秋田県男鹿市で「稲とアガべ」という酒造会社の代表を務め、クラフトサケブリュワリー協会の代表も務めております、岡住修兵と申します。
私たちは、クラフトサケという新たなジャンルのお酒を生み出しています。クラフトサケとは、その他の醸造酒免許を用いて、日本酒(清酒)の製造技術をベースとし、お米を原料にしながら、従来の「日本酒」では法的に採用できないプロセスを取り入れた新しいお酒のスタイルです(クラフトサケブリュワリー協会の定義)。
近年、フルーツやハーブなどを原料として発酵させた多様な味わいのクラフトサケが各地で生まれています。この流れは2018年ごろに、日本酒スタートアップ「WAKAZE」がボタニカルサケとして製造販売を始めたことに起因します。日本酒は参入のハードルが高いのですが、WAKAZEが活用したその他の醸造酒免許を用いることで、日本酒技術を基盤にしながら、これまでにない新たなお酒を製造できる道が開かれました。WAKAZEの活動を見た全国の醸造家たちが、自分たちの醸造所を立ち上げ始め、2022年までに全国で7社が新たに設立されました。2021年に創業した我々「稲とアガべ」もその一つです。
クラフトサケは初めのうちはジャンルとして明確な定義がなく、名前も取材記事などで少しずつ言及され始めたものの、統一した呼称は存在しませんでした。2022年当時、クラフトサケ醸造家たちは名もなきサケを造り、販売に苦労していました。
そこで、全国の7社に声をかけて統一した呼称を定義し、2022年6月にクラフトサケブリュワリー協会を立ち上げました。この協会は「クラフトサケを文化にする」という理念のもと、皆で手を取り合い、普及と品質向上を目指しています。2024年10月現在で9社が加盟し、その活動が広がりを見せています。
協会を立ち上げてからの2年間、イベントを主催したり、様々な取り組みを通じて、クラフトサケの多様な味わいをお客様に喜んでいただけるよう努力してきました。日本酒イベントでも売上上位に入ることが増え、特に若い世代からの支持が強く、これまで日本酒に親しんでこなかった層からも徐々に評価を得ています。クラフトサケが新しい市場を切り開くポテンシャルを感じながら、会員一同、美味しいお酒を作るために日々挑戦しています。
製造販売を進める中で、クラフトサケには多様な可能性があることに気づかされています。その一つが地方創生との相性の良さです。クラフトサケは様々な原料を使用できるため、地域性を豊かに表現することが可能です。例えば、男鹿は梨やメロンなどの産地ですが、それらのフルーツを活用したクラフトサケを製造することで、地域の魅力を伝えることができます。実際、我々は地域の産品をPRする依頼が年に数件あり、宮崎市とコラボレーションして日向夏を使ったお酒を製造したり、渋谷区の植物園のハーブを使ったお酒も手がけてきました。
また、技術的な観点から見てもクラフトサケは多くの可能性を秘めています。日本酒の並行複発酵という複雑な発酵方法に加えて、クラフトサケはさらなる原料を加えることで、より複雑な発酵体系を実現します。米や麹とその他の原料を一緒に発酵させるのがクラフトサケの特徴であり、これにより新しい味わいや香りを引き出す可能性が広がります。たとえば、焼酎用の白麹に含まれる酵素がホップに作用し、通常のビール製造では得られない香りを引き出すという研究もあります。様々な原料を使って新たな喜びを提供することが、私たちの目指すところです。
最近では、既存の酒蔵がクラフトサケ製造に参入する事例も増えています。伝統的な酒造りの技術とクラフトサケの自由な発想が融合することで、新たな可能性が生まれています。尊敬する日本酒メーカーが新しい挑戦を始めたことは、我々にとっても嬉しい動きです。
さらに、クラフトサケのムーブメントは国内にとどまらず、海外でも同時多発的にクラフトサケブリュワリーが設立されています。海外の自由な発想と日本の伝統技術が交わることで、新しいスタイルのクラフトサケが誕生することが期待されます。クラフトサケは、寿司で言うところの「カリフォルニアロール」のように、国際市場で重要なポジションを占めるかもしれません。
今後、全国各地からクラフトサケ醸造所を設立したいという相談が数十件寄せられています。数年以内に各県に1つのクラフトサケブリュワリーが誕生する可能性があります。まだまだ、小さな波ですが、今後も日本酒文化をリスペクトしつつ、私たちができる挑戦を続けていきたいと思います。
その先に、日本酒文化のさらなる盛り上がりを目指して。
私は東京都内にて飲食店「和食日和おさけと」8店舗の運営を行っています。日本酒の最大消費地である東京の飲食店の最前線からの「生」の声をお伝えします。
ここ数年、飲食店での客の日本酒の好みに変化が見られます。以前は「辛口で!」というオーダーが主流でした。求められる日本酒の味わいのイメージが画一的だったように思います。
現在では「どういうお酒が好みですか?」との問いに「飲みやすいお酒」と言われることが急速に増えていると感じます。「飲みやすいお酒」とはとても曖昧な表現ですが、お客様の反応を見ていると下記に大別できるお酒を総じて「飲みやすいお酒」と捉えているように思います。
①スッキリした味わい
味わいが淡麗なタイプの日本酒は、まるで水のように滑らかで、飲みやすさが際立っています。新潟淡麗を含めて改めて見直されていると思われます。
②低アルコールのお酒
ワインと同程度の12度前後の日本酒は、食事と共に楽しむシーンで需要が高く、料理との相性が良いことも大きな魅力です。
③フルーティで薫り高いお酒
実際にフルーツを使った「クラフトサケ」も登場しており、日本酒に馴染みのない若者や女性にも抵抗なく飲んで頂け、着実に人気が広がっています。
④甘口で飲み口が良いお酒
甘口で、口当たりがやわらかいお酒は「飲みやすい」に相当します。程よい酸で後味がすっきりした甘口酒の人気も広がっています。
⑤スパークリング日本酒
従来の日本酒にない飲み心地を楽しむことができ、さわやかで「飲みやすい」お酒です。
「多様性を認めよう」が合言葉となる時代、日本酒に求めるお客様の要望も多様化しています。醸造の設備や作り手の技術の向上、流通の改善などで飛躍的においしい日本酒を飲むことができるようになった時代に、日本酒は画一的になりがちでした。けれども「個性を認めよう」という新時代は、最前線の飲食店で働く我々にとっても楽しい時代です。日本酒学研究会には、こうした最前線での顧客ニーズの多様化やその影響を学問的に裏付けることを期待します。