多様体とは各点に対し,ユークリッド空間上の開集合と同相の近傍をもつHausdorff空間のことである.1次元の多様体が曲線,2次元の多様体が曲面を意味するので,一般に曲がった空間を定式化したものだと思えばよい.多様体の基本的な教科書は, 【松本88】, 【服部89】などがおすすめである.多様体は開円盤の張り合わせと考えられるので,胞複体やCW複体の構造に近い.しかし,多様体に付随する構造としてよく考えられるのが微分可能性である.可微分多様体,あるいは滑らかな多様体はもともとの基となる空間としての位相情報よりも豊富で複雑な構造を持っている.
1950から60年代ぐらいに盛んになったのは,同じ空間上にいくつの多様体構造が存在するかという疑問だった.その先駆けとなったのがMilnorによるエキゾチック球面の発見である.彼は7次元球面上に微分同相ではない滑らかな微分構造が複数存在することを示した.実際には28種類もの異なる微分構造があるらしい.その後,Donaldsonがエキゾチックな4次元ユークリッド空間を無数に発見し,フィールズ賞を受賞した経緯もある.とはいえ,局所的なユークリッド空間の構造ならまだ知れず,可微分構造をイメージするのはなかなか難しい.実際には3次元以下の多様体では,同一空間上の滑らかな可微分構造は本質的に1つしかないからである.
もう一つ重要な問題は多様体の分類である.1次元閉多様体はS^1あるいはその直和に限ることが知られている.2次元の閉多様体(閉曲面)も分類定理から,実質的には2パターンに分かれる.それ以上の次元になると構造の複雑さが飛躍的に増す.中でも,Poincare予想解決の経緯からわかるように,3次元と4次元はとりわけ難しい.3次元についてはThurstonの幾何化予想があり,これが3次元のPoincare予想を含む形であった.
多様体は曲がった空間であるが,局所的にまっすぐな空間(接空間)に近似して性質を調べようというのが微分のアイデアである.点pにおける微分係数の対応というのはpの近傍で定義された関数に対しf → f'(p) という対応である.つまり,関数に対して値を対応させるのである.接空間の定義としては,曲線の速度微分によって与えるが,結局それはi方向の偏微分∂/∂xiらによって張られるベクトル空間と一致することに気付く.さらに考察すると,接空間の元(接ベクトル)は上記のような関数環上の線形写像であって,積に関してLipnitz公式を満たすものと一致する.
多様体
接ベクトルと接空間
ベクトル場