[裏12]継続は力ですよね。

授業をしながら、学生時代を思い出して恥ずかしくなることがあります。例えば初級統計の講義。先生がしきりと訴えるのです。「B社のシェーバーのCMあるでしょう? 通勤途上のサラリーマンを捕まえて、髭そってもらって、”あれ? 朝ちゃんと剃ってきたのに、こんなにまだ剃れる! やっぱりシェーバーはBじゃないとダメなんですねぇ!”ってやつ。あれ、全然ダメですから。みんな信じちゃダメだよ!」。先生なにをそんなに熱くなってるんだろうなぁ。B社に恨みでもあるのかなぁなんてノンビリ考えてました。そう思って今の学生の顔をみると、当時の自分とたぶん同じ顔をしている。教室の中にはウン十年前の自分がいるんですね。怖い怖い。

今なら先生の気持ちも分かります。だいたい忙しい朝の通勤中に声をかけられてヒゲをそる人がいるのがおかしい。P社とかH社とか、別のメーカーのシェーバーでもやってみないと、B社のだから剃れたのかも分からない。実験計画の甘さにツッコミを入れたくなります。でもそれはこの業界に長いから分かること。トレーニングを受けていない人は往々にして、変わったことした後に何かあると、因果関係があると思ってしまう。トンカツ食べたから試合に勝てたとか、ディズニーランドに行ったせいで別れたとか、国家資格法案を出しせいで国会が解散したとか。

それでもトンカツ食べて気持ちが集中できるなら、それも結構とも思うわけですが、お金とか権力とか命とか関わってくると、そうとも言ってられないわけで、例えばお薬を開発する現場では、随分昔から、ここいら辺をちゃんとやってきました。新薬キタ!って思ったら、ちゃんとプラシーボと比べてみる。何の効果もない(はず)のデンプンだけの薬と、有効な(はず)の成分が入った薬を比べてみて、有効成分が本当に有効か調べる。だいたいプラシーボだけでもそこそこ効くわけです。製薬会社からして言ってますもんね。バ○ァ○ンの半分は優しさだって。皆さんもありますよね。頭痛薬のんだらすぐに痛みが治まる。成分が胃からも腸からも吸収されてないはずなのに治まる。そんな経験。優しさの効果を信じているから、ジェネリックの頭痛薬を買うときにもイニシャルがBのやつを買うようにしてますもん。錠剤に「B」って書いてあると効くような気がするんで。

それがどうも、近年ますますプラシーボの効果が強くなっている疑いがあるそうです。例えばDunlopさんたちの研究(Dunlop et al., 2012)。ファイザー社の中の人の協力を得て、同社が過去に行った抗鬱剤の全ての臨床データを検討してみたそうです。そしたら1980年代後半から2010年くらいまでにかけて、プラシーボの効果がだんだん強まっている。Tuttleさんたちは頭痛薬について調べてますが、世界各国で行われた臨床試験をまとめてメタ分析してみたら、やっぱり年とともにプラシーボの効果が強くなっている(Tuttle et al., in press)。有効じゃない(はず)の薬の効き目がだんだん強くなってきている。

いやぁやっぱり21世紀は物質よりも心の時代だなぁ。有効成分とかそういう物質的な話ではなくて、薬を処方してくれるお医者さんがいて、看護師さんがいて、その他の病院スタッフがいて、それで病気は治るんだよ。心なんだよ問題は。そういう話なんでしょうかね。

理由ははっきり分からないのですが、なかなか闇は深いなぁという話をどちらのグループもしています。Dunlopさんたちによれば、年とともにプラシーボ効果が強くなっているのは、どうやら大学で行った臨床試験が減ってきているためっぽいそうです。どうしてそれが影響するのか。断言はできないけれど、例えば大学病院だと職員の入れ替えが少なくトレーニングも厳密なのかもしれない。元々、治療効果が薄い人が紹介されてくるので、プラシーボの出にくい人が多いのかも知れない。著者らはそんなことを書いています。

Tuttleさんたちの論文はさらに悩ましい。プラシーボ効果は米国だけで強くなっているのだそうです。それがなぜかというと、米国でだけ、臨床試験の大規模化・長期化が進んでいて、どうやらこれが”悪さ”をしているらしい。その理由は、これまた断言はできないのだけれど、大規模試験だと患者さんの参加基準がゆるくなるせいかも知れない。長期試験だと、最初の「薬が効いた!」という経験が、次のプラシーボ効果を生み、そこでまた「効いた!」と思って・・・というフィードバックが掛かるのかもしれない等々。しかしやるせないのは、より多くの患者さんを対象に、じっくり時間をかけて薬の効果を調べようとしたら、薬じゃないものの効果が強くなってしまったということですね。製薬会社の肩を持つ気はありませんが、真面目に取り組んだことが予想外の展開を生むこともあるとは、世の中、ままならないものです。
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