Post date: May 18, 2012 3:42:22 AM
◆講師:井上荒野(直木賞作家)
◆ゲスト:山田剛史(角川書店)
◆コーディネーター:池上冬樹(文芸評論家)
4月講座は井上荒野先生が講師でした。
最新作の「結婚」では仙台についても書かれていますが、実際に訪れたのは講座の日がはじめてとのこと。
和やかな雰囲気で講座ははじまりました。
最初は受講生が作成したテキストの講評からです。
(にこやかな井上先生)
・「ウィスキーの魔法」杉本みはる
井上先生はエッセイについて、“感動する話、ちょっといい話”にする必要はないと思われているそうです。
この作品の場合、被災者であるにもかかわらず、会うと常に笑顔の女性について書かれています。
“なぜ笑っていられるの?”という違和感を抱いたのなら、
その人の笑っている場面だけを追いかけて、違和感がそうでないものに変わる瞬間や、
その人自身について見たこと聞いたことを“自分自身のことば”で書くようにした方がいいとのことでした。
・「石の光」杉本みはる
主人公が思いがけず人以外の物に変身してしまうのですが、それが“歯ブラシ”という意外性が好評でした。
小説としてはアラもあるけれどチャーミングな持ち味があってよかったそうです。
今度書くときは作中に憎まれ役として登場した人物について、その人の、ある一日を、
本作と同じトーンで書くと面白そうとのことでした(ただし“歯ブラシ”にしたりせず、リアルに)。
(ゲストの山田氏)
・「名無しのパンダ」チアーヌ
破綻なく上手くまとまっているが、上手いがゆえに、あまりにサラッと読めてしまうそうです。
題材は、井上先生も書いてみたいと思う良さがあるそうですが、登場人物の人間が描ききれていないとのことで、
特に主人公がつき合っている男性の扱いが軽いので、これをもっと書くと変わるそうです。
男女のドライな関係を描く場合、それを緻密に書かないと読み手には伝わらないとのことでした。
・「ソロリキウム」小川朱実
上手だけれど残るものが少ないとのことで、題材(不倫、肉体関係等)への既視感を原因にあげておられました。
小説を書くときは、自分の心の底の普段は下りて行かない場所まで行って、そこと作品とに道をつける事が必要、
そうしないと人の心を打つ小説にはならないとのことです。
本作の場合、何を小説の骨肉にするのかを、より考えていってほしいとのことでした。
(小説の骨肉について真剣に話される井上先生)
後半は新作の「結婚」についてのトークでした。
(講座のコーディネーターで書評家の池上冬樹先生は、この作品を“傑作”と絶賛されています)
(『結婚』の良さを語る池上先生)
井上先生の父は、人気作家だった井上光晴氏です(その晩年を描いた「全身小説家」という映画もあります)。
その父が書いた同名小説「結婚」を久しぶりに読み返して、面白いと感じたことが、きっかけだったそうです。
同作は父としてはめずらしく恋愛を扱っていて、その分野なら自分にも言いたいことがある、父としゃべりたい。
そう思って書きはじめた、とのことでした。
結婚詐欺師という題材については全く同じとしながら、父の作品がミステリの形式をとったのに対し、
そうならないように、父の作品にはなかった女性の視点から、物語を展開しています。
多くの登場人物と、それらの関係が、微妙に、かつ緻密に書き込まれていると池上先生が評されていました。
「お父さんと張り合おうとは思わなかった?」との問いかけに、
「思わない。たぶん、まったく別なものになると考えていたから。父の書かなかったものを書くので」
と、おっしゃっていたのが印象的です。
とても充実した講座だったと思います。
(H.A.)