鈴鹿山脈南部の山の中で、最も多くの人に親しまれている山が入道ヶ岳です。鈴鹿7マウンテンにも数えられ登山者にもよく知られていますが、麓に椿大神社(オオカミヤシロ)を懐き、その山頂にも神社の別宮(奥宮)が置かれています。
木立のない山頂には東に向かって鳥居が立てられている。笹に覆われた山頂部は開放的で馬酔木の芽吹く時期は殊の外美しい。
山を神聖なものとして崇める山岳信仰は、この国の多くの山々に共通して見られるものですが、入道ヶ岳においても古くから山が信仰の対象となっていたようで、現在も906mの山頂には鳥居が構えられ、その背後に控える915mのピークには椿大神社の奥の宮が設けられています。
中央左寄りの馬酔木林の中に椿大神社の奥宮がかろうじて視える。その背後は鎌尾根と鎌ヶ岳の鋭鋒。
水沢岳より望む入道ヶ岳とその西に伸びるイワクラ尾根。尾根の中央に三角形の磐座(仏岩)が見える。
さらに奥の宮の西より鈴鹿山脈主稜線に至るイワクラ尾根上には、古代山岳信仰時代に神々が降臨したと伝えられる磐座(イワクラ)が存在し、今も椿大神社と同化して地元の人々により守らているようです。
906mの山頂には椿大神社の鳥居があり北西部のP915には奥の宮が設けられている。この背後から磐座尾根へのルートが延びる。
磐座尾根に鎮座する仏岩(イワクラ) 左は水沢峠へ至る本谷より見上げたもの。
入道ヶ岳の周辺は観光地としても有名で、東に開けた伊勢平野を望む山であるため、山の北側には内部川、南側には御幣川が深い谷を刻んで東に流れ下り、北側の渓谷は宮妻峡、南側の渓谷は小岐須渓谷として夏場にはキャンプや登山のリクりェーション基地となっています。
早春の小岐須峡谷。この谷の一帯はジュラ紀の海洋堆積物からなる岩が露出しており、結晶化した石灰岩の中には大変美しいものがある。
北の渓、宮妻峡の春。山桜が見事な渓で4月には入道ヶ岳の麓の北東斜面は桜と芽吹きの淡く豊かな色彩で覆われる。
入道ヶ岳宮妻峡側北東山麓の春。宮妻新道の登山道はこの尾根稜線の背後にある。
小岐須の渓にも、春には美しく桜が咲き誇りますが、峡谷の前面は現在対岸の南東斜面一帯が採石場と化しており自然景観が大きく損なわれてしまっているのは誠に残念なことです。
山容
鈴鹿山脈主稜線を構成する鎌ヶ岳や仙ヶ岳はその全体が風化しやすい花崗岩体で出来ており稜線も起伏に飛んだ荒々しい様相を示しますが、山脈主稜線から東にそれて位置する入道ガ岳では、鈴鹿山脈の底盤を構成する領家花崗岩が表面に露出しておらず、それより遥かに古い起源を持つ海底体積物起源の堆積岩や変成岩が表面を覆っています。
このため入道ガ岳の山容は全体になだらかで山頂部も一面草丈の低い笹に覆われて一種高原の様なのどかさがあります。この様な山景は周辺の雲母峰、雨乞岳、綿貫山、イフネ、クラシ等の山々にも共通する特徴であり山脈形成の起源とも深く関わるものです。
山上は東の山頂(P906)より奥の宮(P915)まで笹と馬酔木の茂るなだらかな地形が続く。右背後に鎌ヶ岳より続く鈴鹿山脈主稜線と其処に至るイワクラ尾根が見える。
馬酔木と笹に覆われた5月の北の頭周辺部。この背後に宮妻新道と北尾根コースの登山道が通じる。
鈴鹿の南に連なる布引山地も山稜部のすべてが堆積岩起源の領家変成岩で覆われており、その名のように全体が布を被せたようになだらかで穏やかな山容を持っています。
このことからも想像できるように、この土地では、山体の母岩が花崗岩か否かかが山景を決める決定的な要素となっているようです。
南の谷小岐須渓谷の一帯には溪の周囲に石灰岩の層が露出しており、その多くが熱変性を受けて結晶化した大理石に変わっています。
小岐須峡の屏風岩。白い岩の多くは大理石、割ってみると方解石の結晶を見ることが出来る。
小岐須渓谷周囲の転石の多くが美しい白色を呈しているのはこのためで、小岐須キャンプ場の手前にある屏風岩は、御幣川が結晶化石灰岩の岩盤をU字形に侵食して創りだした自然の造形です。
下流にある小岐須山の家の対岸には石大神と呼ばれる石灰岩の巨岩が有ります。こちらも古くから信仰の対象で、現在は椿大神社の管理で御神体として崇められています。
小岐須峡谷の石大神。右写真では斜め稜線の中央部左下に見える。背後は採石場。
しかしこの岩の一帯は石灰岩の大規模な採石場で、数十年に渡る採掘の結果、石大神の周囲の岩盤の多くが削り取られてしまい誠に哀れな状態に置かれています。
渓谷が美しいだけに野登山前面のおよそ観光地の景観とはそぐわない無残な有様は心が痛みますが、採石が利益を生む以上岩盤を掘り尽くすまで続くことでしょう。
山の家のには無料駐車場があり車を止められますが、スペースが限られているのでキャンプ等で賑わう夏場は注意が要ります。
ルートがよく分かる小岐須峡谷の登山案内。下の椿岩は滝ヶ谷コースの入口にある。
入道ヶ岳側の滝ヶ谷林道の入口においても曾ては石灰岩の採掘が行われていましたが幸いなことに現在は中止されており林道の周囲には大量のズリが散らばっています。
現在その背後の岩場は一般の人には余り知られていませんが、椿岩と呼ばれるクライミングのトレーニングコースとなっています。
登山ルート
主な登山ルートを下に示します。入道ヶ岳の登山路は、以前から地元の鈴鹿市による管理が行き届き、県下でも最もよく整備された山ではないかと思われます。
下に上げたルートは、全て入山口のポイント1から始まる路程標識が設けられ、山頂部でポイント10(一部ルートでは10迄行かない場合もある)となるように設置されています。
ルートが心配になっても、平均10分程の間隔で設けられているポイント標識があるためまず道を誤る心配がありません。
ルートの中間地点には木造の避難小屋が設けられ、手頃な休憩場所として利用されています。
この標識はイワクラ谷のように余り人が入らず、踏み跡も定かではないルートであっても設けられており、鈴鹿市の管理が徹底しているさまが伺えます。
これは、鈴鹿山脈稜線県境北部の滋賀県側の山が、行政による登山ルートの整備など殆どなされていないのとは余りにも対照的であり行政の姿勢の違いを際立たせています。
各ルートの簡単な紹介は以下のサブサイトに有ります。
登山ルートは大雑把に分けて、宮妻峡側や椿神社側では尾根歩きが主体のコースであり、小岐須側では谷歩きが主体のコースだと言えます。
殆どのルートはハッキリした踏み跡がありますし目印も多く、それに従いて標識をたどってゆけば自然に山頂迄案内してくれます。
小岐須側では、これ以外にも大石橋の袂からイワクラ尾根に続く大石谷のルートが上の国土地理院2500の地図にも描かれていますが今では踏み跡も定かではなく、ロケーションをとれる人でないと入るのは難しいでしょう。
大石谷から別れる松ノ木谷は重ね岩の東に下る鞍部へと通じる道ですが、これにも案内標識は有りません。明確な踏み跡もなく、小岐須峡の登山案内には難路として点線で記載されています。
地図でも分かるように谷の上部は尾根が入り組んだ複雑な地形をしており、沢伝いに谷を詰めていかないと、コースを誤れば地図とコンパスを頼りに進んでも位置を出すのが厄介なルートです。
イワクラ尾根には、宮妻峡側からもイワクラ谷(奥の沢)ルートがあります。こちらは 案内標識もあり、 余り踏まれていませんが谷が短いのでルートを見失っても南に進んでゆけばそのうち尾根に出るため迷うことはないと思います。
奥の谷に至る宮妻峡の林道をそのまま進むと、林道コースで自然に北の頭に至ります。林道は山腹保全のため車両の侵入が可能な道幅で作られており、斜度も緩いため山頂へ至るには最も楽な道ですが、幾つもの枝尾根をトラバースして行くので当然に距離は長くなります。
広い林道は舗装された箇所も多く、宮妻峡の深部で谷を横断して入道ヶ岳側の枝尾根につくようになると、周囲は落葉広葉樹の森となり周囲の見晴らしが聞く箇所も多いので、山肌の美しい春秋の山歩きには格好のルートとも言えます。