メールマガジン第7

(202281日発行)

【エッセー】 

「『酒-日本に独特なもの』日本語版刊行を機に考えたこと」

ニコラ ボーメール(名古屋大学教養教育院)

 最近の統計によると、2021年に前年と比較して一番日本酒の輸出量が増加した国はフランスだということです。確かに、今日ではミシュランガイドで星を獲得した有名フランス人シェフたちが酒に魅せられています。流行に敏感なソムリエたちは、魚介類やチーズに合う飲み物としてワインよりも“saké” 酒を勧めるようになっています。

 また、パリで開催されている酒フェア“Salon du saké”や蔵マスターは大成功を収めていますし、2016年にはフランス初の「酒蔵」が設立されました。同時に、フランス地中海沿岸のカマルグでとれるコメでフランスの「米ワイン」を作る試みがいくつも進行しています。これにより100%フランスの米、水を使用することにより、テロワール酒を製造することができます。この活況は注目に値します。なぜなら日本酒は、美食大国であるこのフランスに乗り込み、未熟な市場で幾らかの新規ファンを獲得して満足するというやり方ではなく、世界に名だたるガストロノミーの国へやって来たという位置付けを戦略的にしているからです。

 全体の消費量こそまだ少なく、愛飲するのは食通に限られていますが、この酒ブームの芽生えは、フランス人の日本への興味がすでに単なる異国趣味や一過性の流行を超えてしまっていることを証明しています。フランス人は、日本料理と同じように、酒の中にも自分たちの文化に相通じるものがあると感じ取っています。

 酒の認知度がフランスだけではなく、世界中で高まっているのですから、酒の未来は輸出にある、と私は固く信じています。酒の輸出は10年前から増加の一途を辿っています。酒のなかで最も売れているものは、杜氏が作る地域に根ざした酒なのです。酒の消費量は40年以上にわたって減り続けて来ましたが、ここに来てようやく落ち着いたように思われます。東日本大震災以降、日本人は再び酒を愛し、さらには誇りに思うようになりました。

 普通酒の生産量は減り続け、質の高い酒を作ることが酒再生の鍵になることは疑いようもありません。品質評価基準の変遷に注視する中で、数ある変化のうちフランスから見て注目に値するのは、地理的に生産地を保護する傾向が生まれたことです。1997年に新潟清酒産地呼称協会(Niigata O.C.)が発足され、フランスの法律制度である原産地統制呼称(Appellation d’Origine Controlée : AOC)をもじって名付けられました。続いて石川県白山市の「白山」が立ち上がり、その後長い間国税庁が管轄する酒類の地理的表示制度で保護される酒としては唯一のブランドでした。清酒の地理的表示(GI)は、2022年には13件に増えました。ただし、注意しておきたいのは、この酒類の地理的表示制度は産地名のブランドを集合的に保護する類のものであって、EUにおいて行われているような原料の品種に基づく保護ではないことです。このことは、将来、国際レベルで酒の知名度を上げかつ保護するときに問題となるかもしれません。

 今のところ、海外での酒の消費量はまだ少なく、海外の「酒蔵」創設者たちはまだまだパイオニアで、日本の酒業界で働く人たちは彼らのパートナーです。しかし20年後、あるいは30年後にはそれらの人々はライバル関係にあるかもしれません。それは、新世界のワイナリーが20世紀を通じて少しずつヨーロッパのワインと競合するようになったことと似ています。このことから一つの重要な命題が導き出されます。酒はこれからも日本固有の財産として残るのでしょうか、それともグローバル化していくのでしょうか?私の意見を述べるならば、いま日本では酒らしさや品質の追求が行われていますが、それ以上に酒を保護することを真剣に考え、日本以外の国々ではどこでも「sake」と呼んでいるものを禁止するためにGI表示を使うべきです。その理由は、酒は日本固有のものですし、日本独自の製法で作られていますし、日本の飲酒文化を形成したものだからです。

 この10年で将来の見通しは変わり、今や世界中を視野に入れて酒を考えるべきときでしょう。日本酒はもはや日本固有の酒でなくなりつつあります。酒の国際展開とそこから生まれる新たな需要によって、酒の作り手たちは、製品のアイデンティティやオリジナリティを守りつつも、新たな消費者に向けてより分かりやすく、新たな飲酒様式にも適応し、和食以外の料理にも合うような酒を提供するよう迫られていくと思います。

事務局より:このエッセーは、ニコラ・ボーメール著『酒―日本に独特なもの』(寺尾仁監訳、‎ 晃洋書房、2022年5月刊)に寄せて執筆いただいたものです。

【ちょこっと日本酒学】

「「スパークリング日本酒」とその可能性」

北原 譲(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)

 最近「スパークリング日本酒」が人気だ。その可能性を探ってみたい。

 スパーリングワインの世界市場はワイン市場全体の1割の339億ドルで、10年以内に500億ドルを超えると予想されている(米国市場調査会社REPORT OCEAN調べ)。スパークリングワインの輸入額はここ5年で1.5倍の800億円(2019年)に拡大しており(東京税関)、おしゃれで料理と合わせやすい泡酒人気は国内外で続きそうだ。

 泡酒人気の中、スパークリング日本酒はawa酒協会が2016年に設立され、現在28の酒蔵が会員。同協会の商品開発基準には、3等以上に格付けされた国産米を100%使用、醸造中の自然発酵による炭酸ガスのみを保有すること、外観は視覚的に透明であり、抜栓後容器に注いだ時に一筋泡を生じる、アルコール分は10度以上、ガス圧は20℃で3.5バール(0.35メガパスカル)以上などがあり、にごり酒と一線を画し、泡酒の高みを意識している。

 瓶内二次発酵は、お酒が発酵を続けている段階で瓶詰めをする製法で、瓶詰したお酒に発酵途中の同じお酒や酵母を添加したりして瓶の中で二次発酵させる。「一次発酵を終えるまでは、日本酒造りの工程とまったく変わりないが、ここからが醸造家たちの腕の見せどころ。蔵の個性が活きるように、自然の泡が潤沢に立つように、独自の技を駆使した二次発酵へと進む」(awa酒協会)。同協会の基準外だが、活性濁り酒の延長や炭酸ガス注入の製法の泡酒もある。

 スパークリング日本酒の可能性として、対象層は、12度程度の低アルコールなので、高アルの苦手な日本酒ビギナー層や、繊細な発泡がこれまで日本酒はおしゃれじゃないと毛嫌いしてきたグルメ・トレンド層も注目するほか、純米酒で仕込む、樽熟成など、日本酒愛好家にも訴求できる。ブランドとのコラボなどラグジュアリー路線もある。飲み方も、乾杯酒に向くことはもちろんペアリングも前菜的なつまみ、刺身にとどまらず、米の旨味をしっかり引き出し、辛口に仕上げれば、食中酒として肉料理ジビエとの相性もよい。醸造家は大吟醸とは別次元の頂点を目指し日々研鑽している。

 日本酒の内外市場での可能性を大きく広げるスパークリング日本酒を、「日本酒学」の重要な研究分野の一つとして、日本酒学研究会としてもぜひ注目していきたい。

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