大石さんといぼ水
毎年五月五日に、盛大に行なわれる大石神社の祭典は、山の神、水の源の神、田畑を支配する神、五谷豊饒(ごこくほうじょう)、氏子の発展の守り神、守護神と仰がれて、岩手の氏神として、地域の人達の尊敬を受けています。
境内の大きな御影石は、神体石で、高さ十ニメートル、回りは六十七メートル余りあって、本県随一のものといわれています。
そのほか鳥帽子(えぼし)石、屏風(びょうぶ)石、影向(ようごう)石、産屋(うぶや)石、浮橋石、百足(むかで)石(指門石)等の名前がつけられていて、現在では人々から「大石さん」と呼ばれ親しまれています。
その大石さんにもこんな昔の話がありました。
地域住民の繁栄には、人口を増やさなけれぱならないと考え、当時の旗奉行となった岩手某氏は、今から四百八十一年前、現在の大石神社を建築して、地域の人々にその意思を伝えた。
それからしぱらくしてたくさん子供が生まれると、手足や首などにいぼのある子が多く見られた。
その当時は現在と違って充分な食べ物もなく、又、お風呂なども毎日はいることもなく不潔であった。
そのため、はっそ(いぼ、おできなど)八年、くずれて九年、直って三年、むずむずするのがあと三年などといわれ、なかなか直りにくい病気で、地域の人々は、ほとほと困りはてていたそうです。
ある時、修業僧が通りかかり、その話を聞き大石大明神にこもり毎日祈りつづけ、二十一日目の祈願の夜に「荒神崎(現在の荒神山)の大岩の水をみつけてのめば直る」という夢を見ました。
修業僧はその水を探すために、毎日毎日山を歩きました。
そしてやっと荒神崎に見つけたそうです。
修業僧から、その話を伝え間いた人々が、その水をいぼにほんの少しだけつけるとたちまちのうちに、いぼは消えてしまいました。
村の人達の喜びは、たいへんなものでした。
その水は、年間絶えることなく流れ、その話も人から人へ伝えられ、荒神堂も建てられて人々から「いぼ水」と呼ぱれ信仰の的となりました。
その後、道路の拡張工事のために、その石も破壊されてしまいましたが、現在では、荒神山のふもとにほこらがあり、地元の人から「いぼ水」と呼れてます。