[裏15]愛こそすべて。

専門が専門ですから「進化」という言葉の使い方には敏感です。今年などオリンピックがあったものですから、8月は毎日のように新聞上でありとあらゆるスポーツ選手が進化していて、それはもう大変でした。それで随分と前のことになりますが、「そうだ! 新聞様がどんなに言葉をぞんざいに扱っているか暴いてやろう! そうしよう!」と、一年分の新聞記事で「進化」がどのように使われているのか数えたことがあります(暇だったわけではありません)。結果、夏になると各所で「進化」が大量発生することが判明。高校球児ではありません。ゴジラでもありません。恐竜です。各地を恐竜博が巡業するんですね。

たしかに娘(小学校高学年)を見ても、甥っ子(年中さん)を見ても、恐竜大好き。特に甥っ子の恐竜愛たるや。手だけとか口だけの写真から、「✕△◯ザウルス!」「□●●ロドン!」と即座に名前を教えてくれます。何を見せても瞬殺なので、本当に合っているのか不安にならないでもないですが、彼と彼の父しか分かる人が周りにいないので、まぁ良いでしょう。知らぬが仏。

なぜ恐竜の話なのか。最近、続けざまにカメとトカゲの論文を読んだんです。これがもう面白い。まずカメ。カメが他亀の視線を追うっていうんですよ。「おや?」と他亀が視線を動かすと、「ん?」とその視線の先を追う。それでトカゲ。トカゲは真似するってんです。それも真の模倣ですよ。イミテーションですよ。まじですか。不親切が流儀の本連載ですが少しだけ説明しますと、gaze followingとかimitationってのはヒトの社会性とか文化の進化と発達を考える上で、すっごく重要なテーマってことになってるんです。それをカメやトカゲがやるってことはですね、それらが有羊膜類に共通する特徴である可能性があるってことで、つまりはTレックスが他竜の視線を追ったり、トリケラトプスが模倣したり、そういう可能性がひょっとしたらあるってことで、これは興奮を禁じえません。

研究テーマも大興奮なんですが、論文の中身が、これまたいちいち素晴らしく味わい深い。まずカメ論文(Wilkinson et al., 2010)。カメの視線追跡なんてどう実験したのか。水槽の中央を金網で仕切って、両側にカメさんに入ってもらう。それで金網の上、カメさんの視線の上の方にボードを立てて、一方の側にだけレーザポインタで光を照射する。するとカメが「おや?」と首をもたげる。それを見たもう一方が「ん?」と首をもたげるか。それを数えたんですね。図があるんです。論文に。実験中のカメの絵を描いた図が。「おや?」と首をもたげたカメのその表情たるや。正直、癒やされます。ぜひ皆さんにも見ていただきたいんですが、でも、こうやって期待を煽られてから見ても、たいして癒やされないかも知れません。そういうのありますよね。予告編とネット上の評判が良すぎて映画館でがっかり...までは行かないけれど、物足りなくなること。あれくらいだと思います。まぁいいんです。この論文、どうせ契約図書館でしか読めない、オープンアクセスじゃない雑誌なんで。

カメ論文についてはまだまだ言いたいことがあります。レーザポインタで光を当てるとカメが首をもたげるって書きましたけどね、それやってくれたのはAlexandraさん一匹だけだったんですね。だから他のカメがアレクサンドラの視線を追うか実験した!って論文にはドヤ顔で書いてあるんですけれど(見たわけじゃありませんが絶対にどドヤ顔してます)、素直に読めば、試しにレーザポインタやってみたらアレクサンドラが反応してくれたんで「おっしゃー!!」って実験したんでしょう? それで何回もやるもんだからアレクサンドラさん(推定5才以上)も飽きるらしいんです。ええもちろん論文ではちゃんと馴化って書いてありますよ。で、仕方がないからポインタの色を色々に変えたそうです。緑色とか高いんですよね。見やすいんですけど。あれ、カメって色覚あったんだっけか。他にも、参加カメ全てが年齢不詳とか、性別不詳が半分(4匹)いるとか、それなのにエミリーなんて名前がついてるとか、言いたいことはまだまだ山ほどあるんですけれどもトカゲ行きましょうか。

トカゲ論文もいかしてます(Kis et al., 2015)。「真似」ってテーマはなかなかやっかいで、何が「真の模倣」なのか、真の模倣ができるのはどの動物なのかって熱く議論されてきた(されている)分野です。ただ結果を真似るだけではダメ。そこに至るまでの体の動きまでがコピーされなければ真の模倣とは言えない!ってんで、子供の前で、大の大人が頭でボタンを押してみせたり、そういう世界。トカゲでどうやってそんなことするか。一匹のトカゲにドアを頭で横にずらして開けさせるように訓練(shaping)して、それをビデオに撮っておく。それを液晶画面で別のトカゲに見せて、さぁ、真似するか? 左右反転バージョンのビデオを作っておくわけです。右から開けるのを見たら右から、左からなら左から開けるのか。開けるわけです。それも前脚とかじゃなくて、頭でスライドさせる。見事!イミテーションだ!

とっても面白い実験だと思うんですが、その様子を描いた図が、まぁぞんざい。まず、必ずしも描く必要のない実験者(ヒト)が描かれている。まるで実験者と参加トカゲが見合っているかのような図です。そしてこのヒトとトカゲが、なんか妙な、雑なポリゴン?カクカクした線で描かれている。目鼻とかも省略して全体をグレーで塗っているくせに、微妙な陰影がついていて体型がそれなりに分かる。やる気があるのかないのか。実験用のケージの床には新聞紙を敷いていたらしいんですが、これもちゃんと分かる。見出しは「EL PAIS」。どうやらそういう新聞があるようです。おそらく本物の新聞をスキャンして、わざと解像度下げるなりの処理をしてから、反転して使ってるっぽい。そこまで手を掛けている割に、その画像を雑に何枚も繰り返し貼っつけて使っている。やる気があるのか無いのか。

カメ論文では、参加カメの名前が全て書かれています。アレクサンドラやエミリー(性別不詳)の他、モリー(性別不詳)とかアルダス(オス)とか。それに対してトカゲ論文での参加個体はID番号しかもらえていません。「そりゃ著者の流儀だろう。俺だって参加者の名前なんて書かないよ」。そうかもしれません。そうかもしれませんが、実はカメ論文の第一著者のWilkinsonさん、トカゲ論文の最終著者なんです。どうやら彼女が学生時代に書いたのがカメ論文で、ラボを持ってから書いたのがトカゲ論文。掲載雑誌はどちらもAnimal Cognition。それなのにこの違い。試しにDr. Anna Wilkinsonで画像検索してみましょう。愛こそ全て。