多様な酵母の研究に期待する

第64回日本生物工学会大会 シンポジウム

2012年10月25日(木)午後14:00

神戸国際会議場 F会場(502)

多様な酵母の研究に期待する(新産業酵母研究会(MINCY)後援)

座長: 正木和夫・高久洋暁

昨年20年ぶりに刊行された「THE YEASTS 第5版」には1300種以上の酵母が記載されており、その多様性の中には産業微生物としての有用性が期待されるものも多くあります。これら酵母の多様性、有用性について長年にわたり研究を行われた先生から、それぞれの酵母研究の始まりと内容、時代背景、さらには、今後の酵母研究についての期待されることなどを講演いただきました。

以下の講演要旨は、生物工学会からの許可を得て著者版原稿を転載しています。

出典「第64回日本生物工学会大会講演要旨集」

新規酵母の分離とその機能の応用展開

家藤 治幸(愛媛大・農)

新規な能力を持った微生物を見つけ出し、その機能をなにかに応用していくことは、農芸化学における微生物学の基本の一つのように思う。 酵母は子嚢菌系と担子菌系を合わせ、今日、1,500種以上の存在が明らかとなっている。未知のnon-conventional yeasts の中に、新規な有用性、応用微生物としてのブレークスルーとなるものが存在する可能性も考えられる。

酒類総合研究所では、1904年大蔵省醸造試験所として創立されて以来、100余年にわたり一貫して酵母の研究を行っている。その中で、醸造用酵母はもちろん、他研究機関ではほとんどやられていなかった酵母を利用した環境保全のための研究開発も行って来た。酵母による排水処理は、我が国オリジナルの排水処理技術である。

環境保全に資するという観点から多数の酵母を取得しているが、ここでは、担子菌系酵母であるCryptococcus sp. S-2 について、その分離・同定、それが生産する特徴ある酵素、そして異種タンパク高発現系の構築、について紹介したい。

最初に、生デンプンなど難分解性多糖類の分解酵素を生産分泌する酵母を自然界より分離した。本菌は染色体DNA のGC 含量67% であり、化学分類の結果、担子菌系酵母に分類された。細胞構成糖としてキシロースを含有することなどよりCryptococcus属に同定され、Cryptococcus sp.S-2と名付けた。ribosomal RNA ITS 領域のシーケンス解析ではCryptococcus flavus に最も近く、ITS1 +ITS2(282bp) で98%の相同性があった。なお、本菌はマウスへの静脈内接種、経口接種、経鼻接種試験などにより、その安全性が確認されている。

本菌は、生デンプン分解性α-アミラーゼや、好酸性キシラナーゼ、耐熱性セルラーゼなど特徴のある酵素を分泌する。またリパーゼの一種であるクチナーゼも生産する。本クチナーゼは水分が多く存在する条件においてもエステル合成反応が強いという特徴を有しており、本酵素を利用することで比較的容易に、脂肪酸メチルエステル(バイオディーゼル)や、ある種のエステル樹脂生産が可能であることが示された。さらに本酵素は、各種バイオプラスチックを良く分解する酵素でもあった。ポリ乳酸を効率良く分解する酵素はあまり知られておらず、Proteinase Kが、ポリ乳酸を最も分解できる酵素として研究されていたが、我々の酵素はProteinase Kの少なくとも500倍以上の分解活性を示すものであった。

現在のところ、担子菌による宿主・ベクター系、発現系はわずかしか開発されていない。Cryptococcus sp. S-2 は、菌体外に多量の酵素を生産分泌することより、酵素の大量生産宿主として優れているのではないかと思われた。そこで、Cryptococcus sp. S-2のウラシル要求性株を取得し、それを相補するURA5遺伝子を本菌より取得して、宿主・ベクター系を構築した。本菌はキシロースを炭素源としたときにキシラナーゼを大量に生産することより、このキシラナーゼ遺伝子のプロモーターを利用した発現ベクターを構築した。この発現系により7g/Lの本菌由来セルラーゼ生産ができ、PichiaAspergillusと同等以上の発現生産能力を持っことが示された。また、ダイオキシン、PCB、多環芳香族化合物などの処理に有効であることで環境保全への活用が期待されている白色腐朽菌由来ラッカーゼを、Pichia に比較し数十倍生産させることが可能であり、担子菌系の宿主である特性が生かされているものと考える。 non-conventional yeasts には、産業的利用展開の面でも魅力のあるものが多く存在する可能性があり、その分野に関心を持つ人の増えることを期待する。

出典「第64回日本生物工学会大会講演要旨集」p.105

油脂生産酵母Lipomycesの実績と将来性

長沼孝文(山梨大・院医工総合・生命工学)

微生物油脂は第一次・第二次の世界大戦時には油脂不足を補うための工業的生産を目指しての検討が行われ、それらを基にして油脂微生物の探索や油脂合成のメカニズムの解明が単発的に行われてきた。油脂微生物の一つであるLipomyces酵母は1946年に初登場している。この菌は、光学顕微鏡下においても明瞭に観察できる中性脂質で満たされた菌体内脂肪球を有し、それ以外にも、菌体外に粘性多糖を生産したり菌体表面においてアミラーゼ活性を有するなどの特徴がある。

油脂生産酵母Lipomycesの実績

この酵母の研究を始めて40年近く経つが、知り得る限りでは、世界的にみてもLipomycesのみならず油脂微生物に関する研究が大いに注目されたことはない。そんな中で「生物の代謝は環境によって制御される、能力を引き出すためにやるべきことは」を終始一貫した理念として研究を行ってきた。環境要因としては培地および培養条件を検討対象として、出来るだけ代謝メカニズムにまで言及することを試みた。

グルコースと無機イオンから成る合成培地の構成成分に関して、培地に添加したものが培養中にどのような消長を示すのか、および構成成分量を変化した時の菌体増殖量と個々の菌体当たりの油脂生産量(油脂量/菌体数)への影響を調べた。培養終了時でも多くの量が培地に残存している硫酸アンモニウムのような多量成分に比べて、減速期以降に培地からかなり消失してしまう微量成分の亜鉛・マンガン・鉄は添加量の僅かな違いが菌体増殖と油脂生産に影響した。この結果は、培地C/N比が菌体当たりの油脂生産に強く影響するとする考え方とは違う知見であった。亜鉛の添加量を少なくすると菌体増殖が抑えられ個々の菌体当たりの油脂生産量が多くなった。この原因として、油脂生産に関わる酵素の活性が亜鉛で阻害されることが分かった。

出典「第64回日本生物工学会大会講演要旨集」p.105

野生酵母からの出発: 産膜機構の解明

飯村 穰(山梨大院・医工総合・生命)

産膜は酵母が液体の表面で繁殖し皮膜状となる現象である。この現象の産業との関わりについてはワインの産膜病のように香味を劣化する負のイメージが強いが、一方でスペインにおけるシェリー製造のように産膜を利用して独特のワインを造る例も見られる。そこで、産膜の防止と有効利用のため、基礎的知見としての機構解明を目指してきた。

1.野生産膜性酵母の分離 ワイン製造では原料の加熱処理を行わないため、原料ブドウに付着した野生酵母はそのまま発酵工程に持込まれる。ワインの産膜はこのような原料ブドウ由来の産膜性酵母が発酵終了後まで生き残り、貯蔵ワインの表面で皮膜を形成する現象であると考えられる。そこで貯蔵中に産膜がおきたワインを多数採取し、それらから産膜能を示す酵母25株を単離した。それらの産膜能には違いが見られたが、多くが子嚢胞子を形成し、糖の資化性等も類似していた。その中で特に産膜能の高い3 株を選抜し産膜機構解明のための供試株とした。なお、これら供試株は rDNAを解析するとS. cerevisiaeの近縁種であった。

2.炭素源の産膜性への影響 供試株は炭素源が糖質では産膜しないが、エタノール、乳酸、酢酸などの有機酸を単一炭素源として高い産膜能を示す。その際、グリオキシル酸回路のキー酵素であるイソクエン酸リアーゼおよびリンゴ酸シンターゼ遺伝子の転写レベルが上昇する。したがってグリオキシル酸回路の活性は産膜にとってきわめて重要であると考えられる。なお、グルコースが共存するとカタボライトリプレッションによって、両遺伝子の発現は抑えられ産膜もおきない。

3.産膜因子の特定 通常のS. cerevisiaeの実験室株は産膜能を示さない。そこで、この実験室株に多コピーベクターの遺伝子ライブラリーを導入し、産膜能を示す形質転換体の分離を試みた。その結果、形質転換体にはNRG1 のC 末端相当部位が欠落しDNA結合能が変化した遺伝子が導入されていた。NRG1FLO11の発現抑制因子であることからFLO11が産膜の主要な因子であることが示唆された。さらに産膜能の付与にともなって細胞表層の疎水性が上昇したことから、疎水性が産膜の主要因である可能性が示された。

そこで供試野生産膜性酵母(いずれも二倍体)についてヘテロ破壊株(Δflo11FLO11)およびホモ破壊株(Δflo11/ Δflo11)を作製しその産膜能を調べた結果、野生型に比較しその著しい低下が認められたことから野生産膜性酵母の産膜においてFLO11が必須であることが明らかとなった。またシェリー酵母A9株(二倍体)においても同様にFLO11 に関するホモ破壊株では産膜能が全く見られないことから、FLO11が必須因子であることが明らかとなった。

FLO11 の発現については供試産膜性株においては炭素源がエタノールで上昇しグルコースで低下する。また、対照の非産膜性株において発現は極めて低い。

4.産膜の利用 供試産膜性株は高い産膜能とともに高いアルコール発酵能を有する。すなわち産膜は嫌気から好気的増殖へと切り替わるdiauxic shiftの現象であると考えられる。ここで産膜性株を利用した気- 液界面でのエタノール発酵を考えると、グルコース存在下での産膜が必要である。それには炭素源の種類によらないFLO11の構成的な高い発現が必須条件である。ここではその方法についても考察する。

出典「第64回日本生物工学会大会講演要旨集」p.106

Yarrowia lipolytica:SCPから新産業酵母へ

太田 明徳1,2、 福田 良一21 東農大・バイオサイエンス、2 東大・農・応生工)

Yarrowia lipolyticaはn-アルカンを資化する酵母であり、今から40年前の、石油が安価であった時代にはSCP(single cell protein)、いわゆる石油タンパク質を製造するための酵母として注目された。しかしながら、多くの企業が関わった石油タンパク質製造の研究は、石油由来の発がん性物質の混入がないことを証明できず、また、原料とするn-アルカンに由来する炭素数が奇数である脂肪酸の人体に対する影響の懸念を払拭できなかったために、実際の生産技術として結実することはなかった。この酵母はまた、多種の炭素源を利用して著量のクエン酸を生産するので、かつてヨーロッパでは生産菌として利用され、米国FDAよりGRASとして認定されたが、クエン酸生産生物としてはAspergillus nigerを凌ぐことはできなかった。結局、n- アルカン資化やクエン酸生産の機構について十分に理解されることはなく、脂質代謝の基礎的研究のために細々と利用されるのみで、本酵母の存在はいわば歴史に埋没しつつあったと言える。ところが、幸いにしてヨーロッパの酵母グループによってゲノム塩基配列が2003年に明らかにされ、当研究室による遺伝子操作技術の向上や、近年の分子解析技術と細胞技術の著しい発達もあって、本酵母の特異な性質について解明し、改めて生産酵母として育種する条件が生れている。

これまでに講演者らはY. lipolyticaにおけるn-アルカンと脂肪酸の末端水酸化を行うチトクロームP450をコードするALK遺伝子群の発現を解析した。n-アルカン存在下に最も強く誘導されるALK1の転写はYas1、Yas2によって活性化され、Yas3によって抑制される。n-アルカン存在時にYas3は核から小胞体に局在を変え、これはYas3が膜脂質ホスファチジン酸を介して膜に結合するためであることを示唆した。最近Yas3が様々なホスホイノシチドに結合するデータが得られているので、n- アルカン存在時におけるこれらシグナルリン脂質の細胞内における挙動がYas3の局在とALK1の誘導発現に重要な役割を果たす可能性がある。

Y. lipolytica野生型株および上記転写因子遺伝子の破壊株について、n-デカンの有無によるトランスクリプトーム解析を行ったところ、n- アルカン代謝に直接的に関わる遺伝子だけでなく、機能未知の遺伝子を含む多彩な遺伝子がn-デカンにより誘導されること、また、遺伝子発現にYas2とYas3が関わる遺伝子群について推定することができた。

以上に加えて、CYP52 に含まれる全てのALK 遺伝子12 種を破壊した株の作成とそれから得られた各ALK遺伝子の機能の解析、および脂肪酸代謝を制御する制御因子POR1の性質についても報告する。

本講演では以上の結果と、本酵母に関するこれまでの他研究者の研究成果を総合し、Y. lipolytica のアルカンあるいは油脂を原料とする物質生産についての可能性を考察する。

出典「第64回日本生物工学会大会講演要旨集」p.106

ウイルス様酵母線状プラスミド ―機能解明とその展開―

郡家 徳郎(崇城大)

酵母の遺伝子操作研究は2μmDNA プラスミドの発見とそのベクター化に始まる。我々は新しいプラスミドの探索を行い乳糖資化性酵母Kluyveromyces lactisから細胞質に局在する2 種のプラスミドpGKL1(8.9kb)、pGKL2(13.5kb)を発見したが、これは線状構造を呈し、プラスミドは環状という従来の常識を破るものであった。細胞質に局在することは生物学的にも興味深く、また、パン酵母(Saccharomyces cerevisiae)など異種酵母にも安定に導入できるので新規ベクター構築の面からも期待された。近年、線状プラスミドは種々の酵母種から続々と発見され30種近くに及ぶが、いずれも細胞質に局在し、ゲノム構造や遺伝子機能にも類似点が多いことから共通起源に由来すると考えられる。

pGKL2 には細胞質で特異的に働くDNA 複製関連因子(DNApol、単鎖DNA 結合タンパク質、複製起点結合タンパク質など)や遺伝子発現関連因子(RNApol、ヘリカーゼ、mRNA-キャッピング酵素など) をコードする遺伝子が並び自律的に複製可能であるが、pGKL1(キラー毒素生産)は単独で複製できず、その複製維持にはpGKL2の存在が必要である。一般に線状ゲノムの複製には末端複製問題(end replication problem)と絡み関心がもたれるが、pGKLの末端構造は5’側にタンパク質TP(terminal protein)が結合したアデノウイルス型であり、TPプライミング方式で複製すると考えられる。TP遺伝子がDNApol 遺伝子と一体化し、同一ORFの上流ドメインから読まれる点もウイルスに類似して興味深い。

線状プラスミドのプロモータ(UCS)を上流に繋いだロイシン融合遺伝子(UCS-LEU2)は細胞質に局在するpGKL1 上で発現し、組換え実験に用いた宿主パン酵母(leu2)のロイシン要求性を相補するが、核内に局在する2μmDNAベクタ− 上では発現しない。これは、UCS が細胞質特異的なプロモーターであり、宿主のRNApolIIと適合しないことを意味する。UCS-LEU2融合遺伝子と染色体ウラシル遺伝子(TATA-URA3)の両者をpGKL1に導入した細胞質性組換体プラスミドpCLU1 を構築した。pCLU1 はpGKL2 と共存し細胞質に局在するので、宿主パン酵母(leu2,ura3)はロイシン無添加培地に生育するがウラシル無添加培地には生育出来ない。しかし、長時間培養後にウラシル無添加培地上に10−3 の低頻度で小さなコロニーが出現した。これは細胞質性線状プラスミドが低頻度で核内に移行し、宿主染色体のテロメアが末端結合した線状プラスミド或いは分子内組み換えによる環状化プラスミドに構造変化して複製し、核内でウラシル遺伝子が発現する結果であると判明した。TPプライミングによる複製機構が核内では機能せず、宿主ゲノムの複製機構に適合すべく構造変化したものと解釈される。

酵母のトランスポゾンTyはゲノム間を転移し、移転先近傍の遺伝子発現に様々な影響を与える。本実験では核内で機能しないUCS-LEU2 遺伝子がその上流域へのTy挿入により活性化され、またその活性化は二倍体(MATa/MATα)で顕著に抑制される現象(ROAM効果)が観察された。一方、Tyで活性化された核内のUCS-LEU2と細胞質にあるUCS-LEU2の間には発現調節機構の相違がみられた。

本大会では上記したpGKL 線状プラスミドの酵母細胞内における様々な挙動、構造・機能変化を中心にその動的多面性を論議する

出典「第64回日本生物工学会大会講演要旨集」p.107