トリゴネリン

トリゴネリン(trigonelline)は、カフェインと並んでコーヒー生豆に含まれる量の多いアルカロイドです。しかし、トリゴネリンそのものには目立った薬理作用がないことと、焙煎中にそのほとんどが分解されてしまうことから、カフェインほどの知名度はありません。トリゴネリンは、分子内にプラスとマイナスの電荷を帯びた(イオン化した)部分を同時に持つという、アルカロイドの中でも一風変わった構造を持っています。このような分子は、分子内塩あるいはベタインと総称されます。

焙煎による変動が極めて少ないカフェインとは対照的に、トリゴネリンは焙煎によって、その大部分が分解されてしまいます。このためトリゴネリンとカフェインの量比(T/C値)が、焙煎度の指標として用いられるくらいです。トリゴネリンは熱分解によってニコチン酸に変化します。「ニコチン酸」という名前がちょっと紛らわしいのですが、これはタバコに含まれているニコチンとは全くの別物で、ニコチン酸アミドなどと共に、ナイアシンあるいはビタミンB3と総称されるヒトのビタミンの一種です。またさらに熱分解されることで、香り成分であるピリジン類も生成します。 ヒトは、食品に含まれているタンパク質を構成するアミノ酸の一つ、トリプトファンからもナイアシンを生合成できるので、厳密な意味での「ビタミン」の定義からは少し外れるのですが、そのためには比較的大量のトリプトファンを消費してしまうため、ナイアシン自体を摂取する方が、効率がいいと考えられており、このため栄養学上、ビタミンの一種に分類されています。一日の必要摂取量は成人で15mg、コーヒー一杯で約1mgが摂取可能と言われています。

トリゴネリンもアルカロイドの一種であることから、苦味物質の一つであると言われています。しかし分子内塩の形をとることなど、一般的なアルカロイドとは性質が異なり、その苦味は決して強いとは言えません。またコーヒーでは上述のように焙煎過程でそのほとんどが分解されるため、コーヒーの苦味に対する寄与は極めて少なく、全体のうちの1%にも満たないと考えられています3

前(カフェイン・メチルキサンチン類)< >次(クロロゲン酸類とその分解物)