NIRA Market Governance Report 2005
2005.4.07
「日本版金融サービス市場法制(ー 包括的・横断的市場法制のグランドデザイン ー)」の提言
(CMAA設立の背景となる参考情報)

平成 17 (2005)年4月7 日(木)版

NIRA Market Governance Report 2005
- 包括的・横断的市場法制のグランドデザイン -

3 分冊 第一部 総論編 日本版金融サービス市場法制のグランドデザイン

2005 年 3 月

総合研究開発機構(NIRA)自主研究「法と市場と市民社会のあり方に関する研究

以下のサイトより、レポートの三分冊のすべての内容(PDF)を入手していただくことが可能です。(NIRAのオリジナルサイトでの入手は不可となっております)

https://drive.google.com/drive/folders/1OGxSsk9I4iDr1rc8gqtvjwmcdqU0g7wq?usp=drive_link 

本提言の第一部の日本版金融サービス市場法制の概観(改訂詳細版 日本語及び英語)イメージは下の図をご参照ください。

グローバル化が進み多様な局面で市民が主役となる現代社会にあって、日本のタテ割り的な諸制度が市場と社会に弊害を生じさせており、それが日本経済再生の足かせとなっている面があることは否定できない。既存の諸制度を、市場に参加する市民とユーザーの側に立ち、市場本来の機能発揮が可能な設計へと抜本的に変えていく必要がある。 そうした視点から、本来あるべき高質の市場や市民社会を前提とした新たな枠組みとしての包括的・横断的な法・制度インフラのグランドデザインを描くことを目的に、2003年秋より1年あまり本研究に取り組んだ。 その成果を以下の通り報告する。

報告書3分冊の構成

第一部 総論編 日本版金融サービス市場法制のグランドデザイン

第二部 各論編 包括的・横断的な市場法制の確立に向けて 個別論文集

第三部 海外事例編 金融サービス市場法制の核心を欧州と英国に学ぶ

協力

早稲田大学21世紀COE《企業法制と法創造》総合研究所

企業財務協議会・日本資本市場協議会

NIRA Market Governance Report 2005 概観図 (三分冊各部サイトマップ) 

第一部 総論編

第一章 『包括的・横断的金融サービス市場法制のグランドデザイン』を中核とし、包括的・横断的市場法制の理念とは何かに焦点をあてている。

全3分冊の中で、最も総論的・導入的な構成となっている。

第二部 各論編

様々な分野の第一線で活躍する筆者達が、その豊富な実務経験に基づいた各論を展開する中で、現在の課題、求められる将来像を明確に示し、第一章の提言・議論を実証的に拡張する。

第三部 海外事例編

本報告書は、『日本版金融サービス市場法』についての提言を行うものであるが、先行事例として、諸外国の例(英国・EU・米国)を参考としている。特に2004年8月に当研究会が実施した英国専門機関へのヒアリングは、われわれの目指す『日本版金融サービス市場法』の一つの方向性を示している。

序 文

自主研究「法と市場と市民社会のあり方に関する研究」(注1)は、平成15(2003)年9月から平成16(2004)年9月までの1年間で、日本経済社会の再生の足枷となっている可能性が高い「市場」を取り巻く日本の諸制度について、そこに参加する市民と利用者の側に立った設計に抜本的に変えていく必要があるとの認識の下に、上村達男教授(早稲田大学法学部)を研究会座長に迎え、神田秀樹教授(東京大学法学部)、吉野直行教授(慶応大学経済学部)、根岸哲教授(神戸大学法学部)、曽野和明名誉教授(北海道大学・帝塚山大学)、松本啓二弁護士(森・濱田松本法律事務所)をはじめ、金融や資本市場の法制度に関する分野の第一線で活躍されている若手の先生方にも加わって頂き、それに多数の金融資本市場の実務専門家(マーケットプラクティショナー)の協力を得て、個別の問題を抽出(別冊第二部 各論編 包括的・横断的な市場法制の確立に向けて 参照)するとともに、包括的・横断的な市場法制、特に金融サービス市場に関するグランドデザインを描き、提案を行ったものである。

平成16(2004)年5月にはNIRA30周年記念シンポジウムの一環としてマーケットガバナンス・フォーラムを開催し、当報告書の中間発表を行い(注2)、同年8月には犬飼重仁、河村賢治、松本高宏の3名で、金融サービス市場に関る法制度・システムの先行事例としての英国に現地調査を行い、多くの示唆を得た。(別冊第三部海外事例編 金融サービス市場法制の核心を欧州と英国に学ぶ参照)

なお、当研究の問題認識は、平成14(2002)年7月から平成15(2003)年6月に実施された「日本経済社会の再生に向けたアクションプランの提言」(注3)、平成14(2002)年12月から平成16(2004)年3月に実施された「日本のデフレ、アジア経済圏の財政赤字問題と金融資本市場の機能強化」(注4)の2つのNIRA自主研究が起点となっている。

(理念部分の深化)

まず「日本経済社会の再生に向けたアクションプランの提言」は、経済同友会の若手経営者の方々で組織された「経済同友会・次代を造る会」との共同研究として実施され、長期的な経済停滞に苦しむ日本経済の再生に向けて、わが国が進むべき方向について抜本的な検討・提言を行ったものである。その結果、日本が「個人が主役となる社会」になるには、「適応能力(adaptability)」と「復元力(resilience)」が必要であり、そのためには、新しい日本の哲学、ビジョン、そしてソフトインフラ(制度的社会関係資本)の構築が必要であるとの結論に至った。(注5)

(具体的課題の抽出)

そして、上記研究と同時並行的に進められた研究が「日本のデフレ、アジア経済圏の財政赤字問題と金融資本市場の機能強化」である。当研究は慶応大学の吉野教授率いるプロジェクトチームと共同研究を行い、日本のGDPの140%にも及ぶ、財政赤字(中央政府+地方自治体)をいかに解消していくかについて、日本のみならず、アジア全体の課題として捉え、民主導のアジア債券市場の構築、金融資本市場の機能強化について検討を加えたものである。その中で、アジア債券市場の構築の必要性と同様、またはそれ以上に、日本の金融資本市場が抱える法制度・システムの課題は非常に大きく、包括的かつ横断的な市場法制を構築することが喫緊の課題であるとの認識に至った。

こうした理念と具体的な課題認識のもとで、包括的・横断的な法・制度システム基盤を確立することの重要性と、時代の要請としての法と政府の果たすべき機能とを具体例(特に金融サービス分野)をもって示し、その上で新たな枠組みとしての「本来の市場や市民を志向した包括的・横断的な法制度インフラのグランドデザイン」を描く目的で、当研究は実施されたわけである。その意味で、本研究は足掛け3年にわたる一連の研究についての成果という面をあわせもつ。

バブル崩壊後の過去10年以上に亘り、日本は将来を見据えるゆとりがなかった。しかし、ここにきてようやく銀行の不良債権のみならず、その他の分野における様々な不良債権の処理も進み始めた。われわれは日本の、そして東アジアの明るい未来に向け、ようやく顔をあげ歩み出すことが出来るようになったのである。

(官・学・民のパートナーシップの賜物)

先般2004年年末に発表された金融庁による『金融改革プログラム』にも、「国際的にも高い評価が得られるような金融システムを「官」の主導ではなく、「民」の力によって実現を目指す必要がある」と記されていたが、そこには残念ながら具体的方策の提示は行われていない。官出身者と民出身者との協働の場でもあるNIRAが、学識者と市場実務家とのパートナーシップに基づいて行った今回の研究報告と提言は、その意味でも貴重であると考える。

この報告書で触れる市場の高質化を求める機運は、いま市場参加者全体に広がり始めており、旧来の「上からのガバナンス」だけではない新しい制度設計に向けた「下からのガバナンス」の創造への芽が息吹き始めている。今回のNIRAの研究に参加いただいた四先生は、いずれも社会科学の分野において「市場の高質化」をテーマとして各大学でCOEの研究に中心的に携わっておられる方々でもあり、その意味でも第一線の先生方にこのNIRAに集結いただけたことはきわめて意義深いものがあると感じられる。

(知の架け橋)

そういう流れの中で、半官半民の有機的複合体であり、かつ特定の省庁の影響を受けない独立性を持つわれわれNIRAは、官と学と民をつなぐ知の架け橋として、本報告書を通じて日本の新しい未来のための道程としての重要なビジョンとアクションプランを示すことができたと確信している。

われわれNIRAとしては、引き続きさらなる研究を進め、日本と東アジアの経済連携・経済金融共同体構築のための架け橋として、様々な提言を行っていきたいと考える。

平成17(2005)年4月         
犬飼 重仁 プロジェクトリーダー

なお、NI RAでは本報告の出版に先立ち、平成17(2005)年3月23日に、本報告の要点(以下1~15頁のエクゼクティブサマリーの内容)を、「日本版金融サービス市場法制定に向けた提言」として、兜記者クラブで発表した。

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(注1) 詳細HP http://www.nira.go.jp/newsj/30th/mg/03/index.htm (オリジナルサイトは、アクセス不可)
 代替リンク https://drive.google.com/drive/folders/1OGxSsk9I4iDr1rc8gqtvjwmcdqU0g7wq?usp=drive_link

(注2) 当フォーラムは平成16年5月24日にNHK千代田放送会館にて開催された。当フォーラムの内容は同年6月12日にNHK教育テレビ「土曜フォーラム」にて放送された。本報告第一部総論編資料②参照。http://www.nira.go.jp/newsj/30th/mg/03/forum/forum.htm (アクセス不可)
 代替リンク https://drive.google.com/file/d/1zAKP66z-a9fA4eS5mjqOK2PgN1X_LJ8L/view?usp=drive_link      (抜粋版)
       https://drive.google.com/file/d/1j_UHmIhF5wSPn6bwihY-Qi04FJMC-Bds/view?usp=drive_link (フルテキスト版)

(注3) 詳細HP http://www.nira.go.jp/newsj/30th/mg/01/index.htm (オリジナルサイトは、アクセス不可)
 代替リンク https://drive.google.com/drive/folders/1fONIq96u9yLfQS0TEvK3vjSdFNaTITEJ?usp=drive_link

(注4) 詳細HP http://www.nira.go.jp/newsj/30th/mg/02/index.htm (オリジナルサイトは、アクセス不可)

(注5) 詳細は『イノベーションできない人は去りなさい!』小林陽太郎監修、経済同友会・次代を造る会、総合研究開発機構 著 2003年10月 PHP研究所刊 参照。http://www.nira.go.jp/pubj/output/dat/5471.html#gai   (オリジナルサイトは、アクセス不可)
 代替リンク https://drive.google.com/drive/folders/1uWcMmat7foGOub9cPHycyWRQWggmb1mr?usp=drive_link


第一部 総論編 報告書 目次

序文 犬飼 重仁 P. vii

エグゼクティブサマリー(提言1-4を含む)NIRA事務局 P. 1

序章 開かれたマーケット・ガバナンス構築に向けて 塩谷 隆英 P.17

新たな市場システムに必要な21世紀型ガバナンスの要件 犬飼 重仁 P.21

提言 包括的・横断的な市場法制のグランドデザイン提言 (概観)上村 達男・犬飼 重仁 P.27

(上記の序文から提言までの内容は、全文を以下に続けて掲載しています)

第一章 日本版金融サービス市場法とは何か

(提言) 包括的・横断的金融サービス市場法制のグランドデザイン 河村 賢治 P.65

(表)証券取引法と英国金融サービス市場法の比較表 河村 賢治 P.112

第二章 包括的・横断的市場法制の理念とビジョン

(1) わが国金融資本市場法制の展望 -投資サービス法制定に向けた課題- 神田 秀樹 P.137

(2) 包括的・横断的市場法制の理念 曽野 和明 P.185

(3) 市民社会からみた資本市場法制再構築の視点 上村 達男 P.197

第三章 市民のための金融イノベーション

(1) 個人投資家保護のイノベーション 松本 高宏 P.227

(2) 消費者保護の観点からみた金融商品取引の現状と課題 桜井 健夫 P.238

(3) 市民のためのADRとしての金融オンブズマン制度構築の必要性 田中 圭子 P.256

第四章 集団投資スキーム 現状と課題

(1) 国際比較からみた日本の集団投資スキームの現状と課題 -新しい金融の流れ-  田邊 曻 P.275

(2) 投資信託等の金融商品における製造物責任について  内山 昌秋 P.291

(補足) 集団投資スキーム 補足コメント 犬飼 重仁 P.307

資料① パネルディスカッション:
「低金利時代 暮らしを守る金融イノベーション」-金融サービスを巡る法制化への課題- 高橋・上村・神田・吉野・犬飼・町永 P.325

資料② 座談会:
「企業社会と金融資本市場のインフラとしての法・規制システム」 -理念とビジョン、ソフトインフラの横串改革- 上村・松本・松井・玉木・犬飼 P.349

あとがきにかえて 第3者評価者 評価コメント P.373

池尾 和人教授(慶應義塾大学経済学部)コメント 長崎 幸太郎氏(財務省主計局・元金融庁総務企画局)コメント 

エクゼクティブサマリー

[現状認識]

急速なグローバル化や情報化にともない、「市場」環境は目まぐるしく変化している。その中で、わが国の「市場」をとりまく諸制度は、旧来の枠を打破できず、日本経済社会の再生の足枷となっている。

法規制間の危険な隙間やズレが多数存在するなど、制度疲労を起こしていることは明らかであり、ありとあらゆる行為主体が連携・協力し、公正な価格形成が行われる「高質な市場」構築と、その「高質な市場」が成立・機能するための前提として、法規制システムを含む制度インフラ(ソフトインフラ)の整備を行い、「市場」に参加する市民とユーザーの側に立った設計に抜本的に変えていく必要がある。

[研究のねらい]

1.21世紀にふさわしい市場法制の理念の抽出

2.具体的な金融サービス市場法制のグランドデザインとスケジュールの提示 (金融市場を含む公益事業関連市場の法制全般のあり方についての提言を含む)

3.実効的なADR(裁判外紛争処理制度)の提案

4.国民全体の議論の惹起

[これまでの研究との関連]

当研究の問題認識は、過去に実施された「日本経済の再生に向けたアクションプランの提言」と「日本のデフレ、アジア経済圏の財政赤字問題と金融資本市場の機能強化」の2つの研究との連続性を有し、3年に亘るNIRAの一連の研究成果という面をあわせもつ。

[提言の概要説明]

提言-1. 市場法制の理念の提示 ・柔構造のシステムとしての市場法制確立

提言-2.「日本版金融サービス市場法」のグランドデザイン

・現行法制上の問題点

・包括的・横断的市場法制のグランドデザインのポイント

・包括的・横断的金融市場法制制定に向けたアクションプラン (中間達成目標と最終到達目標、及び検討の場)

・法規制の整備による金融資本市場の高質化メリット試算 (参考)

提言-3. 実効的金融ADR(裁判外紛争処理制度)設置の提案

提言-4. 横断的公益事業法制の提案 

提言-1. 市場法制の理念の提示

新しい市場法制の確立に必要な理念、21世紀型市場ガバナンスの要件を示した。


1.プリンシプル重視

いまのわが国は、理念(プリンシプル)が明確でなく、また、そうした法・規制システムが貧弱なものにとどまっているがゆえに、高質な市場が育たないという悪循環に陥っている。この悪循環からの脱却を図る意味で、「法システムの創造は、最も本質的かつ最重要の構造改革の中心課題である」といえる。

変化への迅速な対応に、全てを「法律」で対応することには限界がある。一方で無制限な裁量を認めると、過去の例からもその弊害は大きい。そこで市場に関与する者が、共通のプリンシプル(行動規範・理念・原則)を持つことが重要となる。「金融先進国」では、プリンシプルが重要であるとの認識が確立しており、世界市場におけるイニシアティブを発揮し始めている。


2.公正競争促進へ、業法の理念の根本的転換を

これまで縦割り業法の法目的の柱であった「業界の保護・育成(≒競争の抑制)」は、「市場機能を確保し公正な競争を促進する」という目的へと変貌を遂げていくべきであり、法規制理念の根本的な転換が求められている。しかし、時代と環境の大きな変化潮流に対応して行われるべき法規制システムの根本的な見直しは、いまだパッチワークの域に止まり、そのため法規制の間の隙間やズレがさまざまなところで生じあるいは広がって問題を起こし続けている。

独禁法と事業法が「公正な競争を促進する」という共通の目的実現のために相互補完関係にあることを踏まえ、総じて業界ごとの縦割りベースの業法を、各市場の実情に応じ包括的・横断的な制度へ作り変えるべきである。(以下の提言-4参照)


3.柔構造のシステムとしての包括的・横断的市場法制の確立

新しい理念と具体的課題認識の下で、市場分野の法規制に関して、オープンで柔軟性のある「柔構造のシステムとしての包括的・横断的市場法制の確立」を提言。

例えば、金融資本市場では、市場間競争に勝ち抜き、国際金融センターとしての地位を確保し続けているシティを抱える英国は、法・規制システムの構築における先達であり、長期にわたる努力の結果として、包括的・横断的な市場インフラシステム作りに輝かしい成果をあげてきている。(英国は、1986年金融サービス法の導入とその2000年金融サービス市場法への改訂という実績をもつ) われわれは、英国など諸外国の経験に学び、例えば2000年英国金融サービス市場法(FSMA)を一つの範としつつ、わが国の独自性を発揮して、整備が求められている包括的・横断的市場法制のグランドデザインを明らかする必要がある。

􀁺 柔構造のシステムとは

柔構造のシステムとしての法規制という場合には、システム構築の思想・背景にある原則・システムの柔軟性・変更や改善の容易さ・市場参加者やシステムのユーザーにとっての理解の容易さなどまでを含んだ概念として用いている。

􀁺 本来的市場機能(インテグリティ)重視

ここで法目的とは、「公正な価格形成を中心とした市場機能の確保」であり、「真実価値の把握を可能とする価格形成メカニズムが有する社会的・経済的意義の追求」である。それは、言い換えればインテグリティ(市場の本来あるべき一体性・信頼性・高潔性)重視であり個人投資家・消費者保護はその中に含まれる。消費者保護は重要な法目的であるが、消費者保護だけを強調すると公正な価格形成機能の確保という本来の法目的を見落とす危険がある。例えば、われわれが主張する「包括的・横断的な金融サービス市場法」は、金融「市場」という公共財が人々に利益をもたらすような形で機能することを確保しようとする法律であって、金融サービス業者・消費者間の「取引」だけを見ている法律ではない。

市場がきちんと機能していない状況のもとでは、パッチワーク的に被害者救済策をいくらそろえても被害はなくならない。根本的な消費者保護を図ろうと思えば、何よりもまず公正な価格形成機能の確保こそ必要なのである。われわれが新しく提言する日本版金融サービス市場法は消費者保護法というよりも、まずは市場法として理解されるべきである。

􀁺 包括性=タテの統合

包括的という言葉を使用した意味は、明確な理念(プリンシプル)の上に、法令そのものの構想のみならず、規制監督機関自体の監督・ガバナンスのあり方、規制監督機関の執行のあり方、補償制度(セーフティーネット)のあり方、関連の裁判外紛争処理機関(ADR)のあり方、法規制体系のコストと効果への配慮などまで、セットで必要となる広義のシステムとしての縦軸の通った法規制の体系の構想ということ。そこでは、下記の横の統合を組み合わせ、具体的に、法規制体系の統合のみならず、規制機関の統合、補償制度(セーフティーネット)・ADRの統合等をセットで包括的に行うことまでを想定している。

􀁺 横断性=ヨコの統合

横断的という言葉は、縦割りの官庁や業法や個別商品ごとのいわば供給側の論理や制約にとらわれず、商品やサービスの経済的機能に着目してそれらに横串を刺し、市場及び金融サービスの需要者・消費者の観点で、包括性を維持しつつ横断的な法規制システム(法制と法執行のシステム)を構想するという意味で用いている。 現行の縦割り業法をベースにパッチワーク的な改正作業を続けると、一貫性のない法規制がますます複雑なものになるという悪循環に陥りかねない。業者にとっても、利用者にとっても、法規制はスジのとおった分かりやすいものであったほうがいい。

また、それらによって、ようやくやりかけの金融ビッグバンを完了させることになる。


4.21世紀型市場ガバナンスの要件

① ガバナンスシステムが、曖昧で不明瞭な裁量行政など不透明なルールや複雑なルールをできるだけ排除し、多様な市場参加者が、明確な原則(プリンシプル)とルールの下で、自由に安心して行動でき、公正な市場価格の形成が行われるための基礎となっていること。

② そのガバナンスシステムによって運営される市場と市場インフラが、変化する環境と市場参加者のニーズに迅速に合わせられるよう、高い柔軟性と復元力を持っており、包括的に使いこなせるものとなっていること。

③ ルールを外れた者に対して、適正な処罰・制裁・対応を行う規律と法の執行力が備わっていること。

④ 適切な情報開示制度、被害者救済のためのセーフティーネットやADR(Alternative Dispute resolution:裁判外紛争処理)制度、市場教育や訓練などの社会的市場インフラの整備を通して、競争社会への不安と不信感を和らげるための一体的な市場システムとして構築されていること。

⑤ 市場の運営にあたっては、市民や市場実務者を含めた実際の市場参加者が密接に連携し、市場とガバナンス主体と自らを監視し、主体的な行動を通じて、それぞれが市場における資質を高めていくためのサイクルが包摂され、ガバナンスの品質やコストと効果のバランスに配慮がなされていること。

提言-2.「日本版金融サービス市場法」のグランドデザイン

わが国の現状を踏まえた上で、諸外国(特に英国)の例を参考にして、わが国特有の制度や慣習、既存の法・規制システムを下敷きとした、新しい21世紀にふさわしいガバナンスモデルとして、包括的・横断的な「日本版金融サービス市場法制」のグランドデザインと、その制定スケジュール(アクションプラン)を日本で初めて提案。


(現行法制上の問題点)

􀁺 法律の複雑さ:専門家でも理解が困難な程の、法律の多さと複雑さが存在する。

􀁺 縦割りの業法に由来する商品開発やサービス提供上の制約:業法が縦割りの業界・業態ごとに分かれていることにより、業をまたぐような金融商品やサービスの開発に支障が生じ、また当局への報告や内部対応など規制対応コストがかさむことで、顧客本位の金融商品を揃えようとする金融サービス業者も誕生しにくい。

􀁺 各業法間のルールのズレ:業法などの法律が過去バラバラに制定・改正されてきたことに由来する、不合理なルールのずれが存在する。(例えば「受託者責任」に関する規定の書き振りが法律ごとにバラバラで対症療法的である)

􀁺 ルールの隙間:経済効果が似ていても特定の業法に縛られない広義の金融商品については、ルールの隙間に落ちて、規制を受けない金融商品が出てきてしまう。そういう商品については、迅速・機動的な法規制上の対応が行えず、常に後手に回ることになる。また、そのための法規制上の対応を行っても、新たなパッチワークとなり、別のルールのズレなどが生ずることになりかねない。

􀁺 監督官庁の分断:金融庁は銀行・証券・保険を統合的にカバーしているが、他省庁が業法を作り監督している金融商品・金融サービスが存在する。そのことが規制のズレや隙間を作る原因となっているほか、業者側でも、総合サービス提供上や規制対応のコストなどの問題が生じている。

􀁺 法執行力の弱さと不安定性:規制機関の制裁権限や被害者救済権限が貧弱であり、課徴金の適用範囲が狭すぎ、違反行為による不当利益の吐き出しのための制度が未整備。自主規制機関による制裁の多くが行政処分の後追いで重複して行われている。消費者被害救済が不十分で、ADR(Alternative Dispute resolution:裁判外紛争処理機関)も未発達で、組織の権限や紛争処理プロセスも業態ごとにバラバラである。

􀁺 不十分な金融商品販売法:政府は小さければ小さいほど良いのであって、規制は極力少ないことがよいという時代風潮の下で作られた初めての横断法制であり、執行力が弱く、例えばトラブルの多い商品先物が金販法の対象から抜け落ちている。また同法は勧誘・販売規制のごく一部を担っているにすぎない。しかも、勧誘・販売規制の中でも特に重要な「適合性の原則」(顧客のニーズ・知識・経験・財産等に合致した金融商品を勧誘しなければならないという原則)については、金融商品販売業者等にこれを直接義務づけるという形にはなっていない。金販法は金融市場の公正性を確保する法律としては不十分といわざるをえない。

􀁺 情報開示への不信・公開会社ガバナンスへの不信・個人株主の軽視:


(包括的・横断的市場法制のグランドデザインのポイント)

􀁺 法目的が明確であること:公正な価格形成を中心とした市場機能の確保。真実価値の把握を可能とする価格形成メカニズムが有する社会的・経済的意義の追求(市場機能の確保を通じた公正な競争の促進)。インテグリティ(市場の本来あるべき一体性・信頼性・高潔性)の重視(個人投資家・金融消費者保護はその中に含まれる)。市場機能を確保し公正な競争を促進するためのルールとして業者ルールは独禁法と共通の目的を有すること。ガバナンス法・組織法としての意義(金融商品のガバナンス・規制機関のガバナンス・市場参加者のガバナンス)。

􀁺 フレームワーク法の考え方とプリンシプル重視:英国2000年金融サービス市場法のフレームワーク法の考え方とプリンシプル重視の考え方をベースに、環境変化に機敏に対応して機動的なルールの変更を可能にする一方で、規制機関の恣意的な行政裁量を防止するため、ルールの適用範囲と適用可能性に関する情報を関係者に十分提供する仕組みとする。プリンシプル重視の具体的なものとして、金融サービス業者の基本的義務である業務原則と、規制機関の守るべき規律など規制原則をまとまった形で明示することが重要。

􀁺 金融商品の定義:仕組み性のあるファンドなどの商品は、金融商品として扱う。預金や保険、さらに商品先物も金融商品として扱うべき。金融商品の定義に関しては、新しい金融サービス市場法の対象とすべき金融商品の本質は何かを十分議論すべき。

􀁺 商品規制:過剰規制にならないように、商品規制に関する費用対効果分析を徹底して行うべき。商品規制の緩和によって、説明義務や適合性原則などの開示・勧誘ルールの重要性が一層高まる。

􀁺 現行の縦割り業法上のルールを可能な限り横断化する:

・資産運用は「誰が行うか」ではなく「何を行うか」という機能面に着目:いずれの業者であっても資産運用部分については同一の資産運用ルールが課されることになる。ルールという法環境が同じになることで、純粋に運用の巧拙が比較できるようになるべき。

・同一の行為には同一のルールを課すことでルールのズレを最小限に抑える:およそ金融サービス業者であれば守らなければならない共通の基本原則(プリンシプル)を打ち出しやすくなり、一貫性のある分かりやすい法規制を実現できる。

・現行の縦割り業法のすき間を埋めるような法制とする:新しい金融商品・サービスにも機動的に対応しやすくなる。業態間の垣根も低くなることで、新しい金融商品・サービスの開発も進むし、その後の法改正時の調整作業を最小限ですますことができる。

・集団投資スキーム:集団投資スキームの機能に着目してルールを統一的に整理する。ただし、スキームを仕組む者の責任(スキーム全体の統括者の責任)のあり方は、受託者責任の観点およびスキームの主体に対するガバナンスの観点から別途検討すべき。

􀁺 業者の段階的参入規制:金融市場での公正な競争を確保するためには、正当な資格と責任を持つ業者の新規参入を促進する必要があり、そのためには過剰な参入規制は避けるべきであるが、金融サービスの類型ごとに参入規制に段階を設けるなどの工夫も求められる。

􀁺 適合性原則・不招請勧誘規制:金融サービス業者にプラスアルファの義務(適合性原則や不招請勧誘規制)を課し、消費者がより納得できる形で金融市場に参加できる体制を整える。相手が準プロであれば不招請勧誘規制は不要だが、ゆるい適合性原則は適用されるべき。アマと準プロではルールの内容や違反時の効果にレベル差を設けるなどの工夫をすべき。

􀁺 取引相手方のプロ・準プロ・アマ論:金融サービス業者の行為ルールは、取引の相手方(金融商品・サービスの利用者)の属性に応じて濃淡を設けるべき。プロとアマの2元論ではなく、準プロという中間クラスを設けるべき。プロにはより自由な市場を、準プロにはほどほどの保護策を、アマにはより充実した保護策を提供することができる。3分類の属性は固定化すべきではない。

􀁺 資金調達者としての公開会社:コーポレートガバナンスの基本的仕組みは会社法で定められるが、より高次元のガバナンスについては、上場規則やベストプラクティスなどの形で定めることも考えられる。法律とベストプラクティスなど法律以外の方法とのよりよい組み合わせをさらに議論すべき。

􀁺 市場阻害行為:市場阻害性という概念を大前提とすべき。市場阻害行為に対する制裁措置の内容は、市場阻害度に応じて段階(濃淡)を設ける必要がある。市場阻害性の大きい行為に対しては、刑事罰が科されるべき。

􀁺 制裁:刑事罰の発動に非常に慎重な日本では、(そのこと自体決して悪いことではないが)グレーゾーンの行為が見逃されてしまう危険がある。非刑事的な制裁措置が充実していけば、グレーゾーンの行為にも適切に対処できる。ただし、その乱用を防ぐための制裁に関するガイドラインを作る必要がある。とりわけ課徴金や過怠金の金額算定基準は重要。また、規制機関等による制裁の不要な重複を避けることが必要。

􀁺 証券取引所:株式会社としての証券取引所の利潤追求目的(上場企業誘致)と上場審査との間の利害の相反を招かないような、仕組みの工夫や取引所自身のガバナンス体制の強化が重要。

􀁺 規制機関:世界的に金融業の垣根が曖昧になってきたことに対応し、規制機関を統合する英国型が主流になりつつあるが、日本の金融庁は、比較的統合された金融規制機関としての地位をすでに有している。日本版SECと称して、金融庁から証券分野ないし投資分野を切り離すとすれば、それ相応の合理的説明が必要。

􀁺 自主規制:自主規制機関と業界振興団体の関係を整理する必要がある。自主規制機関を活用するのであれば、法律上の自主規制機関の定めるルールの目的・内容・権威は常に法目的に適うものでなければならない。また、自主規制機関の制度的な中立性・公正性を確保しておく必要がある。原則、法律上の自主規制機関と業界振興団体は分離させるべき。自主規制の横断化(機能に着目した整理・統合)の方向は検討に値する。

􀁺 規制機関やADR(Alternative Dispute resolution:裁判外紛争処理機関)、補償制度の統合:充実した紛争解決制度などを用意することで、いっそう利便性の高い金融市場の制度インフラを提供することができる。ADRに関する提言は以下の提言-3参照。

􀁺 ルールの執行力:ルールの執行力を高めておくことが必要。現在非刑事的な制裁金制度が不十分。違反者が得た不当利益(損失回避額を含む)をすべて吐き出させ、プラスアルファの金銭的制裁を課すことも必要。


(上記ポイントのまとめ)

規制原則と業務原則の確立

有価証券にかわる、新たな投資商品概念の確立

業者行為ルールの横断化・柔構造化

受託者責任の横断化)

市場ルールの横断化・柔構造化

市場の番人(規制機関)の横断化

エンフォースメント(法執行)ルールの横断化と確立

金融消費者ADR(裁判外紛争処理)システムの横断化と確立

(補償制度の横断化)

競争とイノベーション促進型法規制体系への横断化

(注)上記ポイントのまとめのうち、斜体(紫色の)書式部分は今回の研究では詳細を提言していない。

アクションプランの提示

上記グランドデザインの提示とあわせて、2007年の投資サービス法制定を中間目標とし、2009年を最終到達目標とするアクションプランを提案。

また、最終到達目標を達成するには、政治のリーダーシップのもと、官・学・民・研究機関の連携により、金融審議会とは別に常設の検討の場を設けるべきであることもあわせて提言。


包括的・横断的金融市場法制制定に向けたアクションプラン

銀行     証券   その他商 品 保険

1.ホップ

2000年金販法実現済 (金販法) (金販法)(金販法) (金販法)

2.ステップ

2007年実現目標 (金販法) 投資サービス法制 (金販法)

3.ジャンプ

2009年実現目標   包括的・横断的な『日本版金融サービス市場法制』


アクションプランの詳細は報告書第一部提言(概観)参照。

日本版金融サービス市場法グランドデザインの詳細は報告書第一部第一章参照。

法規制の整備による金融資本市場の高質化メリット試算 (参考)

法規制の整備による金融資本市場の高質化には、 ①取引費用の削減による経済効率性の向上、②法的公正の貫徹による市場と市場取引への信頼の高まり、という2つの意義がある。

しかし、「信頼」の価値評価は個人間でばらつきが大きく、マクロレベルでの貨幣換算は難しい。よって今回は「効率面の便益」のみを試算対象とし、GDPの増加額で評価した。

われわれは過去のEU金融市場統合効果の先行研究などを参考にし、本邦金融市場にも高質化によって0.2%の資金調達コストの引き下げ余地があると想定した。

想定どおりに改革が実施された場合、われわれの試算では、改革7年後の実質GDP は(改革しないときと比べて)0.55%高まる。2003年度の実質GDPで評価するとこれは2.9兆円に相当する。

改革への投入予算を事後的な税収増の範囲内に抑えれば、国債増発や増税は避けられる。本試算では、GDPの増加に伴う税収増(年平均2740億円)は現状の金融庁予算(2004年度金融庁予算約171億円)を大きく上回った。ゆえに、単純に比較すれば、税収増加の範囲内で、金融監督体制を拡充して改革に臨めることが示唆される。この限りにおいて、上記便益をもたらす金融資本市場の制度改革は実効性を有すると判断できよう。


金融資本市場の法・規制整備による市場の高質化に伴うGDPの拡大効果試算

改革実施から7年後の実質GDPの増加
(改革を行わなかった場合との対比)

本報告の日本金融市場高質化の試算
(資金調達コスト0.2%(20bp)分低下を前提)  0.55% (約2.9兆円に相当※)
  ※ 2003年度の実質GDPをもとに換算した金額

London Economics(2002)によるEU金融市場の統合効果の試算       0.90% (対比年限基準調整後)
(EU参加国平均の資金調達コストが、株式で約50bp,
社債で約40bp,貸出で約20bp 低下することが前提)


詳細は報告書第二部第三章(2)参照。

もっとも、これらの税収増加額の全てを資本市場改革に振り向けることはあり得ないが、税収増の範囲内の投入予算内での市場改革実現が可能であれば、後世代に公債負担を残しコスト負担に対する便益のバランスが伴わない道路・空港事業などのハードインフラの整備と比べ、金融資本市場の制度改革は有意義なソフトインフラの整備になりえよう。

まさに、法システムの創造は、最も本質的かつ最重要の構造改革の中心課題なのである。

提言-3. 実効的金融ADR(裁判外紛争処理制度)設置の提案

包括的で実効的な紛争処理機能の必要性:

個人投資家保護の観点からみた既存の裁判所は、時間や費用などのコストがかかりすぎ、機能不全に陥っている面なしとしない。また既存の金融ADR(裁判外紛争処理制度)も法的裏付が少なく実効性に乏しい。当報告書では、金融市場におけるADRを考察しながら、業者間の連携を基礎とする主体的な運営により、専門性を担保しつつ、「片面的拘束力」を業者に課した上で実効性と公正性を担保するなど、21世紀にふさわしい新しい金融ADR(裁判外紛争処理制度)の方向性を示している。

市場では法・規制システムに不備がある上、金融商品は、高度に専門的な知識をベースとした複雑な仕組みとなっている。そのため一般消費者が、金融商品の内実を完全に理解することは困難であり、多くの消費者被害が生じている。

一方、被害回復のために取り得る現状の手段では、コストのかかる裁判以外に実効性が高いものは少なく、多くの被害者が泣き寝入りを余儀なくされている。そこで21世紀の金融資本市場には、変化に迅速に対応ができる、実効的で利便性の高い金融ADR(裁判外紛争処理制度)が必要である。その制度を構築する上で、以下の点に留意する必要がある。

① 金融商品の特性を理解し、特性に沿った消費者に対するフォローが必要

② 消費者、業者双方にとって中立性・公正性の確保が必要

③ 業者に対して「片面的拘束」を課し、制度の実効性を高めることが必要

④ 業者が、積極的に当該機能の運営に関与していくことが必要


「片面的拘束力」による実効性の確保

 苦情・被害相談 (個人) →  金融ADR (裁判外紛争処理制度)

 調査 → 解決案提示  → 最終決定 

 相談者(個人) 

・ADRの決定に拘束されない。
・ADRの決定を受け入れない場合は、裁判等の別の紛争処理に移ることも可能。

金融業者 

ADRの決定に拘束される。


詳細は報告書第一部第三章参照。

提言-4. 横断的公益事業法制の提案

(金融分野も含め)独禁法と事業法とが競争促進という共通の目的を実現するために相互補完関係にあることを踏まえ、総じて業界ごとの縦割りベースの業法を、各市場の実情に応じ、横断的かつ包括的な市場法制的な制度へと以下のように作り変える必要がある。


①エネルギー分野:

電気・ガスなど縦割りの業法を超えた横断的市場法制の創設が必要。

②電気通信分野:

NTTのみに非対称規制を与えるのではなく、電気通信事業法に一本化した、新たな規制枠組みへと転換することが必要。

③放送通信分野:

通信と放送を区別するのではなく、伝送路(ハード)とコンテンツの制作・配信(ソフト)に分け、制度の抜本的な再構築を検討することが必要。

⑤英国の公益事業分野からの示唆:

英国の公益事業分野では、可能な限り分野横断的な視点をもって規制の仕組みを改革してきており、わが国の制度改革について今後検討すべき方向として参考とすべき。


独禁法

あらゆる事業分野に一般的に適用される競争の基本ルールを定める一般法
競争阻害行為が発生した場合に規制を加える、事後規制が中心

事業法

特定の事業分野にのみ適用される競争の特別のルールを定めるもの
競争を積極的に促進するための規制と、競争阻害行為について、その発生の未然防止を図るための事前規制が中心


事業法(業法)

従来  現在  今後  長期的将来展望

競争をさせないための事前規制(競争回避的で事前規制中心)

過渡的なものとしての競争促進的な事前規制

独禁法と事業法とは競争促進という共通の目的実現のために相互補完関係にある

撤廃を視野に入れる

独禁法

従来  現在  今後  長期的将来展望

競争阻害行為に規制を加える事後規制 (事後規制で競争促進的)

同左

独禁法と事業法とは競争促進という共通の目的実現のために相互補完関係にある

競争促進目的の実現は、競争阻害行為が発生した場合に事後規制を行う一般法としての独禁法に一本化する

市場法(横断的・包括的)

従来  現在  今後  長期的将来展望

不存在

同左

事業法の改組で対応

公益的課題に対処する競争中立的な(市場法制的)制度を構築

詳細は報告書第二部第四章参照。

以上

序章 開かれたマーケット・ガバナンス構築に向けて

総合研究開発機構(NIRA)では、21世紀の幕開けとともに、「わが国のかたちと進むべき道」についての戦略的研究開発プロジェクトをスタートさせ、政府、社会、市場、東アジア、世界という5つの領域をガバナンス(注6)という側面から捉え、21世紀にふさわしいガバナンスのあり方について検討してきた。平成16(2004)年度には、それらの研究成果も踏まえて、数次にわたるNIRA30周年記念シンポジウムを開催した。

本報告書は、その5つの政策領域の一つである市場、つまりマーケットに対するガバナンスについて、第一線の諸先生方と若手研究者および市場実務家(マーケットプラクティショナー)の面々のご協力を得てまとめられたものである。

昨今のわが国には、少子高齢化や年金問題、テロや凶悪犯罪による治安の悪化など、さまざまな不安要素が多数渦巻いている。その中でも、本報告の主題のひとつである金融資本市場においては、不良債権問題はようやく峠を越したようにみえるが、世界と東アジアにおけるわが国金融機関の存在感の低下証券にまつわる企業の不祥事や問題の頻発個人の金融被害の続出長引く超低金利、近づくペイオフ解禁など、不安の種は尽きない。

こうした中で、市民を取り巻く環境は、資産を銀行に任せておけばよかった時代から、自らの判断のもとで直接間接に自らの資産を運用する時代へ移りつつある

このような環境の変化は、これまでのような国や企業が生活を保障してくれていた“安心保障型の社会”から、自分の暮らしは自分で守るといった“自己責任社会”への変化を意味しているとも考えられる。しかし、自己責任が求められる前提として、市場が自由かつ公正に運営され、市場参加者の層が厚く、かつ市場インフラが信頼されるものとなっていなければならないことは言うまでもない。ところが、現在のわが国の金融資本市場とそのシステムには、さまざまな構造上の問題が存在しているようにみえる。

戦後の復興期から高度経済成長期まで、行政、企業、銀行が密接に連携して、必要な産業に効率的に資本を投入する体制が、わが国の成長の一端を支えてきたことは誰しも認めるところである。しかし、経済社会が成熟しグローバル化が進むと、こうした体制は変容する。行政などのこれまでいわばガバナンスしていた側の果たす役割は相対的に小さくなり、市場参加主体が、政府以外の市場の参加者、すなわちガバナンスされていた側へと移っていくと考えられていたのである。

ところが、現在もわが国の金融資本市場は、依然として旧来のシステムの弊害を数多く残しており閉鎖的で不透明なもののままとなっている。

具体的な弊害の例としては、縦割り行政による業法を中心とした業者規制などにより、時代の変化に適合できていないことでそれぞれの規制に隙間が生じ、かつ裁量行政の余地が依然数多く存在している。また、法人企業株主中心の市場が長く続いた結果、個人に対する十分な情報提供や、被害者救済制度が欠落していると言えよう。さらに、過度に進んだ銀行中心の間接金融体制は、銀行に大きなリスク負担をさせ、銀行の経営基盤の脆弱化を招いた。

こうした問題点は、個人と企業と機関投資家の市場参加への意欲を弱め、あるいは活性化させず、結果として市場機能を学び、理解し参加する機会を彼らから奪っているこれはわが国全体の市場に対する知識や認識の低下と、市場の縮小や失敗を招く結果ともなっていると考えられる。

また、その閉鎖性や不透明さは、欧米など、金融先進国と言われている国々と比較するとより顕著であり、すでにわが国は資本市場システムの整備が20年以上先進諸国から遅れているとの指摘もなされているところである。

もちろん、これら構造上の問題を共通の認識として、バブル崩壊後の90年代後半には金融ビッグバンが断行され、手数料体系の自由化や関連の規制緩和、新たな法整備など、さまざまな改革が試みられてきたわけである。

ところが、改善した点も一部あるとはいえ、いまだ欧米各国との差は縮まらず、そればかりか、その格差はさらに広がっているとすら言われている。その遅れはいずれ国際社会におけるわが国とアジア近隣の市場の影響力を弱め、金融業はもちろん、その他産業の国際競争力をも失わせることになりかねない

NIRAとしては、21世紀型のガバナンスの考え方を踏まえ、マーケット・ガバナンス研究の一環として、ガバナンスの理念と制度化のあり方、わが国市場機能強化への方策、(その代表的市場として)包括的・横断的金融サービス市場法制の構想、公益事業分野の市場法制のあり方、公開株式会社法のあり方、企業のガバナンスと社会的責任、独禁法と事業法の調整の問題、そして公的年金積立金など政府の資産運用のあり方、東アジア経済共同体の市場活動と域内資本市場のガバナンスなどについて具体的に議論を重ねてきた。そしてその議論の方向性のなかからいわば自然に収斂(しゅうれん)してきたものを、ここに新しい法制度整備に必須のビジョンとグランドデザインとして提言することとした次第である。

なお、この報告書に掲載された40編を超える論文と報告は、一義的にはそれぞれの執筆者の責任においてまとめられたものであるが、それらの論文はすべて底流でつながっている。市場ガバナンスのあり方の諸側面にわたる問題・課題を一望することのできる、現場からの報告を含む稀な読み物ともなっているはずである。

本報告書は大部ではあるが、読者には、是非とも最後まで読了されて、実りある議論のために共有しておくべき必要不可欠な基本情報が網羅的に提供されていることと、全体として目指すべき重要な方向性がそれらに共通していることを、ご確認いただきたい。

本報告書が、今後前向きの更なる議論を惹起し、新たな市場ガバナンス原則とそのあり方についてのより確かな方向性を描き出すことで、新しい市場インフラの整備に役立つことを、心より願うものである。

(塩谷 隆英)

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(注6) ガバナンスの定義は定まっていないが、ここではハーバード行政大学院のジョセフ・ナイ学長による定義を引用する。「私たちがいうガバナンスとは、ある集団の集合的活動を導きかつ制限する公式・非公式の手順と制度を指している。政府はその一部として、権限を持って行動し、正式な義務を定める。ガバナンスは必ずしも、政府や、政府に権限を委任された国際機関だけが独占的に行うものではない。民間企業、企業連合、非政府組織(NGO)、NGO連合なども携わっており、たいていは政府機関と協力してガバナンスを生み出すが、ときには政府の権威なしに行われることもある。」 “グローバル化で世界はどう変わるか―ガバナンスへの挑戦と展望”(英知出版2004年9月)より。

序章  新たな市場システムに必要な21世紀型ガバナンスの要件

われわれの目指すマーケット・ガバナンスに共通する、金融資本市場など市場システムに必要な21世紀型のガバナンスの要件とは何なのであろうか。

それらは、次のようなことであろう。


21世紀型市場ガバナンスの要件 (われわれのマーケットガバナンスの定義)

第一に、ガバナンスシステムが、曖昧で不明瞭な裁量行政など不透明なルールや複雑なルールをできるだけ排除し、多様な市場参加者が、明確な原則とルールの下で、自由に安心して行動でき、公正な市場価格の形成が行われるための基礎となっていること。

第二に、そのガバナンスシステムによって運営される市場と市場インフラが、変化する環境と市場参加者のニーズに迅速に合わせられるよう、高い柔軟性と復元力を持っており、包括的に使いこなせるものとなっていること。

第三に、ルールを外れた者に対して、適正な処罰・制裁・対応を行う規律と法の執行力が備わっていること。

第四に、適切な開示制度、被害者救済のためのセーフティーネットやADR(裁判外紛争処理)制度、市場教育や訓練などの社会的市場インフラの整備を通して、競争社会への不安と不信感を和らげるための一体的な市場システムとして構築されていること。

最後に、市場の運営にあたっては、市民や市場実務者を含めた実際の市場参加者が密接に連携し、市場とガバナンス主体と自らを監視し、主体的な行動を通じて、それぞれが市場における資質を高めていくためのサイクルが包摂され、ガバナンスの品質やコストと効果のバランスに配慮がなされていること。

なお、このことに関して、欧州では近年、「社会的市場経済(Social Market economy)」および「市場市民権 (Market Citizenship)」という概念が使われ始めていることは注目に値する。社会と市場と市民とが対立的な概念として捉えられていないことに留意する必要があろう。


閉ざされたガバナンスから開かれたガバナンスへ

関連の法規制などを含む市場インフラは、政府と一部の大企業など、これまではごく限られた人や組織しか参加できない、いわば閉ざされたガバナンスによって一方的に設定される傾向が強かった。しかし、これからはありとあらゆる行為主体が連携・協力し、公正な価格形成が行われる高質な市場構築という一つの大きな目標に向かって進んでいくための、いわゆる参加型の「開かれたガバナンス」が最も重要であると考える。それこそがわれわれの考える21世紀型ガバナンスと言えるであろう。

これからは、ありとあらゆる行為主体が連携・協力し、公正な価格形成が行われる高質な市場構築という一つの大きな目標に向かって進んでいくための、参加型の「開かれたガバナンス」が最も重要。

欧州委員会が2001年7月に発表した“European Governance”という題名の白書7においても、市場の“Co-regulation”(政府の一方的な規制ではなく市場実務家など関係者主導の規制)の重要性が指摘されており、われわれが主張する「開かれたガバナンス」「協治」の考え方とも相通ずるものがある。

ちなみに、同白書によれば、良きガバナンスを支える原則(Principles)として、

① 開かれていること(openness)

② 市民や消費者や市場実務家の参加(participation)

③ 説明責任(Accountability)

④ 効果的であること(effectiveness)

⑤ 首尾一貫性(coherence)

の5つがあげられ、それらが統合的に運用されてこそ、その実質に意味が出てくるとしている。さらに、それら5つの原則の適用がEUの大原則である「比例性(注8)と補完性(注9)の原則」(proportionality and subsidiarity)を補強することになるとしている。


また、欧州委員会が定義する「良い規制」のための7つの原則は、

① 比例性の原則 (proportionality)

② 近接(注10)の原理 (proximity)

③ 首尾一貫性 (coherence)

④ 法的確実性・安定性 (legal certainty)

⑤ 迅速で時機を得ていること (timeliness)

⑥ 質が高水準で権威ある基準・規範となっていること (high standards)

⑦ 法規制の執行力 (enforceability)

であるとされる。


“Co-regulation(協治)”の要件

ただ、市場の“Co-regulation”を発展させる場合に、リソースを多く持つ企業側が自身の利益を前提として消費者・市民側よりも優位に立つことへの懸念を背景として、

効率性(efficiency)や、効果的であること(effectiveness)や、規制の重荷の低減だけでなく、実効ある消費者・市民側の参加(participation)を得て彼らを阻害しないこと(inclusiveness)

を、実質あるものとして実現することがいかに重要であるかが議論(注11)されている。特に環境や消費に関してそのような議論が多く行われているようである。前者(効率性・有効性)と後者(参加・包括性)は互いにどこまで、またどういう場合に相容れ、あるいは相容れない概念であるのかが問題となっているのである。

たとえば、白書によれば、“Co-regulation”が効果を上げるには、

① 全体としての目的の枠組み

② 参加者の基本的権利

③ 法規制の執行のあり方(エンフォースメント)

④ 上訴・訴訟メカニズム

⑤ 法令順守のモニタリング条件

の5つがセットになっていることと、明確に付加価値的であることが条件になっているとしている。その有利性は、①柔軟性、②近接性、③時機を得ていること、にあるとされ、後になって④市場参加者の参加という項目が追加的に加えられている。これは当初、企業あるいは産業の目的達成により多くの配慮をしていたことと関係があったかもしれない。


問題克服への手法

このように消費者・市民側の参加が担保されにくいかそれほど簡単ではないことに加えて、公開ヒアリングやコンサルテーションなどが形骸化しやすいことなども同時に指摘されている。そしてそれらを克服するために、規制導入前後の、規制の(社会・経済・環境に対する)「インパクト評価」や「品質分析」や「コスト効果分析」などによって、政策の直接対象以外への波及効果や国民経済的な観点からの規制の意義などについて絶えずチェックすることや、影響を受けるステークホルダーを明確化することなどの手法が注目され、実施に移され始めている。

しかし、これらが今後より広い市民権の顕現につながるかどうかは、まだ定かではない。

欧州で使われ始めた「社会的市場経済(Social Market economy)」および市場市民権(Market Citizenship)という概念と市民参加(Participation)が、限界的なものに留まらず、どこまで実態を持ったものになるか、非常に注目されるところである。

(犬飼重仁)


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(注7) http://europa.eu.int/eur-lex/en/com/cnc/2001/com2001_0428en01.pdf 

(注8) 比例性の原則 (principle of proportionality) とは、規制や介入の程度が、その目的を実現するために必要な範囲を超えるべきではない(投入すべき規制や介入は必要最低限であるべきである)ことを意味している。つまり、規制や介入への要求は、個々の対象分野によって異なるので、規制や介入のレベル、コスト、手段、慣行、および手続は、適正であり、かつ各対象分野の価値と要求される信頼度、規制や介入が破られた場合の被害の深刻度、発生の可能性、広がりに比例したものであるべきであるということ。規制や介入と必要な効果との間の「釣り合い」が重要であること、不正を正すのに必要以上の力を行使してはいけないことを示している。

(注9) 補完性の原則 (principle of subsidiarity) とは、小さな下位の共同体が効果的に遂行できる事柄を、より大きな上位の共同体が奪ってはならないとする原則。欧州連合(EU)は、集団的なアプローチが個人、地方、あるいは国家的アプローチよりも効率的であるという分野において、国家主権を委譲するという、補完性の原則に基づいている。 The Subsidiarity principle is intended to ensure that decisions are taken as closely as possible to the citizen and that constant checks are made as to whether action at Community level is justified in the light of the possibilities available at national, regional or local level. Specifically, it is the principle whereby the Union does not take action (except in the areas which fall within its exclusive competence) unless it is more effective than action taken at national, regional or local level. It is closely bound up with the principles of proportionality and necessity, which require that any action by the Union should not go beyond what is necessary to achieve the objectives of the Treaty. (http://europa.eu.int/scadplus/leg/en/cig/g4000s.htm)

(注10) 近接の原理 (principle of proximity) とは、行政の責務は一般的に市民に一番近い行政主体によって行われるべきであるという原則のことであり、地方自治体の責務の、中央政府等他の行政主体への移転は、技術的・経済的な効率性の要請に基づくものであって、かつ市民の利益により正当化されるものでなければならないとする。補完性の原則とあわせて用いられる。

(注11) 「Market citizenship and the prospects for participatory regulation in the EU」英国バース大学 Ian Bartle教授。http://galactus.upf.edu/regulation/papers/1markt.doc

包括的・横断的な市場法制のグランドデザイン提言 (概観)


1. はじめに

本研究は、「法システムの創造は、最も本質的かつ最重要の構造改革の中心課題である」という思いをメンバーの最初の共通認識として出発した。

日本は、国の根本的なところで仕組みを変える必要がある。つまり、金融資本市場のみならず、経済と社会を支えるべき究極の制度インフラとしての法システムを、日本ならではのシステムとして新たに創造することがわが国の緊急の課題ではないか。法規制間の危険な隙間やズレが多数存在するなど、制度疲労を起こしていることは明らかであり、法システムの改革・整備・創造が行われていないために被っている社会的厚生および経済上のロスは巨大ではないのか。しかもこの構造改革は直接的にはだれの痛みを伴うものではない。であれば、まさにそれは緊急中の緊急の、いままさに着手すべき課題ではないか。そういう認識を共有したということである。

共通認識:法システムの創造は、最も本質的かつ最重要の構造改革の中心課題である

過去30数年におよぶわが国政府の規制改革・金融システム改革など構造改革の歴史を振り返ってみると、いま、過去から一貫して続いてきた流れの最終章ないし終結点を迎えようとしているのではないかとの思いを強くする。その流れとは、「漸進的アプローチであり、時々の表面上の説明はともあれその実質は、縦割り行政官庁などによる攻め込まれる業界への配慮と激変緩和のための苦心の歴史」であった。しかし、いまその業界区分自体、縦割りの垣根が劣化し、いたるところで曖昧化し、一部ではもはや意味をなさないものとなっている。

それに対応して、縦割り業法の法目的の柱であった「業界の保護・育成(≒競争の抑制)」は、たとえば金融資本市場法制に関していえば、金融ビッグバンを経て、市場機能を確保し公正な競争を促進するという目的へと変貌を遂げていくものと考えられたが、時代と環境の大きな変化潮流に対応しておこなわれるべき法規制システムの根本的な見直しは、いまだパッチワークの域に止まっているといわざるを得ない。業法中心の法規制理念の根本的な転換がいままさに求められているのである。

縦割り業法の法目的の柱であった「業界の保護・育成(≒競争の抑制)」は、「市場機能を確保し公正な競争を促進する」という目的へと変貌を遂げていくべきである。
しかし、時代と環境の大きな変化潮流に対応して行われるべき法規制システムの根本的な見直しは、いまだパッチワークの域に止まっている。

共通認識:業法中心の法規制理念の根本的な転換が、いままさに求められている


2. 金融システム改革の流れと評価

その流れを、金融システム改革を例に取って概観するならば、①為替・資本の自由化、②金利の自由化、③金融業の業務の自由化、④退出・参入の自由化、⑤市場ガバナンスへの期待の高まりを受けての、会社法など企業のガバナンス及びファイナンス法制の整備と、⑥証券決済など市場のベースインフラ整備の、6つの自由化(規制緩和)ないし市場インフラ整備の流れに分けて考えることができる。

それら金融システム改革の現時点での評価は、次の通りである。

為替・資本の自由化: ・為替・資本の自由化については、1997年の外為法改正により一応の決着をみたといえる。・しかし、内外を隔て円滑な資金移動を阻害して、他の市場と比較して東京市場の魅力を減殺する要素がいまだ根強く残っている。
・特に、市場のイノベーションに必要な内外市場一体型の証券分野を含むオフショア(自由)市場はいまだ実現していない。

金利の自由化: ・金利の自由化についてはその目的を大方達成したと考えられる。

金融業の業務の自由化: ・金融業の業務の自由化については、1996年から金融ビッグバンと銘打ち、希望を持って開始された改革が、やりかけのまま店晒し(たなざらし)となっている。証取法65条が象徴する昔ながらの業態としての銀行と証券の垣根問題も残っている。
・ビッグバンの成功に不可欠として当初より言及がなされていながら手をつけることのできなかった包括的・横断的法規制の整備は、いまもなお実現していない。
・縦割り業法中心の規制理念の転換を名実ともに達成し、ビッグバンを完了させることが必要である。

退出・参入の自由化: ・退出・参入の自由化の大枠は、2005年3月のペイオフ完全解禁によって完結し、特別扱いの預金取扱業態としての銀行業は名実ともに終わりを迎えることになる。
・本来、新しい時代の金融サービス業への参入・退出規制については、包括的・横断的法規制の一部として、業務の内容などに応じた濃淡管理(規制の柔構造化)が必要となっているが、実現していない。

会社法と市場ガバナンス: ・また、それらの自由化、規制改革、構造改革の進展を受け、業法と縦割りの省庁による従来型のガバナンスメカニズムの実効性が減殺してきたことに伴い、会社法など企業のガバナンス及びファイナンス法制の整備と、市場と市場参加者と市場価格メカニズム形成を通じた「市場ガバナンス」の重要性が増しているが、それらも未開発の部分が依然大きく、期待される役割を担いきれていない。

国内資本市場のベースインフラ
・国内資本市場の証券決済インフラに関しては、2003年の電子CPの実現を嚆矢として、2006年には電子社債、2009年には株式の完全無券面化というように、決済インフラ法制の整備が一段落し、ほぼすべての証券類が電子化されるスケジュールが確定した。あまり目立たないので広くは知られていないが、この様な画期的な市場インフラ整備の流れが現実に起こっている。国内資本市場のベースインフラの重要な部分は完成している。
・但し、今後市場のイノベーションに必要と考えられる、内外市場一体型の証券(債券)分野を含む東アジアオフショア(自由)市場への展開の準備はいまだなされていない。

避けるべき、ビジョンなき破壊

いま必要なことは、これらの残された課題に早急に決着をつけ、新しい時代の進路に向けて逸早く舵を切り、速度を増して前進することである。しかし、その新しい時代のガバナンスを司るべき新たな法システムの綿密かつ詳細な設計図なしには、それもままならない。それは勇み足、いやそれを行うことは無謀である。なぜならば、新しいガバナンスシステムをインストールせずに、旧来のガバナンスシステムを構造改革(規制緩和)ないしビッグバンの名において破壊・断裂することは、無法地帯に市場関係者全員を投げ入れることに等しくなるかもしれないからである。

現状が、仮に古いシステムの裂け目をパッチワークで騙しだましつなぎ合わせているようなものだとしても、なにもないよりはずっとマシだからである。いずれの場合もビジョンなき破壊は避けなければならない。

拡大し噴出する制定法上の矛盾

しかし、いま振り返ると、金融システム改革の流れのなかでは、いくつかのステージにおいて、そのような破壊先行の面なしとしなかったのである。例えば、市場関連の法規制の緩和が先行し、投資家保護の整備がなおざりにされてきたことによる弊害が、ここへきて一挙に噴出している。例えば、TOB(株式公開買付け)とそれに関する開示制度の不備が露見した問題に関しては、TOBはいわば臨時の株主総会のようなものであり、個々の株主が公開情報に基づき買い占め提案に応じるかどうかを判断できる制度として設けられたものであるが、時間外取引を利用して特定株主から株を買い集めれば、個人を含む一般株主は蚊帳の外に置かれてしまう。また新株予約権取引の乱用は、市民層に広がる一般株主の権利と厚生を毀損してしまう。最近のいくつかの事件や報道は、新しい事態に直面して、制定法上の矛盾がいよいよ大きくなっていることを示しているのである。

やりかけの金融ビッグバンの完結を

われわれは、法の精神が市場に宿りその下で本来の市場機能の発揮が可能となる市場を作りださねばならない。それには、すでに本格的に着手し、かなりの部分実行に移しながら、いまだにやりかけのままとなっている金融ビッグバンを、本来的な意味で完結させることが必要である。そしてそのためにも、新しい時代に適合的な「包括的かつ横断的な市場ガバナンスシステム」の構築を急がねばならない。

共通認識:

法の精神が市場に宿りその下で本来の市場機能の発揮が可能となる市場を作り出さねばならない。そのためには、すでに本格的に着手し、かなりの部分実行に移しながら、いまだにやりかけのままとなっている金融ビッグバンを、本来的な意味で完結させなければならない。


3. 市場ガバナンスシステム設計に必要な大前提

まさにいま必要なのは、最も本質的かつ最重要の構造改革の中心課題としての、市場を司る法システムの創造である。
そしてそこでいう市場法システム(市場ガバナンスシステム)とは、グローバリゼーションとIT化に象徴される時代と環境の変化に適応したものでなければならないことは言うまでもない。そして、そういう新たな市場ガバナンスシステムの設計に必要な大前提は、次の3点である。


① 変化への適応能力の高い、オープンで柔軟なシステムであること(adaptability)

② 突然のインパクト・リスクに対して高い復元力を有していること (resilience)

③ 自由と規律の間のバランスが取れていること(proportionality)

これらはわれわれが考える「21世紀型市場ガバナンスの要件」の一部をなすものである。(本報告 序章 新たな市場システムに必要な21世紀型ガバナンスの要件参照)


21世紀型市場ガバナンスの要件(われわれのマーケット・ガバナンスの定義)(再掲)

① ガバナンスシステムが、曖昧で不明瞭な裁量行政など不透明なルールや複雑なルールをできるだけ排除し、多様な市場参加者が、明確な原則とルールの下で、自由に安心して行動でき、公正な市場価格の形成が行われるための基礎となっていること。

② そのガバナンスシステムによって運営される市場と市場インフラが、変化する環境と市場参加者のニーズに迅速に合わせられるよう、高い柔軟性と復元力を持っており、包括的に使いこなせるものとなっていること。

③ ルールを外れた者に対して、適正な処罰・制裁・対応を行う規律と法の執行力が備わっていること。

④ 適切な開示制度、被害者救済のためのセーフティーネットやADR(裁判外紛争処理)制度、市場教育や訓練などの社会的市場インフラの整備を通して、競争社会への不安と不信感を和らげるための一体的な市場システムとして構築されていること。

⑤ 市場の運営にあたっては、市民や市場実務者を含めた実際の市場参加者が密接に連携し、市場とガバナンス主体と自らを監視し、主体的な行動を通じて、それぞれが市場における資質を高めていくためのサイクルが包摂され、ガバナンスの品質やコストと効果のバランスに配慮がなされていること。


それは、次のようにまとめることができる。

共通認識:
これからは、ありとあらゆる行為主体が連携・協力し、「公正な価格形成が行われる高質な市場構築」という一つの大きな目標に向かって進んでいくための参加型の「開かれたガバナンス」が最も重要である。そしてその高質な市場が成立・機能するためには、市場機能重視の総合的法規制システムを含む市場インフラ(ソフトインフラ)整備が必須の条件となる。

また、本報告の序章(3分冊第一部序章)で言及している、ヨーロピアンガバナンス白書で示された「ガバナンスを支える5つの原則」や、欧州委員会の定義する「良い規制のための7つの原則」は、われわれも、わが国の関連の法体系が米国型であるか欧州型であるかにかかわらず、その基本を共有すべき重要な原則であると考えられる。

なお、これらの大前提のいくつかは、NIRAのこれまでの研究や早稲田大学COEの研究などで明らかにしてきた点であり、ここでは結論を示すに留め詳細にまでは立ち入らない。

いずれにせよ、曽野和明北海道大学名誉教授が本報告の別の論文(3分冊第一部第2章-2)で指摘されるように、「法規制のあり方としては、これまでの、背景に起こった変化潮流の認識の上に、日本のガイダンス的立法の長所をも活かしつつ、状況にあった(その背景にあるべき骨格としての)プリンシプル(原則)の支配に向けたルールを改めて発展させること」が重要である。


4. 研究のスコープ

その上で、NIRAの本研究では、包括的・横断的金融サービス市場法制のグランドデザイン構想の提言を中核として、

① 新しい包括的・横断的な市場法制の理念とビジョン

② 先行する英国とEUのイノベーション事例の具体的研究

③ 金融以外の公益事業分野での横断的法制化の現状と展望

④ 金融資本市場のガバナンスにおける弊害や課題の諸側面のレビュー

⑤ 企業・団体ガバナンスの諸側面の課題レビュー

⑥ 個人投資家保護と金融ADRなど市民のための金融制度上の問題検討

⑦ わが国の基幹産業としての金融サービス業の重要性検討

⑧ 法制整備による資本市場高質化が市場参加者とマクロ経済に与える影響(メリット)の検証

などまでを含む、幅広い検討と、必要な情報・観点の洗い出し、及びできる範囲での整理を行った。そのためもあって、報告書としては3分冊にわたる異例のボリュームとなっている。


東アジア金融資本市場の一体化に関する補足説明

なお、本研究の中で、この日本版金融サービス市場法制のグランドデザインを固める作業は、まずは日本の市場を対象として行ったものであるが、将来に向けて今後東アジア経済統合への潮流がより確かなものになることが見込まれるところ、このグランドデザイン構築の試みが、いずれ東アジア経済統合およびその延長線上にある東アジア金融資本市場の一体化とも密接に結びついていくことが予見できる。したがって、これがそのための一つのデザイン構築のきっかけになるかも知れず、その点も踏まえ、本報告書3分冊第二部補章②に、今後の東アジア金融資本市場と市場インフラのデザインに結びつく幾つかの論考を掲載し、その中で「東アジア自由証券(債券)市場創設」と、それを突破口として自由市場の中核的投資商品として育っていくための重要な要素となることも考えられる「債券計算単位としての東アジア通貨単位EACU」の創出の検討を、別途提言している。換言すれば、このEACU創出検討の趣旨は、東アジア自由証券(債券)市場に潤滑油をも準備しようというものである。また、今回ここで行った作業は、いますぐにではないとしても、将来の日本を含む東アジア金融資本市場及び関連インフラ統合の検討に際し大きな素材になりうるものと考えられる。


5. 本研究が目指したもの

このように、本研究の視座は極めて広いが、委員と執筆者各位の情熱と志を反映し、焦点がずれたり問題点が散漫となったりすることはなく、むしろ市場ガバナンスについての幅広い視野を得ることで、法システムの高度化・高質化のための「今後の議論に必要とされるべき普段見えない重要な視点」を数多く提供し得たと考えられる。この点が単なる論文集とは異なる点である。

実際に研究を行って感ずるのは、これまで新たな時代に必要な市場インフラとしての法規制システムのあり方に関して、全体観に立った議論を、われわれを含む市場関係者は、如何にわずかしかしてこなかったか、あるいはしてもそれを市場関係者で共有する努力を如何にわずかしかしてこなかったか、ということである。

その意味で、3分冊にわたる本研究報告は、もちろんすべてではないにしても、これからの重要な議論の前提となる必要不可欠な基本情報をかなりの部分提供するものであると信ずる。また、包括的・横断的市場法制の必要性については、学識者や市場実務家の多くが賛同するところではあるが、その代表的市場である金融資本市場における包括的・横断的法制の必要性が広く検証され、それを実施に移すための具体的検討が行われたことは残念ながらこれまでなかったといってよいであろう。本研究はそのための重要な一里塚となるであろう。

特に、現在金融審議会にて検討中の、必要な中間目標としての「投資サービス法」構想の意義を確認しつつ、最終的に目指すべき、包括的・横断的な「日本版金融サービス市場法制のグランドデザイン」とその実現のためのアクションプランの提示を初めて行うという、高いハードルに挑戦したということである。


① 重要な視点の提供: 市場ガバナンスについての幅広い視野を得ることで、法システムの高度化・高質化のための今後の議論に必要とされる、普段見えない重要な視点を数多く提供すること。

② 不可欠な情報の提供: これからの重要な議論の前提とすべき必要不可欠な基本情報を、かなりの部分提供すること。(本報告書が関係者にとって不可欠な包括的情報ソースとなること)

③ グランドデザインとアクションプランの提示: 包括的・横断的市場法制の必要性に関する研究の重要な一里塚となること。特に、現在金融審議会にて検討中の、必要な中間目標としての「投資サービス法構想」の意義を確認しつつ、最終的に目指すべき「包括的・横断的な日本版金融サービス市場法制のグランドデザイン」とその実現のためのアクションプランの提示を、初めて行うこと。

そこで、本稿では、特に、金融資本市場法制に重点を置いて、包括的・横断的な市場法制を構築していく場合の基本的視点をまず明らかにし、そのうえで、可能な限り制度の具体化のための構想とアクションプランを示すこととしたい。なお、金融資本市場以外の公益事業分野の市場法制についても、基本的な視点はほぼ同様であると考えられる。


6. 包括的・横断的な市場法制構築の視点

(6-1)基本的考え方

金融サービス業者がイノベーションを発揮でき、市場における公正が確保されて金融サービス利用者が納得して参加できる高質な金融資本市場を日本に作るためには、法インフラを中核とする市場の制度インフラ構築が不可欠である。日本の金融資本市場をよりよいものにするためには、関係するすべての者が力をあわせ、21世紀にふさわしい新しい法制度の枠組み(日本版金融サービス市場法制)を創造していく必要がある。


(6-2)現行法の問題点の例

􀁺 法律の複雑さ: 専門家でも理解が困難な程の法律の多さと複雑さが存在する。

􀁺 縦割りの業法に由来する商品開発やサービス提供上の制約: 業法が縦割りの業界・業態ごとに分かれていることにより、業をまたぐような金融商品やサービスの開発に支障が生じ、また当局への報告や内部対応など規制対応コストがかさむことで、顧客本位の金融商品を揃えようとする金融サービス業者も誕生しにくい。

􀁺 各業法間のルールのズレ: 業法などの法律が過去バラバラに制定・改正されてきたことに由来する、不合理なルールのずれが存在する。(例えば「受託者責任」に関する規定の書き振りが法律ごとにバラバラである)

􀁺 ルールの隙間: 経済効果が似ていても特定の業法に縛られない広義の金融商品については、ルールの隙間に落ちて、規制を受けない金融商品が出てきてしまう。そういう商品については、迅速・機動的な法規制上の対応が行えず、常に後手に回ることになる。また、そのための法規制上の対応を行っても、新たなパッチワークとなり、別のルールのズレなどが生ずることになりかねない。

􀁺 監督官庁の分断: 金融庁は銀行・証券・保険を統合的にカバーしているが、他省庁が業法を作り監督している金融商品・金融サービスが存在する。そのことが規制のズレや隙間を作る原因となっているほか、業者側でも、総合サービス提供上や規制対応のコストなどの問題が生じている。

􀁺 法執行力の弱さと不安定性: 規制機関の制裁権限や被害者救済権限が貧弱であり、課徴金の適用範囲が狭すぎ、違反行為による不当利益の吐き出しのための制度が未整備。自主規制機関による制裁の多くが行政処分の後追いで重複して行われている。消費者被害救済が不十分で、裁判外紛争処理(ADR)も未発達で、組織の権限や紛争処理プロセスも業態ごとにバラバラである。

􀁺 不十分な金融商品販売法:

􀁺 開示への不信・公開会社ガバナンスへの不信・個人株主の軽視:


(6-3)柔構造のシステムとしての包括的・横断的法制の確立

①柔構造のシステムとしての認識

②本来的市場機能(インテグリティ)重視

③包括性

④横断性

⑤アーキテクチュアがオープンで、柔軟な階層構造をとっていること


①柔構造のシステムとしての認識:

包括的・横断的な市場法制確立の視点は、当然ながら市場を一定の法目的・理念を具備すべき有機的システムとして捉え、そうしたシステム全体に関する総合法制を目指すことが第一である。

柔構造のシステムとしての法規制という場合には、システム構築の思想・背景にある原則・システムの柔軟性・変更や改善の容易さ・市場参加者やシステムのユーザーにとっての理解の容易さなどまでを含んだ概念として用いている。


・ システム構築の思想

・ 背景にある原則

・ システムの柔軟性、変更や改善の容易さ

・ 市場参加者やシステムのユーザーにとっての理解の容易さ
  などまでを含んだ概念としての有機的システム


② 本来的市場機能(インテグリティ)重視:

第二に、ここで法目的とは、「公正な価格形成を中心とした市場機能の確保」であり、「真実価値の把握を可能とする価格形成メカニズムが有する社会的・経済的意義の追求」である。それは言い換えればインテグリティ(市場の本来あるべき一体性・信頼性・高潔性)重視であり個人投資家・金融消費者保護はその中に含まれる(注12)。

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(注12) 消費者保護は重要な法目的であるが、消費者保護だけを強調すると公正な価格形成機能の確保という本来の法目的を見落とす危険がある。われわれが主張する「包括的・横断的な金融サービス市場法」は、金融「市場」という公共財が人々に利益をもたらすような形で機能することを確保しようとする法律であって、金融サービス業者・消費者間の「取引」だけを見ている法律ではない。市場がきちんと機能していない状況のもとでは、被害者救済策をいくらそろえても被害はなくならない。根本的な消費者保護を図ろうと思えば、何よりもまず公正な価格形成機能の確保こそ必要なのである。われわれが新しく提言する日本版金融サービス市場法は消費者保護法というよりも、まずは市場法として理解されるべきである。

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例えば、英国の1986年金融サービス法は、業者法的色彩を濃くしていたが、2000年金融サービス市場法(FSMA)は、以下の四つの法目的を明示するに至っており、法の名称が示すように、その中核は、市場機能の高質化・高度化とそれを通じての個人消費者保護の確保にある。本研究提言の視座も基本はほぼ同様である。

①市場の信頼確保

②公衆の理解の向上(啓蒙)

③消費者の保護

④金融犯罪の削減

なお、金融以外の公益事業分野をも含む市場関連法制は、参入規制を含む業者ルールおよび業者行為ルールとしての側面を持つが、かつてのように縦割りの業界・業態区分を固定させ、業界を保護育成する(≒競争を抑制する)ことを法目的とする時代はほぼ終わり、業法においても市場機能の確保を通じて公正な競争を促進するという目的を有することは冒頭に述べた通りである。


③ 包括性:

第三に、市場法制のあり方に関して、包括的という言葉を使用した意味は、明確な理念(プリンシプル)の上に、法規制《法令》の体系そのものの構想のみならず、規制監督機関自体の監督・ガバナンスのあり方、規制監督機関の執行のあり方、補償制度(セーフティーネット)のあり方、関連の裁判外紛争処理機関(ADR)のあり方、法規制体系のコストと効果への配慮などまで、セットで必要となる広義のシステムとしての法規制の体系にわたるいわば縦軸の通った構想を意味している。そこでは、具体的に法規制体系の統合のみならず、規制機関の統合、補償制度(セーフティーネット)・金融ADRの統合等をセットで包括的に行うことまでを想定している。

􀁺 法規制《法令》の体系

􀁺 規制監督機関自体の監督・ガバナンスのあり方

􀁺 規制監督機関の執行のあり方

􀁺 補償制度(セーフティーネット)のあり方

􀁺 関連の裁判外紛争処理機関(ADR)のあり方

􀁺 法規制体系のコストと効果への配慮


④ 横断性:

第四に、横断的という言葉は、縦割りの官庁や業法や個別商品ごとのいわば供給側の論理や制約にとらわれず、商品やサービスの経済的機能に着目してそれらに横串を刺し、市場及び金融サービスの需要者・消費者の観点で、包括性を維持しつつ横断的な法規制システム(法制と法執行のシステム)を構想するという意味で用いている。 現行の縦割り業法をベースにパッチワーク的な改正作業を続けると、一貫性のない法規制がますます複雑なものになるという悪循環に陥りかねない。金融サービス業者にとっても、金融商品・サービスの利用者にとっても、法規制はスジのとおった分かりやすいものであったほうがいいのである。

供給側の論理  → 市場及び需要者・消費者の観点

縦割りの官庁や業法や個別商品  → 商品やサービスの経済的機能に着目した 横串の法規制システム 包括性を維持しつつ横断的な法規制システム(法制と法執行のシステム)


⑤ アーキテクチュアがオープンで柔軟な階層構造(柔構造)をとっていること:

この点、オープンであるということは、恣意性ある行政指導などは用いず、誰にも極力容易にアクセスや理解が可能であるということであり、かつ柔軟な階層構造をとるということは、一つの法律にすべてを書き込むという方法をとらないということと、法令・規制間の相互関係とそれらの効果が明確であり、必要なルールの変更に柔軟かつ機動的に対応可能であるということである。

日本の金融市場に関する現行法制はかなり細かいルールも法律レベルで定めているが、その考え方を踏襲すると非常にボリュームのある法律の束ができあがる可能性が高い。法律が大部だから悪いというわけではないが、不都合な点もいろいろとでてくる。

例えば、具体的なルールを法律本体に細かく定めた結果、金融市場の変化に応じて変更しようとすると、都度法改正が必要となり機動的な対応ができないことがありうる。例えば、英国2000年金融サービス市場法制のフレームワーク法の(一次法と二次法の)構造の枠組みを効果的に取り入れることも重要な検討課題である。もちろん、(二次法として)国の法律で定めない内閣府令のようなルールを組み合わせて用いる場合も、行政が好き勝手にルールを作ることを許すものではない。かつての政省令をベースとして行われてきた行政指導(悪しき裁量行政)の弊害の再来を防ぐ手立ても必要である。

ルールの制定と運用の過程は、透明かつ公正でかつ金融サービス業者や投資家や消費者など利用者にわかりやすく明確な説明責任を伴うものであり、それら関係者の声を十分かつ適正に反映するものでなければならない。一方で、市場参加者の利便性と理解の容易さを考慮して、わが国のガイダンス法制の伝統をさらに発展させることも重要である。さらにルールに違反した場合の制裁・救済措置を十分に用意することでルールの実効性を確保することが必要となる。


オープン

・恣意性ある行政指導(悪しき裁量行政)などは用いず、誰にも極力容易にアクセスや理解が可能であるということ。

・ルールの制定と運用の過程は、透明かつ公正で、かつ金融サービス業者や投資家や消費者など利用者にわかりやすく明確な説明責任を伴うものでありまたそれら関係者の声を十分かつ適正に反映するものでなければならないこと。

柔軟な階層構造

・一つの法律にすべてを書き込むという方法をとらない

・法令・規制間の相互関係とそれらの効果が明確であること

・必要なルールの変更に柔軟かつ機動的に対応可能であること


7. 検討中の投資サービス法構想のスコープとの関係

日本における金融サービス法論議はすでに長年にわたって挫折の憂き目を見ていたが、いまようやく議論が再開されたところである。ここへ来てようやく投資サービス法の議論が本格的に行われるようになってきたことは大きな前進である。ただ、それは金融行政を担当する現状の政府行政組織の枠内で、当面の差し迫った問題に対する解決策をより迅速に見出すために行われるものが中心であると理解される。

必要な投資サービス法の早期実現

例えば、そのスコープは、銀行と保険分野を基本的に検討の対象外とし、現行の65条(銀証分離)を含む証券取引法の枠組みを基本的に維持しつつ、同法上でカバーされない銀行・保険以外の投資商品とサービスを包摂し、現実的な前進を迅速に勝ち取ろうとするものであると考えられる。それ自体、背伸びをせず、当面必要な成果を得るためのものであり、必要なものである。むしろ積極的に肯定し、その促進に賛同するものである。

しかし、誤解を恐れずいえば、わが国の現状の投資サービス法構想は、英国1986年金融サービス法のレベルの実現を達成することをまずは意図しているものといえ、決して最終的に到達すべき目標を示しているものではない。また、投資サービス法構想は、金融庁の金融審議会のカバーする部分において答申可能な現実的範囲での最大のものを勝ち取ることを狙ったものであるともいえよう。


8. 欧州・英国の経験、最終到達目標設定の重要性

欧州・英国の経験に学ぶ

なお、米国の経験に並んで、包括的・横断的市場法制を考える場合に参考とすべきは欧州、そして特に英国における経験である。それは、
①決してあきらめない粘り強さ(最終到達目標設定の重要性)、
②法規制システムの柔軟性・柔構造性(長年の度重なる市場の失敗を受けた試行錯誤と努力の結果としてのイノベーションに富んだ法規制の体系)、
③原則(プリンシプル)と定義の明確性・原則重視の法規制システム構築のあり方、
④エンフォースメント(法執行力)の安定性・確実性、そして
⑤市場の国際競争力増強重視とこだわり、規制のコストと効果の検証の実施、である。 

なお、法規制システムの柔軟性というポイントについては、米国も、規制と規制組織の総合化に向けた検討を始めている。

幸い、本研究報告書の3分冊第三部に掲載した英国の規制機関などの現場や規制システムのガバナンス担当や法制条文の作成に携わった専門家などからの複数の生の報告、及び英国の市場法規制システムに関する何編かの論文は、われわれにとって、活きた教科書に匹敵し、今後の個別制度設計に極めて重要な示唆を提供する内容となっている。この報告書3分冊第三部で、一人でも多くの読者に貴重な生のヒアリングによって英国の現場の感覚を追体験してもらい法規制のイノベーションがどのように構想されているのかを実感していただきたい。

日本でいままさに検討されようとしている投資サービス法構想は、英国「1986年金融サービス法」に相当するものであると考えられることはすでに述べたが、それ自体も、1981年の英国ガワー教授レポートに端を発しており、当時としてきわめて画期的かつ革新的な内容の法制であったということができる。

経験豊富な英国では、その後、労働党政権下で1997年に法制のレベルアップの構想を発表して以降なんと足掛け4年の歳月を費やして市場実務家と与野党の協力の上に粘り強くその先を実現し、2001年、「2000年金融サービス市場法」の施行にこぎつけている。

ユーロ通貨実現以降も英国の金融サービス業とロンドン金融街が隆盛を誇っている状況とわが国の状況を対比して見るとき、法規制システムを含む市場インフラの力の大きさというものをいやでも感じざるを得ない。

4年の歳月と多大な労力を費やしてまでロンドンの市場関係者が実現しようとした、その目指すところが、まさに「包括的・横断的法制」であり「市場機能重視の法制」であったことを思うとき、彼らに決して遜色のない金融資本市場規模を有するわれわれの場合も、市場の本来の機能を発揮させるための総合法制化検討の視座と最終到達目標設定がいかに重要なものであるかを痛感する。

共通認識:
内外の実例に照らして、法規制システムを含む市場インフラの力の大きさを認識すべきである。 また最終到達目標設定とそれに至る道程管理がきわめて重要である。


時機を得た、行政組織以外からの「グランドデザイン提言」公表の重要性

上記の、英国1981年のガワー教授レポートのような例は、同じく英国のADR利用促進の引き金となった1996年発表のウルフレポート、EUの金融サービス行動計画における2001年のランファルシーレポートや、欧州決済システムにおける2001年のジョバニーニレポートなどにも同様に見受けられる。それらの詳細は個別レポートに譲るが、欧州では、重要な法制や市場インフラ整備実現の前には、大方その目指すべき方向性や理念を示したレポートが存在したということである。

このようなことは従来の日本ではあまり考えられなかったといってよい。それを示すのは、これまでは各業界を監督し、業法の策定主体でもあった各監督官庁の仕事であったからである。しかしいま業界や業法の縛りを超えたいわば横串の法システムの出現が待望されている。いま日本で個別省庁の枠にとらわれない横串ベースの提言が可能なのは、われわれNIRAや大学や資本市場実務家集団あるいはそれらの連合のようなところをおいてほかにないのではないかと考えた次第である。

幸い、日本でも、横串のグランドデザインを政府以外が提言しそれが現実のものとなった例が存在した。それは、資本市場実務家グループ作成による、2001年の「CP・社債の決済システムのグランドデザイン」(注13:H13.10.25)の提言である。民間の市場実務家が育ち、彼らが主導して作成し発表した無券面化証券の決済システムのグランドデザインが、証券業協会や経団連をも動かし、それがトリガーとなって、まったく新しい短期社債・振替社債法制とシステムが日本にも実現したことで、2003年の電子CPの実現を嚆矢として、2006年には電子社債、2009年には株式の無券面化というように、ほぼすべての証券類が電子化されるスケジュールが確定した。このように画期的な市場インフラ整備の流れも現実に起こっているのである。

無券面(ペーパーレス)証券登場の歴史的意義

この、2006年、2009年をエポックとして起こるべき、紙のある世界からない世界への資本市場決済インフラの変化というものは、わが国において新しい金融資本市場法制のグランドデザインを描き、それを導入し定着させるための行動計画に載せていく場合に、決定的に重要な意味を持つことになる。

それは、無券面(ペーパーレス)証券の登場によって、従来の有価証券の概念を根本的に一変させることになるからであり、したがって、有価証券などの、従来から使われてきたものの2009年までに耐用期限切れとなるような基本的な概念についても、それまでに、代替的概念の提示と浸透をふくめ、広く市場関係者の間で共有できる体制を作っておく必要があると考えられるのである。

確定している金融資本市場の電子化スケジュール

2003年 CP電子化

2006年 債券電子化

2009年 株式電子化

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(注13) 企業財務協議会のHPより転記
電子CP
H18.06.29

「新会社法におけるCP(短期社債)プログラムの取締役会決議について」

各発行体企業の「CPプログラムの取締役会決議の方法」についての一般的ガイダンスも含め、新会社法施行後のCPプログラムに関する取締役会決議のあり方を中心に整理を行った。

H15.11.26

「電子CP・電子社債等の振替決済システム構築に関する追加要望書」

先に提出した「電子CP・電子社債等の振替決済システム構築に関する要望書」について再確認・再検討をお願いしたい点を改めて要望として提出した。

H15.09.11

「電子CP・電子社債等の振替決済システム構築に関する要望書

証券保管振替機構に対し、1)電子CPシステムの今後の本格対応に向けたシステム拡張計画の明確化、2)一般債(電子社債)システムの整備に際して、電子CPの本格対応を同時に行うこと、およびその両者の整備に当たっての前提条件の提言を提出。

H15.04.22

「外国法人の発行するサムライ電子CPに関する要望書」

金融庁等に対して、外国法人の発行するサムライ電子CPについて、内国法人が発行する国内電子CPと同様の経済的効果を得られる環境にて発行が可能となるよう開示面・税制面での措置を要望した。

H14.08.28

「電子社債等の決済システム基本仕様作成に際しての要望」

証券保管振替機構に対し、電子社債等の決済システム基本仕様作成に当たり、発行体の立場から、資金調達の円滑化を実現するために重要と考える点を要望した。

H14.05.24

「短期社債振替システムに係る手数料体系策定に当たっての要望事項」

証券保管振替機構に対し、短期社債振替システムに係る手数料体系策定に当たり、市場規模の円滑な拡大かつ、既存の手形CPから電子CPへのスムーズな移行が促進されるような体系とするよう要望した。

H10.09.18

「CPの発行・流通市場の改善について」

現状のCP市場の問題点及びペーパレスCPの利点による短期金融市場の活性化について規制緩和委員会に働きかけた。

電子CPに関する再改訂Q&A集(2004年5月)

H15.05.28

「電子CPに関する再改訂Q&A集」

平成15年4月に発表した「電子CPに関する改訂Q&A集」を、電子CPのシステム稼動から1年を経て再編集し、改めて発表した。

電子CP等の決済システムグランドデザイン(2001年11月2日)

H13.10.25

日本語

電子CP等の決済システムグランドデザイン<骨子>

電子CP等の決済システムグランドデザイン

電子CP等の決済システムグランドデザイン<添付資料>

平成14年4月の電子CP法施行を受けた電子CP等の決済インフラ早期実現を目的として、決済システム構築の実務スキームの取りまとめと実現までのマスタースケジュールを策定した。

英語

H13.10.25

Grand Design of Electronic CP Settlement System<Appendix>

電子CP等の決済システムグランドデザイン<骨子>の英語版。

Grand Design of Electronic CP Settlement System

「電子CP等の決済システムグランドデザイン」の英語版。

参考資料

H14.01.14

先進的証券決済システム構築の基盤となる電子CP決済システム

「週刊 金融財政事情」2002年1月14日よりの抜粋記事。

H13.09.27

電子CPで証券新時代を

「日経金融新聞 木曜ゼミナール」2001年9月27日よりの抜粋記事。

H13.03.28

CP市場の電子化急げ

「日経金融新聞 水曜ゼミナール」2001年3月28日よりの抜粋記事。

報道発表(プレスリリース)

H16.05.28

「電子CPに関する再改訂Q&A集」発表のお知らせ

「電子CPに関する再改訂Q&A集」の発表に関するプレスリリース。

H15.04.17

「電子CPに関する改訂Q&A集」発表のお知らせ

「電子CPに関する改訂Q&A集」の発表に関するプレスリリース。

H14.07.18

「電子CPに関するQ&A集」発表のお知らせ

「電子CPに関するQ&A集」の発表に関するプレスリリース。

H13.11.02

電子CP等の決済システムグランドデザインの発表

「電子CP等の決済システムグランドデザイン」の発表に関するプレスリリース。

電子CP等の決済システムグランドデザインの発表 (英語版)

上記プレスリリースの英語版。

H13.06.21

電子CP法成立について

電子CP法の成立に関するプレスリリース。

電子CP法成立について<補足説明資料>

上記プレスリリースの補足説明資料。


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9. 高質の「包括的・横断的な日本版金融サービス市場法規制」への改革のコストと効果の検証

金融資本市場の制度改革は、ソフト面での社会資本整備といえる。規制の実施に国税負担が発生する以上、改革推進者には、納税者にあまねく純便益が及ぶことを示す責任がある。こうした問題意識のもと、金融資本市場の制度改革の純便益の試算を試みた。

それでは、金融資本市場の制度改革から享受できる「便益」とは何だろうか。われわれは「効率面での金銭的な便益」と「公正面での心理的な便益」の2つがあると考える。

市場の高質化の意義① 効率面での金銭的な便益

非効率な縦割り法制が存在すれば、金融取引にかかる事務が煩雑になる。こうした事務処理費用は貸出・債券の金利(ないし手数料)に転嫁されよう。資金調達サイドにとってこれは「資本コストの高止まり」を意味し、設備投資が抑制されてしまう。

だが、金融資本市場の改革によって効率性が向上すれば資本コストが低減され、設備投資が増加して経済規模も拡大する。政府による所得再分配が適切であるかぎり、国民はこの便益をあまねく享受できるだろう。

市場の高質化の意義② 公正面での心理的な便益

多くの人々にとって、警察や消防といった公共サービスを直接的に利用する機会はほとんどない。しかし、人々はこれらの公共サービスが存在すること自体に安心感を覚え、効用を感じている。同様のことは、金融資本市場においても言える。

例えば、悪質な金融仲介業者の参入が規制され、かつ、業者などの違法行為から受けた損失を取り戻す手段が確保されたとしよう。こうした制度改革によって生じる「わが国の金融取引は法的に公正で透明性が高い」という安心感は、現時点で金融取引に参加していない者にも心理面でプラスの影響を及ぼすであろう。これが金融市場への新たな参加者を増やす呼び水にもなる。

われわれは「金銭的な便益」と「心理的な便益」の双方とも非常に重要であると考えている。しかし、「安心感」の評価は個々人によってばらつきが大きく、マクロレベルでの貨幣換算は極めて難しい。こうした技術的な制約を踏まえ、本報告書では、金融資本市場の法制・規制の高質化による「金銭的な便益」についてのみ貨幣換算を試みた。

具体的には、「金融資本市場の高質化 → 資本(資金調達)コストの低下 → 設備投資の促進 → 総需要・総供給の刺激」の波及経路を定式化したマクロ計量モデルを構築してシミュレーションを行い、実質GDP(総需要)と潜在GDP(総供給)の増加額を試算した。

効率面での便益試算結果

われわれは、金融資本市場の制度改革によって、「資金調達コスト(資本コスト)が恒久的に20bp(注14)(すなわち0.2%分)下落(注15)」すると想定した。このもとでの試算の結果、改革実施から7年後には、「実質GDP(総需要)を0.55%(注16)高められる」ことが示された。

すなわち、仮に1997年度から改革が実施されていたとすれば、2003年度のわが国の実質GDP 523.1兆円をベースとして約2.9兆円の増加が期待できるということである。


改革実施から7年後の実質GDPの増加 (改革を行わなかった場合との対比)

本報告の日本金融市場高質化の試算(資金調達コスト0.2%分低下を前提) 0.55% (約2.9兆円に相当※)

※ 2003年度の実質GDPをもとに換算した金額

London Economics(2002)によるEU金融市場の統合効果の試算(下記注参照)

(EU参加国平均の資金調達コストが、株式で約50bp,社債で約40bp,貸出で約20bp 低下することが前提)0.90% (対比年限基準調整後)

注)表中の日本の試算は総需要ベース、EUの試算は総供給ベースでGDPの拡大効果を評価している。なお、日本において総供給(潜在GDP)ベースで試算した改革7年後のGDPの拡大効果は0.23%である。


さらにこの試算では、改革による税収増加は7年間平均で約2740億円と試算された。

換言すれば、この改革を年平均2740億円以内の予算(コスト)で実施できれば、国民が追加的な負担を強いられることはない。

もっとも、政府の財政が危機的な現状ではこれらの税収増加額の全てを資本市場改革に振り向けることは難しい。しかし、たとえ1/3程度しか利用できないとしても、2004年度の金融庁の予算約171億円と単純比較する限り、改革に必要なリソースを投入する金額として決して少なくないと思われる。

予算内での改革実現が可能であれば、後世代に公債負担を残しコスト負担に対する便益のバランスが伴わない道路・空港事業などのハードインフラの整備と比べ、金融資本市場の制度改革は有意義なソフトインフラの整備になりえよう。

冒頭述べたように、まさに、法システムの創造は、最も本質的かつ最重要の構造改革の中心課題なのである。

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(注14) basis point(100分の1%)

(注15) 資本コストが恒久的に20bp低下するとした根拠については、この論文の最後のコラム参照。

(注16) London Economics(2002)では、株式・債券・銀行貸出の各市場で市場統合による調達コストの軽減分を推定し、そのうえで、マクロ計量モデルを用いた2003~2012年の将来予測によって影響を試算している。この結果、統合から10年後(このシミュレーションでは2012年)の実質GDPは、市場統合をしなかったときと比較して1.1%増加するという結果を示している。(なお、本分析と同じ7年後を基準にとると実質GDPの増加は0.9%) A report for the Commission by London Economics, in association with PricewaterhouseCoopers and Oxford Economic Forecasting, estimated the long-run increment to GDP as 1.1%, assessed in terms of a prospective reduction in the cost of capital. (Quantification of the Macro-economic Impact of Integration of EU Financial Markets (November 2002)) The report estimated that some EU countries had more to gain than others, but that the benefits of financial market integration were economically significant in them all.

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10. 構想実現のためのアクションプラン(スケジュールの提案)

下の図の通り、最終到達目標としての包括的・横断的金融サービス市場法制のわが国への導入に向けたスケジュールを提案する。

中間目標としての投資サービス法の導入を2007年に、そして最終到達目標としての包括的・横断的金融サービス市場法制の実現を2009年までに行うことを提案する。


中間達成目標 2007年 投資サービス法制 制定

最終到達目標 2009年 包括的・横断的な日本版金融サービス市場法制 制定


本研究会では、このスケジュールを、「ホップ→ステップ→ジャンプのマネジメントプロセス」と呼んでいたが、これは、初めての金融商品横断的法制としてわが国に金融商品販売法(金販法)が成立した2000年をホップとして、上記中間達成目標の2007年をステップ、そして最終到達目標の2009年をジャンプと表現したものである。

また、EUでは、(ロンドン金融街の経験とそのノウハウもあわせて)2010年までに(金融資本市場も含めた)EU市場を世界で最も競争力のある強い市場にすると公言(注17)していることも考慮した。

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(注17)2000年3月のリスボン欧州理事会での合意。

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下にそのイメージを図示する。


1.ホップ 2000年 金販法実現

・各業法と業法の間に「隙間」がある

・横断的な法律が弱い

 銀行  証券  その他商 品 保険
    (金販法)(金販法)(金販法) (金販法)

     

2.ステップ 2007年 実現

・ 金融審議会を中心に議論

     証券  その他商 品

     <投資サービス法制>

     一部業者行為ルールの横断化・柔構造化

     有価証券概念の柔軟化


3.ジャンプ 2009年 実現

・ 金融庁の金融審議会では議論しきれないため、首相官邸と内閣府のリーダーシップに期待

・ 経済財政諮問会議のような、特定の省庁の枠内に留まらない政策形成のための枠組み(常設の検討の場)が必要

・ 与党と野党による横断的な議論も必要

  銀行   証券   その他商 品   保険

包括的・横断的な日本版金融サービス市場法制》

規制原則と業務原則の確立

有価証券にかわる、新たな投資商品概念の確立

業者行為ルールの横断化・柔構造化

(受託者責任の横断化)

市場ルールの横断化・柔構造化

市場の番人(規制機関)の横断化

エンフォースメント(法執行)ルールの横断化と確立

金融消費者ADRシステムの横断化と確立

(補償制度の横断化)

競争とイノベーション促進型法規制体系への横断化

(東アジアとの連携も今後の重要な検討課題)


今後の具体的プロセスの提案

本報告の内容自体、わが国における金融資本市場分野の新しい法規制・ガバナンスシステムの議論のために必須と考えられるが、これらをベースとして、すでに一部で生じている非生産的な議論を極力避け、関係者の前向きの議論を促進するために不可欠となるべき基本的な情報や枠組みについての、啓蒙活動から開始する必要がある。

また、それと同時に、仮に、本提言において示した、わが国として目指すべき方向性が受け入れられる場合には、現在の投資サービス法の検討と並行して、政治のリーダーシップの下で、官・学・民(市場実務家・消費者代表)・研究機関(NIRA等)・大学などによる常設の検討の場設定が、金融審議会と連携しつつもそれとは別のものとして、必要となろう。

本提言において示した、わが国として目指すべき方向性が受け入れられる場合には、現在の投資サービス法の検討と並行して、政治リーダーシップの下で、官・学・民(市場実務家・消費者代表)・研究機関(NIRA等)・大学などによる常設の検討の場設定が、金融審議会と連携しつつもそれとは別のものとして、必要となろう。


11. 新しい包括的・横断的な日本版金融サービス市場法制のいくつかの重要な前提

(1)市場機能重視と、市場ルールの視点の重要性

(2)共通概念としての消費者という視点の重要性

(3)競争機能を守るためのルールとして、業者ルールは独禁法と共通の目的を有する

(4)包括的・横断的な日本版金融サービス市場法制は郵政民営化推進にも不可欠

(5)新たな金融商品である集団投資スキームの法制が重要

(6)ガバナンス法・組織法としての意義

◎ 金融商品のガバナンス

◎ 規制機関のガバナンス

◎ 市場参加者のガバナンス


(11-1)市場機能重視と、市場ルールの視点の重要性

新しい包括的・横断的金融サービス市場法制は、市場というシステム全体を有機的に見据えた法制であるから、個々のルールを全体の目的と離れて私法的に分析することは第一義的な作業ではなく、市場システム全体を機能させるために、法制度がいかなる機能を果たしているか、法目的を実現させるためにはどのような制度的改善が必要か、という視点が先に来るべきである。

􀁺 金融商品販売法

金融商品販売法(金販法)は、業法の枠を超えた初めての横断的な法制である。金販法は預金・保険・有価証券・信託受益権・商品ファンドなどの販売業者を一括して金融商品販売業者等と定義し、この者に説明義務と勧誘方針の策定・公表義務を課している。金販法は金融商品をかなり横断的にカバーしているという点では意義のある法律であるが、問題も残る。例えば、トラブルの多い商品先物が金販法の対象から抜け落ちている。また、金融市場の公正性を確保するには、金融サービス業者の行為規制(例:勧誘・販売、助言、運用等に関する規制)や財務規制、開示規制、取引所規制、不公正取引規制など多くのルールが必要であるが、金販法は勧誘・販売規制(いわゆる出口規制)のごく一部を担っているにすぎない。しかも、勧誘・販売規制の中でも特に重要な「適合性の原則」(顧客のニーズ・知識・経験・財産等に合致した金融商品を勧誘しなければならないという原則)については、金融商品販売業者等にこれを直接義務づけるという形にはなっていない。金販法は金融市場の公正性を確保する法律としては不十分といわざるをえない。

例えば、金融商品販売法を取引ルールと見る場合には、無過失損害賠償の効果を有する説明義務は民法的発想の到達点と見られるため、この法律が定める金融商品でない場合には、規制の手が届かないことになるが、同法を、部分的に「資本市場で取引される金融商品の品質と価値を投資家に把握させることを通じて資本市場の機能を確保するためのもの」と理解する場合には、包括的な金融資本市場法ルールの一翼を占めるものに過ぎないことになる。そうすると、金融商品販売法の規定内容は、事実上本来的なあるべき金融資本市場法制において実現していなければならず、これから外れる場合にも可能な限り資本市場法的対応の可能性を追求することになる(金融商品販売法の解説本の多くが適用内か適用外かという問題を過度に重大視しているように見えるのは、この法律を単に取引ルールとしての私法ルールと見ていることの限界であろう)。

􀁺 市場阻害性概念の認識

新しい包括的・横断的金融サービス市場法制が定める強行規定の保護法益は、市場阻害性にある。相場操縦のように直接的に価格の歪曲を目的とする行為だけでなく、公正な価格形成確保のために用意された様々なルールを損なうことも、同じく抽象的危険犯としての市場阻害性が違法性の根拠となる。新しい包括的・横断的金融サービス市場法制を総合的なシステムとして有機的に捉える以上、こうした理解は当然である。

英国2000年金融サービス市場法が、同法上の不公正取引を総称してmarket abuse(市場阻害行為)と呼ぶに至っているのも、こうした発想の重要性を認識せざるをえなかったためと思われる。

また、資本市場分野を横断的にカバーできる投資者保護法制の構築を目指す場合に、インサイダートレーディング(内部者取引)などの市場阻害行為を包括的に規制すべきである。そうすれば、曽野名誉教授が指摘されるように、私法という分野は横断的な処理になじむものであるから、自主規制機関による調停や、損害賠償責任と連動させた有機的な私法的協力もやりやすくなり、また金融サービスについての横断的監視体制の充実とあいまって、そこから市場の品質とインテグリティも確保される。

􀁺 相対型・萌芽市場ルールと私法ルール

新しい包括的・横断的金融サービス市場法制を構想する場合に、高度の株式市場のような組織的市場を想定すると理解は容易であるが、新しい金融商品向けの萌芽的市場、あるいは株式のような伝統商品であっても相対型市場の場合には、ともすると私法的対応で足りると見られ勝ちである。

しかし、ここでも第一に、利害関係人間の利害調整の前に、公正な価格形成の提供が中心問題となるため、業者の価格提示責任、マーケットメイク責任が重視され、第二に、金融商品の商品性についても、将来のマーケットの発展に耐えうる一定の水準が要請されることとなる。

􀁺 自主規制機関ルールの法令視

東京証券取引所ないし日本証券業協会、日本投資顧問業協会といった自主規制機関のルールについては、全体の整合性の関係から、十分な議論を経て見直す必要があるが、新しい包括的・横断的金融サービス市場法制が市場という具体的な対象の機能確保を目的としている以上、そのために必要な規制が、その制定・運用・執行の機動性・迅速性確保のために、(証券取引法のような基本法規では大枠しか賄えないため)これらを市場の現場であるこれらの機関に委ねることはきわめて自然である。現場でしか対応できないようなルール(市場内取引ルール、市場内価格形成ルール、上場管理、適時開示等々)が、証券取引所規則に書かれているに過ぎないという形式的理由だけで、証券取引法本体のルール違反よりも常に軽微なものと決めつけてはならない。

問題に応じて、これら機関規則違反に民事効等の効力を認めていくことはごく自然なことである。そもそもこれらの機関は、新しい包括的・横断的金融サービス市場法制の目的達成のために法律上認められた機関という位置付になるはずであるから、これを自主規制規則、慣習規則といった概念で理解すること自体が実態に対応していない。英国のかつての自主規制機関(SROs)はすでにFSA(金融サービス機構)の中の一部機能となっており、そこでのルールも既に法令視されている(もともと同様の効力があったが)。

ここでも英国の行き方が手本となるにふさわしい。なお、こうした趣旨からすると、これら規則違反には民事効(私訴権)があることを法律上明記すべきである。

(11-2)共通概念としての消費者という視点の重要性

英国の2000年金融サービス市場法は、投資者という概念を廃止し、これに代えて消費者概念を用いるに至っている。確かに、横断的法制を構想すると、預金契約締結前の者や保険契約締結前の者に対する説明義務を、「預金者・保険契約者に対する義務」というのは違和感がある。潜在預金者といっても、所詮金融機関店舗のカウンターに座っている者は、ただの一般国民であり、これを潜在にしても「預金者」と表現するのは不自然である。

この点投資者という概念は、消費者概念と同様、その取引に関心を有するすべての者を対象とするから問題がない。そこで、2000年法は、横断的法制の趣旨を徹底させて、投資者概念もやめて消費者概念に一本化したのである。株主・社債権者・預金者・保険契約者という概念は、買った後の名称に過ぎないのである。あるべき金融資本市場法制は、これから買おうとする者を対象とするのであるから、買う前の名称と買った後の名称を分けることには理由がある。

このことは、説明義務の根拠を取引法的根拠に求めようとすると、民法上の信義則とか契約締結上の過失といったことになる他ないが、あるべき金融資本市場法の目的を据えれば、その時点での投資商品の品質・価値を投資家に把握させることで、公正な価格形成という法目的に直結するのであるから、ごく当然のことである。

(11-3)独禁法・競争政策との関係及び共通性

新しい包括的・横断的金融サービス市場法制における業者ルールは、個別法規の名称が分かれていようとも、ともに一定の商品・サービスの市場機能を確保し、公正な競争を促進する法としての共通項を有しており、公正な競争の促進を目的とした独禁法との間で共通の目的を有し、競争政策上、補完関係にあるといえる。ただし、有価証券ないし投資商品は、それ自体目に見える商品ではなく抽象的な商品であるため、高度に組織的な市場が成立し、価格形成は公設取引所での価格表示機能のあるなしに係らず公定相場としての性格を有すること、また、投資家は「買い手」にも「売り手」にもなれるといった特性を有すること等からくる特殊性を有していることが、通常の商品とは異なる点である。

(11-4)郵政民営化推進にも不可欠な、包括的・横断的金融サービス市場法制

現在、官邸主導により、郵政事業民営化推進に取り組まれているところであるが、郵貯・簡保事業の民営化は、言い換えれば、ある種巨大な金融サービス企業体が生まれることを意味していると考えられ、独占禁止法上あるいは競争政策上の配慮とともに、そういう金融サービス企業群にも、他の金融サービスに対すると同様の適切なガバナンスを効かせることが必須となる。その意味で、郵政公社民営化推進は、新しい包括的・横断的金融サービス市場法制なくしては、自由と規律のバランスを欠くものとなりかねない。

(11-5)集団投資スキームの法制が重要

新しい包括的・横断的金融サービス市場法制の要諦は、「良い金融商品を良い場所で良い者が売る」に尽きる。

「良い場所で良い者が売る」という観点が必要なのは理解しやすいが、「良い金融商品を」という点については、従来から証取法など資本市場法制が対象としてきた商品が、株券・社債券・国債というような周知性の高い商品であったために、またこれらの金融商品は長い時間をかけて熟成されてきた金融商品であるために、金融商品「作り出しの」プロセスは特に意識されてこなかった。

しかし近時、証券化商品、資産運用型、デリヴァティブ関連商品の様な新しい金融商品が輩出されるに及び、こうした市場流通を前提とする周知性の乏しい金融商品の「生み出し関連の法制」を整備する必要が意識されるようになってきた。

こうした新しい金融商品生み出しのルールは、ファンドなりビークルなりの運用主体に対するガバナンス、受託者責任のあり方をはじめとして、集団投資スキームという新しい金融商品にふさわしい販売ルール、開示ルール、会計ルール、価格形成ルールを形成するという観点と共に論じられることになる。

(11-6)ガバナンス法・組織法としての意義

􀁺 金融商品のガバナンスのあり方

特に、集団投資スキームを前提とする金融商品の信頼の対象たる資産の維持・管理は、金融商品設計の最大の眼目であるが、倒産隔離のように倒産時の対応だけでなく、管理・運営段階での対応は、当該金融商品におけるガバナンスのあり方が主として規定する。その意味で、新しい包括的・横断的金融サービス市場法制における金融商品を構成するガバナンス法・組織法としての意義としては、資本市場に適合的な形で設計された金融商品を継続的に担うための組織法・ガバナンス法という視点が必要である。

􀁺 規制機関のガバナンスのあり方

また、独立的な規制主体の存在とそれ自身を支えるべきガバナンス法としての位置付けも同時に重要である。例えば、英国2000年金融サービス市場法(FSMA)の規制原則では、規制主体である金融サービス機構(FSA)が守るべき原則などを明確に定めている。

それらは、 ①FSAの資源の効率活用、②認可業者の経営者の責任、 ③規制のコスト・ベネフィットのバランス、 ④規制業務におけるイノベーションの促進、 ⑤金融サービス・市場の国際性と英国の競争力の維持、 ⑥FSAの行為から生じる反競争的効果の最小化、⑦認可業者間の競争促進、

である。 ⑧FSAはまた、自身に適用できると考えられる一般に認められた良きコーポレート・ ガバナンス原則を考慮して、職務を遂行しなければならないとされる。

わが国の金融庁(含む証券等監視委員会)は政府行政組織そのものであるが、政治やかつての行政指導(悪しき裁量行政)の弊害を遮断し、金融サービスと金融市場の規制監督機関としての独立性、公正性、透明性を保ちつつ,必要な説明責任を継続的に果たすためのシステムを、問題が起こる前に新しい法規制体系の中にビルトインしておく必要がある。

すなわち、野球で言えば、監督とアンパイヤの機能を如何に有効に分離するかという問題に実質的に答えを出す必要がある。組織形態のあり方の形式の議論を軽視するわけではないが、答えは一つではないので、形式の議論に流されることなく、必要な実質を如何に確保するかについて、別冊第三部の英国の議論も参考にしつつ、的を射た生産的な議論が行われることが期待される。

􀁺 市場参加者のガバナンスのあり方

証券発行主体の開示を支えるのは、会社法であり、コーポレート・ガバナンスのあり方である。また、金融サービス業者もまた組織としては今回提言する新しい市場法規制のガバナンスに服するとともに、会社法と、一般に認められた良きコーポレート・ガバナンス原則の支配に服するものでなければならない。

上に示したとおり、今回提言する「包括的・横断的な日本版金融サービス市場法制の射程は、会社法やコーポレート・ガバナンス原則にも及ぶ」ことをあわせて確認しておきたい。


6. 公益事業分野全般における包括的・横断的市場法制のあり方

金融分野も含め、独禁法と事業法(業法)とが公正な競争促進という共通の目的を実現するために相互補完関係にあることを踏まえ、総じて業界ごとの縦割りベースの業法を、まずは、各市場の実情に応じ、横断的かつ包括的な市場法制的な制度へと作り変える必要がある。

共通認識:
金融分野も含め、独禁法と事業法(業法)とが公正な競争促進という共通の目的を実現するために相互補完関係にあることを踏まえ、総じて業界ごとの縦割りベースの業法を、まずは各市場の実情に応じ横断的な市場法制的制度へと作り変える必要がある。

􀁺 エネルギー分野:
今後、電気事業法、ガス事業法など縦割りの業法を超えたエネルギー横断的な市場法制の創設を視野に入れることが必要となる。

エネルギー分野の規制改革のあるべき方向性
縦割りの業法を超えたエネルギー横断的な市場法制の創設を視野に入れるべき

􀁺 電気通信分野:
NTT東・西(両社を100%支配するNTT持株会社を含む)のみを特別扱いし厳格な非対称規制に服せしめる体制から、NTT法を廃止してNTT東・西を特殊会社から解放し、電気通信事業法に一本化して新たな規制枠組みへと転換することを検討する必要がある。

電気通信分野の規制改革のあるべき方向性
NTT法を廃止してNTT東・西を特殊会社から解放し、電気通信事業法に一本化して新たな規制枠組みへと転換することを検討するべき

􀁺 放送通信分野:
通信と放送を区別するのではなく、EUで提案されているように、伝送路(ハード)とコンテンツの制作・配信(ソフト)に分け、ハードについては、通信と放送の区分なく両分野を一体として取扱い、希少性・不可欠性を有する設備等にのみ接続義務を課す等の必要最小限の規制を行い、ソフトについては、視聴者数が多く、国民の思想・行動や意見形成に与える影響が大きいと認められる場合(基幹放送)に限って必要最小限の規制を行う、制度の抜本的な再構築を検討する必要がある。

放送通信分野の規制改革のあるべき方向性
通信と放送を区別せず、制度の抜本的な再構築を検討すべき
伝送路(ハード)と、コンテンツの制作・配信(ソフト)に分けるべき
􀁺 ハードは、通信と放送の区分なく両分野を一体として取扱い、希少性・不可欠性を有する設備等にのみ接続義務を課す等の必要最小限の規制を行うべき
􀁺 ソフトは、視聴者数が多く、国民の思想・行動や意見形成に与える影響が大きいと認められる場合(基幹放送)に限って、必要最小限の規制を行うべき

NHKとNTT
また、NHKによる通信分野への進出、NTTの放送分野への進出については、NHK、NTTが放送、通信の各分野で有する市場支配力を梃子(てこ)として公正な競争を阻害するおそれもあり、放送・通信分野全体の市場における公正な競争条件確保のための措置につきNHK、NTTの各組織のあり方を含めた検討を行うことが必要となる。

NHKとNTTのあり方についての検討の方向性
放送、通信の各分野で有する市場支配力を梃子(てこ)として公正な競争を阻害するおそれもあり、放送・通信分野全体の市場における公正な競争条件確保のための措置につき、HK、NTTの各組織のあり方を含めた検討を行うことが必要


􀁺 金融資本市場関連法制とその他の公益事業分野の法制との共通点:

① 金融資本市場関連法制も公益事業法制も、従来の人為的に仕切られた業態(銀行・信託・証券・保険等、電気・ガス・石油等、放送・通信等)ごとの競争制限的規制型法制から、業態の仕切りを取り外し、競争制限的規制を緩和・撤廃する競争促進型の業態横断的・包括的市場法制への転換を図りつつある。

② 金融資本市場関連法制も公益事業法制も、公正な競争条件の確保に係る事業者間の紛争の迅速かつ的確な処理につき、規制当局の規制権限を背後に控えつつ、規制当局とは独立した専門性を備えた委員会や自主規制団体(電気通信紛争処理委員会、証券取引所、証券業協会、電力系統利用協議会・卸電力取引所など)に大きな役割を委ねている。

􀁺 英国の公益事業分野からの示唆:
英国の公益事業分野では、可能な限り「分野横断的な視点」をもって規制の仕組みを改革してきた。これを参考にすると、わが国の制度改革について今後検討すべき方向として以下の諸点が示唆される。

① 規制の第一の目的として消費者利益の保護を掲げることで、事業規制に「戦略性」を持たせること。

② 事業規制当局があわせて独禁法上の権限を行使することなどにより、事業法と独禁法の補完性を高めていくこと。 ただしその前提として、「省庁から独立した規制機関の設置」を検討する必要がある。

③ 当局から独立した「強力な消費者代表機関」を設置すること。 これにより、消費者の規制プロセスへの実質的な参加がはじめて可能となる。

④ なお、わが国ではすでにエネルギー、放送・電気通信分野ではそれぞれ当局が一元化されている。この有利性を生かし、「市場が融合しつつある分野での規制の統合」を進めていくことが期待される。


公益事業分野の規制の仕組み改革についての、わが国の制度改革への示唆

􀁺 制度改革者は、分野横断的な視点を持つこと

􀁺 事業規制に「戦略性」を持たせること -消費者利益の保護

􀁺 事業法と独禁法の補完性を高めていくこと

前提条件 -省庁から独立した規制機関の設置

􀁺 当局から独立した強力な消費者代表機関の設置

消費者の規制プロセスへの実質的な参加がはじめて可能となる

􀁺 市場が融合しつつある分野での規制の統合を進めること


7. 日本独自のモデル構築を目指すことの必要性

本報告書では、英国の経験に多くを学ぶべきであると主張しているが、それは、単純な二分論による、米国型を廃して英国型のモデルに切り替えるべきであるとの主張ではないことは言うまでもない。

日本はもともと諸外国に学び、それぞれの良いところをうまくとりいれつつ、全体として日本独自のモデルを構築してきたとの実績がある。

その意味で、まず必要とされるのは、諸外国の経験をしっかり学ぶことであり、それらの中から本当に重要な論点を抽出し、それを乗り越える文明史的な挑戦をし、日本独自のモデル構築のために生産性の高い議論を詰めて行うことである。

言い方を換えれば、法制のコアな部分は収斂し世界的に共通の方向に向かっていることを十分認識した上で、日本の独自性を生み出すために、本報告及びグランドデザインが、重要な『たたかれ台』となることを期待する。

共通認識:
諸外国の経験をしっかり学びつつ、それを乗り越える文明史的な挑戦をし、日本独自のモデル構築を目指すべきである


8. 包括的・横断的な日本版金融サービス市場法制のグランドデザイン

日本版金融サービス市場法の提言の具体的内容は、以下第一章の包括的・横断的金融サービス市場法制のグランドデザイン論文をご覧頂きたい。

(上村達男・犬飼 重仁)


I. 法システムの創造は、最も本質的かつ最重要の構造改革の中心課題である。

II. 業法中心の法規制理念の根本的な転換が、いままさに求められている。

III. 金融分野も含め、独禁法と事業法(業法)とが公正な競争促進という共通の目的を実現するために相互補完関係にあることを踏まえ、総じて業界ごとの縦割りベースの業法を、まずは各市場の実情に応じ、横断的な市場法制的制度へと作り変える必要がある。

IV. 法の精神が市場に宿りその下で本来の市場機能の発揮が可能となる市場を作り出さねばならない。

V. そのためには、すでに本格的に着手し、かなりの部分実行に移しながら、いまだにやりかけのままとなっている金融ビッグバンを、本来的な意味で完結させなければならない。

VI. これからは、ありとあらゆる行為主体が連携・協力し、「公正な価格形成が行われる高質な市場構築」という一つの大きな目標に向かって進んでいくべきである。そのためには参加型の「開かれたガバナンス」が重要である。

VII. 高質な市場が成立・機能するためには、市場機能重視の総合的な法規制システムを含む市場インフラ(ソフトインフラ)整備が必須の条件となる。

VIII. 内外の実例に照らして、法規制システムを含む市場インフラの力の大きさを認識すべきである。すなわち、欧州、特に英国の市場法制構築の経験に、次の点を学ぶべきである。

① 決してあきらめない粘り強さ(最終到達目標設定の重要性)

② 法規制システムの柔軟性・柔構造性 (長年の度重なる市場の失敗を受けた試行錯誤と努力の結果としてのイノベーションに富んだ法規制の体系)

③ 原則(プリンシプル)と定義の明確性・原則重視の法規制システム構築のあり方

④ エンフォースメント(法執行力)の安定性・確実性

⑤ 市場の国際競争力増強重視とこだわり、規制のコストと効果の検証の実施

IX. わが国でも、最終到達目標設定とそれに至る道程管理がきわめて重要である。

X. 諸外国の経験をしっかり学びつつ、それを乗り越える文明史的な挑戦をし、日本独自のモデル構築を目指すべきである。


コラム:資本コストが恒久的に20bp低下すると仮定した根拠

金融資本市場法制・規制の高質化シミュレーション

本分析ではマクロ計量モデルによるシミュレーションを実施し、資本市場における法制・規制の高質化が設備投資を刺激して実質GDP・潜在GDP・中央政府の税収に及ぼす影響を試算している。ただし、理論モデルで概念的に定義された「資本市場の法制・規制の未成熟度指標(z)」は現実に数値として把握できない。ゆえに、最初に「法制・規制コスト」の低下によるスプレッドの縮小分について、何らかの仮定をおかねばならない。

London Economics(2002)では、EU各国の金融市場の統合によってマクロ経済に及ぶ影響が予測されている。試算結果によると、市場統合によってEU加盟国の平均的な調達コストが、社債市場で約40bp、銀行貸出市場で約20bp下落するという。18 わが国金融資本市場における制度改革の目標が「市場ごとの『縦割り』法制の横断化」であることをふまえれば、EU金融市場の統合効果は参考に値する。

EU全体と日本国内では当然ながら市場環境が異なる。よって、EUの試算結果を出発点として、わが国のケースと整合的な想定値を検討した。

第1に、債券市場についてみると、日本では個別の金融商品を発行・取引する市場が地域別に分断されているわけではない。しかし、広い意味で債券市場全体として括ると、「縦割り」法制によって市場分断に近い状況が生じていると考えられる。もっとも、分断の程度は国や言語に差異があるEUよりは軽いとみなし、制度改革によって20bpの調達コストの低減が可能になると想定する。

第2に、貸出市場への影響であるが、London Economics(2002)では、コストの低い債券市場へのアクセスが容易になる結果、競争上の理由から各国で銀行貸出の金利が低下すると想定している。これと同様のインパクトは日本でも生じると思われる。だが、全ての企業にとって社債発行と銀行借入が完全代替になるとは考えにくい。 よって、本分析では、EUのケースと同様、債券市場の半分程度(すなわち10bp)のコスト低下が起こると仮定する。 ところで、銀行は少なくとも日銀と金融庁の双方から検査を受けるなど、検査重複による弊害を受けている。しかし、金融資本市場の制度改革によってFSAのような監督主体が設立されれば、こうした非効率のコストは消失する。 いささかアドホックではあるが、このコスト削減効果を10bpと仮定した。 すなわち、制度改革による銀行貸出の金利低下分の想定値は合計20bpである。

もっとも、ここでの想定が厳密性を欠いていることも否定しがたい。「規制・法制コスト」を具体的に数値化することは容易ではないが、今後のひとつの解決策として、市場関係者に対してアンケート調査を実施することなどが考えられる。

(注18) London Economics(2002)では、株式市場についても市場統合によって約50bpのコストが削減されると試算している。しかし、本分析では外部資金による調達のみを対象としている。よって、株式市場の統合効果は関係しない。なお、仮に考慮に入れたとしても、日本の株式市場はいわゆる「金融ビッグバン」によって既にかなり効率化されており、EUのような「市場分断」を想定するのは不自然であろう。


参考文献

戸谷哲朗 『金融ビッグバンの政治経済学』 東洋経済新報社 2003年

総合研究開発機構ほか 『イノベーションできない人は去りなさい!』 PHP研究所 2003年

西村吉正 『日本の金融制度改革』 東洋経済新報社 2003年

犬飼重仁ほか 『電子コマーシャルペーパーのすべて』 東洋経済新報社 2004年