近年、トポロジーの数学的な理論の発展だけでなく、トポロジーを様々な分野に応用しようという動きが盛んになっている。その先駆者としてはR. Ghristだろうか。彼のホームページには応用トポロジーに関する話題が多く掲載されている。
おそらくトポロジーを現実問題に応用するということを一番身近に感じるのは、18世紀にEulerが橋渡り問題(一筆書き問題)をグラフの性質として解決したことではないだろうか。そこには橋の大きさや長さ、曲がり具合などは全く考慮する必要がなく、グラフの頂点と辺の性質のみで決定されることが重要だった。またEuler標数というのも彼が考案した、単純ではあるが奥深い位相不変量である。Euler標数を利用して、正多面体を分類する話はよく知られている。Euler標数は,(性質の良い)部分空間A,Bについて以下の包除原理という性質を持つ.
この性質を用いて,Euler標数を測度とみなした(厳密な意味での測度関数の公理は満たさないが)積分理論は1980年代後半から知られていたようだ.それがセンサーネットワークにおける数え上げ理論に応用できることを発見したのは,BaryshnikovとGhristである.他にも,SilvaとGhristはセンサー被覆の問題も考えていて,Rips複体のホモロジーが非自明かどうかで,配置されたセンサーがくまなく領域を補足しているか判別する方法を提案した.
ロボットモーション設計に関わるトポロジー的手法の発展も最近のホットな話題だろう.きっかけは2000年代初めにM. Farberが導入した「Topological complexity」という不変量に始まる.これは,領域上を動くロボットに対し連続な経路指定を与えるためには,最低何種類の局所的なアルゴリズムが必要か?というところに端を発する.定義自身は,path-fibrationのlocal sectionを持つ開被覆の最小サイズであるが,計算が程よく難しい.コホモロジー環の積構造から評価できたり,LS-categoryと密接に関わっていることから,代数的トポロジーの手法を駆使して今も計算が盛んにおこなわれている.
ロボットモーションを考えるうえで,「配置空間」のホモトピー論も注目を集めている.複数のロボットが衝突を回避するために動く経路を考えるには,積空間から対角成分を除いた配置空間が重要である.例えば,2台のロボットが,衝突することなく互いの位置を交換するためには,配置空間が連結であることが必要十分である.より高次のホモトピー群やホモロジー群の情報も興味深い.
近年,急速に応用トポロジーの分野で発展しているのは,パーシステントホモロジーを用いたデータ解析への応用だろう.古典的な平均値や分散といったデータ分布を数値化する統計的解析に対し,分布を空間(列)およびそのホモロジーの生成元の発生・消滅を調べることにより,「データの形」を可視化したものである.実際に,タンパク質の分類,ガラスの分子構造の特徴化,材料科学や物性物理などへの実用化が進んでいる.