2011-25

医療関係者のIT対応

9月28日深夜のNHK時論公論で,医療情報の管理にク ラウドを利用する話をしていた.東北大震災の際の津波によりカルテ等の医療情報を消失してしまった被災医師がこれからどうするかいろいろ検討していたらク ラウドに辿り着いたという話である.訪問診療しか対応できない被災地の医師にとってインターネットの利用は情報の共有,さらには画像を利用した遠隔地診断 などに発展する可能性があるという話を紹介していた.

聞いていて今頃何を言っているのかと文句を言いたくなった.コンピュータや情報ネットワークの黎明期,もっとも恩恵を受ける領域は医療分野であることは 深く勉強しなくとも予想できた.そのために薬学部等でも情報処理教育を行う必要性を感じた.それは昭和50年代後半であった.平成になり熊大では工学部し か全学情報処理センターを利用していない時に薬学部は他学部に先駆けてセンターで情報処理実習を開始した.一方,講義ではネットワーク経由で情報を共有す る時代が到来することを電子カルテ等のデータベースを例に紹介した.我々の試みは全国的にも対応が早かったため,文部省の教育改善経費を数回にわたり貰う ことができた.

ところが,現実の医療現場ではそのようなシステムが存在しなくてもやっていけるし,そんなことに割く時間がないというのが医療関係者の大方の意見だっ た.医学部の中にも必要性を唱える教員もいたが,話題にはなってもあくまでサブでありメインの課題にはなりえなかったようである.キーボードを叩くのは秘 書か研究補助員と日頃思っているわけだから診療の最前線にITが入り込むのには時間が必要と思ったが,これ程まで時間がかかるとは思わなかった.

IT対応の遅れは,医療機関の診療報酬明細書の完全電子化で一挙に表面化した.2011年にはレセプトのインターネット通信を利用した,完全電子請求 (電子化・電算化)が実現するはずであったが,これも延期になった.社会全体のIT化の進展ぶりを医療の在り方に置き換えて考えていたらそれなりの対応が とれたはずである.準備や対策を練るための十分な時間があり,決して唐突なことではない.開き直りに近い形での実施延期は納得がいかない.

あるITベンダーから聞いた話であるが,医療の高度化に刺激されて電子カルテ等のシステムを導入する病院が増えているが,導入後の保守管理を考えている 病院関係者は少ないそうである.ましてやCIO(情報担当責任者)またはIT部門が必要とは思っていないそうである.病院からの依頼で受注してもシステム を提案・構築するのはITベンダーで、それを運用するのもITベンダーとのことである.

システムを導入してもフルに活用するためには,医師をはじめとして医療従事者がそれなりにITの知識を修得する必要があるが,本業に追われて表面的に終始している現実があるようである.

「大学医学部とそれを支える医療関連学部の教育現場でITの活用を教えていないことも医療現場で 高度利用が進まない要因の一つではないか」と指摘するITベンダー関係者もいる.

今回の話は,その道にいる者がその気にならないと大きく一歩を踏み出すことはないことを物語る典型的な例と言える.他分野からのアプローチには真剣に耳 を傾けず,東北関東大震災のような国難とも言える大事が起きて初めてその重要性に気付くことになるとは情け無い話であるが医療分野だけの問題ではない. (2011/10/4)