Non-conventional yeasts から次世代微生物産業へ

日本農芸化学会2012年度大会 シンポジウム 平成24年3月25日(日)午後

Non-conventional 酵母で元気が出る「もの作り」(新産業酵母研究会後援)

世話人:北本宏子(農環研)、正木和夫(酒総研)


以下の講演要旨は、日本農芸化学会から許可を得て、著者原稿版を掲載しています。

出典「日本農芸化学会大会講演要旨集2021年度大会(京都)」

「Non-conventional yeasts から次世代微生物産業へ」

Non-conventional yeasts for the microbial industry in the next generation

○高木 正道(新潟薬科大)

○Masamichi Takagi (NUPALS)


 酵母は現在までに100 属余が報告されている。今後も植物や土壌などを分離源として新規の種が発見される可能性が高い。特にわが国は豊かな植生を有し、多様な酵母が棲息するとみられ、それらを遺伝資源として広範に活用することが期待されている。酵母の産業への利用では、従来、酒類醸造をはじめ食品産業分野において、特にSaccharomyces 属が主要な役割を果たしてきた。さらにS.cerevisiae およびSchizosaccharomyces pombe は真核生物のモデル細胞として遺伝学、分子生物学などの研究対象として生物学に大きく貢献してきた。

 一方、これら以外の酵母、いわゆるnon-conventional yeasts については近年、有用形質への世界的な関心の高まりの中で、わが国においても例えば油脂生産酵母、界面活性剤生産酵母、生分解性プラスチック関連酵母など産業への利用の可能性が示され、今後「もの作り」のための新規有用形質を持つ酵母の発見が期待されている。酵母は産業利用にあたって他の真核微生物にない優れた特徴を多く備えている。世代の大部分を単細胞ですごすため他の真核生物に比べゲノム解析、遺伝子操作が容易であることから逆遺伝学的研究が可能であり、そのため改良育種しやすいなどである。さらに遺伝子組換えの宿主としても蛋白質輸送系のオルガネラが発達しており、異種蛋白質の分泌生産に適するなどの優れた特徴を備えている。現にKluyveromyces marxianusHansenula polymorphaPichia pastoris のように形質転換系が確立され異種タンパク質生産の宿主として優れたものもある。また、酵母には細菌に比べウィルス汚染が少ない、細胞が比較的堅牢である、菌体を回収しやすいなど培養に際しての長所もある。さらにnon-conventional yeasts においてもゲノム解析およびプロテオーム解析を機軸にした研究が進展しており、有用形質の探索とその発現機構の解明や高度利用が世界的に広がりつつある。実際今年の9 月にヨーロッパで開催された「Non-Conventional Yeasts in the Postgenomic Era」と題した国際シンポジュウムでもこれら酵母の重要性が議論された。このような多くの長所をもつ酵母を駆使した有用物質生産によって、環境、エネルギー、医療等が抱えている課題を解決するため、基礎から応用までの幅広い研究が求められている。

 これらを背景に本シンポジウムではnon-conventional yeasts の「もの作り」への利用に関するトピックスを取り上げ、分類学的な多様性、宿主としての有用性、そして有用物質生産について先進的な研究例を紹介していただく。本シンポジウムは「新産業酵母研究会」と共催である。この研究会は産業利用に大きな可能性をもつ酵母について多方面からの会員相互の情報交換と「もの作り」への展開を主目的とし、特にnon-conventional yeasts への世界的な関心の高まりを背景に、微生物利用産業の次世代を築く礎になることを目指し昨年(2011 年)6 月に発足した。この若い研究会の成果が世界に向けて発信されることを期待し、このシンポジウムをその一助としたい。

【キーワード】

non-conventional yeasts (NCY), The Meeting for Industrial NCY (MINCY), fermentation by NCY


なぜ新たな酵母Kluyveromyces marxianusに魅力を感じるか―Saccharomycesとの優劣比較―

Why the non-conventional yeast Kluyveromyces marxianus is so attractive -Comparison of merits and demerits with Saccharomyces-

○赤田 倫治(山口大・医系)

○Rinji Akada (Yamaguchi Univ Grad Sch Med)


 一生のなかで酵母との出会いを意識するのは,例えばパンやお酒であったり,生物化学の解糖経路であったりするのでしょう。深く知れば知るほど,発酵の酵母,あるいは究極の細胞として の酵母の素晴らしさが理解されてきます。しかし,不思議でたまらないことが,酵母といえばSaccharomyces cerevisiaeがあたりまへだといふことです。なので,non-conventional酵母と呼ばれる酵母たちの活躍の場が少ないのが現状のようです。

 Non-conventional酵母の取り上げ方は,conventional酵母にはない特殊能力を持つ点が強調されることが多いですが,S. cerevisiaeが万能であるわけでもありません。ここでは,酵母 Kluyveromyces marxianusS. cerevisiaeを正確に比較し,優劣を議論します。

 K. marxianusは耐熱性酵母として知られており,49℃でも増殖できる能力を持ちます。S. cerevisiaeと全く同じ種類の培養液を用いて37℃でも普段の培養を行うことができます。40℃付近で増殖ができなくなるS. cerevisiaeと比較すると増殖速度や培養に関しては優れています。 K. marxianusのエタノール発酵能力はS. cerevisiaeと比べても遜色がなく,しかも40℃での発酵が優れています。発酵条件は異なるので単純な比較はできませんが,少なくともS. cerevisiaeがエタノール発酵で優れているというイメージは間違っていると感じます。

 次に遺伝子工学的側面では,分泌性ルシフェラーゼで比較したK. marxianusでの外来遺伝子発現量は,S. cerevisiaeと比較して,非常に高いことがわかりました。逆に,S. cerevisiaeは発 現量の低いホストであったと考えることができます。

 さらに,K. marxianusではDNA断片の末端が相同配列でなくても結合する非相同末端結合 (NHEJ)がS. cerevisiaeに比べて高頻度に行われます。S. cerevisiaeでは相同組換えが高頻度に行われるため,それが遺伝子破壊などでのメリットとして考えられてきたのですが,実はこの ことがNHEJを利用する遺伝子工学的な方法の開発を遅らせた原因のように思えます。NHEJを利用すれば,PCR産物をそのまま染色体へ高頻度に導入できるメリットや酵母細胞内で2つのDNA断片 を正しく融合させることもできます。つまり,conventional酵母だけを多くの人が利用することにより知識の片寄りが生まれたという考え方です。これに同意できるようであれば,non-conventionalな考え方を持っておられるといえるでしょう。特にそのような方々には,もの作りの能力をきっかけにしてnon-conventional酵母に出会ってみられることをお勧めします。そうでなくても,遺伝子工学操作におけるNHEJの利用は,その簡便さのメリットだけでなく,大腸菌プラスミドを使わないことがどれほど研究に変化を与えるかを教えてくれます。

【キーワード】

Kluyveromyces marxianus, thermotolerant yeast, ethanol

酵母Lipomycesによる油脂大量生産の可能性

Possibility of lipid mass production in yeast Lipomyces

○長沼孝文、正木和夫1、家藤治幸1(山梨大・院医工・生命、1酒総研)

○Takafumi Naganuma, Kazuo Masaki1, Haruyuki Iefuji1

(Yamanashi univ., 1NRIB)


【目的】増え続ける世界人口は、輸入に依存する日本の燃料や食糧の供給を逼迫させる可能性が高い。また、化石燃料の使用は地球温暖化の原因となる二酸化炭素の排出を伴うばかりでなく、そのもの自体の枯渇も取りざたされている。油脂は食料やバイオディーゼル燃料として利用できるが、現状では油脂の自給率は極めて低い。油量作物の栽培面積が多くなく気候的にも適しているとはいえない我が国では自給率を上げることはそう簡単ではない。

 このような背景の下、面積ではなく容積当たりとして短時間の繰り返し油脂生産が可能で、かつ気候影響を受けにくい、「発酵」による油脂生産は有効であると考え、油量作物代替としての酵母Lipomycesによる未利用バイオマスからの油脂生産について検討をおこなっている。今回はその一環として、油脂の高効率大量生産培養および脂肪酸組成制御培養に関して述べる。

【方法】酵母Lipomycesを、グルコース(セルロース由来)あるいはキシロース(木糖)(ヘミセルロース由来)を炭素源とした液体培地で培養し、油脂の高効率大量生産および脂肪酸組成におよぼす培地、培養条件、菌株の影響について検討をおこなった。

【結果】組成の異なる培地における油脂生産量、生産効率を調べた。合成培地に比べて酵母エキスやペプトンを含む半合成培地は、高い糖濃度における油脂生産に適しており、特に少量の酵母エキスと無機塩から構成される培地は、使用し易い培地であった。この培地における酵母エキスの添加量および製品間の違いを調べた。いずれも影響をおよぼし、Lipomycesの油脂生産にとって最適濃度および適応しやすい製品があった。

 培地pHを3.8にコントロールすることで、グルコース培地およびキシロース培地で油脂生成率(油脂量/消費糖量)が20%以上、油脂含量(油脂量/乾燥菌体重量)が60%以上に達した。培地溶存酸素濃度を10%にコントロールすると油脂生産速度を上げることができ、短い培養時間でも多量の油脂生産が可能になった。

 バクテリアのコンタミリスク低減を図っての低pH培養でも油脂生産が可能な菌株、あるいは夏の高温下でも過度な温度制御しなくても油脂生産が可能な菌が野外分離株のなかには存在した。グルコースとキシロースが混在する培地では、キシロースからの油脂生産が抑えられる。そこで、キシロースからの油脂生産能力が高い菌株を混植する二菌株混合培養を行った。その結果、ある特定の菌株の組み合わせでは単一菌株培養よりも油脂生産量は高い値を示した。

 低温培養では不飽和脂肪酸の割合が高くなるが、生育は著しく遅延する。そこで、生育に適した培養温度から培養途中で低温にシフトダウンする方法を用いたところ、生育はそのままに不飽和脂肪酸の含有率が高い油脂を得ることができた。これらの結果から、バイオマス由来の単糖からなら、油量作物代替としての酵母Lipomycesによる油脂生産は十分可能であることが分かった。

【キーワード】

yeast Lipomyces, lipid production, medium

とても多様な日本の酵母

Toward a comprehensive understanding for yeast diversity in Japan

○高島 昌子、大熊盛也(理研BRC-JCM)

○Masako Takashima, Moriya Ohkuma (RIKEN BRC-JCM)


 2011年4月にTheYeasts,ATaxonomicStudy第5版が発行された。本書は、1952年に出版された後、第2版(1970年)、第3版(1984年)、第4版(1998年)と改訂され、13年ぶりの大改訂後の出版で、本版から3分冊になった。収載種数も、版を重ねるに従って増加し、第5版は151属1,312種が収載された。第4版では101属、727菌種であったので、属および種ともに大幅にその数が増加した。分類体系の再構築により第4版から削除された属もあるため、実際には60属以上が第5版で増加していることになる。

 特に、子嚢菌酵母は、複数の遺伝子情報を用いた多遺伝子解析(multigenesequenceanalysis)に基づき、新しい分類体系が構築された。Saccharomyces属を例に取ると、第4版では本属に14種が収載されていたが、いわゆるSaccharomyces sunsu latoとされていた種は別の属に移され、Kazachstania属、Naumovozyma属、およびLachancea属の種として記載されている。一部未整理の部分はあるものの、子嚢菌系酵母に関しては“naturalrelationship”を反映した分類体系ができつつあるといえるのではないかと思われる。一方、担子菌系酵母は、系統的に極めて広く担子菌門の3つの亜門に分布し、またキノコや糸状菌とも系統的に入り混じるため、形態的特徴が少ないアナモルフの分類体系は特に不備な部分が多く、再分類も進んでいないのが現状である。

 我々は、平成19-21年度財団法人発酵研究所特定研究助成「我が国における微生物の多様性解析とインベントデータベースの構築̶亜熱帯域と冷温帯域の比較から」(酵母班)において、利尻島と西表島のサンプルから、約1000株の酵母を分離、LSUrRNA遺伝子のD1/D2領域の塩基配列に基づいて簡易同定したところ、分離株中に200種以上の種が含まれ、そのうち100種以上の新種であることを明らかとなった。これはTheYeasts第5版に収載されている種の数の14%を各々2回のサンプリングで取得したことを示しており、明らかに我が国はリソース資源国である。さらに、西表島および利尻島の両採集地から共通に分離されたのは,分離した種のわずか7%で両地域はまったく異なった多様性を有することも示された。しかし、多様な「種」の存在はいえても、その新種候補の大半を占める担子菌系酵母の分類体系が対応できていないため、当該の新種候補がどの属に帰属するかを決められず、結果として「いくつの属」あるいは「いくつの科」が分離されたかという議論ができなかった。

 環境中の微生物を認識する上で、「群集構造」を共有するための方法は、環境保全やグリーンテクノロジーにまた我が国の豊かな微生物資源の利用のために重要である。分類体系の再構築はそのために必要不可欠なものであるが、その完成を待つことができない今とるべき方法は何か、それを考える立場に我々はいる。

【キーワード】

Yeast taxonomy、diversity、population structure

Yarrowia lipolyticaにおける疎水性化合物代謝とその制御

Metabolism of hydrophobic substrates and its regulation in Yarrowia lipolytica

○福田 良一、太田 明徳(東大院農生科・応生工)

○Ryouichi Fukuda, Akinori Ohta (Univ. Tokyo)


 Yarrowia lipolyticaは、n-アルカンや油脂などの疎水性化合物の高い資化能をもつ子嚢菌酵母である。遺伝学的解析が可能で、分子学的手法が整備された本酵母は、未だ未解明な部分が多い真核微生物における疎水性炭素源の代謝とその制御を解明する上で、良いモデル生物となる。また、本酵母は、有機溶媒などに対する耐性、リパーゼやプロテアーゼなどのタンパク質や有機酸などの代謝産物の高い分泌能、米国Food and Drug Administration (FDA)によりGenerally Recognized As Safe (GRAS)に認定された安全性など、産業酵母として優れた特性を有する。本酵母における疎水性炭素源代謝と制御の解明は、本酵母の有用物質生産への活用を図る上でも重要な課題である。本講演では、Y.lipolyticaにおけるn-アルカンおよび脂肪酸の代謝とそれに関わる遺伝子の転写制御機構に関する我々の研究成果を紹介する。

 Y.lipolyticaを含むアルカン資化性酵母では、n-アルカンはシトクロムP450(P450ALK)により末端が水酸化された後、脂肪酸に変換され、β-酸化により資化されると考えられているが、n-アルカンから脂肪酸への変換経路は未解明である。Y.lipolyticaのゲノムには、P450ALKをコードすると予想される遺伝子がALK1~ALK12の12種存在する。このうちALK1の破壊株では炭素鎖長10のn-デカンの資化能が大きく損なわれ、ALK1およびALK2の二重破壊株では炭素鎖長16のn-ヘキサデカンの資化能に欠損が生じる。さらに12種のALK遺伝子を全て破壊した12重遺伝子破壊株を作製したところ、アルカン資化能が完全に失われたことから、ALK遺伝子群がn-アルカンの代謝に必須であることが明らかとなった(1)。

 また、Y.lipolyticaをn-アルカンや脂肪酸を炭素源として培養すると、それらの資化に関わる遺伝子の発現が誘導される。ALK1等のアルカン代謝関連遺伝子のn-アルカンによる発現制御には、プロモーター上のE-boxモチーフ様配列ARE1に結合するbasic helix-loop-helix型転写活性化因子Yas1pとYas2p、さらにYas2pと結合する転写抑制因子Yas3p(2-4)が関与する。一方、β酸化やペルオキシソームの増殖に関わる遺伝子の脂肪酸による発現誘導にはZn2Cys6型転写因子Por1pが主要な役割を果たす(5)。本講演では、我々の研究により明らかになってきたこれら2つの疎水性炭素源による遺伝子発現制御のメカニズムについてもあわせて発表する。


Reference

1. Takai, H. et al. Fungal Genet Biol. in press

2. Yamagami, S. et al. J. Biol. Chem. 279, 22183-22189 (2004)

3. Endoh-Yamagami, S. et al. Eukaryot. Cell 6, 734-743 (2007)

4. Hirakawa, K. et al. J. Biol. Chem. 284, 7126-7137 (2009)

5. Poopanitpan, N. et al.. Biochem. Biophys. Res. Commun. 402, 731-735 (2010)

【キーワード】

Yarrowia lipolytica, n-alkane, fatty acid

Kluyveromyces lactis のβガラクトシダーゼの開発

Development of food additive including β-galactosidase that Kluyveromyces lactis produces

○塩田一磨(合同酒精・酵医研)

○Kazuma Shiota (Godo Shusei)


 乳は、栄養豊かで魅力的な食品であるが、含まれる乳糖のために腹痛を起こすことがあり(乳糖不耐)、摂取を控える人々も多い。そこで前もって乳糖を分解した乳を製造するために、乳糖を分解する酵素(ラクターゼ)の探索がなされ、細菌、酵母、糸状菌などから、様々な特徴を持ったラクターゼが見出されてきた。合同酒精は、酵母Kluyveromyces lactis のラクターゼ(βガラクトシダーゼ、Lac4p)に着目し、生産菌の育種や製造方法改良等の検討を重ねてきた。Kluyveromyces は、サッカロマイセス科に属し、出芽で増殖する。パン酵母とはよく似た部分も多いが、乳糖をよく分解、資化できることで特徴付けられる。K. lactis のβガラクトシダーゼは、pH6.5 付近の中性域で最適に働き、牛乳のpH とほぼ等しいこと、乳糖をほぼ100%分解できることなどを理由として、乳糖分解乳の製造には最も広く用いられてきた。

 近年、乳糖不耐に対する用途だけでなく、乳糖を分解することで、アイスクリームや練乳等のざらつき感を抑制したり、糖類を添加することなくヨーグルトや粉乳に甘味やリッチ感を持たせたりできること等から、βガラクトシダーゼの使用量は増大を続けている。

 演者らは、K. lactis のβガラクトシダーゼの開発について更に進展させるべく、3つのテーマを掲げて研究を行なっている。(1)クオリティアップ:海外における乳糖分解乳の製造において、原料乳に無菌的に酵素を添加し、保管・輸送中に反応を行う形式が増加している。流通中に酵素が常に働き続けることから、これまでは見過ごされていたレベルの夾雑酵素が悪影響を及ぼす。悪影響を与える酵素を同定し、除去する。(2)アプリケーション:酵素用途範囲の増大に伴い、乳糖分解程度の分析依頼や、特定条件における酵素添加量の推定等の問い合わせも増加している。酵素失活条件やオリゴ糖生成についての問い合わせも多い。(3)トータルコストダウン:これまで長期にわたり生産性の向上を指標に生産菌の育種を継続してきたが、古典的育種法による活性増加が困難になりつつある。そこで、遺伝子組み換えによる生産性増加や、これまでにクオリティを上げるために追加してきた精製工程を、その工程で除かれるものをあらかじめ生産菌に作らせないように育種することで、トータルの製造コストを抑制する。今回は、以上の各テーマに係る検討例を紹介したい。

【キーワード】

Kluyveromyces lactis, lactase, beta-galactosidase

植物酵母が生み出す天然系保湿剤の開発とその利用

Development of natural moisturizer produced by plant yeast and its application

○北川 優(東洋紡・バイオケミカル事業部)

○Masaru Kitagawa (Toyobo)


【はじめに】天然系の界面活性剤のうち、微生物によって生産されるものをバイオサーファクタントと呼ぶ。バイオサーファクタントは、生分解性や安全性に優れた「環境に優しい界面活性剤」としての研究が主流であったが、ここ数年、ライフサイエンス分野へのアプローチから、既存の界面活性剤には見られない高度な分子集合能や生理作用などの特性が見出され、その研究動向は変わりつつある1,2)。我々は独立行政法人産業技術総合研究所との共同研究により、植物酵母を用いたバイオサーファクタントの一つであるマンノシルエリスリトールリピッド(MEL-B)の発酵生産技術の開発から機能開拓まで体系的に研究を進めてきた。本シンポジウムでは、そのMEL-Bを取り上げ、多様な特性の一部を概説するとともに、天然系保湿剤への実用化に向けた検討結果について紹介する。

【MEL-Bの特性】MEL-Bは水と接触した際に、二分子膜構造を基本とするエロンゲートラメラ構造を形成し、攪拌することで巨大なベシクルとなるユニークな界面特性を示す。また、多彩な生理作用を示すが、最近ではMEL-Bがアレルギー反応に寄与するマスト細胞からの炎症性メディエーターの分泌を阻害するという興味深い報告もなされている 2)。【天然系保湿剤としての機能】MEL-Bの機能利用に関する研究を進める中で、培養皮膚細胞や損傷毛を用いた実験からMEL-Bが非常に優れた保湿、肌荒れ改善や損傷毛改善効果を有することを見出し、新しいタイプのスキンケア、ヘアケア素材として、化粧品へ応用できることを明らかにした。またメイクアップ化粧品の中でも重要な位置を占めるファンデーション分野において、MEL-Bで表面処理した顔料を開発した。MEL-Bは粉体表面でラメラ構造を形成して吸着しているものと思われ、疎水性部位を粒子の外側に向けることにより、ファンデーションに必要な耐水性を保ち、かつ糖の親水性部位に水分子を抱き込むことにより保湿効果を示していると思われる 2)。

【最後に】近年、化粧品において安全性を重視する傾向が大きく、肌や環境に対して負荷の低いものを選びたいなどの消費者ニーズが高まっている。MEL-Bに留まらず、さらにユニークな構造を持つ多様なバイオサーファクタントを開発し、それらが化粧品のみならず、幅広い分野で用いられることに期待している。


1)福岡徳馬他, 化学経済, 8月号,52(2010)

2)井村知弘他, COSME TECH JAPAN,2012年1月号掲載予定

【キーワード】

moisturizer, biosurfactant, mannosylerythritol lipid