焙煎と酸味

コーヒーにおいて、焙煎時の化学反応、すなわち焙焦反応とは、まさに高温で行われる酸化反応そのものであり、燃焼反応の一種(燃焼反応のうち比較的初期の段階)です。また焙煎した後のコーヒーを保管する際には室温などでの酸化が、成分の劣化につながるものとして重要です。コーヒーと酸化とは、切っても切り離せない関係にあるといってもいいでしょう。苦味のところで述べた、さまざまな焙焦反応も、そのほとんどは酸化反応だと言っても差し支えありません。そして、コーヒーももともとは植物であるため、多糖類や単糖類など、さまざまな糖類が含まれています。このため、焙煎の過程ではこれらの糖類が酸化され、さまざまな種類の酸が大量に生成されます。この糖類の分解によって生成する酸が、コーヒーの酸味にもっとも大きく影響するものにあたります。 この他、コーヒーに含まれているクロロゲン酸一分子からは、加熱時に分解(加水分解)されることによって、キナ酸とコーヒー酸という酸 がそれぞれ一分子ずつ生成しますし、他にもこれと似たような形で、エステルや配糖体と呼ばれる化合物群からも、焙煎によって酸が遊離します。さらにコーヒーに含まれる脂質の一部が酸化分解されることによっても、酸が生じます。これらの分子から生成する酸の量は、糖から生成するものより少ないと考えられていますが、焙煎による酸の生成に一役買っていると言えるでしょう。

焙煎によって生成した酸は、さらに焙煎が進行すると消失していくことがわかっています。有機酸のうち酢酸などのように揮発性のものは、焙煎によって空気中に揮発していくことで失われますし、クエン酸などのように不揮発性のものにも、さらに焙煎が進行するにつれて酸化・燃焼が進んで分解されていくものもあります。一部には生成した後あまり減らない酸や、キナ酸のように焙煎後期で再び増加するものもありますが、酸全体で考えると右図のようなパターンを示します2。これに伴ってコーヒー抽出液のpH(図中の赤線)は、中〜浅煎りの時点まで低下した後、そこをピークに再び上昇します。コーヒーの酸味の強さもおおまかに言えばpHと連動しており、中〜浅煎りの段階でもっとも強く、その後深煎りに進むにしたがって次第に失われていきます。