余談:代用コーヒーの苦味

コーヒーはアフリカや東南アジア、南米などで主に生産される作物であり、日本やヨーロッパ、アメリカなどの消費国にとって、コーヒー豆は輸入に頼らざるを得ないものです。コーヒー豆が貴重品だった頃や、戦時中、コーヒーの輸入が困難だった国などでは、コーヒーノキから取れる「本物のコーヒー」の代わりとして、他の植物の種子や根を焦がして作った「代用コーヒー」が飲まれていた時代がありました。これらの代用コーヒーは当時、単独でコーヒーの代わりにしただけではなく、コーヒーに混ぜて「混ぜ物」にすることで、コーヒー豆の使用量を減らす目的でも使われました。コーヒーの入手が容易な時代でもこの方法を悪用して、原価をケチるためにこっそりと混ぜ物をする悪徳な業者も、中にはいたようです。

代用コーヒーの材料として、もっとも有名なのはチコリー(キクニガナ)と呼ばれる、キク科の植物の根っこを煎ったもので、これはヨーロッパを中心に世界中で用いられたものの一つです。これ以外に、我が国では同じキク科の植物であるタンポポの根を煎り焦がしたタンポポコーヒーや、大豆を黒煎りにした大豆コーヒーなども、代用コーヒーとして用いられました。これらの一部は現在でも、カフェインを含まない、一種の健康飲料として用いられています。さて、これらの代用コーヒーについて「苦味物質」という観点から見ると、面白いことがわかってきます。これらの植物はコーヒーとは異なり、カフェインを含まないため、カフェイン以外の苦味物質が重要だと考えられます。実はチコリーの根にはクロロゲン酸類が多く含まれており、中でも、コーヒー酸の結合数が多い、イソクロロゲン酸が多いという特徴があります。またさらに、チコリーにはチコリー酸(chicoric acid、右図)と呼ばれる、イソクロロゲン酸と良く似た構造の物質が多く含まれています。チコリー酸はジカフェオイル酒石酸とも呼ばれ、キナ酸の代わりに酒石酸とコーヒー酸2分子が結合した化合物に当たります。

チコリーを焙煎したときに、どのような焙焦産物が生まれてくるのかについては、まだきちんとした報告があるわけではありませんが、少なくともチコリー酸からはクロロゲン酸ラクトンは生じず、一方でチコリー酸の分解によって生じるコーヒー酸からのビニルカテコールオリゴマーは生じることが予想されます。つまりチコリーを焙煎したものは、コーヒーの中でも、イソクロロゲン酸が多いロブスタの味わいに近い、あるいはビニルカテコールオリゴマーが主体となった、深煎りコーヒーの味わいに近いことが、その成分組成からも予測されます22。実際、チコリコーヒーは苦味が強く、この予測は大きく外れていないことが伺えます。

一方、大豆にはカフェインが含まれていないだけでなく、クロロゲン酸類もあまり多くは含まれていません。ただし大豆は「畑の肉」とも呼ばれるようにタンパク質に富んでおり、このため、焙煎した大豆にはタンパク質に由来するジケトピペラジンが多く生成することが予測されます。

このように古くから代用コーヒーとして用いられてきたさまざまな食材も、その成分レベルで考えるとコーヒーの苦味とどこか相通じる部分が存在しており、だからこそコーヒーの「代用」たりえたのだと考えることが出来るでしょう。

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