入道ヶ岳より見た野登山、仙ヶ岳、宮指路岳(馬酔木林の背後の連山)
しかし三重と滋賀の県境となっている鈴鹿山脈の主稜線上の地質は南部の油日岳から北部の釈迦ヶ岳辺りまではほぼ同じで白亜紀後期7000万年前ころの固結年代をもつ鈴鹿花崗岩です。
鈴鹿花崗岩とほぼ同時期の花崗岩類は琵琶湖南東部の湖東流紋岩類分布域をとり囲むような形で琵琶湖周辺部に広く分布していて湖東流紋岩類を供給した同時期のマグマから形成されたと見られ、広く琵琶湖環状複合火成岩体と名付けられています (5万分の1地質図幅 御在所山参照)
これらの花崗岩は湖東流紋岩類がもっぱら火山岩であるのに対して深成岩であり、当然形成された当時は地殻の深部、少なくとも当時の地表から数km辺りに存在してゆっくりと固結したものです。
宮指路岳から仙ヶ岳へと連なる県境尾根。稜線部は鈴鹿花崗岩が隆起して露出しており地形が険しい。
仙ヶ岳山頂の花崗岩。結晶の粒度は御在所や国見のあたりに比べると細かいが時に粗粒の部分もある
その当時、鈴鹿山脈を含む西南日本の地塊は中国大陸の東北部にあり大陸の一部でありましたが2000~1600万年前に生じた日本海の開裂によって現在の日本列島の位置に移動し、さらに100万年程前には日本列島中部に伊豆半島が追突するに至り、これら幾多の地変を経たのち鈴鹿花崗岩は西南日本の太平洋側の地殻に加わった圧縮応力により比重の軽い花崗岩類が地表に押し出されて今日の鈴鹿山脈となったものです。
鈴鹿花崗岩が急速に隆起しだしたのは、海洋プレートの沈み込みに伴う圧縮応力が増加した、伊豆衝突の100万年前以降と考えられ、今日もその上昇は継続していて仙ヶ岳・鎌ヶ岳・御在所山・釈迦ヶ岳など花崗岩の風化・崩落による急峻な山容を生むに至っています。
鈴鹿山脈の主稜線から外れた位置にある野登山周辺は古紀の付加体が多く露出しており、前山の羽鳥峰や小岐須渓谷の南面では今も石灰岩の採掘が行われる
宮指路岳・仙ヶ岳が県境稜線上にあり鈴鹿花崗岩からなるのに対して、県境稜線から外れた位置にある野登山は新期領家花崗岩類に属す野登山花崗閃緑岩と砂・泥岩主体の付加体が山を覆っていいて、付加体中には古生代から中生代にかけて堆積した海洋性石灰岩が含まれているため野登山周辺では現在でも石灰岩 (大理石) の採掘が行われています。
水沢峠から仙ヶ岳に連なる鈴鹿山脈主稜線の周辺は鈴鹿花崗岩(Gsb・Gsf・Gsp)が表面を覆う。主稜線を外れた入道ヶ岳から野登山は古紀付加体(Ny)と領家花崗岩(Gn)が広がる。小岐須渓谷周囲には付加体中に環礁性石灰岩(Is)が混在する。
地質図でも分かりますが小岐須渓谷には多数の石灰岩脈が走っていて屏風岩の周囲や一の谷二合目辺の谷筋は石灰岩の岩盤が周りに露出しています。谷筋にあって絶えず水流で表面を現れている石灰岩はその白さがよく目立ちますが、通常の露頭にある岩は表面が黒く汚れて見かけは他の岩とあまり変りません。
小岐須渓谷・屏風岩の上流部では巨大な石灰岩の転石が谷を埋める。
これら石灰岩は海洋の海底火山列に発達した珊瑚環礁が海洋底に乗って移動して大陸縁に沈み込み、大陸側地殻に付加されて付加体となってからでも数億年の時を経ており、その間に受けた熱変成によってその多くは大理石に変化していて小岐須谷の入口では現在も大理石鉱山が稼鉱しています。
小岐須峡の石灰岩。大理石 (結晶質石灰岩) に変化していて、純白のものから不純物で模様のついたものまでさまざま。小岐須林道の周囲には純白の大理石が多い
私は若い頃から山登りに行くと、いつも記念に山や谷の転石をいくつか拾って庭に並べていたため、どうしても地質に対する興味が強く、今では庭先が大小の石で埋まってしまいました。
しかしたとえ同じ種類の石であっても地域の違いによって微妙に含まれる鉱物が違ったり、その模様が違ったりして場所の見分けがつくものでなかなか楽しい記念になっています。
周回コース
小岐須渓谷の入口には入道ヶ岳・宮指路岳・仙ヶ岳・野登山の小岐須側登山ルートの登山案内地図が掲示されています。
このマップに従って小岐須を基点に山歩きをすると、宮指路岳・仙ヶ岳・野登山の二山或いは三山を尾根伝いに巡ることが出来ます。滝ガ谷から入道ヶ岳を経由して四山を回ることも可能ですが、よほど足腰に自信がないと日の長い5~6月を選んでも一日の行程としてはきわめて厳しいコースです。
黄:宮指路岳カワラコバ谷コース 橙:宮指路岳ヤケギ谷コース 赤:県境尾根 水:仙ヶ岳小社峠コース 紫:仙ヶ岳仙鶏尾根分岐 緑:仙鶏尾根 草:野登山一の谷コース
一般には大石橋を起点に宮指路岳と仙ヶ岳二山をめぐり下山するのが無難なコースです。足腰に自信があり日の長い季節であれば小岐須渓谷山の家の駐車場を起点に仙ヶ岳と野登山を巡って下山するコースも楽しめます。
ここでは小岐須渓谷山の家の駐車場を起点として、写真で入道ヶ岳-宮指路岳-仙ヶ岳-野登山と巡ってみたいと思います。
実際にこのコースで歩くのはよほど山歩きに自信がないと一日では困難ですが、写真を継ぎ合わせてめぐるのは楽しいものです。
小岐須渓谷から入道ヶ岳
スタートは小岐須の滝ガ谷登山口より石灰岩の椿岩の傍らを抜け、滝ガ谷をさかのぼります。
岩登りの初級コース・椿岩。石灰岩特有の凹凸があり垂直以上の傾斜もあって登路によってはかなり難しい。
湿気の多い滝ガ谷を詰め、P7で谷から離れて尾根のトラバース道に入ります。
緩傾斜の道の先で入道ヶ岳・二本松尾根P5に合流し、尾根をたどって入道ヶ岳山頂へ向かいます。
5万分の1地理院地図ではこの分岐点から南西に伸びる二本松尾根に沿って小岐須へ抜けるルートが記載されており、これが本来の二本松尾根の登路なのだろう
入道ヶ岳から宮指路岳
次は入道ヶ岳山頂(906m)を経由して反対側のイワクラ尾根へと向かいます。山頂からは北西側の池ガ谷下山口方面からも、北側の井戸谷下山口方面からもイワクラ尾根へと向かえます。
周囲を木立で遮られ見通しの効かない尾根道が突然視界がひらけて遠望できる場所にかかるとそれだけで嬉しくなります。
イワクラ尾根の下りから見た仙ヶ岳 (中央左寄りの凹型) 宮指路岳 (中央右寄りのピーク) その右の鞍部が小岐須峠
奇観の重ね岩や、水沢岳方面に素晴らしい眺望をもつ仏岩(874m)のあたりは特に休憩に良いポイントがいくつもあります。
尾根は一本道なので県境尾根の合流点まで迷う心配はありませんが、途中で松の木谷やイワクラ谷へ下る分岐があります。
イワクラ谷への分岐も過ぎて尾根を一路西進すれば県境尾根へと合流します。ここから鈴鹿山脈の主稜線・県境尾根を南に取ると、仏峠(860m)・小岐須峠(880m)を経て宮指路岳に至ります。
県境尾根とイワクラ尾根の合流点。イワクラ尾根ポイント1の標識がよく目立つ
佛峠
イワクラ尾根分岐点の標高はほぼ920mでそれ以降は919mピークの辺りまではほぼ平坦な尾根道ですがその後は佛峠860mに向かって緩傾斜の下りとなります。
尾根道はあまり見晴らしがよくありませんが、鞍部の佛峠辺りからは小岐須の谷間越しに伊勢平野が望めます。面白いのはこの辺の鞍部には、2000~1600万年ほども前の海成堆積層(5万分の1地質図幅亀山 佛峠層:鮎川層群に対比される)が残されていることで、日本海の開裂前夜この辺が完全に水没していたことを示しています。
水没の痕跡は、宮指路岳や雨乞岳、イフネ・クラシなどの山頂平原が水没後徐々に隆起に転じて侵食にさらされ準平原化した地形となったことにも刻まれているのですが、1000mを超える鈴鹿の山々も以前には海中に沈むような平坦地であったことは大変興味深いことです。
佛峠の鞍部からはかろうじて、入道ヶ岳の南尾根と野登山の前山の彼方に伊勢湾が望める
宮指路岳周辺
佛峠を越え903mのピークをすぎると小岐須峠853mへの下りとなり小岐須峠でカワラコバ谷の登山路が合流します。
入道ヶ岳から県境尾根までは約2.2km。県境尾根分岐点から宮指路岳までの間は、900mを超えるピークを幾つか越えて2.5km程の道のりが有ります。
小岐須峠 カワラコバP18登山道合流点853m。ここから宮指路岳946mまでは100m近い登りを強いられる
小岐須峠より林間の急坂を登りきると馬乗り岩が現れその先に宮指路岳946mの山頂がありますが木々に囲まれて見通しも効かず単なる通過点となります。
馬乗り岩 (上) とその背後の藪山が宮指路岳。下の写真の東海展望台は宮指路岳の反対側にある。 東海展望台のある南側には花崗岩の奇岩が多い
この辺で見晴らしがよく休憩に良いポイントは馬乗り岩であり、宮指路岳よりヤケギ谷ルートを少し下ったの南のピークにある東海展望台です。
馬乗り岩からは登ってきた北側の県境尾根からイフネ、雨乞岳、綿貫山など鈴鹿山脈北西部が見通せます。鎌ヶ岳の鋭鋒はとこから眺めても良く目立ち鈴鹿山脈中部のシンボルです。
反対側の東海展望台からは、アライ谷を挟んで県境尾根に続く仙ヶ岳、仙鶏尾根、野登山と続く登山ルートが一望できます。
宮指路岳から仙ヶ岳
仙ヶ岳へ向かうには、宮指路岳山頂より藪道を南東に下ってアライ谷源頭部へと向かいます。馬乗り岩からは宮指路岳山頂部より南部の県境尾根へと続くアライ谷の源頭部へ下るルートが見通せます。対岸の岩場は犬返しと呼ばれている場所ですが、犬でも上がりそうな感じです。
宮指路岳山頂からアライ谷源頭の鞍部まで下り、県境尾根を南に取ると小社峠を経て仙ヶ岳です。この間も2km程の距離ですが険しい尾根道が続き900m前後のピークの上り下りを頻繁に繰り返します。
アライ谷越しに南西の県境尾根より見る宮指路岳。山頂部は所々馬のり岩や東海展望台に鈴鹿花崗岩が露出して白く見える。
しかし尾根筋は見晴らしがよく、ピークを超える度に周囲の風景が移り変わってゆくので、天候に恵まれて遠くまで見通しの効く日であれば、周りの風景に目を奪われて疲れを忘れます。
中央・県境尾根の背後に覗く宮指路岳(中央左)とヤケギ谷道手前の918mピーク
宮指路岳側より見た仙ヶ岳北面。仙ヶ岳東峰と西峰の間を仙ガ谷が綺麗なV型に開析した
犬返しから南部の県境尾根に入り、7つ以上のピークを越えて進むと仙ヶ岳の登りにかかる手前に小社峠800mがあり小岐須・大石橋よりの仙ガ谷登山道が合流します。ここから仙ヶ岳山頂961mまで160mのきつい上りが続きます。
仙ヶ岳961m山頂。県境尾根の見晴らしに慣れた目には今一つの山頂だが、県境尾根北部・南部とも展望は良く、白谷の左岸に伸びる険しい南尾根も見渡せる
東峰と仙ノ石
仙ヶ岳からルートを東に取ると途中で白谷道が分岐する白谷の鞍部を経て10分ほどで仙の石がある仙ヶ岳東峰955mへと出ます。東峰は南へ張り出した南尾根の起点でもあり、険しい花崗岩のピークが続く南尾根は、石谷川右岸の鬼ヶ牙とともに山登りの醍醐味を味わわせてくれるコースでもあります。
仙ヶ岳東峰にある巨石 仙の石 の周囲は花崗岩の露岩が多く休息に手頃な場所がいくつもあります。東面の眺めは野登山から続く仙鶏尾根に遮られるものの南面は矢原川や石谷川が開析した谷間に沿って麓の村落から遙か伊勢平野まで見通せます。
東峰からは矢原川の谷沿いに下界の町や新名神の高架が望まれる。少し位置を変えると最後の目的地野登山の電波中継塔も見通せる
仙の岩から南には白谷と矢原川に挟まれてのこぎりの刃のような岩峰を連ねた南尾根が滝谷不動の祠までつながっています。不動祠から宝印古場に下ると、巨大な不動の滝を始めとする矢原川上流部の滝に出会えます。
南尾根は険しい岩峰の垂直に近い岩場に登山道がある。この先まだ二つのピークを越え左上の東峰へと続く
上の写真に続く南尾根の岩峰群。この先で滝谷不動祠から宝印古場へと下れば不動の滝
宝印古場へ至る矢原川上流には不動の滝・矢原の滝、切り下げの滝と立派な滝が幾つもある。このため登路は大変な巻道を強いられるが滝は一見の価値がある
今回の周回ではこの後野登山へ向かうのでもちろん南尾根へは入りません。仙ノ石より下る南尾根は峻険な岩峰がいくつも連なり安易には歩けないルートですが、それだけに一つづつ岩峰をクリアするたびに変化する周囲の絶景は格別です。
アライ谷右岸の県境尾根より眺めた野登山。山頂(852m)はマイクロ波中継塔のあるピーク(875m)より一段下がった左の台地にある。
仙鶏尾根から野登山
ここから野登山へ向かうには東峰から野登へと連なる仙鶏尾根を東に辿ります。途中小岐須側仙ノ谷からの登山道分岐745m、矢原川よりP778への登山道が合流し、最後に野登山山頂の無線施設保全道路へと繋がり、そのまま進めば野登山山頂へと通じます。
小岐須渓谷仙ノ谷へと下る分岐 標高745m。仙ノ石955mからこの辺まで200m以上の標高差を一気に降るので尾根道は結構険しいが登りを思えば楽だ。この先は幾つかアップダウンが続き最後は杉林の登りを経て野登山山頂の保全道路へとつながる
上は仙鶏尾根最後の杉林、下はその先にある山頂施設保全道路との交点にある案内標識。今見返してみると祓塚と野登寺の矢印正反対ではなかろうか。仙ヶ岳に面して右手が野登山頂経由で小岐須祓塚、左手は野登寺参道側と思う。まあどちらで行っても行けるだろうが・・・
鶏足山野登寺(やとうじ)
保全道路を南に暫く下ると野登寺(やとうじ)の山門へ通じる道に出ます。1000年以上の歴史を持つ寺で過去には多数の寺僧・僧兵を抱え権勢を誇ったようですが、今ではその面影はありません。 野登寺周辺には杉の巨木が残っていますが巨木を保護する周囲の森の木々はすでに失われて杉も衰弱している様子です。
今でも見事な杉の木が見られるが巨木の多くは既に倒れている。安定した林相は失われ寺の境内は木もまばらで風圧をまともに受ける巨木は最早現状維持も難しいだろう。
鶏足山野登寺。1000年からの歴史を持つ寺だが秀吉の伊勢攻めの折、安楽越えより侵入した秀吉軍に対して、多数の僧兵を擁して安坂山の要衝を守っていたため焼き討ちにあい、山頂の伽藍はことごとく焼け落ちたと云う。今の建屋はその後の再建
ブナの森が残されて天然記念物に指定されているとの案内板も立っていますがブナと思しい木をパラパラ見かけるだけで私には指定区域のどこにブナの森があるのやらさっぱりわかりません。
マイクロ波の中継塔へと続く施設保全道路。施設の下から国見石や851.4m三角点の近くまで行ける。
山頂のシンボル無線中継塔。多重無線の伝送路がマイクロ波から遥かに大容量で環境に左右されることのない光ファイバーへと変わった今もまだ様々な理由で使われているようです。
中継塔はもう一箇所一の谷登山ルートの傍にもあって2基の鉄塔が立っています。下の写真では施設の手前に一の谷コースの案内板が写っています。
野登山から小岐須・祓塚
山頂部分は無線施設建設に伴う開発によってか、自然環境には大きな変化が生じたようです。ブナの森も見当たらず851.4mの三角点や国見石のある辺りは叢林に覆われてまるで見通しが利きません。
上は野登山の標高851.4m2等三角点。下の国見石同様に今では周囲藪に囲まれている
伊勢平野への展望がひらけるのは東の外れの国見広場で、ここからは下界の眺めを楽しめます。一の谷への進入路もこの少し手前の藪の中にあります。
伊勢平野への展望が広がる国見広場。北に目をやると宮指路岳から入道ヶ岳以北の鈴鹿山脈中部の山並みが見渡せる
一の谷道は谷の鞍部に下るまでは転石の多い急登路ですがそれ以降は比較的緩傾斜の道が小岐須の谷迄続きます。ポイント2の標識前後で道沿いに石灰岩を侵食した深い谷が接近して危険を感じる以外は特に問題のないルートです。
最後に御幣川の谷を渡渉して小岐須山の家の駐車場側へと帰還しますが、谷が増水していると渡渉が極めて危険なので予めチェックしておく必要があります。
以前は下の写真のように鉄橋が掛けられていましたが今では遠に流失して橋もありません。最悪の場合は、一の谷の鞍部から羽鳥峰の尾根をトラバースして尾根伝いに西庄内に下るのが得策です。踏み跡も定かでない道ですが増水した谷を無理に渡るよりは遥かに安全です。
小岐須渓山の家駐車場を起点にして入道ヶ岳・宮指路岳・仙ヶ岳・野登山と4山を写真によって巡ってみました。
通常の山歩きであれは、一日の行程としては、このうちの2山、欲張っても3山はかなりきついのではないかと思います。それぞれの山の登山道についてはサブページに少し書いてあります。興味があれば確認してください。