[裏16]喧嘩の売り方を教えてください。

最初に見たのはScienceのWeb記事でした。「表情ー恐怖とかーは思ってるほど普遍的じゃないかもしれない Facial expressions—including fear—may not be as universal as we thought」というタイトルの上に、目のクリっとした女の子が、その目をさらに大きく見開いて、口をあんぐりと開けている表情をアップで捉えた写真がなんとも可愛らしく、印象的でした。

ポールと言えばエクマン、ワトソンと言えばアルバート、メモリーと言えばHMというのが、Zajoncが読めることの次くらいに大事な話であることは、皆さん良くご承知のことと思います。そのエクマン先生の代表的な仕事が表情の普遍性、すなわち「幸福(happy)」「怒り(anger)」「悲しみ(sadness)」「驚き(surprize)」「恐怖(fear)」「嫌悪(disgust)」という基本6情動にかかわる表情は、世界中のホモ・サピエンスに共有されている。どんな文化圏に住んでいる人でも「カクカクシカジカの時に人が見せる表情はどれ?」といって写真を選んでもらうと、同じ表情を選ぶことが心理学界隈の常識となって早云十年。載ってない教科書を探すほうが難しいようなネタです。エクマン先生、実際、パプアニューギニアの高地に住む、西欧文化との接触経験がほとんどない人々のところまで出かけていって実験やってますからね。説得力が違います(Ekman & Friesen, 1971)。実はこの1971年の論文の前に、ブラジル、アルゼンチン、米国、チリ、そして日本の大学生を相手に表情の普遍性を確認する実験が行われているんですが、どうもこれへの批判がメタメタにあったっぽいんですね。「そんな、西欧文化浴びまくってる連中で研究して普遍性だって、ぷぷぷ」とか言われたんじゃないかと思われます。ハッキリ書いてあるわけではないですが、論文の端々から「そんなに嘘だっつーんなら、パプアニューギニアでやってやるよ! 文句あっか!」という著者二人の気迫が伝わってきて、「直に読んでみたい心理学古典」の一つとしてお勧めのものとなっています(注1)

その超絶有名な基本6情動研究に対してケンカを売っているのがCrivelliさんを筆頭とする4名の研究者(Crivelli et al., 2016)。人類学者と心理学者からなるチームです。しかも実験をやったのが因縁のパプアニューギニアというからには、これは目を通さないわけには行かない。読んでみたら、これまたお腹いっぱい満足感の高い論文でした。研究チームの面々が、現地の社会にどっぷり使って研究を進めたことがシミジミと伝わってくるのですね。例えば第三著者が現地でのべ21ヶ月暮らしたという記述のあとに"His Trobriand adopted family ... are located in Yalumgwa"なんて記述が出てくる。現地家族の養子になってるんですね。相当仲良し。先述のScience記事によれば現地の名前ももらっているようです。もちろん現地の言葉をマスターして、自分たちで実験を行っています(Ekman先生のときは通訳が間に入ってます)。研究には現地の学校の生徒たちに参加してもらっているのですが、その許可も、現地の族長、長老、カソリック布教団、校長先生、そしてパプアニューギニア政府から得ている。いずれも人類学では当たり前のことなのでしょうが、だからといって感銘を受けない理由はありません。

結果なのですが、特に驚きだったのが"gasping"と表される、息を飲んだ表情。いわゆる驚きの表情ですね。冒頭に紹介した、目を見開き、口をあんぐりと開けている、あれです。研究に参加したTrobriandの少年少女たちの多く(75%)が、この顔を「威嚇している顔」として選んだというのですね。念のために同じ手続きでスペインの少年少女にも実験してみたら「驚いている時の顔」という回答が多かった。つまりTrobriandの子どもたちは、基本6情動の「驚き」とされてきた表情を「威嚇」とか「怒り」として受け取っていたというのです。

なるほど。言うほど普遍的じゃないかも。パプアニューギニアまで行けばね。最初はそう思ったのです。でも、ふと気付いてしまったのです。あれ、この表情って、日本でも威嚇に使われてない?いわゆる(いわゆる?)「”どこみとんじゃわれ”という表情」です(注2)。口の形は少し違うかもしれませんが、目を大きく見開き、眉根を持ち上げた、怖いお兄さんとかが良くやる(良くやる?)、あの表情。それにとてもよく似ている。

気がついてしまうと、色々気付いてしまいます。Crivelliさんらの論文には、小規模社会(注3)でgasping表情が威嚇に使われることはアイブル=アイベスフェルトが指摘してるなんて記述がでてきます。さらにgasping表情は空間周波数が高いから、そうした社会での敵対的出会いは、近距離でしか観察されてない、なんて記述も出てきます。つまりですよ、顔を近づけて「どこみとんじゃわれ」とやる。そういうことです。あれ、それって日本でもあるみたいじゃない。

いやはや。困りました。最初に女の子の写真を見て、著者らの現地に溶け込んでる様子を論文で読んで、最初はほんわかとした気持ちでいたのですよ。でもですよ、ひょっとしたらこのTrobriandでは、人々がお互いに「どこみとんじゃわれ」とやってるんじゃないか。そんな妄想にとらわれてしまったですね、最初にみた女の子の写真すら違うように見えてきて、試しに「驚き」で画像検索して出てきた顔もみんな威嚇しているように見えてきて、いや、表情は思ったほど普遍的じゃないかもしれません。


注1:個人的な「直に読んでみたい心理学古典」の筆頭は、Zajonc先生の1968年の単純接触効果論文です。
注2:なお、この表現は尼崎出身の友人の発案です。尼崎がどのような土地なのかは寡聞にして知りません。
注3:Small Scale Society。
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