イギリスの現行紙幣とその周辺 その1


加藤正宏

イギリスの現行紙幣とその周辺 その1

加藤正宏

 2013年4月、久しぶりにイギリス旅行をしてきた。イギリスを訪れるのは3度目である。2度目の1979年以来の旅行である。

 この2度目の時に目にしたイギリスの紙幣について、兵庫貨幣会の会誌通巻195号から201号(昭和57年4月号から10月号)にわたり、当時のイギリス現行紙幣を紹介している。ほぼ30年を経てやってきたイギリスの現行紙幣は当然異なるものになっていた。

 イギリスの紙幣やコインは従来は君主の肖像が印刷されたり刻まれたりしてきた。君主以外の実在の人物としては、クラウン貨にチャーチルが取り上げられたのが最初であった。紙幣では1971-82年発行した紙幣が最初であった。そこで、この時に目にした紙幣の肖像や図柄をテーマに『イギリスの現行紙幣と、その周辺』を兵庫貨幣会誌に連載した。

 今回2013年に目にしたイギリス紙幣をこれらほぼ30年前に流通していた紙幣と比較してみたのが今回のレポートである。前回のレポートに沿いながら見ていきたい。

 前回の貨幣会誌のレポートでは、紙幣の肖像を紹介する前に、チャーチルのクラウン貨を取り上げ、「1965年発行のクラウン貨にはチャーチルの肖像が、女王の肖像と表裏して、彫られていている。イギリスのコインが、実在の人物として、君主の肖像のみを刻んできた伝統のあることを考えるとき、このクラウン貨は異質である。」とこのように記した。そして、更に「チャーチルのクラウン貨以後にも、女王と表裏して彫られた肖像があるが、いずれも王族である。女王の母君、皇太子夫妻がそれである。これらの例を見ても、やはりコインにおけるチャーチルは例外だと見なさなければならない。そこには、第2次大戦において、イギリスが立たされていた苦況と、その苦況を克服し、勝利にまで導いた、偉大な指導者を称賛してやまない国民感情の発露を見る思いがする。発行は第2次大戦終了の年から、ちょうど20年目にあたる。そして、この年チャーチルは亡くなっているのである。」と記した。 

 今回、私がイギリス旅行する直前マーガレット・サッチャー元首相が亡くなった。その国葬が行われたのは4月17日で、私はこの日ロンドンに滞在していた。サッチャー自身の活躍の場であった国会議事堂に安置されていた棺が、その日の午前10時に出発し、国葬の行われるセント・ポール寺院に向かった。1時間弱の彼女の最後の旅であった。その道中はすごい人出であり、このため、私たち旅行団は午前中は国会議事堂に近づけなかった。見学も午前中ではなく、午後にまわされた。サッチャー元首相は『鋼鉄の女』と知られ、横並びの平等を求めて、労働争議などのストが頻繁に行われ、インフレが蔓延する「英国病」社会に楔を打ち込み、労働活動を徹底的に弾圧し(勿論、労働者からは反感を受けている)、勢いある競争社会に改造しようとしたのであった。ここに強いイギリスが蘇った。その功績を「第2次大戦後の衰退傾向からイギリスを救った」とキャメロン首相は追悼演説で述べている。DAILY Mirror 誌に「It was a waratime leaders funeral ・・・ but Mrs Thatcher was no Churchill(それは戦時期の指導者の葬儀であった・・・ しかし、サッチャーはチャーチルではなかった)

」という見出しが躍っていた。そして、1965年と2013年の国葬が比較して掲げられていた。国葬で、女王がチャーチルを見送る写真もサッチャーを見送る写真も掲げられている。Mirror誌にとって、敵は異なるが、イギリスの敵(ドイツ、頻繁にストを打つ労働者)に信念と勇気をもって立ち向かった指導者であったのだ。

 近い将来、チャーチルのクラウン貨同様のサッチャーのコインが鋳造されるのではないかという気がしてならない。

 

 前回の貨幣会誌のレポートで、「チャーチルのクラウン貨に突破口を開かれてか、1971年以降、5ポンドを先頭にして、次々と、君主と共に歴史上の人物をも配した、現行紙幣が登場してきている。1ポンド:サー・アイザック・ニュートン、5ポンド:ウエリントン侯爵、10ポンド:フローレンス・ナイチンゲール、20ポンド:ウイリアム・シェクスピア、50ポンド:サー・クリストファー・レンである。イギリス史上における各界の著名な人物が、女王エリザベス2世の背面に配されている。」と記載した。

 今回(2013年)出会った紙幣の肖像は5ポンド:エリザベス・フライ、10ポンド:チャールズ・ダーウィン、20ポンド:アダム・スミス、50ポンド:マシュー・ボルトンとジェムズ・ワット、1ポンド紙幣はコインにその使命を譲り、発行されていなかった。女王エリザベス2世の肖像も新たになっていて、王冠も異なっている。女王も今年で戴冠60周年になる。6月14日王室や政府の関係者ら約2000人が参加し、ウエストミンスター寺院でこの式典が挙行されている。

 

 2013年に撮った写真

 

 会誌に載せた議会と

チャーチル像

 エリザベス2世

 チャーチル

 2013年、目にした現行イギリス紙幣 

 次回以降、各ポンドごとに新旧の肖像を紹介していくことにする。今回の旅行でも英国議会傍らの公園のチャーチルの彫像の前で写真を撮ってきた。

2013年8月上梓