第1話
「ゾイドブロックス」
ドキュメンタリー制作部門に配属された私の初仕事は、とある富豪が出資する工場の取材であった。
工場といっても自動車や電化製品の工場ではない。
兵器工場なのである。
しかも、ただの兵器工場ではない。
ゾイドブロックスの違法生産を行う武器商人御用達の工場・・・。
今エウロペでは紛争で増加するブロックスの需要に目を付けた武器商人達がブロックスのコピー生産を行う事例が増えている。
一説では武器市場に流通するブロックスの40%はエウロペ産のコピーブロックスであると言われている。
こうしたコピーブロックスは非合法武装組織やテロ組織に販売され、紛争の激化に拍車を掛けているし、コピーブロックスを生産する工場での児童労働なども問題になっている。
この問題はメーカーも頭を悩ませていて、企業イメージを損ねたり自分達の権利を侵害しているとしてネオブルースター連邦と組んでエウロペ各国にも規制のため圧力を強めている。
今回私たち取材チームはそんなコピーブロックスの工場を取材するため、武器の売買をサイドビジネスで行っている富豪のM氏(仮名)にコンタクトを取り、何とか取材にこぎ着けた次第だ。
「ここが完成した商品を保管している格納庫さ」
この工場の実質的オーナーのM氏が輝く白い歯を見せながら笑顔で商品のブロックスを見せてくれた。
そこには本来ZOITEC社で生産されているブロックス「BZ-002ウネンラギア」が並んでいた。
装甲部を赤いプライマーで塗装された状態で並んでいるウネンラギアはZOITEC社の正規品と変わらないように見える。
「見た目からはコピー品とは思えませんね」
「品質には拘っているからね」
聞けば、本物に近い部材を使用し製作されており強度や耐久度も問題ないらしい。
「現状唯一の問題点はアビオニクス関連だね。使用に耐える物が作れないので、コックピット部等の電装品は外注しているよ」
「それは何処に外注しているのですか?」
これはインタビュアーとしてスルーは出来ない。
この工場以外にもコピーブロックスの製作と兵器の不法取引に関与している組織があるという事だ。
ちゃんと答えるとは思えないが、この質問は番組に深みを出すだろう。
それに純粋に私も気になる。
「う~ん、他大陸からの輸入。とだけ答えておくよ」
やはり答えてはくれなかったが、良しとしよう。
この質問はここで切り上げられた。
「この工場では機体の何パーセントが作られているのですか?」
「80パーセントと言ったところかな。センサー部を除く頭部に、脚部フレーム、各種外装、武装、コア以外の構成ブロックだね」
結構な自給率に私は驚いた。
「構成ブロックまでコピーしているとは凄いですね。コアブロックはやはり中古品を流用しているのですか?」
この質問にM氏は困った表情見せ、暫し考え込んだ後。
「ここから先はオフレコでお願いするけど、―――実はコアブロックもコックピット部もZOITECから正規品を流してもらっているんだ」
「え?」
驚く私を見て苦笑するM氏は話を続ける。
「エウロペのブロックス市場のユーザーの多くはダーティーな組織だ。ZOITECの様な大企業がそんな奴らと直接取引するにはリスクが大きすぎる。そこで僕たち武器商人に出番という訳さ」
最後にM氏は「最も僕は武器商人が本業という訳ではないけどね」と白い歯を輝かせながら付け加えた。
どうやらゾイドブロックスのエウロペに於ける武器市場は私が思っている以上に複雑で政治的な様だ。
ZOITECが武器の違法売買に深く関与しているという事は、おそらくネオブルースター連邦政府も無関係ではあるまい。
この後幾つかの質疑応答の後、再度この事実を番組で使用する交渉を行ったもののやはり答えはNOだった。
肝心な部分を番組で使えない事を残念がると共に、これからこの星の暗部を取材していく事に一抹の不安を覚えながら私は帰路に就いた。
戦争にゾイドは付き物だ。低強度紛争にしたってそれは変わらない。
だが現在紛争地域で使用されるゾイドが少し変わってきている。
今まではガイロス、ヘリックからの払下げの小型ゾイドが主流だった。
(これは両国の対西方大陸政策の一環で型落ちの機体が破格の値段で流通していたからでもある)
しかし現在はそのほとんどがブロックスと呼ばれる人工ゾイドだ。
第2次大陸間戦争、第2次中央大陸戦争の終結に伴い覇権国家は軍縮の最中にある。例によってガイロス、ヘリックからは払下げ品のゾイドが安く市場に出回っている。
にも拘わらず紛争地域で使用されるゾイドの80%近くがブロックスだ。これは正規軍も武装勢力も変わらない。
何故か?
それはメーカーからの安定供給と導入コストの低さにある。
従来戦闘用ゾイドはその素体となる野生ゾイドを必要とした。そのため戦闘用ゾイドを製造するたびに素体となる野生ゾイドの数は減少し、一定数量産してしまうとそれ以上の量産は不可能になってしまう。
どんなに需要があろうともだ。
つまりゾイドは大量生産が出来ないという工業製品としては致命的な欠点を抱えているのだ。
この欠点を克服したのがZOITEC社が開発した人工ゾイド「ゾイドブロックス」である。ブロックスは人工ゾイドであるため資材と資金が許す限りいくらでも製造できる。
この為安定供給が可能なのである。
前述したように従来のゾイドは一定数の量産しか出来ない。
つまり運用側からしてみれば従来のゾイドで事足りるのにわざわざ新型ゾイドを導入しなければならないのだ。
新型機といえばは聞こえはいいが充分なコンバットプルーフがない機体とは運用に不安を残すし、整備や補給に負荷が掛かり、機種転換にも時間を割かなければならない。
これが大国ならばその余裕もあろうが、紛争を行う勢力にはそんな余裕はない。
充分なコンバットプルーフがないという事は未熟な軍隊や武装勢力が運用を間違う事もあるし、ゾイドの供給を海外に頼っているため新型機ほど整備や補給は圧迫され、機種転換訓練なんぞに時間を割こうものなら紛争が泥沼化する。※
しかしブロックスにはその心配がない。必要な機種を必要なだけ量産する事が出来るのだ。
質より数が重視される場面は技術が進化した今日の戦場でも現前と存在する。
だからこそブロックスが重宝されるのだ。
そして導入コストの低さも重要だ。
従来のゾイドは製造や工場からの出荷に要する経費以外に野生体の保護や捕獲にも経費が掛かっている。
勿論ブロックスには野生体の保護や捕獲は必要なく、その分販売価格を低くできる。
そして前述した理由によって量産効果による価格の低下も今まで以上に出来、結果従来型小型ゾイドの三分の一の価格をブロックスでは実現している。(競合する超小型ゾイドと比較しても半分の価格である)
紛争を起こす組織は必ずしも裕福とは限らない。
むしろ裕福でないからこそ、大義を掲げ力に訴える組織も多い。
こうした組織にとって購入価格が低いブロックスは魅力的だ。
安定供給されるため短期間で配備でき、導入コストが低いため少ない資金で数を揃えられる。
この様に安定供給と安さを売りにブロックスは紛争での主役となりつつあるのである。
強力な通常ゾイドではなく大量生産品の安い人口ゾイド(ブロックス)が戦争の行方を左右し、ゾイドとゾイド乗りというロマンチックな関係は終わり兵器とオペレーターという無味乾燥な関係が戦場を支配する。
これからはそんな時代になるのかも知れない。
※:西方大陸の場合ゾイド資源はあるものの、機獣化する技術が劣っていたり生産設備が紛争で破壊されたりする事が多いので外国からゾイドを輸入したほうがコストパフォーマンスがいい場合が殆どなのだ
「紛争地域におけるブロックス普及の背景」サファイア・トリップ帝国士官学校教官著より抜粋