コーヒーの渋み

渋柿に代表される「渋み」は、一般には「良くない味」の一つに数えられる味要素です。渋みを一概に良くない味と言い切ることはできず、緑茶や紅茶などのように、適度な渋みが口の中をさっぱりさせる「良い味」の要素として受け入れられている食品もあります。ただし、コーヒーにおける渋みはやはり、概ね「良くない味」の要素として捉えられています。渋みは苦味と共存すると相乗的に増強すると言われており、茶と比べて味全体に占める苦味の位置付けが大きいコーヒーでは、渋みの持つ収斂性が、さわやかさよりもむしろ不快さを与える方向に働くこと、渋みの存在によって、上述した「強すぎる苦味」を感じやすくなることが、コーヒーにおける渋みが不快である理由の一つに挙げられるでしょう。

コーヒーにおいて渋みの元となる渋味成分は、クロロゲン酸類と、その分解物であるコーヒー酸フェルラ酸に由来すると考えられます。コーヒー酸やフェルラ酸は、一つのベンゼン環に水酸基(もしくはメトキシ基)が結合した、多価フェノール化合物の一種であり、またクロロゲン酸類は、コーヒー酸またはフェルラ酸が一分子または二分子と、一分子のキナ酸が結合した分子です。一般的によく知られている渋み成分としては、柿渋や茶などのタンニンがありますが、これらも同様に一分子中に多価フェノールを有する化合物です。この多価フェノール基を多数持つことが、タンパク質と結合して変性させるというタンニンとしての活性(タンニン活性)に関与しており、この活性によって口腔のタンパク質を変性させることが、渋みを生じるメカニズムだと考えられています。コーヒー酸やフェルラ酸は、多価フェノールそのものであって、それ自体の渋みは極めてかすかなものでありほとんど感じられません。またクロロゲン酸類もコーヒー酸やフェルラ酸を一分子のみ持つもの(CQAやFQA)では、その渋みはごくわずかだと言われています。しかし、二分子のコーヒー酸またはフェルラ酸を持つイソクロロゲン酸類には、やや弱いながらも「タンニン」と呼んでいい程度のタンニン活性があり、渋み物質として作用します。このイソクロロゲン酸類が、生豆の段階からコーヒーに含まれている渋み物質の有力な候補だと言えるでしょう。実際、一般にイソクロロゲン酸の含量が多くなると、コーヒーには「金属性の異味」が生じるといわれ、どちらかというとイソクロロゲン酸の含量の多さは生豆の品質が低いことの指標と考えられています。コーヒーの渋みの強さは焙煎の程度によって変化し、浅煎りの段階では比較的強く感じられますが、それから中煎りへと進行するにかけて、徐々に減少していきます。これはイソクロロゲン酸類が焙煎の過程で分解され、クロロゲン酸類や、コーヒー酸とキナ酸に変化することによって渋みが弱まることによると考えられます。しかし焙煎がさらに進行すると、一旦減少した渋みが再び、強い苦味を伴って増加してきます。これはコーヒー酸の重合によって、苦味物質として挙げたビニルカテコールオリゴマーポリマーなどの一部が、複数の多価フェノール基を持つことで、渋みを呈するようになるためだと考えられます。