「辛み」とその受容体

トウガラシやコショウなど、多くの香辛料や薬味に用いられる食品には辛み(辛味)を生じさせるものがあります。辛みの受容は、味蕾や味細胞だけでなく、舌や口腔の上皮細胞など口腔内全体の細胞によっても行われると考えられており、このため5つの基本味とは異なり、厳密な意味での「味覚」には含まれないとするのが一般的です。辛みは「熱さ」などの温度を感知する感覚神経によって伝達され、この温度に対して感じる、一種の「痛み」に近い感覚が、辛みの正体だと考えられてきました。

英語で辛みに対応する訳語としては、"pungency"(ピリっとした辛味)または"spicy taste" が用いられますが、一般にトウガラシなどが「辛い」ことを意味する語としては"hot"がよく用いられます。このことも辛みと温度の感覚の近さに由来していると考えられます。そして実際にこれらの考え方は、近年の感覚受容体の研究結果によって、正しいものであったことが裏付けられています。

ヒトが温度を感知するための受容体として、上述した酸味受容体と同じタイプである、TRPチャネル(図2-1-7)が近年同定されました15。温度感受性のTRPチャネルには、40℃以上の高温に反応する熱刺激受容体、生理的温度付近(25〜40℃前後)以上の温度で反応する温刺激受容体、25℃以下の低温に反応する冷刺激受容体が存在します。これらはそれぞれの温度に応じて活性化されるだけではなく、それぞれ一部の化学物質をリガンドとして反応することによっても活性化します。

ヒトに辛みを感じさせる物質(辛味物質)には、トウガラシの辛み成分であるカプサイシン、ショウガの成分であるジンゲロール、ニンニクの辛み成分であるアリシン、黒コショウの成分であるピペリンなどが知られていますが、これらはいずれも、43℃以上で活性化される熱刺激受容体のTRPV1と結合して活性化させる働きがあることがわかっています。なお、カプサイシンなどが結合するのはTRPV1の構造のうち、細胞内に位置する部分(細胞内領域)です。一般的なリガンドは、受容体の細胞外領域に結合しますが、カプサイシンは脂溶性が高く、細胞膜に溶け込んで、細胞内にまで容易に浸透することができるため、細胞内領域に結合することができるのです。

また、カンフル(クスノキの精油成分。カンファー)や、オレガノの主成分であるカルバクロール、タイムの主成分であるチモールなどの精油成分は温刺激受容体のTRPV3(32〜39℃以上)を、ミントの精油成分であるメントールは冷刺激受容体のTRPM8(25℃以下)を、ワサビの辛み成分であるアリルイソチオシアネートや、シナモンの辛み成分であるシナモアルデヒドは冷刺激受容体のTRPA1(17℃以下)を、それぞれ活性化します。このことから、辛みの知覚には、これらの温度感受性TRPチャネルが密接に関与していると考えられています。

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