メールマガジン第5

(202217日発行)

【エッセー】

「地球の未来につながるサスティナブルな酒造り」

尾畑 留美子(尾畑酒造株式会社)

  新たなる年を迎えました。壬寅は生命が誕生し伸びていく年になるといいます。二年に及ぶコロナ禍を経て前向きに新たなことを生み出し育てる。そんな年になることを願います。

 さて、今回寄稿のご依頼を受け、改めて2021年を振り返ってみました。多くの蔵元同様に私は普段なら月の多くを出張で飛び回っている生活ですが、昨年は外に出る機会がほとんどなくなりました。その分、地元に向き合う時間がたっぷり出来たことは言うまでもありません。

 日本酒の背景には酒が生まれる土地が大きく関係しています。灘、伏見、新潟など、それぞれの土地の地政学が酒の発展に関わってきました。我が故郷、佐渡島はどうだったでしょう。1600年、佐渡金山が発見されゴールドラッシュが起こったことによって人口が爆発的に増加。これらの人達を食べさせるために田圃が開発され、同時に最先端の技術や文化も流入。米の品質が上がり、酒を嗜む祭りも広がり、江戸末期には200を超える酒蔵があったといいます。私たちが酒造りに関わることが出来るのは佐渡島という土地のおかげというわけです。

 そんな佐渡のシンボルと言えば「朱鷺」です。2008年に朱鷺の第一回自然放鳥が行われ、以来農業界を中心に朱鷺の野生復帰活動が広がりました。これを酒造りにも生かすべく、弊社では生物多様性に配慮し農薬や化学肥料の使用を制限、かつ牡蠣殻農法を取り入れた酒米を佐渡相田ライスファーミングに栽培してもらい、仕込みに使っています。出来たお酒は国内外の鑑評会で多数の栄誉を頂くようになりました。

 朱鷺が舞う島の自然環境をもっと日本酒から伝えたい。そう考えた私たちにある出会いが訪れました。それは“日本で一番夕日がきれいな小学校”と謡われながらも少子化のために廃校になった古い木造校舎です。2014年、私たちは廃校を二つ目の酒蔵「学校蔵」として再生しました。ここでは夏に冬の環境を作り、オール佐渡産米で酒を仕込んでいます。酒造りのエネルギーも佐渡産にすべく、太陽光パネルにより再生可能エネルギーを導入。日本酒を通して島にあるべき島の循環を “見える化”したいという思いからです。ここで循環するのは米やエネルギーだけではありません。学校蔵ではお酒造りを勉強したいという人を、一週間通ってもらうことを前提に受け入れていて、近年は海外からの参加者が増えています。参加者たちは酒造りの技術だけではなく、佐渡島全体をフィールドワークの舞台として生産地の自然環境や歴史、そして地域の人や文化に触れます。一週間を過ごし彼らの多くはリピーターとなり、中には佐渡移住を果たした香港人もいます。島内外の人の循環につながっているということです。

 2022年、学校蔵の次なる展望として、蔵内に宿泊機能やシェアキッチンとカフェエリアを設置する予定です。さらにはエネルギーに関してもカーボン・ニュートラルブリュアリーを目指し、島全体のエネルギー循環を日本酒から体現していきたいと思います。このことにより、現在一週間で実施している内容をより長期・本格的・実用的かつ佐渡の“地力”を生かしたプログラムに進化させることが目標です。酒造りの技術はもちろん、テロワールと日本酒の関係に触れる人が世界中に増えることはSAKEのワールドマーケットにも寄与します。その先は酒、米からさらに発展させて…小さな酒蔵に大きな世界観が広がることが面白くて妄想は膨らむばかりです。

 このような活動を「地域貢献」と呼んで頂くことも多いのですが、当の本人たちはあまりそのような自覚はありません。そもそも地域があってこその酒造り。我々は地域を構成する一つの要素。全国の酒蔵が多かれ少なかれ、同じような姿勢で地域に向き合っていると思います。

 SDGsが叫ばれる昨今、様々な産業界でこれからの事業の在り方を模索しています。そんな中で私自身は“地球規模で考える”ことを心がけています。当社のような小さな酒蔵が地球規模なんて言うと、壮大過ぎて滑稽に聞こえるでしょうか。けれど、足元を考えることが、地球を考えることの第一歩。酒造りが出来る環境をくれた土地に私たちが恩返しをしていくこと、そして恩返しの循環こそがまさにサスティナブルな地球の未来と繋がっているのです。これからの時代、土地の恩恵を得て酒造りを続ける私たちが果たす役割はさらに大きくなっていくのかもしれません。

【ちょこっと日本酒学】

「伝統の現代化」

佐藤 淳(金沢学院大学)

 金沢に住んで2年近くになる。昔、昭和最後の3年間も金沢で過ごした。伝統的な城下町で変わらないイメージがあるかも知れない。しかし、いい意味で街は激変している。

 金沢駅、21世紀美術館、金沢城、玉泉院丸庭園、鈴木大拙館、しいのき迎賓館、国立工芸館、にし茶屋街、金沢建築館、新しく整備された観光名所は枚挙にいとまがない。そこにはかつて役所(県庁)や学校(金沢大学、同付属小中学校)が林立していた。

 オフィス街もシティホテル街に変貌した。リニューアルされた近江町市場から中心部にかけて広がるホテル群は、伝統デザインの格子をモチーフとして統一感がある街並みを形成している。以前は銀行や証券のビルが多かったところだ。さえない銀行のオッサンは消え、着物姿の若い女性観光客が闊歩する街となった。

 郊外も大きく変化した。道路が整備されコストコやイオンモールが身近にある。これらが散在する野々市市は東洋経済による住みやすさランキングで2年連続日本一である。

 金沢市は街を美化、公園化し、商業機能を野々市市等の郊外に移した。街の美化におけるコンセプトは伝統の現代化である。典型は金沢駅だ。現代建築に木造の鼓門がデザイン上のアクセントとなり、世界で最も美しい駅に選ばれた。21世紀美術館の外見は現代建築だが、その運営は伝統工芸のアップデートを強く意識している。

 金沢を蘇らせたコンセプト「伝統の現代化」は、日本酒にも通用するだろう。モダン生酛や木桶の活用はその典型である。

 古い伝統は、それを守ろうとしすぎると制約となる。しかし、伝統の本質を理解し現代化すれば、それはブランド価値に転ずる。日本酒の伝統の中には、現代化のチャンスが数多く眠っているだろう。2022年が伝統の現代化による日本酒飛躍の年となることを祈念したい。

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