perspective of financial globalization

金融のグローバル化から見た我が国金融資本市場の課題

2007年2月27日実施

ゲスト Hideki Kanda 神田秀樹 東大教授
聞き手 Shigehito Inukai 犬飼重仁 NIRA主席研究員

(CMAA設立の背景となる参考情報)

(旧NIRAサイトからの転記.一部加筆)
これまでNIRA 理事長である私自身とゲストの対談形式でこの対談シリーズを行ってきたが、今回は犬飼重仁主席研究員の担当するNIRA の金融関係のいくつかの研究会において座長や委員を務められ一貫してNIRA の研究をサポートいただいている東大の神田教授にゲストとして登場いただき、犬飼主席に聞き手役をお願いして収録した対談シリーズの17 回目をここに掲載させていただくことにした。
なお、2007 年3 月に、神田座長のもと犬飼主席以下でまとめられた、NIRA 研究報告書・提言『アジア域内国際債市場創設構想』(単行本としてレクシスネクシスより出版. 追って英語版も同社より出版されている)およびほぼ同時期に官邸のアジア・ゲートウエイ戦略会議に提出した『NIRA 金融プラットフォーム小委員会提言』の、読みどころ、勘どころが、この対談には満載である。難しいテーマながらやさしい語り口で重要なポイントがわかりやすく説明されているこの対談を、二つの提言とともに多くの方にお読みいただき、次のステップの政策論議にお使いいただければ幸いである。 NIRA 理事長 伊藤元重

犬飼による注記(2023年8月): この対談は、NIRAが主催、早稲田大学21世紀COEが共催し、早稲田大学の教室を借りて行われたものです。この対談は旧NIRAのHPより取得可能であるとともに、早稲田大学GCOE発刊の紀要にも掲載されています。この対談において神田教授から授かった教えは、その後の2010年9月のABMF(ASEAN+3 Bond Market forum)の設立に生かされるとともに、ABMF内の討議を経て2015年に実現した域内横断的なプロ投資家向け債券市場であるAMBIF(ASEAN+3 Multi-Currency Bond Issuance Framework)債市場にも、その精神が受け継がれているといえます。その意味で、この対談の内容は、その後10数年にわたって行われてきたABMI/ABMFにおける活動の原点をなすものといえます。

犬飼 これまで神田先生には,2005年に「日本版金融サービス市場法制(包括的・横断的市場法制のグランドデザイン)」の提言を行わせていただいたNIRA研究会でお世話になり,また2006年に「アジア域内国際債市場創設構想(Grand Design for an Asian Inter-Regional Professional Securities Market (AIR-PSM))」を提言させていただいた研究会の座長を,そして2007年2月のNIRA金融プラットフォーム小委員会で官邸のアジア・ゲートウェイ戦略会議に対して提言(NIRA アジア金融プラットフォーム小委員会 提言)を出させていただいた際の座長をお務めいただくなど,一貫してわれわれNIRAがお世話になっておりまして,この場をお借りして改めて厚く御礼申し上げます。

 本日は,先生にお世話になっております一連のNIRAの研究の大前提でもありますが,「金融市場のことを考えるときに皆で共有しておきたい事柄ないし概念」,例えば,「日本の金融市場がグローバリゼーションにさらされているというときの市場のグローバリゼーションとはどういうことなのか」とか,「日本国内の市場をアジアと世界に開いていくということがどういうことなのか」とか,「我が国の金融市場関係者の間で共有しておくべき共通認識あるいは共通言語とは何か」など,その辺りが非常に説明しにくく,またわかりにくい面があると思っております。2006-2007年の官邸のアジア・ゲートウェイ戦略会議の主題の一つでもありましたが,我が国がアジアにおける金融のゲートウェイになるということがどういうことなのかというあたりも含めまして,神田先生のお考えをお聞かせ願えればと思います。

1.マーケットのグローバリゼーションとは

神田 それでは,NIRAの研究にも関連づけて,大事だと思うことをいくつか申し上げたいと思います。

 ゲートウェイとかアジアをどうするかという話のときに,私は二つポイントがあると思うのです。それらは相互に関連しているのですが,その一つは,「金融市場とかマーケットのグローバリゼーションというのは何を意味しているか」ということです。

 マーケットのグローバリゼーションというのは,決して世界でマーケットが一つという意味ではないのですね。マーケットというのは非常に重層的で,極端に言えば,ローカルマーケットがたくさんあるけれども,シームレスにつながっている。あるいは,もうちょっと言うと,非常にローカルなマーケットもあるし,多少クロス・ボーダーのマーケットもあるし,あるいはひょっとすると地球単位のマーケットもあるかもしれない。「いろんなサイズのマーケットが多数同時に存在していて,電子化も関係ありますが,それらがシームレスにつながっているという状態」を「グローバル化」と呼ぶのです。

 この認識を間違うと,極端にいえば,制度の整備やインフラ整備を間違うことになります。ですからこのことは非常に重要です。
 この点は,アジアについても一層そうだと思うのですけれども,そういう認識をまず持つ必要があると思うのですね。これが一つです。

2.アジアの中に恒常的に機能する対話の仕組み・場が必要

神田 第二点は,おそらく第一点とも関係すると思うのですが,そしてこれもアジアだけの話ではないと思いますが,とりわけアジアは,私の認識ではヨーロッパ以上に多様性が大きい。いろいろな意味で差異が大きいと思うのですね。ですから,「アジア」ということで一つ線が引けるかどうかという問題は当然ありますけれども,結局のところは,何ができるか,何が望ましいかという話をするときには,それぞれの参加者が,まずは「対話する仕組み」というものが ─これまでもあるのではないかと思われるかもしれませんが,これまでは個別断片的な対応でやってきているのであって,その仕組みが─ ないと,表現はよくないかもしれませんが,およそ「外交」が始まらない。

 ですから,日本は何ができるか,何をすべきか,という問題は,当然各論としてはあるのですが,各論の前にそれを支えるインフラとして,「外交」というか,ちょっといい言葉がないので,─「対話」と言うと弱いし「外交」と言うと強いのですけれども ─そういう仕組みが恒常的に機能するような「プラットフォーム」と言ってもいいし「場」と言ってもいいのですが,それをつくる必要がある,というのが二点目です。

3.各国が市場を規制するということ

神田 両者は関連するといいましたのは,それぞれの国はそれぞれの国で歴史があり伝統があり,かつ,市場について,国によっては強い規制をしている国もあります。経済の発展段階に応じて各国の状況は異なります。先進の国々ではプロ向けの規制が弱いというか規制を自由にしている国もあります。それからまた,アジア以外からの投資が大量に入っている国もあれば,あまり入ってこない国もある。それから,国の経済成長の速度も人口の構成も違いますし,非常に多様なわけです。当然のことですが,世界は国を単位に成り立っている以上は,それぞれの国が一定の政策を持っているわけです。これは金融だけではないですけれども,当然金融についても政策を持っているはずで,それは国によって同じでないはずなのですね。

4.日本としての政策の持ち方

神田 ですから,それぞれの政策を実現していく上で,「共通のもの」として何をやったらいいのだろうかという話をし,「日本は」という言い方をすれば,そういう中で,ある種日本がリーダーシップをとれるかもしれない分野というのは当然あるわけですけれども,「日本は何ができるか,何をすべきか」という場合には,例えば「アジアの視点に立って何をすべきか」と言う人はいるのですが,その前に,「日本は日本としての政策をもって,その中で他国の政策とどこを共同,共有できるか」,そういう発想に日本も立つべきだと思うのです。この点が非常に重要だと思います。

5.アジアの中でお金がどこからどこへ流れ誰が運用管理しているのか

神田 それでさっきの話につながっていくのですが,そもそも金融の分野で将来のあり方を論じるときに,アジアの中でお金がどこからどこへ流れて,誰が運用管理しているのかというのは,キーポイント中のキーポイントなのですが,それを明らかにして,それを踏まえてどういう政策を持つかということは,これまでほとんど行われていないと思うのですね。それで,日本でも,民間の資産運用機関などは個別にそういう研究はしておられるかもしれませんが,政府レベルで何か議論するときに,そういう紙が出てきた例は,とくにどういう運用機関が運用しているのかについて,私は一度も見たことない。

しかも,アジアの他の国というか,相手の国の状況が分からない状況では話はできません。このように言うとちょっと怒られるかもしれませんけれども,果たしてそれぞれの国がこうした実情を把握した上で政策を持っているかどうかというのは,よく分かりません。ひょっとすると,それぞれの国でも自分の国がどうなっているのかご存じない国もあるかもしれない。国が非常に小さければ,あるいは必要ないかもしれませんが。

 ですから,私はまず第一歩として,それぞれの国が,自分の国の中でのお金の流れと資産の管理運用を,誰がどうしているのかということを,国がしている部分を含めて把握をして,次に,外へ流れている分,外から入ってくる分というものの全体像を持った上で,その国は一体金融分野をどうしていくのかという政策を持つ。そこまで行って初めて話し合いが始まると思うのです,「外交」が。さっきの言葉で言いますと「対話」でもいいのですけれども。

 そこへ持っていかなければいけなくて,これまで幸いアジアは,よくも悪くも後発というか,先輩があるわけですよね。先に,EUもありますし,他にも進んでいるところがありますので,そういう国々の経験を参考に,具体的にやるときは何をしたらいいのかというのは,決済にせよ何にせよ,おおむね見えているわけです。つまり,「各論のカタログは見えている」のですけれども,「具体的にアジアでどうしたらいいか」というのが見えない最大の原因は,そこにあると思っています。

 そういう意味では,どういうふうにこれを実現していくべきかよく分かりませんが,ぜひその二つの点を重視して,それぞれの国と中身のある話ができるような段階に持っていく。それができれば,ひょっとすると自然にそういう時期が来るのかもしれませんけれども,あとは意外と早い。逆に言うと,それができなければ,いくら議論していても,議論はできるのでしょうが,およそ実現という話にはほとんどならないでしょう。

6.各国の実態を知るアジア独自の努力が必要

犬飼 確かにそうなのですね。実態を踏まえた上での各国の国内市場のヴィジョンが必要ですね。NIRAの研究報告書として2007年3月に出版された『アジア域内国際債市場創設構想』という単行本の中にある図表(東アジア各国国内債券市場残高総合表. 改訂版の図表を添付.上記)を見ていただいても,各国の債券の発行残高を示した表ですけれども,日本が圧倒的に大きくて,その次は中国が2番,韓国が3番。この三つの国でアジアのおそらく9割以上かもしれません。ですから,債券だけでなく,株と一般の銀行借入れも含めた金融全体を見た場合にも,この日中韓の三国と,それ以外の国の差が大きい(図表を添付.上記)というところが問題ではないかと思うのですね。逆に言うと,アジアの中の意識の高いトップの方々が声を大きくして,アジア債券市場をどんどん推進しようとおっしゃっておられた,その指摘は非常に重要ですが,そういう国々の債券市場の残高は,相対的に小さいわけです。

 あと,結構問題になるのは台湾なのですが,数字が取りにくかった。BIS(国際決済銀行)やIMF(国際通貨基金)の統計のペーパーを見ても,台湾の数字が載っていなかった。欧米のそういうペーパーでは台湾が外れたベースで出ていました。やっぱりアジア独自にアジアの実態を知る努力が必要ですよね。

 先ほどの図表も,実は民間の団体とNIRAのイニシアティブで,私自身を含むグループがアジア各国を回って手間のかかる調査をした結果,ようやく作ることができたもののひとつで,それをアップデートしたものですが,その調査の価値は大きいと思います。

神田 この表は,私はいろんな意味で面白いと思います。これを見れば一目瞭然。まず,アジア各国のなかに債券市場というものをつくると絶対プラスになるなということを示していますよね。だけど逆に言うと,債券市場の残高の小さい国は何もないかというと,何もないはずはないので,お金は必ず流れているのですね。ですから,その国の中でどういうお金の流れ方があって,誰が金融資産の運用と管理をし,そして国がどういうポリシーを持っているのかですね。私の直感では,国によってもちろん違うでしょうけれども,政府系のところの支配というか管理が,恐らく大きいと思うのですね。

 ですから,それも含めてどうなっているのかを把握しないと,彼らだって,債券市場は「ないよりあるほうがいい」という議論はできても,「一体本当に債券市場というものを通じてお金を流すということの意味がどうなのか」ということは分析できないし,まったくポリシーを持てないと思います。

 下手すれば規制になってしまって,「ゲートウェイをつくったけれども,規制です」という,矛盾したことにもなりかねない。

 これはエクイティについても同じことが言えるのですが,そういうことをやらないといけないのですよね。我々がやらないといけないというよりは,それぞれの国がやらないといけないと思うのですね。

7.必要な民の連携

犬飼 おっしゃるとおりですね。先程「外交」なり「対話」が重要というお話があったのですが,いままではどういうレベルで「外交」なり「対話」があったかというと,政府のお役人,あるいは政治家のレベルの対話なり外交なりはもちろんあったわけですが,例えば市場参加者ないし市場実務家というか,発行体なら発行体,投資家なら投資家,金融機関なら金融機関で,それぞれの連携があるかというと,アジア域内ではほとんどないのですよね。

神田 まったくそれも問題ですよね。問題,問題と言ってもしょうがないかもしれませんが。アジアの伝統では,総体的に言えば,国の力が強いですよね。逆にいうと,「国の力に頼らざるを得ない状態にある国が多い」ということだと思います。したがって,おっしゃるように「民間レベルでの連携とか対話」というのは,非常に少ないということなのではないでしょうか。

 ヨーロッパは中間だと思うのですが,ヨーロッパはもちろん,成熟度は大分高い。国にもよるのでしょうけれども。EUでいえば,27カ国全部足したらどうなるかよく分かりませんが,民間レベルでの連携や対話も,アジアよりはあると思うのですが,総体的に言うと意外と少ないかもしれないとも感じます。やはりEUも「国を通しての対話」ということになっているように感じます。ですから,それは自然と言えば自然なことなのだとは思うのです。

 ヨーロッパでは,各国の官僚が強くてうまくいかない面があるとの指摘もあるようです。ただ,成熟している社会ですから,うまくいかなくても別にサステイナビリティは維持できるのですけれども,アジアの場合,これから成長していかなければいけませんのでね。

 ですから,ここは大きな別れ道で,「ヨーロッパのように国がリーダーシップをとってやっていくのか」,あるいは,いわば「アメリカ型の成長というか,民が主導でやっていくのか」というのは,難しいところで,おそらく「ヨーロッパ型ではアジアは成長できない」と思います。これまでも言われていることなのですが,今後,「国が全部やります」という方針は改めていかなければいけないですよね,アジアの場合は。ただ,まだその見通しというのはまったく立っていないということだと思います。

犬飼 分かりました。日本とアジアの金融サービス市場のあり方・構築の仕方というものは,官僚主導のヨーロッパ型でもなく,かといってアメリカ型一辺倒でもなく,「日本とアジアに独自のユニークなものとして,専門的な知見を有する民の主導を前提に,民と官の対話と有機的な連携で,制度を積み上げ成長を目指すべきである」ということかと思いました。その意味でも,ロンドンのシティで発達したような,プロ同士による広義の横断的な自主規制システムの在り方に学ぶところが大きいように思います。

 グローバリゼーションとそれに関する非常に貴重なお話をいただき,ありがとうございました。

8.アジア域内国際債市場(AIR市場)は人為的につくるもの

犬飼 さて,神田先生に座長を務めていただいて,2005年から1年以上かけてNIRAの研究会の研究成果として,2007年の3月に『アジア域内国際債市場創設構想』という名前の単行本を出させていただきました。また2008年の3月には,その抜粋改定英訳版として『Grand Design for An Asian Inter-Regional Professional Securities Market (AIR-PSM)』を出版させていただいたわけです。そのなかで,2007年には「アジア域内国際債市場創設」を提言し,2008年の段階ではそれをもう少しわかりやすい言葉にした「AIR市場(Asian Inter-Regional Professional Securities Market)創設」を提言しています。

 国際債とかユーロ債とかオフショア債とか国内債とか,債券一つとってみてもいろんな言い方があって,内容が非常に専門的で,一般の方になかなか分かりにくい。アジア域内国際債市場の「国際債とは何か」と言っても,非常につかみにくいと思うのです。

 例えば,数年前から「アジアボンドを振興しよう」,「アジアボンドが大事だ」ということがいろんなところで言われますが,じゃあ,アジアボンドとは一体何なのだろう,どういう定義のものなのだろうというところも,よく分からない。そんな感じがするのですが,その辺からコメントをいただければと思います。

神田 これは,厳密に議論すると確かに細かい話としては法制度がどうかという話になるのですが,考え方として,感想を申しますと,もともと金融市場をはじめとして「市場というのは,歴史的にはともかく,現実問題としては,すべて規制されているというか,人為的に管理されている」のですね。「人為的に管理される」というのは言葉が悪くて,すごい規制が強いように思うかもしれませんが,そうではなくて,「規制が緩いものとして,この範囲のものは自由に認めます」ということも含めてです。

 ですから,金融市場というのは,そういうものとして,いくつもあるというふうに考えるべきなのです。現代の金融市場は,自然発生的に市場が出てきたというふうには考えないほうがいい。

 そうだとして,今回の構想というのは,「アジア域内国際債市場(AIR市場)というものを一つ人為的につくりましょう」という考え方なのですね。極端な言い方をすれば,「そこには,既存のいくつかの市場にはない良さがありますよ」と。それによって,アジアボンドと呼ぶのかもしれませんが,「アジア経済における金融にもう一つプラスになりますよ」と,そういうふうに考えると分かりやすいと思います。

犬飼 確かに,先生がおっしゃっていただいたように,「人為的につくるのだという発想」がないのですね。今あるものをどう分析するかということは皆さんお得意なのですけれども。日本とアジアのためになる「共通・共有の市場インフラをつくる」という発想はこれまでなかった。

 例えば,私自身もロンドンのある事業会社の金融子会社に6年ほどおりまして,ロンドンの国際的な金融資本市場がいかに便利で活気があって面白いかを,80年代後半から90年代にかけて経験しました。そういう経験をバックにして,「そういう自由なユーロ市場みたいなもの」がなんで日本やアジアにないのだろう,ということを常々考えていたのです。

9.自由市場(AIR市場)を日本とアジアの天空につくる

 ロンドンまで行かなくても,「ユーロ市場みたいな自由な雰囲気が味わえる,そういう市場」を,日本とアジアの天空につくりたい。「天空」という言葉もよく分からない言葉ではあるのですが,そういうことを皆さんに折に触れ申し上げてきました。人為的にそういうものをつくるという発想が根底にはあるのですが,なかなか理解していただきにくい。

    そのことを慶応大学の池尾和人先生に申し上げましたら,「もっとわかりやすい名前をつけたらどうか」,というお話になりまして,それで,「天空」のAIRにもひっかけて,アジア版の自由証券市場にAIR市場(Asian Inter-Regional Professional Securities Market (AIR-PSM))という名前を付けたわけです。

 プロの定義が,ここへ来て金融商品取引法でようやく明らかになり,そういう意味で,プロとは何かという議論をする必要がなくなったのは大変にプラスだと思うのですが,要するに,これは発行体も,投資家も,そして仲介業者も皆同じなのですが,そういう日本のプロの人たちと,それと同等の各国のプロの人たちが集まって,あるいは連携して,アジア域内のプロ同士の市場については,各国が人為的に規制を免除するなり国内の規制が非適用であることを確認するなどして,日本とアジア発のプロ同士の市場を,逆に積極的につくりだしていったらいいのではないかということです。

10.「規制しない」というのも規制当局の判断

神田 テキスト的な説明で言うと,「ユーロ債というのは自然発生的に発生した」と言えます。それは半分ぐらい正しいですが,半分ぐらい正しくない。正しいほうは,「民主導できた」という点だと私は思うのです。そういう意味で「自然発生的」。正しくないほうは,ユーロ債というのは「規制しない」という規制当局の判断があったからで,そういう意味では「人為的」に生まれているのです。

 ですから,アジアの場合には,なかなかユーロ債市場みたいなものは,民主導でできるほどの民の力がないものですから,結局,提言として「つくりましょう」ということだけを今言っている。

犬飼 そのとおりですね。今も先生が「ユーロの場合には規制しないという当局の判断があった」とおっしゃいましたが,なぜならば,それはプロ同士の世界がそこに存在して,官からの規制の押しつけでやらなくても,自主規制がきちんと効いていたと。ある種市場のプレーヤー同士のクラブ的な世界の中で,変なことをやったら村八分になるという,プロ同士の自主規制が結構いい感じで効果を持ったというのがその背景にあるのかなという感じがするのですね。

11.「ユーロ債市場のようなもの」のつくり方

犬飼 でも,日本の中でも,あるいはアジアの主要な国の中でも,当時のユーロ債の発行と流通を運営し,それに関与してきたような人たちと,質がそんなに違わないレベルのプロの市場参加者というのは,結構増えているのではないかと思うのですね。だから,そういう意味で言うと,「ユーロ債市場のようなもの」を日本とアジアの天空につくり出すということは,やる気にさえなればそれほど難しいという話ではないような感じが非常にするのですね。

神田 そこは重要なところだと思います。余計なことを言いますと,半分以上はそれに賛成なのですけれども,私は意外と難しいと思います。

例えば,ユーロ債の実務に詳しい方とか,日本の場合には当然そういう経験もあるし,民間のそういう機関もあるのですね。既にユーロ債の経験もありますから。ですけれども,ちょっとそこに誤解があって,「だからプロの間の自由な市場をつくるべきであって,日本でもあってしかるべきだ」と主張する人がいるのですけれども,これは成功しないと思います。

12.日本のためだけのオフショア市場はいらない

神田 なぜかというと,日本の中ではできるかもしれません。そういう意味では,ユーロ市場は日本にとって,つまり日本から見たある種のオフショアという意味でのそれはできるかもしれません。しかし,それは日本一国だけにとってのことです。それで,「アジアにつくりましょう」ということを今言っているのですけれども,「アジアにつくりましょう」と言ったら,ほかの国は「イエス」と言わないですよ。

13.アジア各国の金融市場のヴィジョンが必要

神田 「なぜイエスと言わないか」といったら,それは,反対だからイエスと言わないのではなくて,それぞれの国が金融の分野にとってどういうヴィジョンを持ったらいいのかということが,まだそれぞれの国で醸成されていないからです。そこで日本が「ユーロ市場をつくりましょう」と提案したら,みんな,反対とは言わないまでも,躊躇するはずなのです。

14.「ユーロ市場がやれたような機能を果たすもの」をアジアで一緒に人為的につくる

神田 ですから,そこは,さっきの言葉を私はあえて使わせていただくと,「ユーロ市場と同じものをつくりましょう」ではだめなのですね。「ユーロ市場がやれたような機能を果たすようなものを人為的につくりましょう。その具体的な中身はみんなで話し合いましょう」,こういう言い方をしなければいけないと思うのです。

 そこのところさえ留意すれば─NIRAの提言では留意して構想しているはずなのですけれども(笑)─,議論を始めることはできるということだと思います。

15.アジア資本市場協議会(Capital Markets Association for Asia)が必要

犬飼 先生がおっしゃるとおりだと思います。そのための一つのツールとして,アジア資本市場協議会のようなものを,アジア各国の民間の代表選手でつくろうじゃないかというのも,2007年3月のNIRAの提言の中に入れております(実際に2007年6月に設立)。

 まずは,日本と韓国とシンガポールなど,市場の残高が大きいところ,あるいは金融ハブとしてかなり頑張っているようなところ,そういう人たちがアジアの代表選手としてそういうチームに加わってもらいたいなと,そんな感じもしています。

 あと,中国ですが,市場自体はこれから大きく発展していくでしょうし,潜在的な重要性は大変なものだと思います。ただ,今のところは国内の金融市場の整備で手いっぱいで,国内を超えてアジアの共通のプロの資本市場を今中国の人たちと一緒につくることは難しいということかもしれません。しかし,つねに情報は共有しなければいけないというふうに思います。とにかくできるところから少しずつやっていく,そういう発想で今回提言をし,アジア資本市場協議会の活動を開始しようということです。

16.国内市場と,オフショア市場/クロス・ボーダー市場(AIR市場)の違い

犬飼 全体としての感じはよく分かったのですが,次に,国内市場とクロス・ボーダー市場ってどう違うのか。あるいはオフショア市場。オフショアと言うと,日本の場合には何かうさん臭いような,本来あるべきルールと違うことをやる,税金逃れやマネーロンダリングのような違法なことをするための市場のような感じでとられる向きも多いと思うのです。それで,「オフショアという言葉はなるべく使わないほうがいいよ」と言っていただける方もいらっしゃいまして,主としてオフショアの代わりにクロス・ボーダーないしAIR(Asian Inter-Regional)という言葉をよく使うのですが,国内の市場とクロス・ボーダーなりオフショアの市場というものの理解というのが非常に難しい。

 さっきもちょっと触れていただいた点ではありますが,この国内市場とオフショアないしクロス・ボーダー市場の違いないし相互関係みたいなものを,先生はどんなふうに表現されますか。

17.既存の市場にもう一つ,参加者・ルール・税制が違う市場が共存するのが,クロス・ボーダー市場(AIR市場)

神田 分かりやすく言うと,「共存」ということだと思うのですね。それぞれ参加者も違う--参加者に選択があるわけですが,それから違ったルール,違った税制の下で,違った種類の市場が共存するということです。それをオフショア市場というか,クロス・ボーダー市場というか,AIR市場というかですが,自分だけの国でつくるとオフショア市場と呼んでいいのかもしれません。それは自分の国で勝手に,税金をまけますという判断をする国がいればできるのでしょうが,我々はそういう話をしているのではないと思います。

 クロス・ボーダー市場(AIR市場)の場合には,ほかの国が受け入れてもらわないと成り立たないので,複数の市場が共存するけれども,みんなが合意して,「参加強制ではありません,そういう市場をつくったから参加しましょう」という市場をつくれるか,そういうことだと思います。「既存の市場にもう一つ付け加える」,そういうふうに考える。

18.アジア域内クロス・ボーダー市場(AIR市場)の複雑な重層関係

犬飼 そういう意味で言うと,既存の市場が,例えばある国の国内市場だとすると,国内市場とまったく分離されたものとしてどこかにあるというのではなくて,さっき「天空」につくるということを申し上げましたが,各国の国内市場の一部も重なり合うような感じで,アジア域内クロス・ボーダー市場が存在する。一方で,ロンドンにあるようなオフショア市場とも重なり合う部分も当然あるでしょう。ですから,まったくかけ離れたものとしてあるのではなくて,その辺はダブる部分も結構ある。

神田 抽象的に言うと,最初に申し上げたように,「グローバリゼーションというのは,複数の市場が共存する,重層的に」ということと関係するところなのですけれども,それは「重なり合うのか,つながるのか,分断しちゃいけないのか」というのは,すべて国の政策によって決まるのです。ですから,ある面では,「完全に分離」かもしれません。でも,同じ当事者(市場参加者)が両方へ行くことは当然できるわけです。あるいは,ある面ではつながっていて,プレ・ポスト・トレードということでいくと,例えばですが,非常に極端な話,ポスト・トレードの決済, このNIRAアジア金融プラットフォーム小委員会提言の資料編2(省略。ただし,本報告書の関連の論文2-2参照)のなかの分類では,決済はポストにはいってなかったかもしれませんが,いずれにしろ,通常,我々は,「インフラストラクチャーというのは,取引が成立した後のものは全部ポスト・トレード」と言って,法律家が議論するときは「決済はポスト・トレード」なのですけれども,いずれにしても,場合によっては,「ポスト・トレードを一元化」したっていいはずなのです。だけれども,トレードそれ自体は,税の関係とか,いろんな関係があって,分離だという政策もあり得るわけです。

 ですから,そこは非常に多くのバラエティがありますので,一概には言えないのですが,要は「共存だけれども,重なり合う部分もあれば,あるいはそれこそ人為的につくるものですから,ルールとして区別しましょうという面もある」という,非常に複雑な重層関係ということではないでしょうか。

犬飼 そういう意味で言うと,私も6年数カ月ロンドンにいたものですから,ようやく分かったということなのですが,シティ・オブ・ロンドンというロンドンの金融街(シティとカナリーウオーフ)が,内外市場一体型のオフショア市場だとよく言われるわけです。それがロンドンのセンターだけでできているというわけではまったくなくて,例えばICSDと呼ばれている決済センターというのは,イギリスの中にあるわけではなくて,その役割を担っているのはベルギーのブラッセルなりルクセンブルグにあるユーロクリアだとかクリアストリームというところであって,そこで決済された英国居住者発行の債券は,英国から見て非国内債のユーロ債なのですね。また,同じような経済効果をもつけれども,イギリスの国内にあるクレストという決済センターで決済されたものは国内債になるとか,そういう「国内債にする基準,オフショア債(非国内債・国際債)にする基準」のようなものが,「どのICSDを使うのか,どこで資金証券の決済をするのか」ということで立て分けられているという現実はあるのかなと思うわけですが,その辺も人為的に当局が決めれば,そういうことだけではなくて,いろんなやり方も当然あるのだと思います。

 今申し上げたような基準で言うと,オフショア債をつくり出そうとすると,今であれば,ヨーロッパのベルギーなりルクセンブルグにあるユーロクリアかクリアストリームで決済しないと,オフショア債がつくれないという,そういう問題が今のところは存在するので,そんなところへ行かなくても,アジアのどこかにあるICSDで決済をできるような状況をつくり出したほうがいいのではないでしょうか,という提言も,実は中に入っているということではあります。

 ただ,クレストとユーロクリアが分かれているということではありますけれども,必ずしも違う国になければならないかというと,これも政策判断によるわけで,国内用のCSDと国際的な取引用のICSDが同じところでやったって,たぶんいいのではないかなと。そういう選択肢もないわけではないのだろう。何でもやろうとすれば,決め事ですからできるのかなというふうに思っているのですが,どうでしょうか。

19.「決め事」─「人為的」な世界としての金融

神田 おっしゃるとおりというか,モノづくりと金融で,よく金融のことを「虚業」と言う人がいるのですけれども,金融の世界というのは「決め事」だと思うのですね。ですから,「人為的」という言葉は悪いかもしれないのですけれども,やっぱり「自由な市場」というのは現実的にはなくて,「人為的に規制をし,かつ人為的に規制緩和をする,そういう市場」だと私は思うのです。

 あまりいい例ではないかもしれませんが,ノーベル賞学者でシカゴ大学のロナルド・コースという先生がいて,取引所についての著名な論文があるのですが,それは何を言っているかというと,「経済学者として見ると,市場というのは本来自由なもので,いろんな市場があるけれども,証券の取引の市場というのは最も高度な市場で,流通量も非常に多い。上場株式の市場は,最も需給が集中し,市場らしい市場である。それなのに世の中で最も規制されている市場だ。なぜこんなに高度に組織化された証券取引所の市場が一番重い規制を受けなければいけないのか,この矛盾について説明はない」と。

 結局,ですから,私に言わせれば,「金融の市場というのは人為的にしか存在し得ないので,人為的に規制をし,人為的に規制緩和をする」,という話だと思っています。

 したがって,その面について,アジアの各国で,「外交」ないし「対話」が,あるいは「合意」が成り立たない限りは,クロス・ボーダー市場(AIR市場)はつくれないと思うのです。

(犬飼による注記(2023年8月): →この部分に関しては、当方として、この時の神田先生のアドバイスを強くかつ重く受け止め、その後2010年にアジア開銀を事務局としてABMFを立ち上げ、その後ASEAN+3の規制当局や各国市場関係者との5年にわたる粘り強い「対話」の結果として、ABMFメンバーの総意の上に、2015年に現在の「AMBIF市場」が創設されるに至ったということが言えると思います。構想する市場の名前は、当時の「AIR-PSM」から「AMBIF市場」に代わりましたし、その中身も、ユーロボンド市場型(オフショア型/Inter-regional型)ではなく、各国の国内のプロ向け市場ないし市場セグメントを横断的につないでアジア域内共通プロ向け市場と認識する(Intra-regional型プロ向けアジア債市場)へと、進化しております。)

20.クロス・ボーダー市場(AIR市場)をつくるために必要なアジア主要国との対話

神田 ですから,日本が何か言うのは勝手ですけれども,日本の中だけで合意していたって,私はとうてい受け入れられない話だと思うのです。相手のある話ですから,少なくとも主要な国とは対話というか外交をしないと。繰り返しになりますが,金融の分野というのは,人為的に成り立っている話で,決め事なのです。相手がいるのに自分が勝手に決めるわけにいきません。そういう状況があるように思います。

 モノづくりとちょっと違うのですね。モノづくりのことを「実業」と言う人がいるのですが,モノづくりの場合は,決め事というよりも,そのモノ自体が,自動車なら自動車の性能ですとか,そういう面で評価される部分が多いと思います。

 金融のほうは,決め事が重層的に存在する中でお金がどう流れるかという話ですから,もうちょっと言えば,オリジネーション(「始まり」という意味合いの言葉で,特に金融業界ではファイナンススキームないし投資対象証券の組成を意味する)というか,信用創造の部分も重要だとは思いますけれども,全体として違うというところが重要です。

21.「決め事」のイノベーション─アジアボンドスタンダード

犬飼 おっしゃるとおりですね。実は,以前NIRAの研究会に参加いただいた韓国の研究者の方から,韓国の中でアジアボンド市場をオリジネート(振興)していこうとしているオピニオンリーダーの人につながるルートをご紹介いただきまして,実際にその方に会いに参りまして,我々が今何を考えているのかというところを順に説明していったのです。そうしたら,ある瞬間に彼は急に狂喜しまして,「犬飼さん,あなた,そういうことを考えているのですか。初めて私と同じことを考えている人に出会いました」ということで,それからはその方とは昔からの親友のような感じになりました。彼に言わせると,「自分の言っていることは正しいと思うし,これは理想だし,ぜひやりたいと思うのだけれども,韓国の中では誰に話してもほとんどまったく反応が乏しくて,そういう状況がずうっと続いていたのでフラストレーションを感じていた。同じことを考えている人に会ったのは今回初めてで,本当にうれしい」と。

 実は,私はどうしてその方にお会いしたかというと,アジア債券標準(アジアボンドスタンダード)という考え方を,その人が中心になって韓国が提示していたことがわかったからなのですが,その考え方が書いてある「2005年4月のイスタンブールのASEAN+3の会議で合意されたメモ」のその部分を見た瞬間に,非常にすばらしい考え方だなと思いました。神田先生のお言葉を拝借すれば,そこに「決め事」のイノベーションの構想があると感じたのです。そしてまた同時に,なぜこのような内容の提案が書けるのだろうという疑問がわきまして,その方にお会いすることとしたわけです。

(注)韓国の市場専門家が提示し,2005年5月4日にイスタンブールのASEAN+3の会議で合意されたABMIにおける新しい検討課題である「Asian Bond Standards」のメモに記載された,「Eurobond Formatに準拠して作成されたRoad Map of the Asian Bond Formatの枠組み」を参考にしつつ,その発展形として,2007年3月発行のNIRA研究報告書である『アジア域内国際債市場創設構想』において,NIRAの研究会として「4-2.アジアボンド発行市場へのロードマップ」を提言している。また,その改訂(英文)版が,08年3月に発行されている。「Grand Design for An Asian Inter-Regional Professional Securities Market (AIR-PSM)」 3. Proposal for the Establishment of an Asian Inter-Regional Professional Securities (Asian Bonds) Market ? A Road Map to an Asian Bond Primary Market - Shigehito Inukai.

 まさにそんな感じで,日本も韓国も非常に似ていますけれども,そういうことをやりたいと思っているオピニオンリーダーの方というのは,結構いらっしゃるのですね。

 実は,中国に行ったときも同じような状況がありまして,国家発展改革委員会のある金融関係の研究所の所長さんに会ったときには,30分の表敬訪問のつもりが結局3時間を越える話になってしまいまして,そのときも,「日本の犬飼さんが考えている話と,我々がこれから金融で考えなきゃいけない話というのはまったく一致していますね」と。「アジアのこれだけの余剰資金をどうして米国債ばかりに投資しているのだろうと言う点は,中国としても非常に憂慮している点である」とか,「アジアの主要国が力をあわせて,アジアのお金をアジアで循環させる仕組みを作ることが非常に大事である」というような話を中心にしましたけれども,「今すぐは中国の中ではできないけれども,3年,5年,10年単位の国家的施策として,アジア域内クロス・ボーダー市場創設の話は日本や韓国と一緒に考えていくべき非常に重要な政策課題なので,これから話をどんどんしていきましょう」と,そんな感じで言われまして,非常に心強く思った次第です。

 また,AIR市場の啓蒙にシンガポールを訪れた際には,当地の規制主体であるMASの担当者によれば,シンガポール政府は,独自に“Pan-Asia Capital Market”と銘打ったアジア資本市場の育成を進めようとしているが,まだ具体的な戦略は不在であるということで,われわれのAIR市場の考え方と“Pan-Asia Capital Market”の考え方は調和的であることに賛意を示してくれまして,先行すべきアジア内アライアンスの候補として,「シンガポール・韓国・日本の組み合わせ」に違和感はなく,今後とも継続的な意見交換を行いたいと希望していました。

 そういう,アジア各国の核になる人たちとの間の交流・連携を,どんどんこれから深めていくというのが必要ではないかという感じがしております。

22.プロのための公募と私募の概念整理の見直し

犬飼 次に,官邸主導のアジア・ゲートウェイ戦略会議の主題の一つでもありましたが,将来,日本とアジアを繋ぐ,プロの市場参加者のためのクロス・ボーダー型アジア金融プラットフォームを作っていく場合に,一つ具体的な概念整理の話を挙げて恐縮ですが,日本の証券法制の中の,公募と私募の問題の整理が必要と思うのですが…。

神田 公募と私募というのは,どうしても法律的な話になってしまうのですが,これも結局,決め事の世界で,決め方は国により,歴史により,全然違うのです。ですから,日本の証券取引法(現,金融商品取引法)という法律だけに限ってみても,歴史的に変遷して,昔は「プロ私募」というのはなかったわけです。ですから,これは結局,本当に人為的な,それこそ決め事の世界ですから,相対的な概念でしかないのです。抽象的に言えば,証券市場の歴史というのは,不思議な話と言えば不思議な話かもしれませんが,債券にせよ,エクイティというか株式にせよ,「情報の開示というものを強制する」ということをしてきたのですね。

 それはなぜかというと,よく分からないのですが,昔の言い方は,「情報の開示がなされている下では悪事は働きにくい」とかいう有名な言葉がありますが,昨今では,「放っておいたって情報開示しなければ売れないのだから情報は開示されるはず」であろうが,「いろいろな事情で十分な情報が開示されないので法が強制する」のだとか,いろんな理屈はあるのですが,情報開示を要求してきたのです。

 その要求する理由は,「投資家が,それに基づいて投資判断して投資をします。そのかわり,結果として投資リスクが顕在化した場合にも,自己責任」ですよと。すなわち,私がいつも言っている言葉で言うと,「腐った魚を売っちゃいけない」というのではなくて,表現は悪いのですが,「腐っている」と言えば売ってもいい。あとは投資家の判断ですよと。これは私の表現ではなくてアメリカで使われている言葉をそのまま言っているわけですが,そういうことが基本にあるのですね。それを公募と呼んでいるのですけれども,しかし,例外として,当然のことですけれども,「法が強制するディスクロージャーというのはコストもかかる」わけですから,「なしでもいいじゃないですか,という世界」をもって「私募,つまり公募でない世界」を,裏返しに規定するのです。

 では,「なしでもいい世界」というのはどういう世界ですか。それは,いわゆる相対(あいたい)。株とか社債という名前であっても,犬飼さんと2人でやっているのだったら直接聞けばいいので,法律が私に情報の開示を強制しなくてもいいでしょうと。これが一つの典型的なものですよね。

 では10人になったらどうなるのですかと。日本の制度でいくと,「少人数私募」と言っているのですけれども,アメリカでは35人とか,日本は50人とか,線の引き方は違いますが,そういう発想がある。

 それからだんだん,それこそ機関投資家が出てくるようになってからの話ですが,日本で言う「プロ私募」の世界ですよね。すなわち,「わざわざ法律で情報を強制してもらわなくたって,自分たちで情報を取れるという場合」はいいでしょう,というのが「プロ私募」なり「機関投資家私募」と呼ばれているものです。

 さらにその延長として,じゃ流通市場をどうしましょうかという話がありまして,一例だけ言いますと,これも「線引き問題」ですので,最初は機関投資家ですから,「情報の開示は法で強制されずに,相対のアレンジ」でやりましたと。だけど証券を購入した機関投資家がそれを一般の投資家に流したら(転売したら)どうなるのですかという話が当然出てくるのです。

 そうすると,(発展段階の)初期の段階では,規制当局というのはどこの国でもそうで,一律禁止です。法律の言葉では「転売制限」と言っているのですが,禁止だと言っていたのです。しかし,考えてみると,一般の投資家に流さなければ,プロの間を流通させる分には問題ないわけです。それを発展させたのが「米国の証券法144Aルール」なのです。

 そういう法制度の発展の歴史がありますが,公募,私募というものは,要するに,そういう「法による強制ディスクロージャー(情報開示)を求めるか求めないかという線引き」であって,それが結果として歴史の発展の中で,「プロフェッショナルの間の取引」について,それを「ホールセール」と言う人もいますけれども,適用されるルールというふうになってきたということなのです。

犬飼 ということは,ちょっと発想の転換をしまして,公募,私募という分け方ではなくて,今いろんな分け方があると思うのですが,例えば「リテイル市場」と「ホールセール市場」という分け方,これでもいいかもしれませんね。ホールセール市場のレギュレーションの緩め方,リテイル市場のレギュレーションのあり方ないし縛り方の違いということで分けてもいいかもしれない。だから,公募と私募ではなくて,リテイルとホールセールで分けるやり方もあるだろうし,プロフェッショナルマーケットか,プロフェッショナルじゃない市場(個人など一般投資家向け)か。少しずつ表現は違いますけれども,大体同じことを言っているわけですね。

神田 ヨーロッパはそれに近いですね。イギリスはもともと(プロの間での)グレーマーケット(債券発行前の仮募集期間に,業者間で取引される市場のこと)というか,今言った区分に近くて,公募,私募という区分ではないですね。

犬飼 そうなのですね。ですから,私も,公募,私募と言うと,まず表面の法制に使われるワーディングに依存しなければいけなくなることによって,じゃ「1億円以上買えるのはプロなのだからということで線引きがされた1億円ルール」だとか,あるいは「50人未満なら私募」とかという,そういう「法律に書いてあるかどうか」というところが論点になって逆にいろんな問題が起こってくるとすると,「より実質的に決めたほうが分かりやすいのではないか」という感じもするのですけれども。これはもうこれから新しい考え方で決めていけばいい,たぶんそういうことなのではないかなと思うのです。

 そういう意味で言うと,アメリカがやっている144AルールとかレギュレーションSがいいのかどうかは別にして,そういうような新しい概念に基づく「実質主義による区分」みたいなものを,これから日本に導入していくというのが一つあるかもしれないですね。

 なお,2008年春の金融商品取引法の改正で,開示制度が見直され,プロ向け市場において自主的に開示を行う実質主義の新たな開示制度追加されました。(説明は以下のコラム参照)

 今後,この制度を,AIR市場を使った,(ユーロMTNではなく,新しくできるであろう)“アジアMTNプログラム”のインフォメーションメモの開示などに使っていけるのではないかと考えておりますが,これは重要な前進ではないかと思っています。

23.クロス・ボーダー金融プラットフォーム(AIR-PSM)の課題

犬飼 これまでお伺いしてきたことは,最後は,2006年から2007年にかけてアジア・ゲートウェイ戦略会議や経済財政諮問会議などの場でアジアと日本のことが議論されたように,日本のことだけでなくアジア域内市場全体のことについて,官邸のイニシアティブでどんなことを考えていくかということにつながるような話なのかもしれませんね。

神田 私は,アジア・ゲートウェイ構想はとても大事だと思うのですが,日本のなかで知恵が尽きているかというと,そうではなくて,日本が独自にこれをやりますということを言っていったとしても,クロス・ボーダーの先の相手のある話なのですよね。だから,それはひょっとすると,極端な言い方ですが,早く言わないほうがいいかもしれない。つまり,「相談しながら提言していく」というスタイルに持っていったほうがいいかもしれないです。というのは,仮に,「さあ,どうだ」というような感じで相手に伝わったとしたら,反対されるのではないか。そういう話だというふうに私は思うのです。

犬飼 要するに,施策として全部でき上がったもので,「これでどうだ」というやり方をするのではなくて,「これからアジアに必要になるクロス・ボーダーの市場にAIR-PSMとい名前を付けて,こんな感じで考えているのだけど,どうでしょうね」ということで,主要国とじっくり相談するということですね…。

神田 しかも主要国は,政策も規制の度合いも違うので,それぞれポリシーを持っているわけですから,「外交」という言葉で言えば,「それぞれどこでなら妥協できるか」ということになってしまいます。日本としても,「アジアのみんなにとってプラスにならないものは成立しないだろうから,前向きな見方をします」と,そういう「外交」ないし「対話」をしない限りは,やっぱり難しいのではないかと思います。

24.「外交」のポイントは,「各国税務当局との交渉」か?

犬飼 分かります。「外交」とおっしゃっていただいたのは,まさにキーワードで,おそらく,そのかなりの部分は,各国の税務当局との交渉ということになるかもしれませんね。それがいかに市場参加者のパフォーマンスに影響するかということと,それが教科書には書いてない部分で,いかに現場で大変かという点が重要でしょう。それこそ税務は国の中のことが重要で,時に俗人ベースであったり,メンツの世界であったりするから大変ですよね。

神田 「ソブリン=税=国家主権」だから,「権力の世界」ですからね。また,日本は,広い意味での外交の分野では,先進諸国とは経験が多いのですけれども,「アジアではどうしても自分のほうが経済成長で先輩格だ」というように思っている部分もあるので,「アジアの諸国に自らの経験や知識を教えるのが下手」なようにみえます。日本は「学ぶほうが得意」なのです。「先進国に学ぶほうは得意」で,「教えるほうはどうも苦手」なのですね。

犬飼 「外交」の分野はそうかもしれませんけれども,法律の分野というのは,日本の法律が,韓国に行ったり中国に行ったりしていますね。特に民事法の分野というのは。

神田 でもそれは,日本が何もしなかったからで(笑)。

犬飼 何もしないで向こうが取ってくれた(笑)。

25.実際の実務の交渉は,政府の意を受けた民間で

神田 こっちが(高圧的にとられかねないようなことを)何かしたら絶対にだめだと思います。ひょっとすると,何にもしないのがいいのかもしれない。ひたすら日本が国内でいいものをつくっておけば,自然に真似てもらえるかもしれない。ただし,それだと,アジア・ゲートウェイは実現しません。各国にコピーしてもらえる可能性があるだけ。

犬飼 そこは非常に重要なポイントですね。おそらくそれが解答かもしれない。「自分が,自分が」と言ったとたん,誰も乗ってこないかもしれない。だから,政府が直接具体的なことまでは言わなければいいのかもしれませんね。政府は「大枠の大方針と原則」をアナウンスするにとどめて,「実際の実務」は政府ではなくて民間でやればいいのではないでしょうか。政府の意を受けて。

神田 そうそう。どうしても最初から政府が出てきてしまうので,仮に「相互の民間レベルで同じ考え方だった」といったものがあったとしても,ちゃんと相手国の政府レベルに伝わらないわけでしょう。ですからそれが一つ大きくハードルとしてあるのですね。互いの政府がそれを納得しないと,政府レベルの交渉に乗りません。さもなければ,「もう民に任せた」といって,いっそのこと放っておいてくれるか。それならうまくいくかもしれません。だけどアジアは,やっぱり権力関係ですから,EUも近いのですけれども,「任せた」とは言わないのですよね,向こうの政府は。日本も言わないですが。したがってこれが足を引っ張ることになりかねない。そうすると,今度は政府に理解させなければいけないので,もちろんそれは成功することもあるのですけれども,なかなか各国レベルで,それが,「外交」が始まるところには達しないのです。制度整備ということでは。

26.クロス・ボーダー市場(AIR市場)の整備はアジアに欠落

 でも,クロス・ボーダー市場の整備は,諸外国の経験から,アジアに欠落していることは明らかなので,やっぱり「日本だけ国内でいいものをつくって何もしません」というのは,たぶんアジアのそれぞれの国にとっては間接的にプラスになるのかもしれませんが,それをやってしまうと,クロス・ボーダーでの取引が可能となる金融プラットフォーム(AIR市場)は実現しません。この話はやっぱりそれじゃだめなのでしょう。

27.英語によるアジアとの情報共有

犬飼 一つそういう意味で言うと,我々は2007年3月にNIRA研究報告書として出版させていただいた『アジア域内国債債市場創設構想』の単行本について,アジア各国との情報共有のため,主要な論文をさらに改訂しそれを英語版にした『Grand Design for An Asian Inter-Regional Professional Securities Market (AIRPSM)』を,2008年3月に出版しました。そういう意味ではアジアに発信すべき内容は英語にしないとだめですね。

神田 ぜひそうすべきですね。

犬飼 長時間にわたりまして,すばらしいお話をおうかがいすることができました。本当にありがとうございました。

28.まとめのキーワード

① 金融市場は人為的なもの

② 規制しないのも当局の判断(決め事)

③ 日本のためだけのオフショア市場は不要

④ アジア各国の金融市場のヴィジョンが必要

⑤  既存の市場にもう一つ,参加者・ルール・税制が違う市場が共存するのがクロス・ボーダー市場

⑥  アジアの成長に必要なクロス・ボーダー市場(AIR市場)の整備がアジアに欠落している

⑦  アジア各国の民間と政府との対話でクロス・ボーダー市場(AIR市場)の制度を積み上げていくことが重要


2007年2月27日実施 (加筆修正 2008年3月,6月および8月)

編集:犬飼重仁


神田 秀樹(かんだ ひでき)氏略歴

東京大学大学院法学政治学研究科教授
1977年 東京大学法学部卒業。専攻は,商法,証券法,金融法。現在,金融審議会臨時委員などを務める。総合研究開発機構(NIRA)「東アジア地域の金融市場の一体性確立に向けての戦略ヴィジョン研究」プロジェクト座長,同「アジア金融プラットフォーム小委員会」座長,同「金融資本市場改革への構想研究」プロジェクト共同座長。「アジア資本市場協議会」および「金融ADR・オンブズマン研究会」アドバイザー。

犬飼 重仁(いぬかい しげひと)略歴

早稲田大学法学学術院教授
1975年慶応義塾大学法学部卒業。同年三菱商事入社後,87年から6年間余りのロンドン金融子会社勤務を含め19年間同社財務金融部門に勤務。2001年金融情報担当部長。ハーバード・ビジネススクールAMP修了後,2002年6月総合研究開発機構(NIRA)出向。主席研究員等を務める。2002年から2008年まで一連のNIRA研究会プロジェクト・リーダー。2004年4月から2008年6月まで,早稲田大学法学学術院客員教授を兼務。2007年4月「金融ADR・オンブズマン研究会」幹事(現)。同年6月「アジア資本市場協議会」代表兼事務局長(現)。2008年7月より現職。早稲田大学グローバルCOEの専任の教授として研究活動に従事。

コラム  (本コラムは,その後、2008年3月15日の早稲田大学とNIRA主催の講演会における議論等を参照しつつ,NIRA事務局にて作成したものである)

平成19(2007)年12月21日発表の金融庁「金融資本市場競争力強化プラン」に関連して

プロに限定した取引の活発化

 諸外国においては,英国のAIMや米国のSEC規則144Aに基づく市場等,プロ投資者を念頭に置いた自由度の高い市場が拡大しており,魅力ある市場の構築に向けて国際的な市場間競争が進展している。

 我が国では,今後とも,情報開示等による投資者保護の重要性はより一層高まっていくものと考えられるが,金融・資本市場の活性化,国際競争力の強化を図っていく観点から,プロの投資者については,一般投資者と区別した上で,自己責任に立脚した,より自由度の高い取引を可能としていくことが必要である。

 なお,こうした自由度の高い取引を行うに当たって,プロ投資者の適正な自己規律が働かない場合には,マーケット価格の変動等により,取引参加するプロ投資者自身やその背後の一般投資者等に想定外の損失が生じる可能性がある。プロ投資者においては,プロとして責任をもった行動とリスク管理の徹底が重要となる。

① 適格機関投資家制度の弾力化

 新たに発行される有価証券を適格機関投資家のみに勧誘する場合に開示規制を免除する制度(いわゆる「プロ私募」)について,適格機関投資家になるための届出時期(現在年2回)の弾力化等を図るため,平成19年度中を目途に,内閣府令の改正を行う。

② プロ向け市場の枠組みの整備

 海外企業や国内の新興企業等の我が国における資金調達の機会を拡大し,資金調達や投資運用先としての我が国金融・資本市場の魅力を高めるとともに,プロ投資者間の競争を通じた金融イノベーションの促進を図る等の観点から,市場参加者をプロに限定した自由度の高い取引の場を設けるための制度整備を進める。

 このため,①平成20年中を目途に,プロ私募等の現行制度を活用した枠組みを整備するとともに,②市場参加者を特定投資家にまで拡大した,新たな規律に基づく取引所市場の枠組みを構築することとし,関連法案の早急な国会提出を図る。

金融商品取引法等の一部を改正する法律案要綱(平成20年3月4日提出)【部分】

一金融商品取引法の一部改正(第1条関係)

1.いわゆるプロ向け市場の創設

 ⑴ 「特定投資家向け有価証券」等の発行者に対する法定開示規制の免除等

  ① 特定投資家のみを相手方とする有価証券の取得の勧誘等であって,次のすべての要件に該当するもの(「特定投資家向け取得勧誘」又は「特定投資家向け売付け勧誘等」)を「有価証券の募集又は売出し」から除外することとする。

   イ)金融商品取引業者等が顧客からの委託等により行うものであること。

   ロ) 当該有価証券が特定投資家等以外の者に譲渡されるおそれが少ない場合に該当すること。(金融商品取引法第2条第3項,第4項関係)

  ② 「特定投資家向け有価証券」について,金融商品取引業者等に委託して特定投資家等に対して売り付けるための勧誘以外の勧誘は,原則として,有価証券届出書を提出しているものでなければ行うことができないこととする。(金融商品取引法第4条第3項関係)

  ③ 「特定投資家向け有価証券」等の取得の勧誘等を行う者は,その相手方に対し,当該勧誘等に関して届出が行われていない旨その他の事項を告知しなければならないこととする。

(金融商品取引法第23条の13第3項関係)

 ⑵ 「特定投資家向け有価証券」等及びその発行者に関する情報提供

  ① 「特定投資家向け取得勧誘」等は,当該有価証券及びその発行者に関する情報(「特定証券情報」)を,その相手方に提供し,又は公表しているものでなければすることができないこととする。(金融商品取引法第27条の31関係)

  ② 「特定投資家向け有価証券」等の発行者は,当該発行者に関する情報(「発行者情報」)を,事業年度ごとに1回以上,これらの有価証券の所有者に提供し,又は公表しなければならないこととする。(金融商品取引法第27条の32関係)

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 以下,プロ(特定投資家)向け市場の枠組みの整備についての説明

 証券取引法以来,金融商品取引法でも,一般に,公募なり売出し募集をするときには開示規制がかかる。そうすると,EDINETを通じ,膨大な開示書類を作成し,監査証明を受けた書類を財務局に提出する。それを避けるために,私募が使われる。私募は開示規制が免除になるのでコストが安い。そのかわり,売る先が適格機関投資家に限られ,流通が適格機関投資家だけに限定される。

 金融商品取引法では,特定投資家の制度が導入された。特定投資家の制度は,証券会社ごとに,かつ契約の種類ごとに選べる仕組みになっている。ただ,パブリックに「この人は特定投資家だ」ということがわかるわけではない。また,どういう取引なのかによって,特定投資家だったり一般投資家だったりする相対概念になった。しかし,ある契約の種類において,ある証券会社との関係では,特定投資家として販売の局面で大幅に規制が緩和され,「ある程度投資経験のある投資家」というカテゴリーができた。

 今般の制度改正には,こういう人向けに,法定開示を免除したスキームをつくることができないかという発想が背景にある。

 現行の法定開示制度の下では,基本的には日本の会計基準で財務諸表が作成され,日本の監査基準に従った日本のライセンスを得た監査法人の監査証明を得た財務諸表を,開示府令,内閣府令の様式にしたがって提出する必要がある。これがすべて免除にされて,何らかの形で,プロである投資家が満足する情報提供がされればよいという仕組みにして,柔軟性の高いマーケットをつくることが目指されている。

 例えば,日本の上場基準を満たさないような,スタートアップ段階の企業とか,海外のベンチャー/エマージングな企業で,会計基準としては日本が受け入れていないような会計基準の,あるいは国際会計基準でつくった財務諸表でも,投資家がよければ,それを上場して取引することのできる,プロ(特定投資家)向けの市場をつくるということである。

 ただし,この特定投資家は,一般個人も含むので,いまの金融機関を中心とする適格機関投資家のように,パワーバランス上,みずから投資先に情報提供を要求できるような強い立場にはないので,虚偽の情報提供があった場合にはペナルティをかけて,虚偽ではないことを法的に担保する制度の創設が志向されている。これが,金融商品取引法の改正の中の一部,プロ向け市場の説明である。

 今少し具体的に説明すると,私募だと開示規制はかからないので,日本では,基本的に開示がされていない。その日本では開示がされていない私募に関して,アメリカの私募では,アメリカの公募以上に厳しい開示内容のものがある。これは,開示規制は免除されているが,慣行上開示することになっている。SEC Rule 10b-5,ないし訴訟リスクの観点から,開示義務がかかってなくても,公募だったら開示義務が当たるようなことを相手に告知しないで売っているとフロードになり,賠償を命じられているような(インプライド・プライベート・アクション)という10b-5を民事法で使うものを根拠にしているケースもある。一本一本,私募なのにトレーサビリティがあり,要求すれば開示がされる商品が,アメリカでは多く売られている。片や日本のマーケットを見ると,私募だといったとたんに,その先が見えない商品がたくさん売られている。

 日本と米国では,オリジネーターやアレンジャー,あるいはディストリビューターの慣習が違うかもしれないが,日本にもし米国の表面的な制度を真似たプロ向け市場をつくる場合,アメリカではSECルール10b-5なり別の商慣習なり裁判が効いていて,ディスクロージャーをしているが,日本だと,字面だけ写すと,ディスクロージャーはまったくされないマーケットができてしまうかもしれないという危険性がある。

 したがって,この情報提供の新しい枠組みは,金融商品取引法の開示のところに章が一つ別に立てることとなった。EDINETの後ろに別の章が立っており,新たな開示制度として位置づけている。制度そのものは,基本的には「情報をポスティングすればいいだけの制度」にしており,金融庁や財務局に情報を提出する義務を定めていない。そういう意味では,当事者間のものであり,極論すると,想定しているのは,発行者がもしウェブページをもっているとすると,ウェブページにその情報をポスティングしておくということでも義務が果たせる制度にしている。もちろん,紙で取引の相手方に渡してもいい。

 証券化商品は,最初につくった人はもともとの証券の発行体である。それを束ねるときには,当然もともとの証券発行者が別にいる。売る人は,またオリジネートと別の人なので,業者に説明義務をかけても,もともとの商品でディスクロージャーはできないのではないかということで,もともとの商品を発行する発行体から情報が流れるような,そういう仕組みが要るのではないかとされ,日本でも何らかの形で発行体に情報提供を求める仕組みが必要となった。しかし規制当局が全部する強制する必要はなく,インセンティブが民間同士で働くようになっていればよい。

そういうものに虚偽があったときに,民事上対処可能な仕組みがあったほうがいいということで,この情報提供の仕組みとして真っ先に列挙されているのは,プロ向け市場,特定投資家市場で売り買いされる商品についての開示義務であるが,それ以外にも,応用拡張可能な構成になっている。

 新制度をどういう場合に使っていくのかは,これからの議論なりアイディア次第で,新しいマーケットをつくる,あるいは新しい取引の場をつくる,あるいは流通性がなくても,この制度は応用可能である。いわばバーチャル(架空)ないし相対の市場で,それがリパッケージ化され,あるいはカバーされる形で,次のマーケット参加者との関係で裁定が働いているような場面では,従来型の公衆縦覧型の開示制度がうまく当てはめられない部分になるので,そういう部分に使えるように,やや汎用性のある形になっている。