余談:酸と酸化

ところで、「酸化」と「酸」は、非常に名前が良く似ているため、この二つを混同している人もしばしば見受けられます。しかし、この両者はまるっきり別のものだと考えていただきたいと思います25。「酸化oxidation」というのは、ある化合物が酸素(oxygen)と化学反応して結びつくこと、すなわち「酸素化」を略したものであり、「酸 acid」と直接の関係があるわけではありません。

一般にもっともよく知られている酸化は、ものを燃やしたときに見られる反応、すなわち燃焼反応で、このように温度が高い状態では酸化反応は急激に進行します。ただしこれよりも温度が低い室温でも、ゆっくりとではありますが、空気中の酸素と結びつくことによって酸化が進行します。分子レベルで見ると、一般的な燃焼で見られる酸化反応は、(1)ある化学物質に酸素原子が付加されるか、または(2)ある化学物質から水素原子が奪われるか、のどちらかに相当します。

さて「酸化と酸は別のもの」と言いましたが、またややこしいことに、酸化の結果として、「酸」が生じるケースというのがしばしば見られます。例えば、酒に含まれているエタノール(アルコール)は、酸化されるとアセトアルデヒド(アルデヒド)に、さらに酸化されると酢酸(酸)に変化します(右図)。酢酸がさらに酸化されると、二酸化炭素と水として完全に分解されますが、これが燃焼反応において「完全燃焼」に当たります。つまり、「酸化と酸は別のもの」なんですが、これは「酸化の過程で酸が生じ」ているケースに相当します。余談ですが、通常エタノールを燃やした場合には、この反応は急激に最後まで進行して、二酸化炭素と水に分解されます。ただし我々の体内では酵素によって、ゆっくりと酸化が進行します。お酒を飲んだ後の「ふつかよい」の原因は、この酸化の過程で生じるアセトアルデヒドによる中毒症状であり、このアセトアルデヒドを酸化する酵素の活性が高い人ほどお酒に強いというのは有名な話です。

酸化によって酸を生じる反応は、このようなエタノールの分解だけに限った現象ではなく、有機物を燃焼させる際にはそれほど珍しいものではありません。生物の体を構成している高分子が酸化すると、しばしば酸が生成します。例えば、植物にはセルロースやデンプンなどの多糖類が含まれていますが、そもそも、その元となる「糖」は化学的には、アルコール(水酸基 -OH を持つ炭化水素の総称)の一種で、その一部が酸化してアルデヒド(-CHO)やケトン(C=O)になったものです。このため、上に挙げたエタノールと同じ理屈で、酸化によって酸を生じるということは理解していただけると思います。糖類はエタノールよりもかなり複雑な構造をしているため、酸化によって生じる生成物は非常に多く、その反応は複雑ですが、その中にさまざまな酸が生じる過程が存在するのです。