伝統的酒造りが無形文化遺産に登録されたことは大変喜ばしく、長年の産官学の取り組みの成果だと思う。酒造りの技術が対象ということだが、固有の技術やスキルが生み出す日本酒そのものの存在価値がもちろん大きい。ウイスキー、ブランデー、ジン、ワイン等は昔からそれぞれの国の製造プロセス(スタンダード)が存在し、独自の製品が世界中に広まった。その中で、日本の酒造りの固有の技と知恵が海外にはないオリジナルなスタンダードとして世界的に認定された功績は大きい。
一方、国産洋酒に目を向けると、例えばウイスキーはスコッチの製造プロセスというスタンダードに習いその上で技術と品質の革新を進めて国内のみならず海外から評価される品質を造り上げた。日本人の感覚、感性、技術がジャパニーズ・ウイスキーという世界的な地位を築き上げた。現在の日本のクラフトジンも海外オリジンのスタンダードの上に日本人による技術的、品質的なアレンジを行うという同様の流れをとっている。
さて清酒とウイスキー、ブランデー、ジン、ワイン等の洋酒を成分組成、文化や嗜好の面から比較するとある傾向が近年みられる。清酒にはアルコールとうまみ/酸味は共存するがポリフェノールは含まれていない。精白した米を常食とする日本人は清酒の味わいの親和性が高く当たり前の品質として何百年と飲用している。一方、ウイスキー、ブランデー、ワインのような洋酒はアルコールと樽やブドウ由来のポリフェノールを併せ飲む酒であり日本人には異質な酒であった。しかし、ここ百数十年で日本人は次第にアルコールとポリフェノールが共存するウイスキーやワインのおいしさ/ほろ苦さに馴染み、嗜好や洋風の飲食スタイルも多様になった。欧米では逆に、数百年間アルコールとポリフェノールを含む酒類を飲用してきたが、近年、清酒のポリフェノールを含まないアルコールのおいしさと和食との相性の良さを見出し、関心も高っている。これは、従来のワインの飲食場面にも清酒が進出できる可能性や広がりを意味する。一般に海外での日本の製品の評価、評判が高まると国産ウイスキーのように日本のユーザーも刺激されて国内市場が活性化する事例があり同様の展開が清酒でも期待できる。
今後は国内外を問わず「清酒とは何か」、特に製法のみならずユーザーにとっての価値を理解して頂くために蔵元ツアーのみならず飲用機会の接点を強化すべきだろう。日本酒の問題点のひとつは「専門用語」のわかりにくさである。古くからの用語は文化でもあり大切にすべきだが、「米・水・技」つまり原料加工、製造装置、独自の製造技術や細かな条件の説明を日本人が聞いても理解は難しい。そのためまず各工程の意味合いは何なのか、それがパフォーマンス(おいしさや香味的な特徴)にどうつながるのかをわかりやすく表現し、何よりもそのパフォーマンスがユーザーに提供できる固有の価値を訴求していくことが大切だろう。
香味的な特徴を捉える方法として、清酒と洋酒の官能評価のあり方と訴求法を比較してみたい。清酒は昔から専門家による厳しい官能評価でランク分けされているが、同じような品質の多い清酒の評価(利き酒会)ではどうしても欠点(酸化臭、雑味)の有無が結果に直結しそうである。専門家の良し悪しの評価とユーザーの嗜好とは必ずしも一致しないため、欠点や臭みは逆に個性として評価する人もある程度存在するだろう。一方、国内外のウイスキー、ブランデー、ワイン、ビールでは数十年前から官能評価法のひとつとしてQDA法(Quantitative Descriptive Analysis:定量的特性描写法)が専門パネルにより一般化されており、良い悪い、好き嫌いという評価ではなくニュートラルにその製品の特徴をビジュアル(香味プロファイル)化している。清酒でも酒類総研と日本酒造組合中央会が中心になり積極的にQDA法による特徴のプロファイル化に取り組んでいるが、まだ不十分だ。特に飲用層に応じた香味の簡易評価型や詳細評価型のように官能特性の評価基準が複数必要だろう。さらに清酒の海外への展開を進める中で、言葉(官能用語)の定義を整備した上で海外言語版を作成し、清酒独自の香味特性図を中心に品質的な魅力を広く発信していくことが重要だと思う。
私はメルシャン(旧三楽オーシャン)株式会社に入社以来、40年以上ワイン造りに関わってきました。数年前から日本酒の経済分析プロジェクトにも参画する機会を頂きましたので、ワインと比較した日本酒についてちょこっと意見を述べさせていただきます。
日本ワインの海外への輸出が伸び悩む中、日本酒の近年の輸出の増加は目覚ましいものがあります。特に和食がユネスコの無形文化遺産に2013年12月に登録されて以来、国際的にも和食がブームになり、海外の大都市で和食店は急増しています。そうした中で、フレンチを始めとする海外のレストランも和食店のように日本酒をワインリストに追加しはじめています。日本酒はワイン同様、醸造酒ですので、これからは食中酒として和食店にオンリストされることは当然のこととして、各国の料理を提供するレストランにもオンリストされることが、国際的な酒類としてのSAKEとして認知されるためには重要な要素であると考えます。ワインは多様性に富んだ酒類です。これは原料が傷みやすい果実であるブドウであり、その圃場は原料ブドウを醸造するワイナリー周辺につくられることに起因しています。
これに対して、日本酒の原料は保存が効いて運搬も容易な穀物の米由来であり、酒蔵の地域周辺の水を使用して、酵母や麹菌の力と杜氏の高度な職人技によって、米本来の味に加え、酒の香り、旨味、こく、なめらかな甘味などを調和させた香味を生み出すところに独自性があると考えます。これからさらに海外での消費が増えていくにつれて、各国の米を原料とした新しい国際的なSAKEが登場してくることが予想されます。このことは日本酒が国際的な土俵に乗るということです。海外産であっても、その酒質が良いものであればSAKEとして受け入れるでしょう。日本でも、従来の純米大吟醸酒などに加えて、原料米の違いが日本酒の味の違いに反映するような精米歩合の高い(あまり精米しない)原料米を用いて、香りや味わいの厚みがある日本酒や熟成が楽しめるような日本酒が生まれることが大事かと考えます。日本酒の多様性を増すことで日本酒を国際的なSAKEとして発展させることを大いに期待します。