Post date: Aug 13, 2010 2:12:43 AM
■「せんだい文学塾」7月講座レポート
●講師 深町秋生(「このミス大賞」受賞作家)
柚月裕子(「このミス大賞」受賞作家)
●コーディネーター 池上冬樹(文芸評論家)
講座は前半のテキスト講評と後半のテーマトークの2部構成です。
1.テキスト講評
今回のテキストは3作品です。以下、講師からの講評を略記します。
①「プラハの夜に」(エッセイ、6枚) 佐野のぶさん
あらすじ……ひとり旅でチェコを訪れた女性がオペラを観劇し、一人の男性が待っているのかどうかを心待ちにする。
講評
(柚月)小説的含みの多い作品である。主人公が若い女性かと思ったら年配の方だったり、出会った男性と恋愛関係のようなものが始まるのか思わせて、実は相手がタクシーの運転手だったりと、驚きの要素をもたせている。それらがエッセイと言うより小説的だと思った。もっと枚数を使って書いても面白い。男性の表情については、読者にイメージさせる程度には描写してほしかった。
(深町)作者は文章力がある人だという印象をもった。語尾がきれいで、文章のリズムが良い。漢字の使い方も、ひらがなとのバランスがとれていて、使い過ぎていないのが良かった。人物描写は、特に男性が身につけているカフスについての箇所が良かった(”折り返したシャツのカフスがきれいに糊付けされていて清潔感が漂う”)。ただ、相手が異国の人というのもあり、せめて髪の色、瞳の色、肌などは書いてほしい。
(池上)男性についての描写だが、ぼくは表情についてあまり書かれていなくても、スッと読めた。年上の女性なので、もう外見よりも、雰囲気、立ち姿に惹かれたのだと分かる。年を取ってくると外見よりも人間性です(笑)。だから運転手との交流をもっと書くべき。“ちょっとだけ今日身に付けている下着のことを思った。”という生々しい表現が出ていて、そこにこそ、このエッセイの(ひいては作者の)あやうい期待感があり、読者は心をおどらせて読むものです。
佐野さんの欠点はひとつ。自分の体験によりすぎている。エッセイはもっと嘘を書いていい。嘘を交えなければテーマは際立ちません。エッセイストとよばれる人たちのほとんどは嘘をまぜています。
②「いそがしい朝のできごと」(小説、20枚) 安部百平さん
あらすじ……朝、主婦の恭子は、パートへ出る支度を急いでいた。ふだんより忙しかったが、姑は相変わらず家事を手伝おうとはせず、恭子は不満を覚える。ようやく支度が整い車で出勤するが、途中で渋滞に会い恭子は焦った。つい対向車線を逆走して抜けだそうとするが、突然現れた対向車とはちあわせしてしまう。それをきっかけに、恭子の目の前で、予想もしなかった暴力事件が起こった。そして恭子も事件に巻き込まれて行く。
講評
(柚月)書き慣れていると思った。文章でつっかえたり、前に戻らないと分からないような箇所はなかった。だけど、それは良くもあり悪くもあり。えてして書き流してしまうことにもつながります。推敲が重要です。今回の作品の場合、作者の書きたかった事柄と作品とが直結していない印象がある。最後に主人公を追い詰める男に、いまひとつ恐怖を感じない。男が無茶なことをしかねない、と思える情報を作品中で読者に提示すると、恐怖感が増すと思う。
(深町)この作者も文章力がある。リズムが良い。だけど、このタイトルはよくなかった。作品の行きたい方向を示唆していない。恐怖小説だと思ったが、追い詰められる主人公が利己的な人物で、感情移入しにくい。共感ができないと恐怖感を共有できません。シチュエーションの作り方が良くなかった。それと推敲をもっとしてほしい。不要なことばや重複する表現が多くあります。
(池上)この結末はないでしょう。というか、これでエンドマークをうつのがわからない。怖くもないしカタルシスもない。作者はいったい何を書きたいのかが明確ではない。
あらゆる小説はジャンルに帰趨します。評論家なので、ジャンルから攻めていきましょう。まず、サスペンスを書くなら、車のなかに子供を同乗させて不安要素を高める。主人公が守らなくてはいけないものが危機にあうという仕掛け。
あるいは、定型ですが、タイムリミットを設定する。何時何分まで絶対に会社にいかなくてはいけない理由をつくる。横領したのが見つかるので、査察が入る前になんとか隠蔽しなくはいけないとか、そういう仕掛けをつくる。
サスペンスではなくノワールを書きたいなら、姑にいじめられ、いまあらたに理不尽な暴力にあった男にきれてしまい、逆に男を殺してしまうとか、そういう抑圧された深層意識の解放にむけてストーリーをくみたてる。
(このあと、恋愛小説なら、家族小説なら、ホラーなら、というジャンルから物語の方向と結末を考える講評をいただきました)
③「煙に火をつけて」(小説、20枚)烏山寿英さん
(※実は、この小説、コーディネーターをつとめる池上さんが30年前に書いた作品でした。山形新聞が毎月行っている短篇小説コンクール「山新文学賞」を受賞した作品。たいへん申し訳ありませんが、池上さんの希望で、講評はカットさせていただきます。
このように、講座では、シークレットのお遊びもありますので、ぜひ会場におこしください)
2.テーマトーク「新人賞をとるためには」
作家を志す人が、「新人賞」を取るにはなにが必要となるのか。3名の講師に、それぞれの経験に基づいて語っていただきました。その内容について、以下に略記します。
●執筆という行為は、けっこうスポーツに似ています。日々の鍛練、毎日書くことが大事です。
●新人賞の応募作品の場合、最初の10ページには特に気をつかってください。新人賞の一次選考(または二次選考まで)は「下読み」といわれる評論家や編集者たちがあたります。ひとり50本ほどを読み、そのなかから上にあげるのは(賞によって、一次選考か二次選考かによっても異なりますが、たいていは)2、3本です。つまり50本のうち48本か47本は落とす作業です。この作家は書き慣れているか、この作品は印象的かどうかは、冒頭の10頁でたいていわかるからです。
●印字も大事です。他人に読まれることを意識した印字はとてもきれいです。字の間があきすぎていて、縦書きなのに横書きのように見えたりする原稿がありますが、まず読みにくい印字のものに佳作はありません。つまり読まれることを意識していない、推敲していない原稿は駄目ということです。
●新人賞には、それぞれ傾向や特徴があります。自分の作品にあった「賞」を選ぶことは大事です。自分がどのジャンルに向いているのかどうか、また、どの賞がいま狙い目なのかも考えてください。ちなみに3人が下読みをしている「さくらんぼ文学新人賞」は女性だけの文学賞ですが、新潮社の共催があり、また受賞作は「小説新潮」に掲載されて、編集者のフォローもつくので、狙い目です。
●新人賞でデビューするのがベストでしょうが、新人賞以外のデビューもある、ということも、また考えておくべきでしょう。いま活躍している作家の多くは何かの新人賞の受賞者ですが、受賞とはまったく縁のないところでデビューした作家もすくなからずいます。大事なのは、デビューではなく、デビューしたあとに、自分が何を書き続けていくのか、どんな作家になりたいのかを考えることです。
●デビューがゴールではないのです。デビューが、文字通りスタートです。新人賞の下読みをしていると、過去に新人賞を受賞した人がたくさんさまよっています。10年前にA賞をとった人がそのあとぱっとしなくて、今度は別のB賞に応募してくる。B賞をとった人がC賞を狙うということがよくあります。でも、そういう一度賞をとった人が、もう一度賞をとることはとても難しい。
●作家を目指す人は、たくさん書いてほしい。書いたものを人に読んでもらうといい。純文学をめざしていた人が、たわむれにエンターテインメントを書いたら、講師や編集者にほめられることもある。たくさん書いているうちに、自分に向いているジャンルが見つかることがあります。とにかく書くことです。
●そして書いているうちに、自分の声、自分のコアの部分が見つかるでしょう。何を書きたいのかが明確なことが、書き続けていくためには大事なことです。
●チャンスはどこにでもあります。この講座もそう。(池上氏が世話役をつとめ、深町秋生・柚月裕子の両氏が受講生だった)山形の「小説家(ライター)になろう講座」の例でいうなら、作家とともにたくさんの編集者がついてくる。その編集者が、講座に提出されたテキストに目をつけて、その人を育てたいという意欲をもつこともあります。実際、その人は9月に新潮社からデビューします。チャンスはどこにでもあります。とにかく作家になりたいなら、書くこと、書き続けること、講座に作品を提出すること。自分の作品を読んでもらわなければ事ははじまりません。ぜひ「せんだい文学塾」に作品を提出してください。
(※ 講座では以上のほかに、深町秋生・柚月裕子の両氏が「このミス大賞」を選んだ理由、受賞までの経緯、また池上氏が下読み・予選委員をつとめる各賞の傾向に関するくわしい話もありました)
(※ 今回は「せんだい文学塾」としての記念すべき初回講座であり、講座の雰囲気を感じていただくため、とくに詳細なルポにしてあります)