2021.06.19
東京プロボンドマーケットの金商法上の課題と展望
金商法27条の33と21条 2項 3号の引受証券会社の賠償責任について

以下のパワーポイントへのリンクご参照ください:https://drive.google.com/file/d/18GSFypHn7SS8VC_3MPhCCsuOQhHUEEB5/view?usp=drive_link 

東京プロボンドマーケットの金商法上の課題と展望-金商法27条の33と21条 2項 3号の引受証券会社の賠償責任について(2021-01-29)」についての若干の補足事項

パワーポイントへのリンク:https://drive.google.com/file/d/18GSFypHn7SS8VC_3MPhCCsuOQhHUEEB5/view?usp=drive_link

(文責: 犬飼)

 

主題のプレゼンテーションファイルは、CMAAとして、簗瀬捨治先生と伊東孝二さんと故鈴木裕彦さんと犬飼で、東京プロボンドマーケット(TPBM)の引受証券の方々向けに作成した、パワーポイント(2021-01-29)です。

 

Q1: 東京プロボンドマーケットの金商法上の課題に関連しているものとして、直接関係のないFOI事件に言及するのはなぜか?

まず、その背景となった、FOI事件に関する最高裁判決(2020-12-22)についてですが、今回出された最高裁判決は、極めて画期的な判決であったと理解しております。つまり、当方としては、プリンシプル・ベースの判決であり、問題のあった金商法の条文を、法律の改定をすることなく補完・修正・補強するものとして、大きな意義があったと感じています。結論的には、引受証券会社の(Due Diligenceを含む)引受審査における普遍的なプリンシプルとは何か(ガイディング・プリンシプル)を明確に示し、そしてその重要性に光を当てた、歴史的な判決であったと考えております。

 

ただ、ここで、改めて指摘しておきたいのは、現在の本邦の大手引受証券会社各社においてしっかりと運用されている関連の業務推進のやり方に関しては、上記の事件の際に引受部門と引受審査部門との分離もきちんとできていなかったような(大手引受証券とはいえない)当時の元引受証券会社を前提に指摘された問題事項が、そのまま当てはまるわけではないということです。

 

もともと、引受証券会社は民間の金融機関であり、調査は可能ですが捜査ができるわけではありませんので、「相当の注意」をもって調査を行うにしても、民間機関としてできることの限界があることも、当然のことです。しかし、結果としてFOI事件では、度重なる通報やその他の危険を示す信号(兆候)がたびたび出ていたにもかかわらず、(降りるチャンスは何回もあったにもかかわらず)最終的に元引受主幹事を降りるという決断をしなかった当時の証券会社の責任は、極めて重いと言わざるを得ません。つまり、投資家の立場に立って考えれば、FOIのケースにおいては、虚偽の情報に基づく不適正で不公正な価格のついた証券をそうとは知らずに買うこととなった投資家に対して被害を与えないで済む方法は、最終的に残された方法としては唯一、IPOが行われる前に元引受主幹事証券を降りることしかなかったのですから。

 

まさに、この「徹頭徹尾、投資家の立場に立って考え行動すべき」という、責任ある立場にあるものがとるべき行動におけるプリンシプルの在り方を、この最高裁判決は示していると感じます。そして、それは公募市場でもプロ市場でも基本は同じことです。


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(注:FOI事件

2009年11月20日、半導体製造装置メーカー株式会社エフオーアイ(以下「F社」)は、東証マザーズ市場に上場したが、わずか半年後の2010年5月12日(上場時売出人らの株式譲渡制限に係るロックアップ期限5月19日の1週間前)、金融商品取引法(以下「金商法」)違反の有価証券届出書虚偽記載容疑で証券取引等監視委員会(以下「監視委員会」という)の強制調査を受け(株価は前日終値775円から625円に低下しストップ安)、5月16日、上場時の有価証券届出書(以下「本届出書」という)等に虚偽の決算情報を記載したことを公表した(翌日の株価は前日終値425円から265円に低下)。本届出書等に記載の2009年3月期の連結売上高約118億円のうち97.3%(約115億円)が架空売上げと判明し、5月18日、東京証券取引所(「東証」)はF社の上場廃止を決定した。

(1) 粉飾の手口

2004年3月期以来、F社役員らは、決算の大幅な赤字による銀行融資への悪影響を避けるため、①架空の売却先からの受注書を偽造し、②架空の仕入れ先に代金を振り込み、③外部倉庫に偽装製品を「出庫」し、④海外ファンドの出資金を簿外口座経由でF社口座に入金し、⑤取引記録等を偽造する等の巧妙な手口により、あたかも製品の製造、販売、出庫が行われ、売掛債権が実在し入金されたかの如き外形を作出する偽装工作を始めた。役員らは銀行預金記録を偽造し、取引先内部の協力者と通謀して隠蔽工作を行い、6年以上の期間にわたりF社の公認会計士(「本件会計士」という)を欺罔し粉飾決算を続けていた。

(2) 上場審査の経緯

本件会計士は、2002年3月期から2009年3月期までの会社法及び金商法監査の全てに、「無限定適正意見」を表明する監査証明書を作成し、主幹事証券会社(以下「主幹事証券」という)は、2009年10月8日付監査報告書等を信頼してF社の引受審査を実施した。日本取引所自主規制法人(以下「自主規制法人」という)の審査を経て、2009年10月16日、F社は東証マザーズ市場の上場承認を取得し、関東財務局に「本届出書」を届け出た。11月11日、主幹事証券を含む元引受業者は元引受契約を締結して約66億円の株式を買取り、本届出書を反映した目論見書(以下「本目論見書」という)を使用して販売活動を行った。

(3) 匿名の投書(「本件投書」)の受領

2008年2月14日、自主規制法人は、「注文書偽造による巨額粉飾決算企業の告発」と題する匿名文書(以下「第1投書」という)を受領し、2月18日頃、主幹事証券も受領した。

第1投書の記載内容:(i)F社は2004年頃から注文書・検収書類を偽造し、総額200億円を超える粉飾決算を行っており、(ii)製品出荷は年1~2台程度で売上げは1~2億円であり、(iii) 販売偽装製品の保管場所、書類偽造の関与者等を指摘し、(iv)取引先の購買部長がストックオプションと引換えに偽注文書を発行し、(v)内外投資家から数百億円の投資を受けたが事業が成功しないため、経営者主導で売上げの偽装を始めた。

第1投書には主幹事証券担当者名が記載され検察等への告発にも言及しており、2008年の上場申請はいったん延期された。2009年の上場申請では10月27日頃、「10月16日付でマザーズに上場承認されたF社の巨額粉飾決算の実態についての告発」と題する匿名文書(以下「第2投書」という)が、東証、自主規制法人、主幹事証券及び本件会計士に届いた。第2投書の内容は第1投書とほぼ同じで、追加調査の結果、自主規制法人と主幹事証券は本件投書に信憑性はないと判断し、他の元引受業者に投書の事実を知らせなかった。

最高裁2020年12月22日第三小法廷判決

最高裁は、本届出書の財務計算部分の虚偽記載に係る元引受業者の責任について、金商法21条2項3号の文言に忠実な高裁の「善意免責」の解釈を覆し、粉飾の兆候が認められる状況で粉飾決算の内部告発と思しき本件投書を受領した事実を重視し、監査の信頼性の基礎に重大な疑義を生じさせる情報に接した場合には、当該疑義の内容等に応じて、監査が信頼性の基礎を欠くものではないことにつき調査確認を行うことが求められるとする調査義務に係る規範を導き、主幹事証券の調査は監査の信頼性の基礎に対する重大な疑義の不存在の立証が不十分だったとして賠償責任の免責を認めず、損害額を算定するため審理を高裁に差し戻した。本判決は、上場企業の粉飾を巡り、最高裁が引受証券会社の責任判断を示した本邦初の判決となった。

(注:上記注は右のブログよりの抜粋):エフオーアイ事件最高裁判決とデューディリジェンスの抗弁(第1回) -有価証券届出書の「財務計算部分」の虚偽記載に係る元引受証券会社の責任 | ブログ | Our Eyes | TMI総合法律事務所 

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Q2: 本件に関して、日本の引受証券とはどのような話をしつつあるのか?

なお、この2020年12月の最高裁判決を受けて、2021年1月末から、東京プロボンドの引受業務を担当される一部の証券の方々と、長年のTPBMにおける懸案を氷解させられる方向に進むことができるのではないかと感じられるような、とても付加価値的な議論を始めることができました。

 

以下は当方の理解ですが、結論的には、引受証券としては「引き続き懸念材料(内部の法務などの納得性において)を残しているものの、いつまでも過去のいきさつ等に縛られていることがいいこととも思えず、昨2020年末に最高裁の判決が出て本件に関する解釈が確定したことでもあり、これまでのように現状の法令の問題を指摘してその変更を頑なに求めること以外にも、(TPBMの振興のために)引受証券として(TPBMに関する引受証券の将来の収益獲得につながるビジネスの一環としてTPBMをプロモートできる方向に向けて)前向きにできることはあるのではないか」という考え方で、引受証券の協力者の方々と内々に意見の一致を見ることができつつあると、当方は感じております。

 

具体的には、これまで証券会社間でばらばらであった、デューディリジェンス(DD)のやり方などについて、マーケット(東京プロボンド市場のみならず域内のAMBIF市場)としての(将来、域内共通プロ向け市場のガイディング・プリンシプルともなりうる)標準的な手順などを取りまとめ、プロ投資家向け市場における標準的プラクティスとして確立することなどにより、引受証券内部の法務部局も“このような考え方とやり方でDDを行えば、損害賠償責任についての懸念を払しょくすることができる”と納得していただける方向での議論を始められるのではないかと考えております。

 

ただその場合に、単純にすべての証券会社を対象とする方向であれば、形式的な審査ということにもなりかねません。アジア域内を前提とすれば、域内各国のそれぞれの証券会社毎の引受審査能力をいかに高め、全体として格差を縮めることが我々の目指す方向であり、したがって、どんな証券会社でも参加できることを目指すこと自体はよいのですが、質が追い付いてこない証券会社をどうすればよいかという問題も出てくる可能性がないわけではありません。このことは、TPBMを例にとれば、その指定証券会社の選定基準にもかかってくることかもしれません。東証のTPBMのFQAでは、「引受証券会社による引受審査・デューディリジェンスの内容、程度について、TOKYO PRO-BOND Market の規則では具体的な義務を定めていません。ユーロ市場等のプラクティスを参考に引受審査・デューディリジェンスのレベルを各証券会社において個々のケースに応じて判断していただくことになります。」と記載しています。すなわち、日証協ルールではなく、外債で行っているビジネス・デューディリジェンスの実施で対応されることが想定されていると思われます。[1]

この点は、域内において範を示していただく立場にある本邦引受証券の皆さま方も含めたわれっわれ関係者全体の、将来に向けての課題としたいと考えます。

 

さらに、最高裁の判決を受けて、簗瀬先生より、次のようなコメントを頂きました。

「金融業に携わる会社は、経済社会内のお金の循環のニーズを満たす役割を担っています。ニーズのあるところでは、役割を果たさなくてはなりません。最近先進国で盛んに議論されている会社の社会的責任を考えますと、大手証券の法務部がこの役割を再認識することになると思われます。TPBMでの、AMBIF債を使った証券取引によるお金の移動のニーズがある限り、大手証券会社はこれにこたえることが求められると考えられるのではないかと思います。TPBM/AMBIFに取り組んでビジネスを立ち上げれば、近時の会社の目的を自ら社会に向けて表明すべきであるという機関投資家ら株主からの要請に沿ったひとつの成果にもなります。DDは難しいことを求めているわけではありません。(徹頭徹尾、投資家の身になって)まじめに仕事をすることを求めているだけです。大手証券会社が、社会に求められていること、すなわち己の存在理由を振り返ってTPBMに取り組んでくれることを期待しています。」

 

そして、これらのことは、これからADB/ABMFのプロジェクトの中のWG-CCML(域内のプロ投資家向け債券市場であるAMBIF市場に関する法規制とSROルールや市場のプラクティスについてのComparative Analysisをベースとする調査を行うワーキング・グループ)において、ADB/ABMF/CMAAが、まさに行い始めたことですので、この最高裁判決を契機として、これまで以上に、本邦大手引受証券会社の皆さまには、ADB/ABMFのプロジェクトにも、前向きにご参加いただけるのではないかと期待しております。

 

(追加記載事項)

その後、関係者の方より「それでは、(1)引受証券としては、TPBMでの引受業務において、どれほどきちっとしなければいけないのか? また(2)TPBMについての金商法の立て付けが変わらない以上、引受証券としては、結局、公募債以上の責任を負うということに変わりはないのではないか?」とのご質問を頂きました。

 

それでは、極力具体的にご理解いただけるようにと念願しつつ、2021年1月29日付けの主題のパワーポイントのP.17-19でも述べていますが、もう一度、上記のご質問の点について、基本的なポイントを、少し詳しく、復習してみたいと思います。

l  結論から申し上げますと、今回の2020年12月22日の最高裁判決では、「公募債の引受審査においては、財務計算部分について監査の信頼性の基礎に重大な疑義を生じさせる事実や情報が存在しない場合には、監査が信頼し得るものであることを当然の前提として監査人の意見に依拠することができるものの、(公募債においても)証券会社は、資本市場における仲介者としての知見と専門性を基礎として、財務計算部分も含めて、監査の信頼性の基礎に重大な疑義を生じさせる事実や情報が存在しないかを、まず判定しなければいけない」というプリンシプルを、明確に示したものと考えられます。つまり、監査人と引受証券との間の責任分担を云々する以前の問題として、詐欺的な犯罪行為が疑われるような重大な疑義を生じさせる事実や情報が存在するときには、引受証券は、その点を、徹頭徹尾、きちんと見なければいけないという大原則を明らかにしたということだと思います。

l  一方、特定投資家私募(TPBM)においては、金商法27条の33の読替規定により「同法金商法21条1項3号(監査法人の責任規定)とその解除規定である21条2 項2号が削除される」一方で、「21条1項4号(引受証券の責任規定)とその解除規定である21条2項3号で、元引受証券の責任対象として、(公募債では対象外とされていた)財務計算部分が除外されていない」ので、証券会社の方はその点を問題視して、「特定投資家私募であるのに、公募債よりも責任が重いのはおかしい」という疑問を持たれたということだと思います。

l  しかし、上記の最高裁の示したプリンシプルをベースに考えれば、特定投資家私募(TPBM)において、監査人の責任となるべき部分が引受証券の責任にされているということを主張する以前の問題として、いずれの市場にあっても、詐欺的な犯罪行為が疑われるような重大な疑義を生じさせる事実や情報が存在するときには、引受証券は、そのような主張をする以前に、その疑いのある点を徹頭徹尾きちんと見なければいけないということは、明らかです。

l  また、一方で、財務計算部分のチェックのために広く行われている(公募債における)コンフォートレター(CL)のプラクティスについては、日本では監査人の責任を限定する簡易的な方式(ポジティブ・アシュアランスでもなく、ネガティブ・アシュアランスでもない方法)が用いられておりますが、JSDAの規定では、それは公募債のみに適用されることになっており、特定投資家私募(TPBM)においては、CLを実施するか否かは、引受主幹事証券の判断に任されることになっています。

l  ここで、特定投資家私募(TPBM)において、CLを徴求するか否かが引受主幹事証券の判断に任されていることの意味を少し考えてみますと、特定投資家向け私募債においても開示書類が存在し、引受証券が投資家に交付する限りは、その内容の適正性を担保する必要があると思われ、また一般公衆は勧誘対象でも投資家にもなり得ませんが、開示書類はプロ投資家のみへの公表ではなく、一般公衆も含め閲覧可能であることの意味は、引受審査の適正性の確保が必要となる環境の創出が前提条件として想定されているということであると思われます。

l  そこで、特定投資家私募市場において、上記のような取り扱いとすることについては、金融庁の確認の上で成り立っているものであるわけで、そのようなSROルールとプラクティスのもとで、CLを必ずしも取っておられるわけではない引受主幹事証券として、「TPBMは特定投資家私募であるのに、公募債よりも引受証券の責任が重いのはおかしい」との感想を持たれること自体、いささか矛盾があるように思われます。

l  ちなみに、公募債においては、JSDAの規定でそうすることになっているとしても、すでに長年、監査人の責任範囲である財務計算部分のチェックを含むCLを引受証券が監査人に依頼し自らもチェックするという運用をされておられるわけで、その点からも、「公募債よりも引受証券の責任が重いのはおかしい」との感想を持たれることは、いささか矛盾があるように思われます。

l  特定投資家私募(TPBM)においては、投資家もプロであり、引受主幹事も経験と知見を有するプロであるわけで、そういうプロの存在を前提として、公募債市場に比してプロ投資家市場であるTPBMにおける引受審査のプロセスを可能な限り簡素化することを許容し、併せてCLプロセスを実施するか否かをも、その豊かな経験と知見をもつ主幹事証券のプロとしての判断に委ねることを許容することとした当時の政策形成者の政策判断の上に、「金商法21条1項4号とその解除規定である21条2項3号で、元引受証券の責任対象としての財務計算部分を(公募債では除外していたものを)除外しない(というよりも、特に財務計算部分を分けて考えることをしない)」という法令上のシンプルな建て付けが存在しているのだと、理解すべきと思われます。

l  つまり政策立案者の意向としては、「公募債以上の重い責任を引受証券に持たせる」ことを意図したのではなく、プロ向け市場においては、通常の運用が可能ないわば平時においては、プロである引受主幹事証券の裁量に任せ、万一重大な疑義が生じて平時ではなくなったときにのみ、引受主幹事証券には、その問題となる点を、当然必要なこととして徹頭徹尾きちんと見てほしいという意味で「相当な注意」という言葉が用いられていると思います。公募債であるか特定投資家私募であるかにかかわらず、いざというときに必要となる「相当な注意」の内実は、同じものであるということだと思います。

l  重ねて申し上げますが、上記の最高裁の示したプリンシプルをベースに考えれば、特定投資家私募(TPBM)において、監査人の責任となるべき部分が引受証券の責任にされているということを主張する以前の問題として、(法令の立て付けの表面上の責任の分担の如何に関係なく)公募債においてすら詐欺的な犯罪行為が疑われるような重大な疑義を生じさせる事実や情報が存在するときには、引受証券は、そのような主張をする以前に、その疑いのある財務諸表の各点を徹頭徹尾審査しきちんと見なければいけないということは、明らかです。従って、公募債においても、まず引受審査を始めるに際して、財務諸表の内容が詐欺的な犯罪行為が疑われるような重大な疑義を生じさせる内容でないことを確認してから、引受審査を開始すべきであるとの、最高裁判決の趣旨を読み取ることができますし、そのプリンシプルは、特定投資家私募においても共通であるということです。

l  すなわち、この最高裁判決では、これまで学界などから批判が強かった「金商法21条2項3号(第193条の2第1項に規定する財務計算に関する書類に係る部分以外の部分については、相当な注意を用いたにも関わらず知ることが出来なかったことを証明した場合には免責)」の意義を、いわば俯瞰的に再発見し、公募市場にもプロ投資家向け市場にも適用可能なものとしての、非常に重要な新たな条文ともいうべき、新たな解釈を与えたと言えると思われます。

l  以上、くり返しになりますが、最高裁判決では、21条2項3号の(引受証券の責任の除外規定の)意義として、専門的な知識と経験に基づき引受審査をなしうる立場にある元引受証券業者について、「虚偽記載等がある場合の元引受業者の損害賠償責任について定めることで,引受審査の適正を確保し,もって元引受業者に有価証券届出書における開示情報の信頼性を担保させることをその趣旨とする」と謳い、その上で、21条2項3号は、財務計算部分以外について述べている部分ではあるが、その趣旨としては、「財務計算部分に虚偽記載等がある場合には、当該虚偽記載等について知らなかったことを証明すべきものとする旨規定したもの」としたうえで、「財務計算部分については、監査が信頼し得るものであることを当然の前提とするものの、その監査の信頼性の基礎に重大な疑義を生じさせる情報に接した場合には,当該疑義の内容等に応じて,上記監査が信頼性の基礎を欠くものではないことにつき調査確認を行うことが求められているというべき」として、金融商品取引業者等が、調査確認を行うことなく元引受契約を締結したときは,同号による免責の前提を欠くものと結論したわけです。それにより、財務計算部分に虚偽記載等がある場合に,元引受業者が引受審査に際して上記情報に接していたときには,当該元引受業者は,上記の調査確認を行ったものでなければ,免責を受けることはできないと、判示しました。

l  重ねて申し上げて恐縮ですが、1月29日付けの主題のパワーポイントの中でも述べていますが、公募債の場合でも特定投資家私募の場合でも同じですが、「多くの場合、問題になるのは、詐欺的意図をもって行われた開示情報上への虚偽記載と、それらを知っていたのに証券会社が見て見ぬふりをした無作為や共謀の場合である」ということであるわけです。

l  つまり、本邦の引受業務を行う大手証券会社各位におかれては、いずれも社内ルールや業界のルールと慣行(SROルール)にのっとって、プロとしての判断をベースとして、業務を適正に遂行されておられると思われますので、上記のような「いわば犯罪行為に加担するような最悪の事態に加担するような場合」でない限り、必要以上に神経質になられる必要はないものと思われます。言い換えれば、元引受証券会社の皆様が「自らの専門性を基礎として、投資家の立場を思いやって自ら自発的に行うべき注意をもって善意・誠実に行為しておられる限り、何の問題もないということだと考えられます。

l  最高裁判決は、元引受証券会社が、専門性を持つプロとして投資家の立場に立って尽くすべき専門家としての特定の注意を尽くすことを怠ったまま、元引受契約を締結したときには、そのことをトリガーとして、引受契約と上場という一連のステップにより、投資家にとって後戻りできず損失を被らざるを得ない道へと、投資家を突き放し投げ入れることになるのですよということを、規範的に示したものと解されます。なお、そのような場合において、調査確認が有効に行えない場合には、元引受契約の締結自体を辞退すべきであったことをも示してもいると解されます。

l  このプリンシプルは、プロ投資家向けのTPBMの特定証券(特定投資家私募)であるか公募債であるかにかかわらず、共通に適用すべきものと考えられます。

 

最後に、この問題をはじめとして、今後この最高裁判所の判断をリードするためにも、本邦大手引受証券会社の皆様におかれましては、将来に向けて、Due Diligence (DD) の更なる充実も含めた引受と引受審査や開示ルールなど、日本のみならずアジア域内共通のプロ投資家向け市場における業界のスタンダードとなりうる諸慣行づくりを、本邦大手証券会社の皆様にリードして頂き、自らおつくり頂いたものを、域内全体に適用可能なものとして標準化して頂いて、積極的に広めて頂くことが重要ではないかと思われます。。



[1] なお、これに関連するTOKYO PRO-BOND Market の特徴としては以下が挙げられます。(東証のQ&Aよりの抜粋)

1. 法律上、発行企業が日本の取引所に上場しているなど継続開示会社である場合には、発行時に公表する特定証券情報(有価証券届出書もしくは発行登録追補書類に相当するもの)において、継続開示書類(有価証券報告書及び四半期報告書等)を参照しないため(有価証券報告書等を開示している旨を記載すれば足りる)、金融商品取引法第17 条及び21 条(特定証券情報にも準用されている)で立証責任が転換されている証券会社の民事責任の対象に継続開示書類が含まれない(すなわち当該発行企業の継続開示書類は上記加重責任の対象にならない)ことから、同17 条及び21 条に係る引受証券会社の法的リスクは大きく軽減される。

2. 証券業協会が定める引受審査に係る規則は適用がない。

3. TOKYO PRO-BOND Market は「プロ向け市場」ということで、個人投資家(特定投資家の範囲に入る個人を除く)を対象にしていないことから、証券会社においては、個人投資家を保護するために引受審査・デューディリジェンスをするという観点は必要なくなる。証券会社は、残額の引受リスク(自ら当該債券を保有することとなった場合の投資リスク)、プロフェッショナルとしてのレピュテーションリスク(例えば、販売後ほどなく発行体のこれまでの開示内容が大きく変更される、あるいは発行体が重要な情報を開示する等により債券の価格が大きく変動するリスク)等の観点から引受審査・デューディリジェンスを行うことになると考えられる。