妹尾隆一郎直筆原稿
”Midnight Train to Georgia”
たまたま、自分の学習ノートに、BluesやSoul、Jazz などの特に好きだった曲の歌詞をため込んでいて、その古い資料を懐かしく見ていて。
ああ、この曲は良い曲だったなぁ。などと想い、つい歌詞をながめて行った。
歌詞を読みながら、グラディス・ナイトの歌声が、頭にわいて来て、気付かない内に両目から涙があふれて止めようもなく、深い感動が体中を包み込み、体の震えが止まらなかった。
”L.A.(もちろんロス・アンジェルス)での生活は、とてつもなく、きつくて、どうにも立ちゆかないものであった。そこで彼はL.A.を離れる事にした。
ジョージア行きの夜汽車に乗り、懐かしく暖かかった故郷に帰ってゆく。”
”彼はスターになる事を夢見て、L.A.に居をかまえて必死に頑張ってはみたものの、遂にその夢は消え去り、彼は故郷に帰る。もちろん私も一緒に! だって私の心はいつも彼と一緒に有り、その事だけが私の大切な事だから……”
大きな夢が叶わず、失意の内に大都会を去り、それも寂しい暗い夜、汽車に乗り故郷の帰ってゆく男のそばにいつも付き添って、深く大きな愛を持って一緒に連れ添ってくれる、そんな女性。男に何も言わず、ただ側に居て微笑みを投げかけている、そんな女性の心境を歌っている。
長い差別の中で必死に生きて来ざるを得ない、そんな状況の中では我々に知り得ない労苦があったろうと想像は出来ても、黒人として生まれて来たからには避けられない人生を歩む事になり、そこからBluesが楽曲として登場してきたのは、皆さんも知っている筈だが、彼らの心の中を推し量るには、あまりにも深い。
特に黒人の女性に関しては、”Big Mama” という言葉が言い得る様に、男の子にとって母親という存在はとてつもなく大きい。それは色々な場面で、皆さんも目にしていると思う。自立して(職を得て)子供を産み育て、男が常に失業状態にある中で、男が居ようが居まいが、男の間に出来た子供たち(殆どが違う男の子供である事が多い)の生活の面倒をみて、成人すれば自立できる様に励まし、黒人社会の精神的支えとなってきた黒人女性たちは、まるで慈母のようなものであろう。
自身も苦労して生きてきているが、やはり黒人の男性たちが世の中で生きてゆくのもいかに大変かが、きっと判っているのであろう。そんな男たちの姿を見て、”なんとかしてやりたい” と想っていたに違いない。
僕は以前にも言っていた様に……
同じ黒人同士だから、皆苦労にまみれて生きていて、