Post date: Feb 3, 2013 10:05:39 AM
◇講師:平山夢明(大藪春彦賞作家)
◇ゲスト
・溝尻賢司(竹書房)
・藤野哲夫(光文社)
・鈴木一人(同)
・中津宗一郎(角川春樹事務所)
・中西如(スタジオダラ)
◇コーディネーター:池上冬樹(文芸評論家)
・上野千本『口笛』
・大野水絵『痛い上司』
・小川朱実『ひと夏の記憶』
今月の講師は、ホラー作家の平山夢明先生。ゲストとして、編集者5名をお迎えした。昨年は大震災の影響で、平山先生の回が中止になったため、平山先生の講座は2年ぶりとなる。
講座の前半は、受講生が書いたテキスト3篇の講評、後半は平山先生のトークショーを行った。
(平山先生)
前半の講評。最初の作品は『口笛』。作者は、怪談をイメージした怪奇小説を書きたかったという。「ラストの展開が、ホラーなのかミステリーな のかあいまい」という感想が目立った。池上先生は、「作者が怖いと思って書いたことは全然怖くない。何が一番怖いのかということを、 作者がよく考えていない」と指摘。
(池上先生)
平山先生は、怪奇小説を短編で書く時にしなければならないこととして、「小説の顔を決める」「構成 を決める」の2点について語った。タイトルを含む冒頭というのは、読者がこの 小説を読むか否かを決める重要な部分である。だから、冒頭で、これがどんな小説なのかを教える、つまり小説の顔を見せることが大事だ という。また、構成を決めないで書くと、どうしても前半の説明が多くなり、ストーリーは分かるが面白くないという小説になる。短篇の 場合は、書きたいことを書く前に枚数に達してしまうということが起こる。それらのことを防ぐために、書き始める前にきちんと構成を決 めておく必要があるという。構成を組む時に気を付けなければならないのは、出来事を時系列に説明していく組み方は避けるということ。 「何が起きているんだろう?知りたい、という欲求が、読者がページをめくる原動力になる。説明のし過ぎは、読者からその欲求を奪うことになり、ページをめくらせないことにつながってしまう。だから、何が起きてるんだ?と思わせるように組むこと。特に冒頭は乱暴でいい。ブン回して書け」と平山先生は話す。
(溝尻氏)
(中西氏)
次に『痛い上司』。作者が書きたかったのは、自身の体験をもとにした、クスッと笑えるような小説だという。「体験談だけに終始している」 「話を絞り込んだ方がいい」「タイトルがつまらない」などの感想があった。池上先生は、現在の小説は職業を書くのが主流となっている ことに触れ、それがしっかり書かれていると評価。しかし、主人公の設定が最後まで傍観者であること、カタルシスが無いことを指摘、 「主人公が何か行動を起こし、自分の未来を切り開いていく様を描くべき」と話す。平山先生は、この作品の問題点として、ドラマが無いということをあげている。小説におけるドラマについて、次のように語る。「小説を読むというのは、読んでいきながら、感情の起伏を激 しく起こさせてもらう、または何かの知見を得るということで、それがドラマなんです」。この作品をドラマのある作品にするには、主人公を常に物語の中心に置き、登場人物や出来事と関わりを持たせていくこと。そして、その主人公が読者の共感を得ることが必要である。
(藤野氏)
(鈴木氏)
最後は『ひと夏の記憶』。作者は、不思議な話の恋愛小説を書きたかったと話す。かなり水準が高いという評価を得た作品で、「描写に もっとメリハリをつけて」「キャラクターの顔や景色が見えるように書くこと」「エロティシズムの描写を加えるといい」などのアドバイ スがあった。平山先生は、冒頭の「満月の匂いがした」という一文を、名文だと絶賛。しかし、この作品の後半が長くなり過ぎていると し、「冒頭の一文に引っ張られ、テーマを決められないまま書き進めてしまったのでは」と分析する。平山先生は、テーマを「時間軸であ り、小説の終わりを決めてくれるもの」と定義。「テーマが決まっていれば、書くこと、書かないことは明確に分かるはず」と話す。ま た、この作品のように、名文が出たときというのは、注意が必要だという。気持ちが高揚し、どうしても大きなことをやりたくなってしま うからである。その結果、書き手は、自分が理想とすることと実際に自分が書けることのギャップに苦しむことになる。名文、名アイディア、名タイトルを思いついたとき、書き手はどんなことに注意して創作に取り組めばいいのか。平山先生は、理想と現実を船に例え、次のように話す。「いきなりタンカーを造ろうとせず、自分の手で動かせる小さなボートから初めて欲しい。そうすれば、必ず上手くいく。小 説は、とっても小さい舟でも生き残れる。短篇でも何十年、何百年と残ることが出来る」。
(中津氏)
後半のトークショーは、平山先生の意向もあり、質疑応答の形をとって行われた。平山先生は、ご自身の体験 から得た解釈を交えながら、受講生の質問に丁寧に答えてくださった。
(平山先生と池上先生)
キャラクターの作り方や書き方についての質問があると、平山先生は、「目立つこと を考える」と回答している。様々な職業を経て、最終的に小説家になったという平山先生は、「優秀な人がたくさんいる中で、僕が小説家 としてやっていくに は、先ず目立つということがとても重要だった。誰も考えていない、読んだことのないキャラを出そうと意識していた」と話す。そのためにしたことが、普通に いる人の火力をちょっと上げるということ。ある種の人間を必ず暴れさせたり、異物を入れたり、価値観の違う人間を入れることによっ て、火力が上がる。それが、ドラマになってくるのだという。「ドラマが書けてない時、アイディアに詰まった時、ちょっと滑っちゃってる時というのが必ずある と思う。そんな時は、 『火力を上げる』ということが助けになるはず」と平山先生は話す。
また、「怖さ」「恐怖」とは何か、 という質問に、平山先生は、「ホラーとは、ある 状況とある状況が起きた時に発する匂いだとか音だと思う」と答えている。ホラー作家の肩書きを持つ平山先生は、「怖い」とは何かにつ いて、何度も考えたと いう。しかし、「怖い」をいくら追求しても答えは見つからない。分かったことは、ある状況の火力を上げて、問いを立てると「怖い」が 出てくるということ だった。例えば、お父さんと子供2人が海で溺れている。でも、この板切れに3人で掴まることは出来ない。自分か、もしくは子供のどち らかが離さなければ沈 んでしまう。こういう時どうすればいいだろうか?私ならどうしよう?という問いを立てると「怖い」が出てくるのである。平山先生は、 「問いを立てる」とい うことの重要さについて、次のように話している。「僕達の仕事というのは、簡単に言えば、世間様に向かって問いをぶつけることです。 こういうのってどう思 いますか?こういう時どうしますか?って投げかける仕事なんです。だから、常に問いを立てて欲しい。そうすれば、必ず心を打つ。結 局、読者の皆さんが面白 いって言ってくれるのは、問いの質によるところが非常に大きい」。
質疑応答を終えると、平山先生は、タイトルや冒頭がいかに重要であるか、また説明描写と状況描写の違いについて、ユニークな例え話を用 いながら解説。最後を次の言葉で締めくくった。「小説では、揉め事、嫌な事、汚い事、どうしようもない事、いっぱい詰め込んでくださ い。そうすると、小説は加速する。面白くな る。普段の生活じゃ、そういうことはみんな避ける。でも、便利じゃない方がいいってこともある」。
講座の終了後、極上のエンターテインメントを見終わったような気分になった。講座の中で、平山先生は、魅力的な主人公であり、名演出家であっ た。受講生の満足そうな笑顔をいくつも見つけながら、平山先生が一番伝えたかったことは何かについて考えてみた。「僕達の仕事は、世間様に向かって問いをぶつけることです」。講座の主人公が、真剣な表情できっぱりと言い切った台詞が、耳に蘇った。
(H.F)