メールマガジン第8

(2022122日発行)

【エッセー】 

「国際日本酒会議in三重への道程と日本酒の未来」

清水 慎一郎(清水清三郎商店株式会社)

 2018年6月、パリの日本酒展示会サロンデュサケに三重県酒造組合の蔵元有志と共に参加した。自社の酒を大いにアピールしようと意気込んで会場に向かったが、三重県という大きな垂れ幕を掲げていたせいか、来場者に聞かれるのは、「三重ってどんなところ?」という言葉だった。気がつくと、三重の自然、歴史のことばかりを話していた。最後の夜、手島竜二氏のカジュアルレストラン「116」で食事をしながら皆で話しあった。「日本にいると見えないこともパリに来たらわかることがある。海外に日本酒を売るためには、地域全体のブランド化が効果的だ。」と思った。

 早速、地理的表示の申請の準備を始めた。GI三重としては、普通酒を除いた特定名称酒として認定を得ることにした。実は三重の酒蔵の多くは小規模であるが故に、特定名称酒比率が高い。2020年6月に国税庁から「GI三重」の指定を受けることができた。

 さらに、国税庁の「日本産酒類ブランド化推進事業」にも応募して採択された。ブランドアドバイザーの矢野麻子氏の言葉によれば「ブランドとは初雪のようです。最初の雪は地面に触れた途端に溶けて消えてしまいます。それでも次々と降り続くことで、やがてあたりが一面の雪景色になります。自分たちの価値を表現する同じ言葉を、ずっと発信し続けることが何よりも重要です。」

 2021年10月、「GI三重」の上位バージョンとして「三重Heritage」というレギュレーションを新たに作った。条件は、1)GI三重の認定酒であること。2)三重県原産の米、または三重県で開発された米を原料米として使用し、さらに三重県で開発された酵母を使用すること。3)純米酒であること。この背景には、三重県農業研究所の酒米開発に、地域のストーリーが重要であることを明示する目的もあった。そのことにより、伊勢錦と雄町の交配品種の開発というプロジェクトが10年後を見据えてスタートした。

 GI制度とは、それぞれの地域による競争であると思っている。ワインの世界では、すでに早くから熾烈な地域間競争が行われていた。今後は、「三重」という名前のブランド価値を、如何に高めることができるかに目標を定める必要がある。

 日本ソムリエ協会の田崎真也会長から2022年7月に、国際ソムリエ協会(ASI)の総会が名古屋で開催されること、そのエクスカーションとして三重を訪問したい旨の話を伺った。各国のソムリエ協会の会長達に、三重の魅力を知ってもらう絶好の機会だと思った。神宮に献上するために考案された波切の鰹節の歴史。紀伊半島の森に降る雨が川となり、米を育て、海では海藻を育み、海の幸となる。こうした海と山の間にずっと繰り返されてきた水の循環によって、三重の食の豊かさが支えられている。こうしたことを、世界のソムリエたちに知ってもらいたいと思った。食事は、志摩観光ホテルの樋口宏江シェフによる「フレンチ本膳」と三重の日本酒とのペアリングディナーにした。

 夕食の前に「国際日本酒会議in三重」と題して、パネルディスカッションを開催した。ファシリテーターは独立行政法人酒類総合研究所の後藤奈美先生、国際ソムリエ協会ウィリアム・ヴォウターズ会長、2000年世界最優秀ソムリエのオリヴィエ・プシエ様、副会長田村斉子様、日本酒造組合中央会井内博美様、三重県工業研究所山崎先生、丸山先生に登壇して頂いた。ヴォウターズ会長は、「ソムリエが日本酒を知るということは、最適の温度で、適切なグラスで、料理との最高のペアリングをお客様に提案し、楽しい体験をしていただくことを意味します。」と力強く発言され、日本酒の未来に大いに励みに感じた。プシエ様は、「ワインと相性の良くないアスパラは日本酒とのペアリングが良いとされていますが、ホワイトアスパラとグリーンアスパラでは合わせる日本酒が異なります。ホワイトには美山錦の純米大吟醸を、グリーンには特別純米が良いと思います。」と明確に発言され、日本酒に対する豊富な知識とペアリングに賭ける執念を感じた。夕食後、プシエ様からは、「私の今まで食べた中で5本の指に入る食事だった。」というお言葉を頂いた。

 パリのソムリエ、宮川圭一郎氏は言う。「かつてのフランス料理は、バターとクリームをたっぷり使ったソースが特徴でしたが、1970年頃から軽く泡立てたエスプーマになり、2010頃になると、ソースはお皿の上の、酸味のきいた赤や緑の点と線になりました。それに伴い、ワインも軽い赤や白、ロゼが多くなってきました。一方、日本酒も30年くらい前から、地方の酒蔵が個性的で高品質な純米大吟醸を出してきました。まるで、小高い丘の上で此方からフランス料理が、彼方から日本酒が登ってきて出会ったようです。」

 未来はすぐには来ないが、日本酒業界の片隅に籍を置き、この大きな変革に立ち会うことができる喜びと期待に胸が高鳴っている。

ちょこっと日本酒学】 

日本ソムリエ協会のSAKE DIPLOMA

田村 斉子(国際ソムリエ協会、日本ソムリエ協会)

 2013年に和食がユネスコの無形文化遺産に登録されて以降、海外の大都市を中心に和食店が爆発的に増え、またフランス料理をはじめとするシェフたちが和食の技法を取り入れるようになり飲料リストに日本酒が加わるようになりました。来日される外国の方々を含め日本酒への関心の高まりはとどまるところを知りません。

 このような環境のなか、日本ソムリエ協会は日本酒と焼酎に特化した認定試験 Sake Diplomaの日本語版を2017年に、翌年2018年には英語版を発足させました。

 国内外問わず、今や酒類、飲料、食全般の専門知識とテイスティング能力を有するプロフェッショナルであるソムリエにとって日本酒や焼酎に関する知識を深めることは必須です。これまでに日本語と英語でそれぞれ5,257名と178名の方が試験に合格しています(2021年実施分まで)。

 日本ソムリエ協会が実施するこの認定試験の最大の特徴は、ソムリエにとって馴染みの深いワインに準じた外観、香り、味わいといったテイスティングアプローチを採用し、表現用語も極力ワインと同じものを使用することで「日本酒と焼酎のグローバルスタンダード化」を目指している点にあります。つまり、すべてのソムリエがワインで用いている「共通言語」を日本酒や焼酎についても当てはめれば、知識共有や共通認識が促され世界レベルで認知度が向上していくだろう、というわけです。

 ソムリエは生産者である蔵元を代弁し消費者と繋ぐ重要な役割を担っています。我々ソムリエが正しい知識を身につけ理解を深め、さらに和食のみならず世界のあらゆる料理とのペアリングを探求し、豊かなダイニング体験を提供することが、日本酒のさらなる発展の一助になるのでは、と期待しています。 

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