[裏20] 時流に乗りたい。

職場近くに行列のできるラーメン屋さんがあるのですがここがすごい。開店前、朝8時過ぎから人が待ってるんです。それって朝食がラーメンってこと? それも麺も肉もヤサイもニンニクもマシマシで? 世界は広い。

もう時効だと思うので書いてしまいますが、数年前の某学会。昼休み会場近くの有名ラーメン店にいったら大行列で某さんのことが話題にあがりました。なんでも直前に某公営放送でタコ焼きと行列の関係について消費者行動に詳しい専門家としてご意見を述べられていたそうで、そのようなご専門もお持ちとは知らなかったもので、さすが某さん、タイムリーなネタを上手く捕まえるもんだと頓珍漢に感心した次第です。

最近の気になる行列研究と言えばSparkmanさんとWaltonさんの実験でしょう。大学の食堂で注文のために並んでいる人にアンケートします。回答してくれたら5ドルの食堂割引券差し上げますよーってんですから太っ腹。自分が並んでいる時にこんなの来たら、どんなに空腹で苛ついていても絶対に協力しますね。案の定、百数十人の飢えた大学人からデータを集めることができました。やったことは単純。いわゆるフィールド実験です。生きるか死ぬかで人間の判断が変わりうるってことは心理学者に取ってはノーベル賞級の常識なわけですが、この実験もまたシンプル極まりない。配布されたアンケートが二種類あって、一方には大体こんなことが書いてあった(意訳です)。「最近の研究によると、アメリカ人の10人に3人が、肉を食べる量を減らしています。あなたはどう考えますか?」。さてもう一方。「最近の研究によると、この5年間でアメリカ人の10人に3人が肉を食べる量を減らすよう行動を変えました」。微妙ですよね。微妙なんですが、これが効果あったっていうんです。

割引券もらったら嬉しくてすぐ使うのが人情ですが、食堂のレジ係りがグルで、受け取った割引券と客のレシート控えをステイプラーでパチンと止めて研究者に横流ししていたわけです。割引券の裏には、それを使った人がどっちのアンケートを受け取ったか分かるマーキングがしてあって、後者の「変えた版」を読んだ人だと、メニューに肉類が入ってなかったのが34%。もう一つの統制群は17%だったのできれいに二倍ですね。周りに「変えた人」がいるって分かると、人間、自分のやり方も変えやすくなるんじゃないか。未来はこっちだろう!となると自分の行動も変えるってことでしょうか。

お二人の研究はさらに続き、次は大学の寮で節水キャンペーンが始まるという情報を仕入れて、ここに実験を仕込みます。寮の建物は3つあって、全部が同じ構造と間取り。住人は皆、自分の棟にあるランドリー室の洗濯機を使います。そこでA棟の洗濯室にはこんなポスターを貼ります。「ほとんどのスタンフォードの住人は洗濯機を満杯にします!」。 満杯(full load)で使ったほうが、洗濯回数が減るので節水につながるんだそうです。毎年のように渇水に悩まされているカルフォリニアでは大事なことです。B棟では「スタンフォードの住人は変わりつつあります!」という言葉が追加される。C棟は統制群。何も貼りません。住人が実際に満杯にしたかどうかまでは分からないので、利用回数を計測しましょう。ポスターを貼る前3週間と、貼ってからの3週間での利用回数を比べてみます。言うまでもないことですが、「変わる群(B棟)」では利用回数が28.5%も減って、対するにA棟は9.73%、C棟は2.5%の減少でした。論文を読んでると、もはや結果にはいちいち驚かなくて、むしろ寮の節水キャンペーンなんてタイミングを上手いこと捕まえたお二人のセンスの良さに感心します。

タイミングの良さと言えばTankardさんPaluckさんの同性カップル結婚にかんする米国最高裁判決の研究もなかなかで、2015年6月下旬に判決が出るのを見越して研究を仕込んでおいて、判決結果によって人々の同性愛婚への態度が変化するか検証しているんですね。こういう目端の効き方、見習わねばなりません。こちらの結果もなかなか興味深くて、人々の性的マイノリティ者への個人的な意見には影響が見られなかったものの、合憲判決を受けて「これから世の中は寛容になるだろう」という風に、将来の社会規範については変化が見られたというのです。しかも保守派リベラル関係なく。先に紹介した研究と合わせると、そうやって周囲が変わると予想することで、個々人の行動もかわって、これって美しい自己成就予言ですね。

皆が変わっていく世の中でしたら、そうした時流に乗ることも大事でしょう。アイフォン登場時にビッグウェーブに乗った人と、頑なにガラケーを使っている私と、どっちの方がより多くの幸福を享受しているだろうかと考えると、ちょっと悩んでしまいます。でもね。というのがBergerさんとLe Mensさんの研究でしょうか。急速に流行したものは、人気がなくなるのも早いってことを、フランスの赤ちゃんのfirst name分析から明らかにしていて、ふふん、キラキラネームの話ね。まぁ我が家にはあんまり関係ないけどね(え?)とか他人事気分でいたら、Bergerさんたち突然「研究分野も同じだよね」なんて言うだすじゃないですか。新しい領域を開拓する研究者は、少しずつ着実に仲間を増やしたほうが良いよ。流行りものは命も短いよって、あんまり笑えません。

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References

Berger, J., & Le Mens, G. (2009). How adoption speed affects the abandonment of cultural tastes. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 106(20), 8146–8150. http://doi.org/10.1073/pnas.0812647106

Paluck, E. L., Shepherd, H., & Aronow, P. M. (2016). Changing climates of conflict: A social network experiment in 56 schools. Proceedings of the National Academy of Sciences, 113(3), 566–571. http://doi.org/10.1073/pnas.1514483113

Tankard, M. E., & Paluck, E. L. (2017). The Effect of a Supreme Court Decision Regarding Gay Marriage on Social Norms and Personal Attitudes. Psychological Science, 95679761770959. http://doi.org/10.1177/0956797617709594

Sparkman, G., & Walton, G. M. (2017). Dynamic Norms Promote Sustainable Behavior, Even if It Is Counternormative. http://doi.org/10.1177/0956797617719950