メールマガジン第10号

(2023年7月31日発行)

【エッセー】

「フランスにおける日本酒 Aventure (アヴァンテュール=冒険)!」

宮川 圭一郎(GALERIE K PARIS代表、KURA MASTER Association代表、

KURA MASTER運営委員長 日本酒サービス研究会・酒匠研究会・連合会理事長)

 2017年クラマスターを始めた当初、審査員集めには本当苦労しました。声を掛けたほぼ全員から「プロとして自信持ってやらないと日本酒業界に対して失礼!日本酒を知らないから審査できる訳が無い。」という至極もっともな理由で断られたのでした。このソムリエのプロの姿勢を是非このコンクールに活かし、日本酒の新しい世界観を作りたいと、その当時ペニンシュラホテルに在籍していた現審査員長であるXavier THUIZAT(グザビエ・チュイザ)氏と一緒に、一人、二人と口説き落としていったことを思い出します。

 彼曰く、「日本酒をフランスに広めるために、フランス中から志のあるソムリエ達を呼んで審査してもらおう。」「日本酒を勉強してもらう仕組みを作り、このコンクールをその実践の場にしていこう。」「コンクールで使用する日本酒は最後まで無駄にすることなく、多くの方に飲んで頂けるような機会を創出していこう」。お互いに話し合い、最終的には「日本人審査員のいない世界に唯一無二のコンクール」というアイデアに繋がっていきます。そして、日本の慣行に縛られないフランスの感覚から審査するフランスワインの加点方式での審査方法が確立していきました。また、常に料理との相性を意識して審査されているのはフランスの独自性と言えるでしょう。

  フランス国内のワインコンクールでは星付きレストランのソムリエが参加することが極めて稀なのですが、クラマスターでは3つ星レストランのシェフソムリエまでもが審査員として名を連ねております。初年度は33人でしたが、2023年7回目、その総数が106名迄になりました。ソムリエの数がそのまま日本酒の認知に大いに繋がっていきます。

  最近、フランス国内にも様々な影響を与えていることがわかってきています。フランスのホテルやレストランで、日本酒がペアリングのグラスワインの一つとして入り始めたという事実です。日本食レストランから脱して、フランス料理という新しいジャンルに一歩踏み出せたのです。同時に、日本酒は蒸留酒という誤解からも解き放たれた瞬間ともいえます。とはいえ、偶然、フランス料理に日本酒が入っていくことはない事だけは断言できます。折しも食の安全や健康志向がこの国も始まってきたことで、日本酒が入る絶好のタイミングになりました。その望まれた時に、このコンクールが開催されたこと自体が天の配剤としか思えないのです。

  料理との関係を具体的にみましょう。刺身に近い生魚や出汁を使った旨味がフランス料理の世界でも、今や普通に使われるようになっています。また、カリカリした口当たりを楽しむ野菜の苦味料理も増えました。さらに、酸味をワンポイントとして前菜からデザートまで上手に使うことも流行の一つです。加えて、ヨード香が強い魚卵、貝類や海藻類も多用され、黄身部分に二酸化硫黄香味を含む鶏卵や欧米の寿司で使われるワインの大敵マヨネーズさえもよくでてくるようになりました。このようなワインが苦手な食材に、日本酒が料理の邪魔をせずに上手く寄り添うことがわかる仕組みもレセプション会場で解説・実践しています。

  日本は海産物の豊かな国であり、ナチュラルワインと同様に二酸化硫黄を添加しない日本酒が魚貝類だけでなく甲殻類とも絶妙の相性があることは当然の帰結でしょう。ソムリエ達の間で着実にモダンなフランス料理と日本酒との相性に対する理解が進んでいると言えます。

  フランス国内やインターナショナルなソムリエコンクールでは、今や日本酒や本格焼酎・泡盛も学ばなくていけない必須科目になっています。ホテル学校のワインソムリエ科、バーマン科、サービス科においてもお話をさせて頂く機会が年々増えてきている事でもその変化を感じます。ワイン雑誌でも日本産のアルコール飲料がよく出るようになってきているのは嬉しいことです。

  世界中の人たちから日本に行きたいとよく聞いています。クラマスターでもコロナ時期を除き毎年日本研修旅行を挙行しています。日本酒の文化、観光、物産、気候や田んぼのテロワール、そして、日本酒と日本料理との相性、そして、何より日本人のおもてなしを体験してもらっています。ソムリエは語り部であり、蔵元訪問こそが重要なファクターと言えます。訪問を重ねてきたことで日本愛が深まってきた事を深く感じます。

  このように多くの事例を通して、日本酒のあり方が変わってきていると言えます。これからクラマスターとして、フランスの食と日本の飲み物をスパークさせて(互いに輝かして広げて)いくことで、マリアージュをさらに世界に発展させたいと考えております。そこで、昨年よりマリアージュ企画を始めました。チーズと古酒、今年はリヨンの名店「ポールボキューズ」のデザートと梅酒です。これからも、日本酒を通して世界を一つに繋いでいくことを私たちは目指していきます。 

【ちょこっと日本酒学】

「生まれて初めて日本酒を飲んだアフリカの酒好きたち」

砂野 唯(新潟大学)

 エチオピアやタンザニアといったアフリカの国々に暮らす人々には、お酒好きが多い。コメで造られたお酒(醸造酒や蒸留酒)は目にしていないが、モロコシやシコクビエ、トウジンビエ、トウモロコシなどの穀物に発芽種子粉末を加えて糖化し、天然の酵母によってアルコール発酵をすすめた醸造酒が造られる。農村における醸造頻度は高く、結婚式や葬式、新年の祝いなどの儀礼・祭礼の際には醸造酒が欠かせない。多くの醸造酒は、発酵独特の甘酒、あるいは奈良漬のような香りや果実のような甘い香り、穀物がもつほのかな甘味、乳酸発酵による爽やかな酸味をもち、濁酒に似た味わいである。火入れをしないので、微発泡性でシュワシュワと小さな泡が発生し続けており、喉越しが良い。炎天下での農作業や放牧の合間に飲むと、生き返る心地がする。

 彼らは自給自足的な暮らしをしており、ビールやワインなどの市販されている酒に接する機会はほぼない。自らの醸造文化をもち、それ以外の酒を知らない人々は、日本酒をどのように評価するのだろう?

 日本酒(本醸造720ml、2本)を土産として持参し、アフリカの農村のホストファミリーや友人に振る舞った。珍しい異国の地酒ということで、誰もが飲みたがったが、量が限られるので、近しい人々でこっそり飲むことになった。1ℓ容量のジョッキに入れて、回し飲みした。一口飲んだら次の人に回すのだが、皆の一口はかなり大きかった。人々は日本酒を飲み、「水のように入っていくな。だが、しっかりと甘みがある」「このお酒に穀物が使われているなんて、信じられない。水だろう」「水だけど、酔っ払うな。」と次々と批評し、概ね好評であった。彼らは、数多くの酒蔵が造っている日本酒の味を決める要素の一つが水であることは知らない。しかし、日本酒を「水のような酒」であると先入観なしで感じていた。日本酒の特徴である水のような飲み口は、別の食文化圏でも感知され、かつ驚くべき特徴なのだろう。独自の食文化やお酒をもち、市販のお酒との接触が限られた地域の人々に日本酒がどのように評価されるのかの比較研究は、「日本酒学」の重要な学際的拡張になると考える。