バックロードホーン造りの難しさ

バックロードホーンは「バックロードホーンの原理」での説明の通り、スピーカーユニットの最低共振周波数(F0)より低い周波数を拾い出してホーンの増幅効果で大きな音に変えて放出する仕組みのエンクロージャーです。

そこで一番のキモになるのは、スピーカーユニットの諸元に合った「スロート断面積」「空気室容量」なのですが、これが決まっても更なる難題が立ちはだかってます。

ちなみに「スロート断面積」と「空気室容量」は「スロート断面積と空気室容量の求め方」解説していますのでご覧下さい。


更なる難題とは、音道の長さと開口部に至る音道の広げ方です。

その一部は「バックロードホーンは何処まで低い周波数を出せるのか?」で説明していますが、一般的には広げ方が小さければ低い周波数まで再生しますが音圧は稼げなくなり、逆に広げ方が大きければ音圧は出ますが低い周波数まで再生する事が出来なくなります。

また音道は長ければ長いほど良いのかと言うとそうとも限りません。

バックロードホーンの場合、音道を長くするとエンクロージャ自体が大きくなる欠点があります。

劇場等では高さが2mを超えても問題は無さそうですが、一般の家庭では設置や直立して聴かなければならない等、とても現実的ではありません。

一般的にソファーにゆったり座って聞く場合のスピーカーユニットの高さは70~80cm程度と言われています。

要するにそのサイズに納めるのが最良と言う訳です。

と言う事で、そのサイズに収まる音道の長さを決める訳ですが、「再生帯域も下げたいし、音圧も稼ぎたいし・・・」と言った矛盾が待ちかまえています。


チョット脱線しますが、「バックロードホーンは音道が長いので低音が遅れる」と言った評価が実しやかに公表されていますが、実際はバスレフタイプの低音の方が曖昧だと言う報告があります。

ちなみに音速は秒間約340mですから、仮に音道長が3.4mあったとすると1/100秒の遅れとなります。

まして低域の音ですから、聴感上この遅れを聴き分けられたとしたらスーパーマン以外の何物でもありません。

Youtubeの「バックロードホーンでいい音は聴けるのか~原理とデメリットを詳しく解説」で詳しく説明している方がおいでなのでご覧になってみて下さい。 

このHP内「様々な疑問点」で解説している内容ともリンクしますので、十分に参考になると思います。


さて本題に戻りますが、エンクロージャーのサイズと音道長の決定ですが、今までの試作上2m以上の音道長が無いと満足いく低域の音圧が稼げない事が判っています。

ちなみに「大口径(20cm越)バックロードホーンに関する考察」で書いた様、スイスの民族楽器であるアルペンホルンの一般的な全長は約2.4 m(8feet)です。

何世紀も前から確立されている「8feet」は、やはりホーンとして適切な長さである様な気がしてやみません。

しかし長さが決まっても安心は出来ません。

それが開口部で起こる定在波の影響です。

Youtubeでご覧になった通り、開口部で起こる定在波が周波数特性に大きな凸凹を造ってしまう現象です。

長い音道で中高音成分を吸収拡散出来たとしても、最後の出口で音が安定しなければ満足いくバックロードホーンとは呼べません。

先日Dー10バッキー+FE108EΣの周波数特性を計測してみましたが、低域の再生限界は70Hz止まりでけして優秀とは言えないレベルですが、それより深刻な問題は200Hzより僅か下に大きな谷が有る事です。

ギターの音で表すと3弦の開放の「ソ」の音になりますが、その音が極端に小さく聞こえます。(これは大問題です)

不適切な「スロート断面積」と「空気室容量」、音道長や吸音材の量等に関わる「位相歪」そして開口部における「定在波」、これらの影響がこの結果を生み出しています。

最終的には開口部での音道に戻る音(反射)をどれだけ下げれるかに関わってきますが、それには音道の広げ方にエクスポネンシャル方式を採用したり垂直に音がぶつかる面を無くしたりと様々な対策が必要です。

そして最後の微調整は、「位相歪」を無くす為の音道の長さとなる訳です。


この様に「スロート断面積」と「空気室容量」、「吸音材の量や音道長」等、微調整を繰り返してやっと完成するのがバックロードホーンなのです。

そしてその起源はスピーカーユニットの諸元でなければ何の意味もありません。

またさらなる難しさは、一度決めたパラメータが完全とは限らない事で、それぞれのバランスによる相関関係が存在する事です。

例えばスロート断面積を変えずに空気室容量を増やすとクロスオーバー周波数が低くなり、逆に小さくするとクロスオーバー周波数が高くなるという変化が起こります

(ホーンは低音を、ユニットは中音~高音を受け持つのがバックロードホーンの特長ですが「クロスオーバー周波数」とは、この境目の周波数を指しています。) 

それに伴って音道長が変化しますが、成り行きに任すと「位相歪」等の不具合が発生する場合があります。

また、ホーンの広がり方(広がり係数を変化させれば自ずと音道長が変わります。

この広がり定数と音道長にも相関関係があり、低域の再生限界周波数と音圧との駆け引きが発生します。

バックロードホーンの究極を追求して数々の名作を残した長岡氏ですから、発表した作品はおそらくはこの様なパラメータを変えて試作を繰り返した物と思われます

(尚、現在書籍等で公開されている設計図は、長岡氏自身が読者が製作しやすい様に簡素化したか、また対応のスピーカーユニットを複数列記したかは不明です。)

以上の様にバックロードホーンはバスレフや密閉型と構造や動作原理が全く違っていて、様々なパラメータが存在し更にそれぞれの相関関係があるため、実際に試作機を造って周波数特性を測定しながらの微調整は必須です。

もっと言うと長岡氏設計のエンクロージャーで状態の良い当時のスピーカーユニットが手に入ったとしても、吸音材の種類や量、入れる位置等、様々な微調整を行って本来の性能が引き出されると言う事を忘れてはいけません。

現在オークションも含めて市販されているほとんどのバックロードホーンエンクロージャーは、図面ありきで正しくスピーカーユニットは後付けである事は否めません。

その唯一の証拠は、「複数のスピーカーユニットに対応」と記載されている事で、特定ユニットの専用設計では無い事です。

本来のバックロードホーンはスピーカーユニットの諸元に合った専用設計が当たり前で、「複数のスピーカーユニットに対応」等と言う文言は有り得ない事です。

バックロードホーンらしい特性は多少は有るかも知れませんが、スピーカーユニットの潜在能力を十二分に引き出したとはとても言える物では無いと感じます。

HP内「※バックロードホーン型スピーカーの性能」 「※良いバックロードホーン・悪いバックロードホーンを見極めるには」も合わせてご覧頂ければ幸いです。

「バックロードホーン造りの難しさ」、少しでもご理解頂けたでしょうか?


最後に「低音が良く出る」とか「高音が綺麗」等と言う製品に対する評価は、聴かれた方が判断する物であって、製作者側が言うべき事柄では無いと強く感じます。

それが言いたいのなら、周波数特性のグラフ等を添付して音を客観的に評価しなければダメです。

また板厚の変更や硬質シートの追加、形状やサイズの変更等、改善前とどれだけ良くなったのかを証明しなければ、改良を施した意味が全くありません。

当然説明欄に記載されていても、「それでどう変わるの」って感じている方がほとんどでしょう。

スピーカーは美しい音を奏でる為の設備です。

外観や造りの美しさも大事ですが、音に関しては嘘偽りは当然の事、根拠や裏付けの無い事は広告しては絶対にダメです。

工業製品なら「景品表示法の違反行為」と言う事で処罰されます。

オークションだからとか、ハンドメードだから大丈夫と言う事は無いと私は思います。

私自身もまだまだ勉強不足ですが、ビルダーとしてオークションに出品する以上は、例え有名機のコピーを作製しているにせよ最低限の知識は必要だと感じると同時に、不適切な表現をしない事が重要だと強く感じます。

このHPをご覧頂いた皆さんには、くれぐれも形だけのバックロードホーンを手になさらない様、改めてご忠告申し上げます。