太陽エネルギーの化学的貯蔵(その後)

2011-21

太陽エネルギーの化学的貯蔵(その後)

25年以上前の話である.

大学院の学生が,合成した化合物をいくら再結晶しても淡黄色の結晶の中に無色の結晶が混じってくると言って困っていた.そこで無色の結晶をつまみ出し単結晶X線解析を行ったところ,2個の二重結合(赤表示部分)が両端で結合しシクロブタン環2個を有するかご型化合物が生成していることが分かった.

当時,実験室内での光反応といえば,光反応装置を使って冷却下水銀ランプで照射する方式が当たり前であった.そのため,実験室内の光(蛍光灯等)で閉環反応が惹起するというのは珍しく,光エネルギーの化学貯蔵に応用できるのではないかということになった.そこで,そのような仕事をしている国内の研究グループに入れてもらい情報交換の機会を得た.当時そこで話題になっていたのは下記の反応を利用した太陽エネルギー貯蔵システムであった.

この反応では,光を照射するとノルボルナジエンの二重結合(赤と青の部分)が分子内で結合することによりクアドリシクランへ変化する(二重結合のp軌道はかなり接近している).クアドリシクランは分子内に約23キロカロリー/モルのエネルギーを蓄えた高歪分子であり,適当な触媒で元の化合物に戻る.その際に放出する熱を利用しようというわけである.無限循環が可能であり,実用化のための実験が米国で行われているという噂を聞いた覚えがある.

それから長い年月が経ち,どうなっているのか気になりネット検索を行ってみた.実用化したという記事は発見できなかった.検索でヒットするのは当時の科学研究費報告関連の書類が多く,まとまった研究成果を見つけることはできなかったが,触媒などの分野で細々と研究は続いているようである.この反応の欠点のひとつは紫外線をあてねばならないことである.その改善策として二重結合にいろいろな置換基を付けて長い波長の光でも反応が起こるようにしようという試みが散見される程度である.

化学物質によるエネルギーの保存は、長期間貯蔵してもエネルギーの損失がないという利点はあるが,エネ ルギーの変換・貯蔵に必要な化学物質が大したサイクル数ではないのに劣化してしまうという難点があるようである.

最近,このような欠点を克服した太陽エネルギー貯蔵システムの開発例が報告された.

以下の記事を参照してほしい.


追記

分子歪エネルギーとは,通常の結合距離(sp3のC-Cなら1.54A),結合角(sp3のC-C-Cなら 110°)等が分子構造により変化する際に生じる分子の不安定化の度合いとみなすことができる.

最近の計算計算法による予測値

MMFF94力場計算 23.3 kcal/mol

PM6 19.5 kcal/mol

B3LYP/6-31G(d) 20.4 kcal/mol


(2011/10/22)