メールマガジン第3

(2021年68日発行)

【エッセー】 

「アメリカSAKEが変える世界の日本酒市場」

木村 咲貴(SAKEジャーナリスト)

SAKEジャーナリストの木村咲貴と申します。フリーランスとしての活動のほか、日本酒メディア「SAKETIMES」の英語版「SAKETIMES International」のディレクターも務めております。この度、このような場で執筆の機会をいただけましたことをとても有り難く感じております。

現在、世界各国で「SAKE」を造る酒蔵が増えています。特に、国外最多の酒蔵数を誇るのがアメリカ。新型コロナウイルス感染症の混乱下にもかかわらず、2020年から現在までに新たに7軒の創業が確認され、合計数は27軒にのぼります。私は世界のローカル酒蔵と流通にフォーカスした情報発信を行っておりますが、輸出に関わる流通事情はさておき、なぜ、ローカル酒蔵の情報を伝える必要があるのでしょうか? それは、日本酒が世界へ普及するためには、彼らの存在が不可欠だと考えているからです。

海外SAKEの現状をお伝えする前に、韓国の蒸留酒「ソジュ」にまつわるエピソードをお話させていただきます。アメリカのカリフォルニア州において、蒸留酒を販売するためには、通常、「ジェネラルライセンス」という免許を獲得しなければなりません。ところが、ソジュは、ワイン用のライセンスしか持っていないお店でも扱うことが可能です。これは、韓国の業界関係者のロビー活動が功を奏しての特例措置だと言われています(このルールに則るため、日本から輸出される焼酎にも、ラベルに「Soju」と記した商品が多く見られます)。

2019年、北アメリカを中心とした造り手の同業組合「Sake Brewers Association of North America(北米酒造同業組合)」が設立されました。彼らは醸造やセールスについて情報を交換し合い、酒造りの技術を高め合うほか、日本国内の酒蔵を巻き込んだオンラインイベントやウェビナーを開催しています。代表のウェストン・コニシ氏によると、アメリカ国内のSAKEの流通問題を解決すべく、いずれはロビー活動を行う計画を立てているそうです。現地の流通事情を理解しているアメリカの造り手たちが、日本のプレイヤーが関与できなかった法律面の課題にアプローチする──これは、日本から輸出される日本酒の市場にも大きなメリットをもたらすことでしょう。

こうした動きは、団体だけではなく、個別の酒蔵にも見られます。例えば、コロラド州デンバーのColorado Sake Companyは、醸造所を建設する際に、州の法律を変えることに成功しました。かつてのコロラド州の法律では、SAKEの醸造所はタップルーム(醸造所内で造りたてのお酒を飲めるスペース)を併設することができませんでした。そこで同社は、地元のワイン協会の協力のもと、行政機関に改正法案を提出。見事タップルームの建設を合法化させました。

そのほか、エコシステムに取り組む蔵にも注目です。2019年、「SAKE COMPETITION」の海外出品酒部門で金賞を受賞したサンフランシスコのSequoia Sake Company。同社は、ワイン学の権威であるカリフォルニア大学デイビス校と7年にわたる共同研究の末、かつて日系移民がアメリカへ持ち込んだ「渡船」と同じDNAを持つ「Caloro(カロロ)」を復活させ、商用栽培の認可を獲得しました。現在のアメリカでは、SAKEの原料米として「Calrose(カルローズ)」が広く使用されていますが、Caloroはさらに酒米に近い遺伝子を持っていると考えられています。2021年5月、こちらのお米を原料にしたお酒が、いよいよクラブ会員限定で販売開始しました。

海外で造られたSAKEというと、クオリティを不安視し、日本酒を模倣した奇妙な飲みもののようなイメージを持ってしまう人は少なくないでしょう。しかし、その造り手の行動力や商才には、日本の私たちが学べる面が多々あります。いまでこそ「日本産の日本酒しか飲まない」という現地のファンも多いですが、アメリカといえば、かつてフランスのワイン品評会のブラインド・テイスティングにて、フランス産ワインを押さえて一位を獲得した実力を持つ国。彼らの造るお酒のクオリティが上がっていけば、日本製品との競合が起こり、国境を超えて切磋琢磨し合うような酒造りの未来がやって来るかもしれません。世界中でSAKEが愛される未来には、日本国内だけではなく、海外のプレイヤーが不可欠です。日本酒を、そしてアメリカSAKEを愛するひとりのファンとして、これからも彼らの活躍をしつこく伝え続けたいと思います。

【ちょこっと日本酒学】

「お酒を表現する言葉の大切さについて」

今田 周三(日本酒造組合中央会 日本の酒情報館館長)

日本酒造組合中央会が国内外への日本酒・本格焼酎の発信拠点として運営している「日本の酒情報館」には国内外から様々な方が試飲を目的に訪れます。業界に浸かっていると、とかく先進的な事例や流行など先端のニッチな部分が話題になりがちですが、情報館を訪れるお客様は「日本酒や本格焼酎のことは良く知らないけれども興味がある」という方々なので、先入観なくお酒を楽しんで感想を述べられ、また買い物をして帰られます。お客様との話を通じて、国や性別による好みの違いや、普段の飲酒傾向から好む酒のタイプなど、味や意匠など様々な分野について多くの情報を学ぶことができます。

酒類専門店や銘酒居酒屋と情報館の違うところは、情報館では銘柄にとらわれぬ幅広いエリアとタイプを網羅したお酒が試飲できるところです。様々なメディアによって情報が網羅されている国内や、同じく比較的最新の情報が伝わりやすいアジアの近隣諸国では、やはり「有名であること」が売れる大きな条件のひとつですが、既成概念を取り払った海外の環境にあっては、酒のタイプや味わいというものがあるがままに評価されることが可能になります。

その時に売り手として最も大切なのは、いかに消費者にとってわかりやすい酒の味わいや特徴を伝えることができるかということです。多様な酒があるなかで、自社の酒はどのような特徴を持った酒であるのか。「最高級の酒米を40%まで精米して、伝統の技で醸した酒」などという金太郎飴のような表現を見ると、とてもがっかりします。そうではなく、他の酒とは異なる味わいやバランスの特徴や、最も輝く温度帯等の情報を的確な言葉で表現することをメーカーは本気で考えて頂きたいと強く願います。理論とともに実学的側面から酒を科学することで、コロナ後に加速度的に進むであろうDX時代に日本酒が飛躍するため、当研究会には是非生きた議論を期待しております。

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