無病長寿の小児(こども)の足跡(あしせき)
七日子神社の表参道にある二の鳥居を過ぎると、前庭に登って行く石段の左側の隅に、大きな自然石があり、その石の表面に深さ一センチ、長さ八センチ位の赤ん坊の足跡型をした可愛らしいくぼみがある。
このくぼみは、昔からの言い伝えによると、「無病長寿の小児の足跡」と呼ばれ、出産後、男の子は三十一日、女の子は三十日目にする産屋(うぶや)明けのお宮参りの時に、子供の足をこの足跡型に触れさせると、「その子は病気にかかることなく、長寿は疑うことなし」と、語り継がれている。
人々は、かなり遠方からもお参りにやって来て、この石の上に子供を立たせては何やら子どもに話しかけながら、子供の幸せを祈っている姿がよく見受けられる。
七日子神社の祭神である木花開耶姫尊(このはなさくやひめのみこと)(乙女の美しさを花にたとえた名前)は、「古事記」によると、大山顧神(おおやまつみのかみ)の娘といわれ、天孫墳々杵尊(てんそんににぎのみこと)の妃(きさき)となり、一夜にして懐妊したのだが、その貞操を尊に疑われ、生まれてくる子が正統の子であるかどうかの真偽を明らかにするために、真新しい産屋に火を放たれてしまった。
燃えさかる火の中で、急に産気づいた姫は、産屋の真ん中にしつらえた大きな石の上に、火閲尊(ほせりのみこと)、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)火明尊(ほあかりのみこと)らの神々を産み落とした。
その瞬間に、赤子の足跡が、くっきりと石の上についたと言う。
そして、姫の身の証もたてられ、火中にあって安産した神々の足跡型に触れた子供は火傷をしないと今日まで伝承されたのである。
浅間信仰では、木花開耶姫尊は主神であり、転じて富士山体を女神(木花開耶姫尊)とする、と考えられている。
山梨県では、伝説をそのままに、安産の神とする考え方が強く各地に祀られ信仰されている。