メールマガジン第1号

(2021年2月19日発行)

【創刊の言葉】

後藤 奈美(酒類総合研究所理事長/日本酒学研究会会長)

日本酒学研究会会員の皆様,メールマガジン第1号をお届けできることを大変うれしく存じます.

「日本酒学研究会」では,今後,ニューズレター(年2回)とメールマガジン(年数回)を交互に発信していく予定です.

前者はややアカデミックな論考等を掲載し,後者はより読みやすいエッセー等を掲載します.

総会・大会の延期など,研究会活動が思うに任せない状況を理事会としましては申し訳なく思っております.この不備を補うべく,今後,情報発信に努めてまいりますので,日本酒学研究会へのご理解とご支援を心よりお願い申し上げます.


その後の検討で、ニューズレターではなく、研究会誌『日本酒学ジャーナル』を年1回発行することとなりました。

【エッセー】

「日本酒は世界一の長寿企業群」

喜多 常夫(きた産業株式会社 代表取締役)

醸造や醗酵だけでなく、文化、歴史、経営、国際化など、様々な切り口があることが、「日本酒学」の魅力である。中でも私が興味深く思うのは「日本酒は世界一の長寿企業群」であることだ。

<情報1>「創業100年以上企業は世界に8万0,066社、うち日本は3万3,076社で41.3%。創業200年を超える長寿企業は世界で2,051社、うち日本は1,340社で65.0%。200年以上は、2位アメリカ239社、3位ドイツ201社で、1位日本の1,340社はけた違いに多い」(「周年企業ラボ」の調査、2020年3月)

日本の企業の長寿ぶりは、世界の中でとびぬけている事がわかる。企業の目的は多くの国で「利益の最大化」にあるのに対し、日本では歴史的に「企業や家業の存続」を優先する傾向があるのだと思う。

<情報2>「100年以上の老舗企業は、2018年11月時点で全国に3万3,259社。業種別では1位貸事務所894社、2位清酒製造業801社、3位旅館ホテル618社」(帝国データバンク「老舗企業の実態調査2019年」)

帝国データバンクのデータベースにある清酒製造業は1,050社(2020年12月現在)。したがって801社はデータのある清酒製造業の約8割、すなわち「5社に4社が創業100年以上」となる。「会社数」では2位だが、「比率」では間違いなく1位である。

<情報3>「18世紀までに創業の蔵元(すなわち創業215年以上の蔵元)で、いまも清酒製造を継続している会社は294社(2015年時点)」(醸造協会誌2015年9月号「18世紀までに創業した蔵元と分析」喜多常夫)

現在、毎年清酒製造を行っているのは1,200社程度。アクティブな清酒蔵元の、実に「4社に1社が創業200年以上」であると言える。「世界で一番の長寿企業国は日本」、「日本の中で一番長寿比率が高いのは清酒」、「中でも200年以上を見ると清酒が圧倒的」という事実を考慮すれば、「日本酒は世界一の長寿企業群」であるといえるだろう。あたかも清酒製造業には「事業継続の意思」がDNAとして組み込まれているかのようである。世界一の長寿DNAをもつ清酒製造業、長寿の持つ価値は極めて高い。

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清酒蔵元に長寿企業が多いのには、別の「からくり」もある。日本政府はこの50年、基本的に新規清酒製造免許を認めていない。戦後の主な新規清酒免許取得者は、企業合同や共同事業などで新規が効率的と認められた免許、廃業する蔵元の免許を買って新会社とした蔵元、その他の特殊事情などに限られる。手元に、2015年に調査した全国蔵元の創業年資料があるが、1920年以降創業の清酒蔵元は、200社強でしかない。必然的に、多くの蔵元が長寿企業で占められることになる。

100年前の1920年には清酒免許場は9,791場あったのが、2020年は1,500場程度(直近の公表データ、令和元年度の製造場数1,563場からの推定)まで減っている。 100年で8, 300場程度が廃業・倒産・統合した計算。8,300の中にも、社歴200年300年といった蔵元は多かったであろうことを思えば、歴史があるからといって淘汰を免れるわけではない。実際、帝国データバンクや東京商工リサーチの調査で、老舗企業の倒産ランキング1位も清酒であることが多い。このことは、長寿と裏腹の、厳然たる事実である。

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最近、清酒免許に関する政府の方針が変わってきた。以下のように、まったく新しい清酒醸造所が次々できている。

■東京:東京駅酒造場(はせがわ酒店、清酒の試験免許)

■兵庫:黒田庄醸造所(「醸し人九平次」の自社水田の酒蔵)

■北海道:帯広畜産大学内の「碧雲蔵」

■鹿児島:焼酎「宝山」の西酒造による新しい清酒蔵

■福井:IWA sake(ドンペリの醸造家、リシャールさんの日本酒)

免許を移したものでも、業界活性化を意図した新規免許に近い考え方もあるように感じる。また、「輸出に限れば新規免許を認める」という新方針は、まだ適用例はないものの、画期的な方向転換である。

清酒産業は新たなフェーズに入るようだ。古い蔵元だけでなく、新しい酒蔵も徐々に増えるのだと思う。長寿DNAは、新しい酒蔵にも受け継がれてほしいと思う。(以上)

【ちょこっと日本酒学】

「異分野交流が生むチャンス」

渡辺 英雄(新潟大学)

 日本酒学研究会の初回コラムを担当することになり、光栄であるとともに責任を感じております。私は2020年4月から新潟大学日本酒学センターの専任教員として、文系分野で主に法規制などの制度面について研究しています。また、飲み手としての日本酒ファンでもあり、これまで関東圏を中心に日本酒に関わる様々なイベントに参加してきました。そこで、日本酒の需要喚起と日本酒学の学問的な広がりという観点から、私の想いを“ちょこっと”ご紹介します。

 既知の通り、日本酒の課税移出数量は1973(昭和48)年度をピークに減少傾向が続いています。このような消費低迷の状況を脱却すべく、全国各地で日本酒イベントが行われてきました。イベントの効果を客観的データで示すことは難しいのですが、こうした努力が、一定程度の需要喚起につながっていると言えるでしょう。反面、新たな客層を獲得し、消費の裾野を広げるという点で、必ずしもイベントが有効ではないようにも思えます。なぜなら、これまで私が参加してきた印象では、客の多くがリピーターであるように見えるからです。どんな分野にでも「固定化されたファン層」がいますが、裾野を広げるには、その壁を超える必要があります。

 私の経験から、その一つの方法としてJR東日本の企画列車「越乃Shu*kura」が頭に浮かびます。新潟の酒をコンセプトに2014年から運行している同列車は、日本酒ファンだけでなく、いわゆる鉄オタにも魅力的です。このように、2つの分野の固定ファンが相互に交わる領域を創出することで、互いに新たな顧客を獲得するチャンスが生まれると考えられます。

 日本酒学研究会は、日本酒をキーワードにして様々な分野の人々が交流する場となるでしょう。「お酒は人生(人間関係・社会)の潤滑油」という言葉があるように、日本酒学を通じて、これまでの分野を超えた学問的な広がりが、摩擦なくスムーズに進んでいくことを期待しています。