重川の由来と鼻かけ天狗
山梨県を流れる一級河川の重川(おもがわ)は、
甲州市塩山の柳沢峠付近を源流とし、
山梨市と笛吹市の境界で笛吹川に合流する全長約18キロメートルの川です。
古くから水害の多い「暴れ川」として知られ、幾重にも水が重なって流れる様子や、
水量の多さ・重々しい川の様子から「重川」の名がついたとされています。
重川の特徴所在地:
山梨県甲州市・山梨市・笛吹市
水系:
富士川水系(笛吹川の支流)
歴史:
下流の合流点付近は「甲斐の三大水難所」の一つに数えられていました。
「重川」の名前の由来(詳細)重川の「重(おも)」という響きや漢字には、主に地形状の理由と水の性質からいくつかの説があります。
幾重にも重なる「網状流(もうじょうりゅう)」
重川の下流(山梨市や笛吹市周辺)は、広大な扇状地(甲府盆地の一部)です。
昔は堤防がなかったため、大雨が降るたびに川筋がいくつにも枝分かれし、
「幾重にも重なり合って流れる川」だったことから「重川」と名付けられました。
「重々しい」水圧と水量の恐怖源流の柳沢峠(大菩薩連嶺)から甲府盆地へ向かって、
一気に激しい傾斜を流れ落ちる川です。
そのため、水害時の水の勢いが非常に強く、
泥や石を巻き込んだ「重々しい濁流(重い川)」として恐れられたことに由来します。
「面(おも)」という地形語一説には、
山の「斜面」や「表面」を意味する古語の「おも(面)」からきており、
山肌の前面を真っ直ぐに切り裂いて流れる川という意味が変化して
「重川」の字が当てられたとも言われています。
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鼻かけ天狗
昔、大菩薩峠から流れる重川(おもがわ)を見下ろす萩原の天狗山に一人の天狗が住んでいた。
また、その重川を挟んで小田原の高芝山にも一人の天狗が住んでいた。
小田原の天狗は高芝山の広い原っぱで獣たちと自由自在に飛び回っていた。
一方、萩原の天狗は大の子供好きで、子供達が毎日、入れ替わり立ち替わり集まってきては一緒に遊んでいた。
小田原の天狗は子供達と遊ぶ萩原の天狗が羨ましくて仕方が無かった。
しかし小田原の天狗は、天狗というのはいつも威張るもので、自分の方から子供達と遊ぶ事は出来ないという考えの持ち主だった。
ある日の事、小田原の天狗は子供に化けて天狗山へと出掛けた。
子供達は初め、小田原の天狗が連れてきた沢山の動物に驚いたが次第に仲良くなり、一緒に相撲を取って遊んだ。
小田原の天狗は子供に相撲で負けたら二度と子供の前には現れまいと思い、萩原の天狗と相撲を取ることになった。
萩原の天狗は子供とは思えない力に驚いたが、突き飛ばして勝利した。
負けるとは思っていなかった小田原の天狗は悔しがり、正体を現した。
二人の天狗は本気での相撲勝負を繰り広げたが全て萩原の天狗が勝ち、夕方となった。
小田原の天狗は一度も勝てなかった悔しさから、卑怯にも巨大化して拳を振り下ろし、萩原の天狗は地面深くめり込んでしまった。
小田原の天狗が帰ろうとすると、地中から巨大化した萩原の天狗が現れ、小田原の天狗を地面に叩きつけた。
萩原の天狗の鼻は折れて『欠けて』しまっていた。
その姿を見た小田原の天狗は自分も鼻を折るから許して欲しいと頭を下げた。
毎日、子供と遊ぶのが羨ましかったという小田原の天狗に、
萩原の天狗は
「まずは好きになることじゃ。そうすれば相手も親しみを持ってやって来るものじゃ。」
と諭した。
小田原の天狗は考えを改め、自分の鼻を折ると心から詫びた。
それ以来、小田原の天狗と萩原の天狗は仲良くなり、子供達も小田原の天狗と一緒に遊ぶようになった。
そして鼻のかけた二人の天狗のことを「鼻かけ天狗」と呼ぶようになった。