ホーム→黙示録註解→第13章 終末の獣アバドンと偽預言者の活動
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地上に落とされ、イスラエルの絶滅が成らなかった龍は、怒りを発し、海と地とからそれぞれ一匹の獣(人物)を呼び出す。
●地(第二の災い(二人の預言者と獣との戦い))
海から上って来る獣の姿は、角が十本、頭が七つあり、それらの角には十の冠があって、頭には神を汚す名がついている。
この獣は、ダニエル書に記された海からあがってくる四匹の獣(cf.ダニエル7.3~7.7)の総体であり、龍(サタン)と同じ獣の姿(cf.黙示録12.3)である。すなわち、龍と獣はうり二つである。しかし、龍がその七つの頭に冠をかぶっていたのに対して、この獣は十本の角に冠をかぶっている。この十の冠は、終末に現れる十人の王のことであり、彼らの権威は一時的なものである(cf.黙示録17.12)。獣は、これら十人の王を束ねる王の王(cf.ダニエル7.20、黙示録17.12~13)である。龍は自分の力と位と大いなる権威とを、この獣に与える。
この獣は、かつて死ぬほどの傷を受けた頭(王)であり、それは四匹の獣の七つの頭の一つのことであって、これは、ギリシアを表す四つの頭を持つひょう(cf.ダニエル7.6)の頭の一つ(cf.ダニエル8.9、8.21~25)であり、歴史上の人物としては、セレウコス朝シリアの王、アンティオコス・エピファネスのことである。彼は戦いに敗れ、人間としては病に倒れたが(cf.マカバイ記一6.8~16)、霊としては、剣の傷を受けたがなお生き続けているアバドン(cf.黙示録9.11)という名の獣である。彼は、底知れぬ所に閉じ込められていたが、今、龍によって開放されるのである(cf.黙示録9.2、9.11)。彼は、ギリシアの小さい角(cf.ダニエル8.9)であり、また、ローマの小さい角(cf.ダニエル7.8)でもある。「小さい角」は、彼の標識的名称である。彼は昔、剣に倒れたが、致命的な傷がなおり、終末に人として生き返るのである。
この獣が現れると、人々は龍(サタン)を拝み、また獣(アバドン)を拝んで言う。
□人々□「だれが、この獣に匹敵し得ようか。だれが、これと戦うことができようか」
この獣には、四十二か月(三年半)のあいだ、活動する権威が与えられる。
そこで、彼は口を開いて神を汚し、神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちとを汚す。そして彼は、聖徒に戦いをいどんでこれに勝つことを許され、さらに、すべての部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられる。地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、その名を世の初めからしるされていない者はみな、この獣を拝むようになる。
地から上って来るもう一匹の獣(人物)も、龍によって呼び出される。それには小羊のような角が二つあって(cf.マタイ7.15)、龍のように物を言う。彼は、にせ預言者である。
このにせ預言者は、先の獣の持つすべての権力をその前で働かせる。また、地と地に住む人々に、致命的な傷がいやされた先の獣を拝ませる。また、大いなるしるしを行って、人々の前で火を天から地に降らせることさえする。
さらに、先の獣の前で行うのを許されたしるしで、地に住む人々を惑わし、かつ、つるぎの傷を受けてもなお生きている先の獣の像を造ることを、地に住む人々に命じる。
それから、その獣の像に息を吹き込んで、その獣の像が物を言うことさえできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させる。
また、小さき者にも、大いなる者にも、富める者にも、貧しき者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々に、その右の手あるいは額に獣の名、または、その名の数字の刻印を押させ、この刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにする。
獣の名の数字とは、獣(人物)の名のゲマトリアのことである。そして、その数字は六百六十六である。