第17話. 宇宙が平坦であるらしいということについて (2005/03/26作成、2005/04/07加筆、2007/08/14、 末尾青字部分加筆)
(2008/01/24、下記に加えて、平坦で有限な宇宙の境界面がどのように見えるか、末尾に茶色字で追加しました。)
これまでの様々な観測結果からすると、この宇宙の曲率は正でも負でもなく、ゼロ、即ち平坦であるらしいと言われています。
三次元空間の曲率は我々三次元の人間には見ることもイメージすることも難しいですが、二次元平面の曲率ならば見ることもイメージすることも出来ますので、その特性から類推して三次元空間の曲率を推定することが出来ます。
平坦な二次元平面上に描いた三角形の内角の和は180度ですが、球面上の三角形の内角の和は180度より大きく、逆に馬の鞍型の平面上に描いた三角形の内角の和は180度より小さくなります。
同じ理由で、ある三次元空間の体積を測れば、それが平坦である前提で計算した値よりも大きいか小さいかすれば、空間は曲がっていると言うことになります。
最近、宇宙背景放射の温度揺らぎの振幅 (宇宙の密度を反映します) が、宇宙が平坦であるとした場合の理論値と一致したことから、どうもこの宇宙は平坦らしいということになっているようです。
しかし、平坦であるらしいということについて皆さんは納得されますか?
インフレーション理論によれば、この宇宙は無から発生し、当初はプランク長という極小の大きさから急速に膨張したと言うことですが、つまり当初は有限の大きさを持っていたということです。
ということは、その形は、平坦であるということは大変考えにくい。有限の大きさで平坦であるということは、この宇宙の中ををどんどん真っ直ぐ進んで行くと、やがてその端に到達するということです。(次元を一つ減らして、三次元空間の中に浮かんでいる平坦で有限な大きさの二次元平面を考えて見れば判るでしょう。 そのような平坦で有限の大きさの二次元平面に住んでいる生き物は、その平面上を真っ直ぐ進むと必ず端にぶつかります。代わりに、三次元空間の中に浮かんでいる球やドーナツを考えると、その表面の二次元平面に住んでいる生き物から見ると、宇宙の大きさは有限だが、どこまで真っ直ぐ進んでも端には到達しないということになります)。
また、この宇宙が誕生してから僅か1000分の1秒後にはクォークが作られ、更に3分以内には水素やヘリウムの原子核が生成されたと言うことですが、宇宙で見られるブラックホールよりもはるかに小さな領域にこの全宇宙の物質が押し詰まっていたわけですから、アインシュタインの相対性理論によれば、空間の曲率は平坦どころではなく、強烈に曲がっていたはずです。
その宇宙が、誕生後約30万年後に晴れ渡って (光が、込み合っていた物質に遮られること無く真っ直ぐ進めるようになって) 今我々が見る宇宙背景放射が放たれた頃には平坦になっていたなんて考えられますか? その頃だって、物質密度は高いのですよ。
この宇宙の曲率がプラスで、形は例えば三球面 (四次元球の表面の三次元空間)であるという話であるならば、大変わかりやすいのですが・・・・。
(2007/08/14加筆) 以上の考察の主旨 「宇宙が平坦であるというのは受け入れがたい」 というのは、これまで物の本で、「宇宙には中心は無く、どこまで行っても果てが無い」と言っていることを前提とした考察ですが、逆に、「宇宙は平坦である」を前提とすると、「この宇宙には中心があり、且つ果てがある」という事になります。果ての物理法則は恐らく果て以外とは異なる部分があると思いますし、可能ならば是非観察してみたいと思うところであります。それにしても、「宇宙が平坦である」という話が出てきたときに、宇宙の果てと中心に関する話が出てこないのは片手落ちというか不思議というか、腑に落ちないですね。そんなことを言ったら袋叩きに会うということでしょうか?
(2008/01/24加筆) 宇宙の果ての時空に表面張力のようなものが働いていないと仮定すると、その境界面はのっぺりしていませんので像は映らず、雪のように見えるでしょう。太陽が近くにあれば、まさに白い雪のように見えるでしょう。また、もしも、境界面に表面張力が働いていて、のっぺりとしている場合には、そこに鏡のように像が写され、例えば、その境界面を覗き込む自分が見えるでしょう。宇宙船で旅行する場合には、ぶつからないように注意しないと、窓ガラスにぶつかる鳥や虫のように大怪我をすることになるでしょう。