脂質の「味」?

一般に脂質、あるいは油脂分は、特定の「味覚」をもたらすものとしては認識されていません。ただし中華料理などでは、油が「料理にコクを与えるもの」として用いられることがありますし、生クリームやバターなどの乳脂肪分にもコクの要素を見いだすことが可能です。コーヒーについても油脂分がコクの元になるものであるとともに、香り成分を溶かし込んで口腔内にとどめる役割を果たしており、風味全体に影響するものだと考えられています23

また一方、食品中に含まれている脂質には、脳にある種の「快楽」をもたらす作用があるという説も提唱されています24。これはポテトチップスやフライドチキンのような、いわゆる「ジャンクフード」が好まれ、またヒトによっては「習慣性」に近いような作用があることと結びつけて考えられています。もともと、脂質は生物にとって、栄養学的に見た場合、単位あたりのカロリー(エネルギー)が糖質やタンパク質より高く、エネルギーを効率よく摂取するという観点からは優れた栄養素であると言えます。このことから、甘味やうま味など、生物に必要な栄養素が「おいしい」と感じられるのと同様に、脂質に対しても「おいしい」と感じる機構が存在するというのも、それほどおかしな説ではないと思われます。

味覚が脂質をどのように捉えるかについては、まだはっきりとした説があるわけではありません。しかし、味細胞の一部にCD36と呼ばれる表面分子を発現しているものがあり、このCD36が食品中の脂肪酸と結合することから、これが一種の脂質を知覚する機構として働いているのではないかという報告があります24,25。またこのことが、さらに脳内でβエンドルフィンやドパミンなどの、いわゆる脳内麻薬とも呼ばれている、脳が快感を感じる機構と関連した神経伝達物質の分泌に影響するのではないかという仮説も提唱されています。これらは、脂質が辛みや渋みなどよりも、「味覚」に近いメカニズムで認識されるという可能性を示しており、もしかしたら将来、脂質が「6番目の味覚」と考えられられるようになるのかもしれません。

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