2018年02月〈日本におけるサウンド・アート〉を研究するための準備作業:先行研究整理の試み(2018年2月公開)

〈日本におけるサウンド・アート〉を研究するための準備作業:先行研究整理の試み

記:2018年1月30日

以下の文章は2016年9月に作成した論文[1]の一部として作成しましたが、紙幅の関係で削除したものです。そのまま削除しておいても良かったのですが、サウンド・アート研究と〈日本におけるサウンド・アート〉研究に関する先行研究の簡単な整理なので、公開しておくと何かの役に立つかもしれないとも思ったので、公開しておきます。

とはいえ、決して網羅的なものではありませんし、2017年12月に誤字脱字などの修正を行いましたが、新しく情報を更新したものでもありません。とりあえずのとっかかりとして、誰かの何かの役に立てば幸いです。

ページの下部にPDFもあります。

- - - - - - - - - - - - - - -

サウンド・アートとは何か、サウンド・アートはいつごろどのように出現し、既存の視覚美術や音楽にどのような影響を与えたか。サウンド・アート研究とはこれらの課題に答えることだろう。サウンド・アートとは音を用いる新しいタイプの視覚美術なのかもしれないし、既存の視覚美術や音楽とは何らかの点で異なる新しいタイプの視覚美術や音楽なのかもしれない。私見では、サウンド・アートという言葉あるいはジャンルが興味深いのは、それが既存の視覚美術や音楽という領域の性質や輪郭に変化を与え、また、それらを受容する私たちの枠組みに影響を与えたように思われるからである。サウンド・アートという言葉を介して眺めることで、諸芸術や音響文化がどのような相貌を呈し始めたのか。私は、とりわけ日本においてこの問題がどのように展開したか、ということに関心がある。サウンド・アート(とその言葉)の日本における展開は、私達の音楽や音を使う芸術に関する理解の枠組みに影響を与えてきたと思うからだ。以下、こうした問題について考える準備作業として、サウンド・アート研究と〈日本におけるサウンド・アート〉研究について、その先行研究を整理しておく。

1.サウンド・アートの歴史と美学に関する研究

サウンド・アートの歴史と美学に関する研究は、(サウンド・アートではなく)「芸術における音の歴史」を探求したKahn and Whitehead1994やKahn 1999以降、急速に増えてきた[2]。それらの先行研究が、サウンド・アートの定義や歴史に関する統一的な見解を共有しているわけではない。が、大まかにまとめると、サウンド・アートなる言葉とジャンルは、1960年代から70年代に〈(美術館やギャラリーで展示される)音を用いる芸術という新しいタイプの視覚美術〉あるいは〈ケージやケージ以降の実験音楽〉のレッテルとして登場し、80年代以降に普及した、と整理できると私は考えている[3]。また、近年、サウンド・アートというジャンルを総括する大規模な展覧会がいくつか開催された。2012年にドイツのZKMで『Sound Art. Klang als Medium der Kunst (Sound Art. Sound as a Medium of Art)』展(ZKM2020)が、2013年にニュー・ヨークのMoMAで『Soundings』展(MoMA2013)が、2014年にはミラノのプラダ美術館で『Art or Sound』展(Prada2014)が開催された。それぞれ、音を扱う美術の諸相と多様性を概観できる展覧会だった[4]

今やサウンド・アートという言葉とジャンルは一般化し、語法化したといえよう。サウンド・アートはそもそも個別の運動として始まったものではないので、ジャンルの定義や歴史を厳密に規定することに(一定の意義はあるにせよ)決定的な意味はあるまい。サウンド・アートという言葉の厳密な定義や歴史については深入りせず、〈音を用いる芸術(多くの場合は音楽ではない)〉という程度の意味で用いるのが賢明だろうと私は判断している。

2.〈日本におけるサウンド・アート〉に関する先行研究

〈音を用いる芸術(多くの場合は音楽ではない)〉という意味でのサウンド・アートは、日本でも80年代以前から作られていたようだが、〈日本におけるサウンド・アート〉を扱う先行研究[5]はほとんどなく、その全貌はよく分からない。1980年代後半の日本では、中川眞と藤島寛が中心となっていた京都国際現代音楽フォーラムや、柿沼敏江らによるSoundCultureにおいて〈音を用いる芸術(多くの場合は音楽ではない)〉のレッテルとしてサウンド・アートという言葉が使われることもあったようだが、当時の各種資料を参照する限りでは、音具、音響彫刻、創作楽器、サウンド・オブジェといった言葉の方が多く用いられていたように思われる。とはいえ、80年代当時のことを当時のアーティストにインタビューすると、当時からサウンド・アートという語を使っていたと語る者も多い。日本においてサウンド・アートという言葉が使われるようになった歴史[6]の検証は今後の課題である。また、サウンド・アートに関する先行研究のほとんどは西欧圏を中心とする研究であり、音を用いる視覚美術がアジアではどのようなプロセスを通じて確立することになったのか、その際、サウンド・アートという表象が西欧文化との力関係のもとでいかなる変容を被ったのか、あるいはその力関係にどのような影響を与ええたのか、といった問題に関する考察も今後の課題である。

〈日本におけるサウンド・アート〉研究に必要なのは、第一に、個別研究を蓄積すること、第二に、サウンド・アートという表象が日本においてどのように機能したのかというポストコロニアルな考察を準備すること、ではないだろうか。さらに私は、サウンド・アートを取り巻く日本とアジア諸国との状況を比較考察することも有益だろうと考えている。そのための準備作業として、本研究ノートでは、概略ながらサウンド・アートに関する先行文献を整理した。多くの重要文献が欠落していることは承知しているが、完璧を期して何もしないよりはまずはたたき台を提示することが重要であると考え、今後のサウンド・アート研究の最初のとっかかりを提示することで、何らかの貢献を果たせることを祈念する。

参考文献[7]

『美術手帖 特集 サウンド・アート』 第48巻734号(1996年12月号)。

『美術手帖 特集 サウンド・アート』 第54巻821号(2002年6月号)。

- - - - - - - - - - - - - - -2018年9月16日付記- - - - - - - - - - - - - - -

Cluett, Seth Allen. 2013. Loud Speaker: Towards a Component Theory of Media Sound. Ph.D diss. Princeton University. (http://dataspace.princeton.edu/jspui/handle/88435/dsp01bc386j27h?mode=full&submit_simple=Show+full+item+record)

Cluett, Seth Allen. 2013. “Appendix A: Sound as Curatorial Theme 1954-­‐present.” Loud Speaker: Towards a Component Theory of Media Sound. Ph.D diss. Princeton University: 110-124.

- - - - - - - - - - - - - - -

Cobussen, Marcel, Vincent Meelberg, and Barry Truax, eds. 2017. The Routledge Companion to Sounding Art. Oxford: Routledge.

Cox, Christoph, ed. 2004. “Audio Files: Sound Art Now: An Online Symposium.” Moderated by Christoph Cox, with contributions by Anthony Huberman, Carl Michael von Hausswolff, Branden Joseph, Steve Roden, Marina Rosenfeld, David Toop, and Stephen Vitiello, Artforum.com, 2004.(http://www.artforum.com/index.php?pn=symposium&id=6682)(アクセス:2017年11月28日)

Cutler, Chris. 1989. “Editorial Afterword.” Re Records Quarterly. 2.3: 46-47. (Quoted in Lander 1990a : 11)

http://www.soundculture.org/texts/lander_sba_intro.htmlに引用されている)

G_l, Bernhard. 2017. “Updating the History of Sound Art.” Leonardo Music Journal 42,1 (September 2017): 78_81.

畠中実 2012 「「ジョン・ケージ以後」としてのサウンド・アート(における「聴くこと」とテクノロジー)」 『ユリイカ 特集・ジョン・ケージ 鳴り続ける<音>―生誕100年/没後20年』44.12(2012年10月号):224-229。

北條知子 2015 「もうひとつのサウンド・アート史――音楽の外部を志向する音実践――」 東京藝術大学大学院音楽研究科修士論文(未公刊)。

ICC 2000 『サウンド・アート 音というメディア』 展覧会図録(2000年1月)。

―-. 2003 『サウンディング・スペース─9つの音響空間』 展覧会図録(2003年7月)。

Kahn, Douglas, and Gregory Whitehead, eds. 1994. Wireless Imagination. Sound, Radio, Avant-Garde. MA: MIT Press.

Kahn, Douglas. 1999. Noise, Water, Meat: A History of Sound in the Arts. Cambridge,

Kane, Brian. 2013. “Musicophobia, or Sound Art and the Demands of Art Theory.” Nonsite.org, Issue 8 (Winter 2012-13) (http://nonsite.org/article/musicophobia-or-sound-art-and-the-demands-of-art-theory)(アクセス:2017年11月28日)

Kelly, Caleb. 2009. Cracked Media: The Sound of Malfunction. MA: The MIT Press.

Kelly, Caleb, ed. 2011. Sound. Series - Documents of Contemporary Art. London: Whitechapel Gallery, and Cambridgem MA: The MIT Press.

Kim-Cohen, Seth. 2009. In the Blink of an Ear: Toward a Non-Cochlear Sonic Art. New York: Continuum.

Labelle, Brandon. 2006. Background Noise Perspectives on sound art. New York: Continuum.

Lander, Dan. 1990. “Introduction.” Lander and Lexier 1990: 10-14.

Lander, Dan, and Micah Lexier, eds. 1990. Sound by Artists. Banff, Toronto: Art Metropole and Walter Phillips Gallery.

Licht, Alan. 2007. Sound Art: Beyond Music, Between Categories. Book & CD. Foreword by Jim O'Rourke. New York: Rizzoli.

アラン・リクト 2010 『SOUND ART ──音楽の向こう側、耳と目の間』 ジム・オルーク(序文)、恩田晃(日本語版特別寄稿) 荏開津広、西原尚(訳) 木幡和枝(監訳) 東京:フィルムアート社。

Maes, Laura. 2013. Sounding sound art: a study of its definition, origin, context and techniques. Ph.D diss. Ghent, Belgium: Ghent University.

(https://biblio.ugent.be/publication/4183502)(アクセス:2017年11月28日)

Maes, Laura and Marc Leman. 2017. “Defining Sound Art.” Cobussen et al.: 2017: 27-39.

三原聡一郎 2012 「“Sound Art. Sound as a Medium of Art” 『サウンドアート. 芸術の方法としての音』」 CBCNET掲載記事(2012年4月17日掲載)。(http://www.cbc-net.com/topic/2012/04/sound-as-a-medium-of-art-zkm/)(アクセス:2017年11月28日)

MoMA2013 = Sarah McFadden, ed. 2013. SOUNDINGS: A CONTEMPORARY SCORE. contributed by Barbara London and An Hilde Neset. Exhibition Catalogue accompanying the Exhibition held during August 10_November 3, 2013. New York: The Museum of Modern Art.

恩地元子 1989 「移動を誘う空間」 『音のある美術』:11-15。

Prada2014 = Celant, Germano, et al. 2014. Art or Sound: Exposition Pre_ente_e A_ La Fondation Prada, Ca' Corner Della Regina, Venise Du 07 Juin Au 03 Novembre 2014. Milano: Fondazione Prada.

Rogers, Holly. 2013. Sounding the Gallery: Video and the Rise of Art-Music. MA: Oxford University Press.

庄野進 1989 「眼と耳が交差する時」 『音のある美術』:7-11。

栃木県立美術館 1989 『音のある美術 moments sonores』 展覧会図録。

Voegelin, Salome. 2010. Listening to Noise and Silence: Towards a Philosophy of Sound Art. New York: Continuum.

―. 2014. Sonic Possible Worlds: Hearing the Continuum of Sound. NY: Bloomsbury.

ZKM2020 = Weibel Peter, ed. forthcoming. Sound Art: Sound as a Medium of Art. MA: MIT Press.

[1] 中川克志 2017 「1980年代後半の日本におけるサウンド・アートの文脈に関する試論――〈民族音楽学〉と〈サウンドスケープの思想と音楽教育学〉という文脈の提案」 『國學院大學紀要』55:41-64。→本文

[2] サウンド・アート研究について。

Douglas Kahn以前に、芸術における音の歴史にかかわる仕事としては、音に関する芸術家の文章を集めたLander and Lexier1990というアンソロジーとその序文(Lander1990)が重要である。後者は、音を用いる芸術をすべて「音楽」と呼ぶのではなく、音楽と音楽ではない音の芸術とを分離すべし、という主張として読むことができる。つまり、ケージ以降の文脈において、音楽ではない〈音を用いる芸術〉の可能性を主張したのである。この後、芸術における音の歴史研究にとっての基礎文献であるKahn and Whitehead1994とKahn 1999が出てくる。

Kahn1999の後、サウンド・アートをテーマとした博士論文が次々と書かれるようになった。音楽と美術における「ノイズ」を用いた実践を検討するLabelle2006や、cracked mediaという観点から音響芸術の歴史を更新しようとするKelly2009はそうした成果の一部である。

また、Licht2007=リクト2010は、一般向けに書かれたサウンド・アートという領域の概説書として有用である。自らも音楽家であり、基本的には実験音楽の発展形としてサウンド・アートを理解しようとするLicht2007=リクト2010のサウンド・アート理解は、音楽を偏重しているようにも思われるし、実証性などに多少の疑問が残るが、この領域を、関心のある一般読者に向けて広く紹介した功績は疑い得ない。

サウンド・アートとは何かといった美的研究あるいは定義に関する研究において重要なものは、Cox2004とKane2013だろう。Cox2004は、実は研究ではなく、Christopher Coxが2004年にコーディネートしたオンライン座談会で、8名の参加者がサウンド・アートに関する様々な意見を開陳しているものである。サウンド・アートとは音を使うものである、音楽との差異化を図るものである云々といった多様な意見は、サウンド・アートを巡って展開され得る言説のヴァリエーションを全て示しているようで、サウンド・アートの美学の構造を考察するうえで参考になる。

また、Kane2013は、2000年代以降のサウンド・アート研究からふたつの代表的言説――Salome Voegelin (Voegelin2010)とSeth Kim-Cohen (Kim-Cohen2009)――を取りあげ、ふたつに含まれている暗黙裡の前提を析出することで、サウンド・アート研究に対する簡潔な見通しを与えてくれる。もはや個人がサウンド・アート研究全てを把握することは不可能なので、こうした代表的な研究の動向を批判的に整理してくれる論文は非常に役に立つ。

[3] サウンド・アートという言葉の歴史研究について。

アラン・リクトは、初めてサウンド・アート使ったのは80年代のダン・ランダーだと述べている(Licht2007=リクト2010)。ただし、NYPLやMoMAのリサーチ・ライブラリーでアーカイブ調査をした際に、私は、70年代からしばしば〈音を用いる芸術〉という意味での「sound art」という言葉の使用例が散見されることを発見した。例えば、1979年にBarbara LondonがMoMAで初めて行った展覧会――Maggie Payne, Julia Heyward, Connie Beckleyの三人の作品を展示したものだったようだ――のプレスリリースにもサウンド・アートという言葉が用いられていた――MoMAのPress Release No. 42 (1979) ”MUSEUM EXHIBITION FEATURES WORKS INCORPORATING SOUND”と題されたプレス・リリース内で、使われている――。私はサウンド・アートという言葉の初出は確定できなかったが、G_l2017によれば、sound artという言葉の一番古い用例は1974年にJan HermanがBernard HeidsieckとHenri Chopinを形容するために使った事例であるとのことである。

言葉の使用事例を展覧会の名称に絞ると次のことは確実に言える。Willhelm Hellermanが1984年にNYのSculpture Art Centerで行なった『Sound/Art』展が、サウンド・アートという言葉を展覧会のタイトルに用いた最初の事例である。とはいえ、サウンド・アートという言葉を用いていないが、音楽ではない〈音を用いる芸術〉の展覧会は、1960年代から確認できる。とりわけ、1979年にはNYのMoMAのPS1で開催された『Sound』展という大規模な展覧会は、その後80年代に多く開催された〈音を用いる芸術(多くの場合は音楽ではない)〉のための展覧会でしばしば参照されており、その時期のサウンド・アートの展覧会の先駆者のひとつとして認識されていたもので、重要である。1984年の『Sound/Art』展のプレス・リリースが参照している先駆例は合衆国の事例だけのようだが、他にも、1981年にNeuberger Museumで開催された『Soundings』展と1980年に Drawing Centerで開催された『Musical Manuscripts』展が重要だったようだ。恩地1989でも言及されているドイツで開催された『眼と耳のために』展などは参照されていないが、合衆国におけるサウンド・アートの展開とドイツにおけるKlangkunstの展開との比較考察などは、おそらく研究されていない。今後の課題である。

サウンド・アートの展覧会の歴史研究としては、博士論文として公開されているが単著としてはまだ刊行されていないCluett2013やMaes2013といった近年の目覚ましい成果がある。これらは、音を用いる展覧会の歴史を辿った年表が参照資料として付属する労作である。それぞれかなり漏れがあるようだが、それでも、展覧会の歴史を探る作業の主発点として十分役に立つ。例えば、Maes 2013によれば、音をテーマとする展覧会の数は80年代以降明確に増え、90年代には急増している(188)(Maes and Lemen 2017はMaes 2013に基づく学術論文である)。とはいえ、サウンド・アートの展覧会の歴史研究においては、全貌と詳細に不明瞭な事項が未だ多い。

[4] 2012年の『Sound Art. Klang als Medium der Kunst』展は音を使う美術の全容を網羅しようとする意欲的な展示だった。展覧会の記録の出版が待ち望まれる。とはいえ、全容を概観しようとすることの困難が原因かもしれないと私は推測しているが、この展覧会図録の出版はもう5年以上遅れている(ZKM2020)。2013年の『Soundings』展は、16人の出品作家(と15作品)による小規模なグループ展と考えるべきかもしれない。が、キュレイターのBarbara Londonのこれまでの経験と見識に裏打ちされた展示作品の多様性は、音を用いる美術作品の多様性を見事に概観させる素晴らしい展覧会だった。2014年の『Art or Sound』展は未見だが、展覧会図録(Prada2014)は見事なもので、芸術における音の歴史を丹念に系譜建てて展示した大規模な展覧会だったことが分かる。

[5] 日本における〈サウンド・アート研究〉は、1989年に栃木県立美術館で開催された『音のある美術』展の図録に収録された庄野1989と恩地1989が最初だろう。それ以前からも〈音を用いる芸術(多くの場合は音楽ではない)〉に対する言及や考察はあるが、音楽ではないことに歴史的重要性を見出す考察や、同時代の海外の動向に関連付けるような考察は、現在見つけられていない。90年代以降、中川真も、ビル・フォンタナやロルフ・ユリウスといったアーティストを中心としてサウンド・アートについて言及ていている。中川真はその歴史的展開の解明などには関心がないようだが、その芸術的意義や可能性に関する見解は参考になる。畠中2012(「「ジョン・ケージ以後」としてのサウンド・アート(における「聴くこと」とテクノロジー)」)は6ページという小文ながらサウンド・アートなるジャンルの独自性を簡潔に述べていて傾聴に値する。しかし、日本における〈サウンド・アート研究〉ではあるが、〈日本におけるサウンド・アート〉研究ではない。同じく、金子智太郎が『アルテス』に連載していた仕事や三原総一朗の2012年の文章も、優れた日本における〈サウンド・アート研究〉ではあるが、〈日本におけるサウンド・アート〉研究ではない。

〈日本におけるサウンド・アート〉研究の先行研究としては、管見の限りでは、2012年以降に中川克志と金子智太郎が京都国立近代美術館の研究誌『Cross Sections』に掲載している仕事と、未公開の北條知子の修士論文(北條2015)しか知らない。

[6] 日本でサウンド・アートという言葉が一般化するきっかけのひとつとして、武満徹が監修していた雑誌『MUSIC TODAY』の第19号(1993)のサウンド・アート特集をあげられるだろう。また、その後、『美術手帖』において二度サウンド・アートが特集されている。第48巻734号(1996年12月号)と第54巻821号(2002年6月号)である。さらに重要なこととして、2000年以降、メディア・アートの中心地として世界的に重要なICCで、世界各地の重要な作品を集めてサウンド・アートの展覧会が行われた。『サウンド・アート 音というメディア』(2000年)と『サウンディング・スペース─9つの音響空間』(2003年)である(ICC2000, ICC2003)。日本では90年代以降にサウンド・アートという言葉が一般化した、と私が判断している。

[7] これはあくまでも私の視点から必要な最小限度の参考文献である。サウンド・アート研究の出発点あるいは網羅的な参考文献リストとしては、芸術学を中心とする人文学における様々な話題を扱うwikipediaであるMonoskopが提供している、「Sound art」のページ(http://monoskop.org/Sound_art)が非常に有用である。このページは多くの匿名の人物によって常に更新され続けているし、その情報量も増大し続けており、しかも、(その理由は分からないが)まだその質はあまり低下していない。