小岐須渓谷より流れ下る御幣川は小岐須町下流において鍋川を分岐します。 鍋川は椿神社の南端にそって入道ヶ岳東麓を遡り椿神社上部の大堰堤を経て椿キャンプ場沿いに入道ヶ岳東部斜面に至ります。
井戸谷はこの東部斜面を源流とする谷で殆ど蛇行することなしに大堰堤へと流れ下ります。大堰堤の上部よりほぼこの谷沿いに山頂に至るのが井戸谷コースです。
椿神社奥の鍋川大堰堤上部の川原。転石の多くは中生代に堆積した砂岩・泥岩とその変成岩からなる付加体ですが、中には古生代に遥かな遠海で形成された環礁性石灰岩と海洋底玄武岩もまじる。写真背後の井戸谷のより 中央前部の鍋川へとつながる堰堤上部は礫主体の扇状地となっており谷の水は伏流水でほとんど表面には現れない。
井戸谷源頭部。笹の下生えに馬酔木を主とした叢林が礫に覆われた涸れ谷を覆う
谷の蛇行が少ないことからコースの距離も短く、多数の登山路の中でも宮妻新道につぐ距離で山頂に至ります。当然その分は登路の傾斜もきつく短時間で登ろうとすればしんどい思いをします。
起点を堰堤上部にとると高度は276m、山頂高度906mですから高度差630mです。水平距離約2kmとすると平均斜度17.5° 山頂まで1時間30分程です。
登山道の入口は椿神社を抜けて杉の林道を少し登った所にある堰堤上部からです。自家用車は椿神社駐車場を利用するか堰堤上部の広場に止めます。
堰堤上部の砂利で埋まった広場は凹凸が激しいが車は多数止められる。
谷は殆ど水がなく伏流水に近い。谷を渡って直ぐ右に入る小道沿いにP1がある。林道を直進すると二本松尾根コースと出会う。
登山道標識P1は堰堤上部から椿キャンプ場沿いに奥へ進み谷を横切ったところにあります。P1標識で左に進むと二本松尾根の登山路へ出ます。
P1から数分で再び谷を渡り左岸の尾根を越える。尾根への取り付きは杉林に切られた急傾斜の林道。
ここを右手に進むと直ぐ先ほどの谷を左岸に渡り返します。左岸は杉が植林された尾根で谷の対岸から直ぐに尾根の急登攀に入ります。
急傾斜の林道を暫く登るとP2に出ます。P1~P2は10分程です。
多くの鈴鹿の山の例に漏れず、この山も日当たりの悪い北斜面以外は、麓から山腹まで杉檜の植林帯で占められていますから登山道も中腹辺りまでは林道を進みます。盛夏 湿度の高い時期には蛭が多いので足元にも注意がいります。
林道が尾根を横断して中央部にかかると傾斜が緩やかになり、林道から尾根の上へと続く石段がありその上に社がすえられた場所に出ます。
P3の左手山腹の石段上には小さな社があり、山の神が祀られている。登山道からでも安全祈願すると少しは御利益があるかも。
杉の尾根に祀られた小さな社。鈴鹿山脈では杉や檜の植林帯があれば大抵その周囲に炭焼き窯跡が有る。夏緑広葉樹を切り倒して薪炭材に当て、その後に植林したものだ。
ここがP3でP2~P3は7分程です。鍋川本流の谷と井戸谷の間に延びる枝尾根のほぼ稜線上に当たり、ここから少し進むと登山路は枝尾根の北面より井戸谷に向かう下り道となります。
それまでの単調で味のない植林帯の林道も谷に近づくに従って夏緑広葉樹の林に遷移し、周囲の風景にも変化が見られるようになります。
尾根の下りにかかると植生が変化して広葉樹林帯となり右手谷側の視界が開けだす。下り終えると井戸谷の谷筋に出逢う。
冬枯れも間近の井戸谷左岸。秋には対岸の落葉木が美しく紅葉する。
谷沿いの道を下って井戸谷に出ると両岸を岩で閉ざされた谷筋について少し谷を遡ります。下流では伏流水となって地下に潜った水も、この辺りでは河床が岩盤で閉ざされているため安定した流れを作ります。
ただし井戸谷コースでは、この狭い谷間を歩いて上の渡渉点迄行きますから、夏場等に急な大雨に見舞われた場合、ここを抜けるのは非常に危険です。状況に拠っては一切谷を横切らない北尾根に回る等の対策が必要です。
谷に降りると流れに沿って右岸を進み滝の手前で左岸に渡渉する。谷は狭く出水時は進入不可能。
谷の両岸や転石は、粘板岩や砂岩等の堆積石や変成岩が目立ちます。入道ヶ岳の周辺は嘗てアジア大陸東縁の沈み込み帯に堆積した海溝堆積物や海洋底が変成作用を受けた岩からできており、特にこの一帯には、マンガンを多く含む黒っぽい泥岩が露出しています。
これらの一部はマンガンの含有量が高く、嘗てはマンガン鉱石として採掘されていた時代もあった様ですが、現在では国内の殆どの鉱山同様閉山し採掘跡のズリが残るだけです。
渡渉点の上にはこのコースでは唯一の小さな二段の滝がある。
谷間には楓も多く、晩秋には落葉が岩に映える。
滝を横目に谷を横切り、山肌に切られた急斜面を少し登ると、木立の中に井戸谷避難小屋が有ります。周囲は楢、ツツジ、楓、樫、タブ等曾ては薪炭材用に切りだされていた落葉木が茂り、夏場は谷間一帯に心地よい影を作ります。
急勾配のコース途中に設けられた避難小屋はなかなか有難いものです。この手の施設は、一時的なブームにあやかって予算を取って業者に立てさせたものの、何の管理も行わず徐々に朽ち果ててゆくことも多いのですが、この山に関する限り登山コースの管理は丁寧で関係者の方々には頭が下がります。
渡渉点の先に井戸谷避難小屋がある。入道ヶ岳には登山コースごとに合計4箇所に避難小屋が設けられ維持管理されている。夏場は木立に埋もれてしまうのが少し残念。
谷の周囲には休憩に良い大岩が幾つもありますから、木陰で休息を取りながら、沢の冷たい水で体を拭い喉を潤すのは真夏の山登りではなんとも言えぬ快感です。
高温多湿の時期、水のある谷筋には蛭が湧く。
しかし夏場の湿度の高い時期は、登山道一帯には多数蛭がいるため、足元には絶えず気を配り、見つけ次第ふるい落とすなどの注意が必要です。
谷を渡渉してからは、落葉木の林の中を谷筋に沿ったつづら折りの急な上りが続きます。これ以降も大小の岩塊が露出する急な山道が続きます。
P4の前後に散らばるズリ。石には層理や片理がはっきりと見られるものも多く、その硬さから堆積年代の古さを想像することが出来る。
マンガン鉱採掘跡のズリもこの辺りに散らばっています。入道ヶ岳一帯の岩はジュラ紀中後期の海溝堆積物と、より古い海洋底堆積物の付加コンプレックスで海溝に沈み込む過程で堆積した砂泥は複雑な応力と熱変化を受けて様々に変成しており、粘板岩、多色頁岩、硬質砂岩、チャート等が見られます。小岐須側の麓に露頭の多い石灰岩は井戸谷では殆ど見ることはできません。
しかし面白いのは藤原岳や御池岳周辺で見られる石灰岩を好む好石灰植物群集の草花がこの谷の4合目から6合目にかけての谷沿いで観察できることです。駐車場付近の転石には結構石灰岩が見つかりますから、野登山側の様に岩盤の内部には石灰岩が多く存在するものと思われます。
開花の時期に合えば、早春に花をつける フクジュソウ・ニリンソウ・キクザキイチゲ・ミノコバイモなどに出会うことができます。藤原岳周辺に比べると花の密度は遥かに低いものですが、近年では鈴鹿山脈北部の山地でも花の密度は大きく低下してきており、入道ヶ岳の花も貴重なものとなっています。
節分草や二輪草と並び、好石灰植物群の代表とも言える福寿草。井戸谷ではまだ雪の残る2月中旬から日当たりの良い東斜面の花は開花し始める
早春の井戸谷ではフクジュソウ・ニリンソウ・イチゲなど石灰岩の山に多い植生を観察できる
初夏以降には、ツツジ・樫・楢等の夏緑広葉樹の林の中に切られたつづら折りの山道は視界が悪く、急角度の上りが多くて体力を使いますが、登るに従って徐々に変化してゆく植生を感じながら谷間を行くのは楽しいものです。
方々に残る石組みの跡は、曾て山で暮らしていた人々の生活の痕跡を刻んでいる。
窯跡の少し先で谷を左(右岸)へ渡ります。最後まで谷沿いに登る道なので沢について進んでゆけば特にルートにこだわる必要は有りませんが、よく踏まれた楽な道を選ぶに越したことはありません。
P5の手前で谷の右岸に渡る。登路は谷筋にそってほぼ直線に登るから傾斜は結構キツイ。
沢を渡って暫く登るとP5に出ます。P4~P5は10分程。この辺りまで来ると谷の水はほぼ伏流水となりP5より上では水はなくなります。林の木々も落葉低木が主体となり涸れ谷に沿ってツツジや楓、リョウブ等の木立の下を大小のガレを踏みしめて登ります。P1~P5迄の登り時間はほぼ1時間前後です。
P5、P6は、ほぼ同じアングルで夏と冬に写しているが落葉する冬場のほうが前方の空が開けて開放的だ。
涸れ谷にそって林間を行くと転石の多い谷間にP6があります。P5~P6間は少し傾斜が緩いのか12分程です。更にP6から暫く行くと、木々も馬酔木が主体となり山腹は一面に背の低い笹と矮性シダの下生え草原に遷移します。
山頂が近づくと、林が切れ、入道ヶ岳特有の丈の短い笹の下生えが山肌を覆うようになる。笹に遷移する中間部では下生えにシダ類が優勢な場所も多い。
同じ笹でも鈴鹿山脈稜線の西に聳える雨乞岳なとでは、山頂部が人の背丈を超える笹で覆われていますが、この山を覆う笹はそれよりもずっと優しく登山者を迎えてくれます。
この辺りまで来ると谷筋の先に山稜を望むことがてきますが、疲れた足には思いのほか稜線までが遠く感じられます。P6より稜線上の分岐標識までは、P7標識も無いのですが、私の足では25分かかります。
それまで頭上を覆っていた木立がなくなり、前後左右に視界が広がりだすと、気分も高揚してきつい傾斜も少しは楽な気持ちになる。
冬季、東斜面の谷間は雪の吹き溜まりとなって、積雪の多い年は登山ルートにもかなりの雪が積もる。
稜線上の井戸谷分岐点から山頂までは5分程の距離です。P1から山頂尾根の分岐点までの上りに要する所要時間は1時間30分~2時間程でしょうか。
(P1~P2 9m P2~P3 6m P3~P4 21m P4~P5 10m P5~P6 11m P6~尾根分岐 26m 尾根分岐~山頂 4m )